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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第三部:初雪のフォークロア
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185.魔法の形

 私が血統魔法を継いだのは十二歳の頃だった。

 マーマシー家は魔法使いとしての歴史は浅い家。当然血統魔法に積み重ねられた年月も少なく、そんな家の血統魔法を少し早く継げたくらいは自慢にもなりはしない。

 それでも、両親は私を天才だと持て囃してくれて、その時の私はとても嬉しかった。

 思えば私は調子に乗っていたのだと思う。補佐貴族に甘んじているマーマシー家は私の代で自身の領地を持ってその名を轟かせるのだと。


 褒められて浮かれて、私は血統魔法という魔法を嘗めていたのだ。


 ある日、私はとあるパーティ会場で殴られた。

 少しおかしいとは感じていた。何故なら私が入って少しするとどこからか悲鳴が上がったりしたから。

 ゴン! と強い衝撃が左側から走ったのを覚えている。今思えば、鈍器や刃物じゃないだけ私はとても幸運だったと思う。

 殴ったのはマーマシー家とは縁もゆかりも無い西部の貴族だった。私は何が起こったのかもわからず床に倒れ、殴られた頬を抑えながら後ずさった。わけもわからず恐怖で歯をかちかち立てていたのを覚えてる。

 周囲に助けを求めても、周囲の人間は何故か私の声も聞き入れようとしなかった。十二歳の少女が大の大人に殴られているのにだ。それどころか、私を殴った貴族に加担しようとしている人間まで現れる始末。

 腐っても貴族であり魔法使いの卵。冷静でない頭でも自分の血統魔法が暴走している事はすぐにわかった。

 マーマシー家の血統魔法は『相手が見る自分の姿を敵が思う虚像に変える』魔法。そう……私は決して天才などではなかった。継げたと思っていた血統魔法を制御することができず、血統魔法は暴走してその力を発揮し、私の姿はその場にいる貴族達にとってパーティ会場に堂々と現れた敵になってしまっていたのだ。

 殺される。涙すら流す前に思ったその時、


「やめなさい!!」


 私と変わらない歳の声がパーティ会場に響き渡った。

 その声の主は庇うように私と私を攻撃しようとしていた貴族達の間に割って入ってきた。

 いくら私が敵に見えていた所で、その場にいる貴族達はその声に止まらざるを得なかった。


「皆下がりなさい! この方はカエシウス家の客人! マーマシー家の御令嬢です!!」


 私の前に現れたのは本物の天才だった。

 十歳にしてカエシウス家の血統魔法を継ぎ、その名をマナリルの貴族達の間に轟かせたカエシウス家の次女ミスティ・トランス・カエシウス。敵意を剥き出しにする貴族達の前に躊躇いも無く彼女は立ったのだ。

 結果、彼女の言葉をきっかけにその場は収まった。私が敵に見える貴族達の意見があまりに食い違っている事から、何らかの魔法によって見える姿が変わっているのだと。

 次に私の頭に浮かんだのは疑問だった。

 マーマシー家の血統魔法によって私は私を見る全員にとって敵に見えているはず。ならば何故、彼女は私が私だとわかったのだろう?

 殴られた拍子に血統魔法の"現実の影響力"が途切れたのだろうか?

 けど、違った。意見が食い違って誤解だと気付いても尚、私を見る貴族達の顔は嫌悪感を露にしたままだったから。


「あの、ミスティさんは……私が、わかるんですか?」


 その後、私はミスティ様に連れられてパーティ会場から離れてキッチンにある椅子に座らされた。少し落ち着いて、気付けば私はハンカチを取り出して水に濡らすミスティ様に疑問をぶつけていた。

 殴られた頬が痛みを思い出したようにずきずきと痛んでいたが、それよりも自分の姿が何故そのまま見えるのかのほうが私にとっては重要だった。

 この部屋に連れられてもまだ暴走した私の血統魔法は効力を発揮しており、一緒に連れてきてくれたラナと呼ばれるミスティ様お付きの使用人の話によれば、私は大嫌いな鼠に見えたらしい。


「ええ、フロリアさんは以前にもパーティにいらしてましたから。こういった場でしか補佐貴族の方々とお会いする機会がありませんので、補佐貴族の方々全員の顔を把握しているわけではありませんけど……一度お会いした方は忘れないようにしています」


 それは私の聞きたかった事では無かったけれど、私の疑問に丁寧に答えながら彼女は濡らして冷やしたハンカチ痛む頬にあててくれた。

 こんな事カエシウス家の方にやらせてはいけないのに、私の怪我を本気で心配しているような悲しい顔に――つい、つい甘えてしまったのだ。


「ミスティさんには……敵がいらっしゃらないのですか?」

「敵……ですか……?」


 今思えば、何てふわふわとした質問だっただろう。

 丁寧でしっかりしている印象から一転して、ポカンとした顔は子供らしくて印象的だった。

 それでも、私の顔を見て彼女は真剣に考えて答えてくれた。


「強いて言うのならば、この国と民を脅かす誰かが敵なのかもしれません。便宜上敵国なんて呼び方をする時もありますし、私は未熟ですから意見のぶつかる誰かに敵意を向ける事もあるかもしれません。誰かが不審な動きを見れば疑うでしょう。多くの人が生きていれば少なからず対立は生まれてしまうのは当然だと考えます。それでも、誰が敵かどうかなんてその時になってみないとわからないと思うのです。どこの誰であろうと、そうなるまでは皆さんこの世界に一緒に暮らす誰かですから」

「一緒に……」

「私はきっと甘いのかもしれません。でも、そう考えたら私達はほんの少し、ほんの少しだけ……多く笑えて生きる事が出来ると思うのです」


 そう言って、ミスティ様は微笑んだ。

 彼女の言う通り甘いのだろう、これは綺麗事だろう。それでも彼女は本気でそう思っている。私の姿を私のまま見る事が出来る事がそれを証明している。

 この人だと……その時思った。

 私のような凡人とは違う。

 この人こそが高貴な方だ。この人こそが上に立つべき方だ。

 こういう人が、幸せにならなくてはいけないと思った。

 例えそれが蜂蜜のように甘くて思い出のように飾られた綺麗事だったとしても。今より少し、ほんの少しだけいい世界(・・・・)を、本気で望む人こそが上に立たなければいけないと――!


「ミスティ……様……」


 自然と、私という人格は彼女に傅いていた。

 この方こそが――私の主人。










"くだらぬ魔法だな"


 フィチーノはフロリアの血統魔法を見て鼻で笑う。こんなものが切り札だとすれば脅威にはなり得ない。

 本物と見分けのつかないほどの変身は確かに評価すべき点ではある。攻撃力の高いエルミラと入れ替わればそれなりに厄介ではあるだろう。それでも魔法使いの切り札としては余りにお粗末だ。


「ちょ、そんな魔法だと私にも見分けられな――!!」


 いや、見分けられる!

 エルミラは一瞬困惑したものの、フィチーノの姿になったフロリアとフィチーノ本人の明確な違いに気付く。

 フィチーノの姿になっているフロリアのほうは壁や床を這うような移動をしようとはしない。姿は変わっても魔法の特性までは模倣できないのだろう。対して、あちらは乱戦に持ち込めばどちらか判断するのに何かしらの手を打たなければいけない。


「あ、案外……?」


 エルミラもフィチーノと同じく血統魔法にしては、という評価だったが、エルミラの考える敵の処理する情報量を増やすという点においては有用だと改める。

 エルミラからはフィチーノの姿に見えるフロリアが壁に張り付くフィチーノに突っ込むのに合わせてエルミラもまた動いた。


「さあさあ、どっちがどっちかわかる?」

"……馬鹿にしているのか?"


 聞こえてくる声にフィチーノはため息を吐く。

 どうやら本当に姿が変わるだけのようで、エルミラの姿をしていても聞こえる声はフロリアのままだった。

 何て粗末な魔法だとフィチーノの声には落胆が含まれていた。所詮は地下水路で殺した奴らと同類だと。


「『闇襲(ダークレイド)』!」

"何――?"


 周囲に黒い玉が展開される。

 フロリアの声で唱えられたのは闇属性の下位魔法。それ自体は決して珍しいものではない。

 展開された黒い玉は針のように形を変えてフィチーノに襲い掛かるも、フィチーノは壁を泳ぐように移動してそれをかわす。


"ぐ……!"


 だが、反応が一瞬遅れたのかフィチーノの足と思われる部分に数本の針が突き刺さる。夜属性は光の性質を消す属性。闇属性の魔法は当然消す事はできはしない。

 しかし、フィチーノが驚いたのはエルミラの姿になっているはずのフロリアのとある部分の動きだった。


(口が動いていないのに魔法を唱えただと……!?)


 魔法使いの戦いにおいて口の動きというのは重要だ。それはどんな魔法使いも例外なく、魔法名を唱えて魔法を"放出"するという行為は絶対のルールだからである。

 だからこそ魔法使いは相手の口元を注視し、魔法のタイミングを見極める。魔法使いとの戦いの間でする会話は魔法を唱える際のフェイクの意味で、積極的に会話する魔法使いも珍しくない。

 フィチーノ自身のこの影の体もそれだけの理由ではないが、口の動きを悟らせないという意味で大きなアドバンテージになっている。

 そして、エルミラに姿を変えているフロリアの口は今動いていなかった。だからこそフィチーノは反応が一瞬遅れた。口が動いていないにも関わらず魔法名を唱えて魔法が"放出"した事に驚愕して。


"まさか……!"


 エルミラの姿をしたフロリアを注視しても謎は解けない。しかし今、魔法使いのルールから外れるおかしな挙動がフィチーノに一つの考えを齎す。

 フィチーノはフロリアの魔法を勝手に変身だと考えた。

 だが、フロリアの魔法が変身などではないとしたら?

 そう。例えば、今見えているエルミラの姿はただ虚像のようなもので実際のフロリアの動きと違うのだとしたら――


"『悪戯影劇(あそびご)』!"


 唱えるとフィチーノの体から黒い腕が現れ、フロリアとの距離を離す。距離をとりながら、厄介な血統魔法だとフィチーノは先の言葉を撤回した。

 カンパトーレは魔法使いは戦闘こそが重視される。口の動きに注視するのは魔法使いの戦いの基本。傭兵として戦う機会が多いからこそ特にその基本が体に染みついてしまっている。


「『闇夜凶刃(ナイトメアエッジ)』」

"ぬ……!"


 その基本がまさか足枷になるとは思っても見なかっただろう。ただでさえ同じ姿の二人がどちらがどちらかを把握しながら動かなければいけない所に、片方が口を動かさない事で無意識に魔法は無いと思い込んでしまい、フィチーノの反応を逆に遅れさせてしまっている。

 行き先を阻まれるように、門の壁をフロリアが放った闇属性の刃が破壊した。


「そら!!」

"あ……ぐ……!"


 続くように本物のエルミラが操る灰が壁を破壊し、爆風がフィチーノに届く。

 フロリアだけならフィチーノはあっさりと攻略する事ができただろう。フロリアの魔法はフィチーノの目から見ても大したことは無い。例え夜属性の攻撃力が低くとも"現実への影響力"の差で間違いなくフィチーノが勝利する。

 そんな大したことの無い魔法使いが誰かと共闘する事によってこれ以上無いほどに厭わしい。


 敵の姿に見えるようになるというデメリットに見える魔法の効果は決してこの血統魔法の本質ではない。

 変身と思えばただの虚像。見える口からは聞こえない声。本人かと思えば本人じゃない。

 完全な変身ではないがゆえに陥る視覚による情報量の負荷。情報の誤認と齟齬。あべこべな情報の連鎖が相手の平静をかき乱す。

 一対一では意味無くとも、乱戦においてその効力を発揮する。これこそがマーマシー家の血統魔法の真骨頂。

 一人では敵に立ち向かえないという魔法使いとして致命的な欠点を抱えながらも今を生き残るマーマシー家の魔法の形である。


"調子に乗ってくれる……!"


 しかし――魔法の形があるのは敵もまた同じ。

 フィチーノとて未だ見せぬ切り札は当然のように持っている。


"どれだけこちらを乱そうとも、どんな姿をしようとも呑み込めば同じ事――!"


 フィチーノの魔力が声とともに膨れ上がる。

 その黒い体は水のように床に溶けて。


"【黒撫影鰐(かげわに)】"


 水たまりのようになった黒い影から、暗い声が響き渡る。

 黒い影は撫でられたのようにゆらりと揺れた。

遅れました。

日付が変わっての更新ですが、昨日分の更新ですので今日の分はまた別に更新します。

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