182.再訪
「僕の予想だけど、敵の仲間は多分多くない」
アルムを引き止めたルクスは皆を引き止め、敵の分析のような事を語り始めた。
エルミラはアルムを引き止めていた時とは違う顔つきになったルクスに首を傾げる。
「どうしたのよ急に」
「いいから聞いてくれ。カエシウス家の血統魔法の前では数が意味をなさない。カエシウス家の血統魔法は一瞬で全てを氷漬けにする滅茶苦茶な魔法だ。だけど、その一瞬で範囲にいる人や場所の凍る凍らせないを選択できるとは思えない。間違いなく範囲内を無差別に凍らせてると考えていいと思う。
それに今回の敵の計画は数か月前から始まっていた上にカエシウス家を掌握している事で成り立っている。下手に魔法使いの数を増やしてそこから計画が露見すれば二度目は無い。この二つの理由から今回の黒幕、グレイシャの仲間は少数がスノラや山中、もしくは城に待機している程度だと僕は考えてる」
「つまり?」
「つまり相手の数が少ないとするなら……複数の方向から侵入して分散させるべきじゃないかって事だよ」
「!!」
アルムだけを行かせるつもりならこんな提案はあり得ない。それを聞いてエルミラはにやにやとルクスの顔を覗き込む
ルクスはそんなエルミラと目を合わせようとしなかった。
「なーんだ、私達にもなんだかんだ言っておいてミスティの事助ける気満々なんじゃない?」
「僕だって好きで見捨てたいわけじゃないからね。一応念の為に可能性を考えてただけだよ。行くべきではないという意見は変わらない。
さっきも言った通りミスティ殿を救出するにはあまりにリスクが大きい。侵入を気付かれて血統魔法を唱えられれば一発で終わるし、城に仲間を待機させずにいつでも血統魔法を唱えられるようにしてる可能性だってある。例え城に仲間がいたしても百人以上の貴族を人質にするなんて人が仲間ごと氷漬けにするのを躊躇うとは思いにくい」
ルクスはアルムのほうを真っ直ぐに見つめる。
先程まで意見が対立していて二人の目はすでに同じ方向を向いているように思えた。
「でも、アルム一人で行かせるなんてのも愚策だ。誰かを行かせるなら行かせるで最大限やれる事はやるべきだと考える」
「つ、つまり私達も動くべきという事か?」
ネロエラの問いにルクスは頷くと、この場にいる全員を見渡した。
「勿論強制はしない。貴族としてはスノラで待機すべきが正解だと僕は思ってるからね」
「でもあんたは行くわけだ?」
「アルムが行くならね」
「行くぞ」
「わかってるさ、止められないってのは伝わったからこその提案だ」
アルムの意思が今更変わるはずもない。ルクスは困り顔で呆れるようなため息をつきながらも、顔を覗き込んでいるエルミラには少し嬉しそうに見えた。
エルミラ達はミスティを助けに行く気だったが、アルムと合流する道中アルムがされたのと同じ説得をルクスにされた。そして一度は救出を諦めたのだ。貴族としての正解を示したルクスの意見に納得して。
今考えたとは思えない案といいこの顔といい……もしかすれば、ルクスは誰かに貴族としての自分を振り払って欲しかったのかもしれないとエルミラはふと思った。
「……男の子だから? それともルクスだからかしら?」
「なんだい?」
「何でも無いわ。ま、私は行くわよ。ルクスに説得されなきゃ行く気だったわけだしね。必要だってんなら行かない理由無いわ」
「ボクも! ミスティを助けられるなら協力するよー!」
「私も。ミスティ様を助けられるなら」
ベネッタは勿論、フロリアも神妙な様子で声を上げる。
どこか様子は違ったが、戦力として魔法使いが一人加わるのは大きい。
「わ、私もだ。ミスティ様と個人的な付き合いがあるわけではないが……」
ネロエラもまた声を上げながらアルムのほうをちらっと見る。依然として扇で口を隠したままではあるが、その耳はわかりやすく赤くなっていた。
「私が行く事で少しでも可能性が上がるのなら」
何の可能性なのか突っ込むのは野暮というものだろう。
どちらにせよ、いつ氷漬けになってもおかしくない死地に飛び込む覚悟は出来ているようだった。
「アスタ殿は自分達を案内した後は隠れていてください。もし城の中でグレイシャの仲間と遭遇した場合、血統魔法を使えないアスタ殿をかばいながら戦うのは難しい可能性があります」
「わ、わかりました」
「じゃあ行こう、と言いたい所だが……みんなで城に入って氷漬けにされましたという事態は流石に避けたい。手始めに城内に入る組と城外から攻撃する組で別れたほうがいいと思う」
「入った瞬間終わりって可能性もあるものね」
「ああ、だから出来得る限り血統魔法を唱えられてもいいように全員で役割を決めて動く。それに、どこにいるかわからないグレイシャの仲間をおびき出す為にも最初は城外からの攻撃は必須と考えていいだろうしね。それにはみんなの力が必要だ。やるからには……最良の結果が欲しいからね」
「ただ凍っただけの場所が私の血統魔法と同じくらいの"現実への影響力"って……冗談やめてほしいわ」
馬車に繋がれた馬が暴れたのか、馬の数が減り、横倒れになった馬車が転がるトランス城前の広間で一人の少女が舌打ちする。
トランス城のエントランスに繋がる扉への攻撃はエルミラのものだった。
血統魔法によって現れた爆発する灰を扉に集中させてようやく氷漬けだった城内への道が開かれた。通常時なら扉の周囲の壁も吹き飛ばせただろう。近くにある窓も爆風でガラスが全て割れるだろうが、今は氷によってびくともしない。
その扉も全てを破壊できたわけではなく、両開きの大きな扉は直接爆破した片方しか破壊されていない。もう片方は爆破の衝撃で氷がひび割れてはいるものの、扉の破壊にまでは至らなかった。
血統魔法の歴史とそれを制御する使い手の差が顕著に出る光景。唱えられれば終わりというのが改めて実感できる光景だった。生半可な魔法では今のトランス城に入る事すらできはしない。
"マナリルの貴族は随分手荒だな"
「かっかっか! 俺達がそれ言うかよ旦那!」
その破壊した扉から、誘われるように二人……一人と一つの影が出てきた。
「なにあれ……?」
片方の鋭い目付きで軽薄そうな男は人間だ。氷漬けとなっているトランス城から普通に出てきた所を見るにまず間違いなく敵の魔法使い。先程アルムと戦ったマリツィアのように他国の魔法使いなのだろう。
しかし、その隣の黒いのは何だ?
誰もいないのに影だけがそこにある。床を、壁を這うように移動してきたかと思えば扉から出てきた所でその影は寝ていた人間が起きるかのように立ち上がった。
立ち上がった姿には生き物のような厚みがない。絵に描かれた何かがそのまま起き上がったかのように平面のまま不気味にそこに立っていた。降っている白い雪はその影に落ちても吸い込まれるように消えていく。
「姫様の氷を破壊するっつー事はそこそこやるやつだな?」
"そうだな。少なくともこの前の補佐貴族のような雑魚ではあるまい"
「……」
少なくとも、補佐貴族を雑魚と言う実力はあるらしい。
影がそのまま歩いているような得体の知れない片方を見れば油断などできるはずもないが、エルミラは改めて身構える。
「おいおい一人か? 確か抜け出したのはオルリック家と他数人っつてただろ? 他のは逃げ出したのか?」
「ええ、まぁね。どいつもこいつも凍らされるのは嫌だってホテルの部屋でがたがた引きこもってるわ。ま、二人くらいなら私一人で充分だからむしろよかったかしらね。他の皆まで来たら弱い物いじめになっちゃってたかも」
「かっかっか! こいつ結構言うな?」
"……む?"
ファルバスはエルミラのてきとうな挑発を笑うが、フィチーノの声は何かに気付いたようだった。
"ファルバス、ここは任せるぞ"
「あん?」
"こいつは陽動だ。居住階付近から侵入者が来ている。私はそちらに向かう"
「!!」
余りに早く気付かれた事にエルミラは驚愕する。
感知系の魔法を展開しているのか? それともまだ仲間がいるのか? 黒い影のような存在が未知数の為に、エルミラは予測すら立てられなかった。
まずい、と冷や汗が流れた。フィチーノの言う通り、エルミラが派手に扉を攻撃したのは陽動の意味も大きい。作戦の本命と呼べるのはアスタの知る隠し通路から侵入する組のほうだ。
「は? あそこ知ってるのは姫様の弟だけだろ? マリツィアの野郎裏切ったか?」
"いや、この段階でそれは無い。裏切りというより回収に失敗したのだろうな"
「かっかっか! 何だ、四位って言っても大したことねえな?」
"本命はカエシウス家と並び立つオルリック家の長男だろう。残った魔法使いでグレイシャ様とぶつけるならあれしかいない"
「じゃあ俺はこの嬢ちゃんと遊ぶか……じゃあ行っていいぜ、旦那。姫様に誰か近付けたらどやされるだろうから頼んだぜ」
"ああ、貴様も精々油断……?"
ファルバスはフィチーノの前に出ながら手をひらひらさせるが、フィチーノは一向にその場から動こうとしない。
「……ナイス判断」
にやりとフィチーノがその場から動かない事に気付いてエルミラは笑った。
「あ? 何やってんだ? 旦那?」
"ファルバス。お前が行け。居住区画のほうだ"
「あん? どっちだよ!」
"この場に他の魔法使いが隠れてる。その何者かが何らかの魔法で私の行動を封じているようだ"
「はあ? 俺は動けるぞ?」
ファルバスはてきとうな動きを見せるが、それに反してフィチーノは微妙に動いてはいるものの、移動というには余りに小さい動きしか見せなかった。
"対象が一人だけなのだろう。あちらからすれば得体の知れないであろう私をこの場に釘付けにする気だ。侵入した輩を無視するわけにはいかない。早く行け"
「ちっ……まぁ、本命のオルリック家とやらと戦えるならそっちのがいいか……!」
「あら、逃げるの?」
「うるせえ! とっとと終わらせて戻ってきてやるよ!」
捨て台詞を残し、ファルバスは城内へと戻っていく。
わざわざファルバスが対応するその様子から、少なくとも城内に迎撃の為に動ける他の魔法使いがいない事をエルミラは悟った。
"仕方あるまい、では貴様とどこかに隠れている卑怯者はこの私"フィチーノ・キイチ"がお相手しよう。なに、覚えなくとも結構だ。すぐに私もオルリック家の方に駆け付けることになる"
「エルミラ・ロードピス。覚えようとしなくて結構よ。どうせ嫌でも覚える事になるわ」
互いに敵意を剥き出した自己紹介を終えると、エルミラは思い出したようにくすっと笑う。
"何を笑う? ロードピスとやら"
「いや、今戻っていったあいつが本命本命って言うもんだから……誰の事を言ってるのかしらと思ってね」
その言葉の意味はフィチーノにはわからない。
まさかいるのか? オルリック家以外にカエシウス家に対抗できる魔法使いが?
否。マナリルの貴族についてはグレイシャからの情報で調べがついている。この場に来た魔法使いでカエシウス家に対抗できるのはオルリック家しかいないはず。
フィチーノは記憶している招待客のリストを思い返すが、オルリック家以上の脅威はまず無いと改めて確信する。
しかしそんな確信を嘲笑うかのように、エルミラの表情は変わらなかった。
"不快な笑みだな、ロードピス"
「あら偉いじゃない? もう私の名前覚えたの?」
いつも読んでくださってありがとうございます。
ここからは戦闘になります。