幕間 -人ならざる者-
祈りから生まれた私は人として、何より優れた人として振舞った。
仲睦まじい夫婦の下に降り立ち、愛らしくそして健やかに育った。玉のように美しい容姿は言うに及ばない。
笛を持てば小鳥達の囀りすら霞み、琴を爪弾けば人の心を揺蕩わせ、舞い踊れば花のように、私に虜にならない者などいはしない。
童には字も教え、村人が怪我すれば薬草を用いて人を救い、病気となれば祈りを捧げる。
人よりも人として、どんな者よりも高みにいたと私は自負する。どんな地で暮らそうとも敬われ、愛される自信があった。
だが――その私が何故、追放されなければならなかった?
栄華を誇った都での暮らし。
私に相応しい地。相応しい地で暮らす私。
当然の結果だった。私はどんな者よりも人らしく、人として優れていたのだから。
だというのに……都の将すら琴の音で魅了したこの私が、何故正室を呪ったくらいで追放されなければならなかった?
人は人を蔑むでしょう。
人は人を恨むでしょう。
人は人を殺すでしょう。
人は――人を呪うでしょう。
それが人だ。人という生き物だ。そうでないとは言わせない。貴様らの害心があったからこそ――私達"鬼"は魔から地に降り立ったのだから――!
私達の存在こそが人間という生き物その証明。
私の何が人ではなかった?
人のするように騙し、殺し、呪った。ただそれだけだ。
正室には私が相応しかっただけの事だ。正室にはあの女が相応しくなかっただけの事だ。
優れた者が頂点に。それが生物の自明の理。
人ならざる者にして最も人らしく、そして優れていた私こそがあの場所に相応しかったはずなのに。
何故許されない? 人ならざる者というだけで。
何故許される? 人であるというだけで。
私はただ人という生き物らしく振舞っただけなのに、何故この私が追放されなければならなかった?
私こそ最も都で暮らすに相応しい、人間だったというのに……ただ人でなかったというだけで!!
……眠りを経て、再び私は人の地に降り立った。
魔を常とする異界。誰の仕業か神在らざる地。
ここで再び私は私に相応しい都を求めよう。
ここで出会いし、私の友。私の横に立つに相応しい人間と共に。
今度こそ作ろう――理想の世界を!
今度こそ! この地を都に変えてみせよう!
今度こそ……今度こそ! 鬼無き里になどさせてなるものか――!
ああ、グレイシャ。私に似た人。
ああ、グレイシャ。私と同じ道を歩む者。
かつて呼ばれた姫の名など惜しくはない。この地の王には我が友こそが相応しい。
私達は共に生き方を穢された者。相応しくない者に生き方を踏みにじられた者。
泡沫の夢?
水面の月?
笑うもよかろう。それもまた人間。
だが、覚えておくといい――際限無き高みを目指すのもまた人間なのだ。
私は変わるこの地と共に傍らで見よう。高みを目指す友の姿を。
背中を私に重ね、かつての栄華を胸に抱き、この地で再び未来を目指す。
我が名は"紅葉"。人の祈りによって生まれた第六天の鬼。人の隣に在りて人ならざる者。
殺しましょう、不可能だと笑う者を。呪いましょう、未練だと阻む者を。
国をここに。都をここに。私達に相応しい世界を此処に!
私は私の過去と未来の為に必ず――グレイシャを、この地の王にする――!
恒例の幕間をもってここで一区切りとなります。
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