178.放埓のマレフィキウム5
「だ、ダブラマ……」
初めて見る敵国の魔法使いにアスタは背中で震える。
しかも、マリツィアは四位と言った。これが魔法使いとしての強さを表しているのなら上から四番目に強いという事だろう。例えマリツィアのいう組織内での強さだったとしても弱いという事は有り得ない。
「ご安心ください。四位と言っても、上に比べれば大した事はありません。特に『女王陛下』は別格ですので、私の評価は常識的な能力を持ってる魔法使い程度にお考え下さい」
アスタの考えている事を見抜くようにマリツィアは謙遜する。
「尤も……マナリルの貴族の皆様が常識的な能力を持っているかは存じ上げませんが」
マリツィアはマナリルを嘲笑うようにコリンとドースの体を動かした。虚ろな目は依然としてアルムとアスタを捉えており、アルムの周囲で展開される魔鏡をすり抜け接近する。
「『火炎の渦』」
「『七本の光線』」
ドースの体からは渦巻く炎が放たれ、コリンの体からは七つの角ばった物体が現れ、その七つから細い魔力の光が放たれる。
マリツィアの行動の仕草や行動に注意しても全く動きが読めない二つの死体。アルムに対抗の魔法を唱える余裕は無い。
「っ!」
アルムは魔鏡を操作して二つの魔法を捌く。
炎の渦は魔鏡に当たると霧散し、七つの光線は魔鏡に当たると反射して地面を貫く。
しかし、コリンの体の周囲には今の光線を放った物体が未だ浮遊したままだった。
「ちっ……!」
その物体から矢継ぎ早に光属性の光線が放たれる。
光線の軌道自体は直線でかわしやすいが、コリンの体が出鱈目な動きをするせいもあって目で追いにくい。
アルムは魔鏡で死角をカバーしながら近付けないように距離をとる。
「『火鳥の羽』」
ドースがその逃げ場を阻むように、アルムの周囲に火の粉をばら撒く。
ひらひらと舞う羽根のように、魔法使いの早い戦闘を邪魔するようにゆっくりと鬱陶しく展開される。
「面白そうな魔法だと思いましたが、『抵抗』をかけている方にはあまり有効ではなさそうですね……それともこの方が未熟なせいでしょうか?」
不満そうなマリツィアの呟き。それはつまり、この二つの死体が使う魔法もマリツィアが選択しているという事か。
死体や物を動かせる魔法はあるだろう。しかし、魔法使いの遺体を魔法使いのまま使役する。そんな離れ業をやってのける魔法使いが常識的なわけがない。
マナリルが魔法大国と呼ばれているのは他国に比べて圧倒的に魔法使いとその卵の数が多いからだ。四大貴族の恵まれた歴史と才能。そして王都に控える宮廷魔法使いと魔法学院に通う次代の才能達。敵国に囲まれながら広い土地で繁栄を続けているのも魔法使いの数ゆえ。他国がマナリルを落とせないのは数という厚い壁を崩せないからという理由が大きい。
ならば……増やそう。
一人で一人を殺して二人に、二人で二人を殺して四人に。
魔法使いが足りぬというのなら、足りる数を用意して御覧に入れよう。
厚い壁を崩せるだけの死を此処に。
魔法使いの死を記録し、蒐集する。それこそがマリツィア・リオネッタの血統魔法。
ダブラマで二家しか存在しない鬼胎属性その一人。不死など不要と嘲笑ったリオネッタ家が当代でようやく辿り着いた魔法理念の集大成である。
「……掴まってろアスタ」
アルムの呟きでアスタは掴まる力を強める。
火の粉と光線がアルムの周囲を飛び交う中、アルムは地面を蹴った。
「上に?」
「……が……」
「……」
上に跳んだアルムに視線が集中する。
火の粉が舞ったのはアルムの周囲だけ。頭上には火の粉が無く、逃げ道としてはおかしくない。だが、火の粉から逃れる為の正解というだけであって周囲に別の脅威があるのなら単純な愚行だ。
コリンの体が空中で隙だらけとなったアルムに七つの光線を放つ。未だ光線を放つ物体はコリンの体の周囲に浮遊しており、好きなタイミングで放つことが出来る。
七つの光線は空中に跳んだアルムに突き刺さる。
「これは……」
かに思えた。
視線の先にはアルムだけではない。アルムが展開した魔鏡が浮遊している。
「一気に終わらせるぞ」
体を回転させ、浮遊した魔鏡をアルムはさらに蹴った。
アルムを狙った七つの光線はすでにアルムがいない場所に浮いている魔鏡に弾かれる。
「早い――」
「『準備』」
強化の足で鏡を蹴ったアルムの体は加速する。無属性魔法での強化とは思えない速度でアルムはドースの体へと向かう。
「が……」
それは単純な衝突だった。
速度に任せたまま、アルムの膝がドースの顔面に突き刺さる。顔からは鈍い音が響き、鼻の骨が砕けるもすでに死んでいる為か流血はほとんどない。
「悪いな」
すぐさまアルムはドースの体を蹴って跳ぶ。跳んだ先に在るのはまたしてもアルムがずっと展開し続けていた魔鏡。
再びアルムは魔鏡を蹴って加速する。今度は別の魔鏡に。跳んでまた別の魔鏡へ。
雪というヴェールをその身で裂きながら平原であるこの場所で立体的にマリツィアを翻弄する。
跳んだ魔鏡をまた別の場所に移動させ足場に。別の魔鏡を動かし、再びそれを蹴って別の魔鏡に。白い魔力を帯びてその移動の軌跡を闇に残す。
「防御魔法を足場に……」
アルムは次にマリツィアへと向かう。アルムの動きは不規則ではあるもののまだ目で追えない速度ではない。
マリツィアを狙うアルムの背中を狙おうとしているのか、コリンの体がすぐさま向かう。
「『光芒魔砲』」
「……!」
しかし、突如アルムは体をぐるんと反転させてから魔法を唱えた。
先程不意打ちにも使われたアルムの無属性魔法。二度目の『準備』で強化されたその光線はアルムを攻撃しようと突っ込んできたコリンの体に向けて放たれるが、コリンの体は横に跳んでそれをかわす。
「横でよかったのか?」
外したにもかかわらず、アルムはにやりと笑みを浮かべた。
瞬間、コリンの背中に今かわしたはずの『光芒魔砲』が直撃した。
コリンの体の周囲に展開されていた光線を放つ物体は砕け散り、コリンの体は魔法が直撃した勢いのまま地面に投げ出された。
直撃したのを見たアルムは地面を蹴って無理矢理に跳ぶ方向を変える。マリツィアに向かったのはただのブラフだ。
「ん? こっちのはもう動かないのか?」
再度二つの体が動くのをアルムは警戒したが、コリンの体は地面に投げ出されたままだった。ドースはぐらぐらと動きはするものの攻撃を仕掛けてくる気配がない。何かを手探りで探すような仕草を繰り返している。
「何故後ろから――」
疑問が声になりきる前にマリツィアは見つける。
それは先程アルムが向かってきた方向の直線状に配置されているひび割れた一枚の魔鏡だった。
「悪いな。『永久魔鏡』はただの防御魔法じゃない」
「反射させたのですね」
「ああ、そうだ。鏡に込めた魔力で敵の魔法を弾いて、自分の魔法は強化して反射する強化魔法に近い性質を持つ。魔獣相手にはこんな回りくどいことする必要が無いから上手くいってよかったよ」
アプローチとしては獣化に近いでしょうか、とマリツィアは小さく呟いた。
しかし、真に驚くべきは無属性魔法でここまで"現実への影響力"を高められる事。
「あなたは一体何者ですか……?」
思考の中で浮かぶ疑問をマリツィアはそのまま口にする。
同時に、ぐらぐらと動いていたドースの体がまるで糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
"ワオオオオオオオオオ!!"
その時、夜闇を一つの咆哮が貫く。
「あれは……」
月明かりに照らされながら走ってくる四匹の白い魔獣。
降ってくる雪のように白い毛と躍動する四本の足は、スノラに来る途中で戦った魔獣のエリュテマだった。
「『火蜥蜴の剣』!」
「あら」
マリツィアの腹部に炎の剣が飛来して突き刺さる。
他人事のようなリアクションとともに、マリツィアの体は地面に転がった。
「アルム!」
「みんな!」
駆け付けたのは勿論、カエシウス家の血統魔法から逃れたルクス達だった。ルクスとエルミラ、そしてフロリアとネロエラも駆け付けてきてくれてる。
走りやすくする為か、女性陣は悉くドレスのスカートを破いていた。
「大丈夫!?」
「ああ。流石容赦ないな」
「流石に見れば敵ってわかるわよ」
「アスタ殿もよくご無事で」
「あ、アルムさんが助けてくれて……あ、あ、ありがとうございますアルムさん」
礼を言いながらアスタはアルムの背中からようやく下りる。
そして平原の向こうから駆け付けたエリュテマ達は警戒するように地面に転がったマリツィアを囲んで唸っていた。
「あ、アルム……大丈夫か?」
「ああ、ありがとうネロエラ」
「これって……クトラメル家のコリンとトラペル家のドース……?」
フロリアが転がっている死体を見て顔を顰める。
ネロエラとフロリアは当然補佐貴族の調査の過程で二人の顔を知っていた。
「ああ、そこのマリツィアってダブラマの魔法使いが死体を操る。気をつけろ」
「気を付けろっていっても今……腹に……」
地面に転がっていたマリツィアはゆっくりと立ち上がった。
突き立てられた炎の剣は魔力となって霧散する。腹部からの流血は傷の大きさにしては少ない。
「あなた方が報告にあったオルリック家の長男と他数人というわけですね」
「何……こいつ……」
平気な顏で話すマリツィアにエルミラは少し引いてしまう。
エルミラが放った魔法はマリツィアの体を貫きこそしなかったものの、重傷を負わせたはずだ。それにも関わらず、立ち上がった女の顔には笑顔が貼りついていた。
「どうやら、潮時のようですね。極上のコレクションを前にして退かざるを得ないとは非常に残念です……アルム様でお間違えないでしょうか?」
「ああ」
「申し訳ございませんアルム様。こちらの都合で申し訳ありませんが、現地で調達した戦力以外は使わないようにという祖国からの命令を受けておりまして……これ以上戦う事は出来ません。この辺りでお暇させて頂きます」
「やはり……その体も死体か」
アルムがそう言うと、マリツィア――だと名乗っていた体はにっこりと笑った。
「はい、お気付きだったのですね」
「あんただけずっと俺を見ているだけで戦う気が無さすぎたからな、少し引っ掛かってはいた。あんたを狙う振りをした時もかわそうとも迎え撃とうともしなかったからそこで確信した」
「今回は祖国主導の計画ではありませんから私はただの連絡役、そして補佐でございます。コレクションを確保する戦力も無くなりました。これ以上の介入は無いとお約束致しますのでご安心を」
そう言うと、マリツィアと名乗っていた体はその場に崩れ落ちる。
先程、ドースの体が止まった時と同じように唐突だった。
「私のコレクションを捌く手腕……お見事でした。まるで平民とは思えないくらいに」
「ありがとう」
「何普通にお礼言ってるのよ……」
素直に礼を言うアルムがおかしかったのか、マリツィアを名乗っていた体は最後にくすりと笑った。
「それでは皆々様、またお会いできる日までさようなら。願わくは……あの女と共倒れする事を祈っておりますわ」
そこでようやく、マリツィアと名乗っていた体から何かがいなくなる。瞳に灯っていた魔力は消えてただ虚ろに。
先程まで動いていた三つの死体は嘘のように静かに、雪に降られている。
いつも読んでくださってありがとうございます。
やるだけやって撤退です。