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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第三部:初雪のフォークロア
190/1050

173.開幕9

「最悪じゃないって……」


 マナリルの貴族の頂点であるカエシウス家。それが掌握された事はまだ最悪じゃないとルクスは語った。

 カエシウス家が掌握されるというのはある意味、王が殺されるよりもマナリルにとっては致命的だ。

 西にはダブラマ、北東にはカンパトーレとマナリルは近隣の国から同時に敵対されている。この二国は同じマナリルを敵としているものの繋がっておらず、互いに利用しようとしている。

 つまり、二国ともどちらかがマナリルに攻め入ったタイミングに乗じて攻撃しようとマナリルに密偵を送り続けながら機を待っているのだ。

 その機を訪れさせないのは一重にカエシウス家の存在が大きい。

 ダブラマはカンパトーレの動きに乗じてマナリルを落とそうと目論んでいるが、カンパトーレはカエシウス家がいる限りマナリルに大きな動きを見せられない。カンパトーレが動けない為にダブラマも大きな動きを見せられない。存在するだけでカエシウス家は二国を牽制できるほどに恐れられているのだ。

 それも千年続く血統魔法の力ゆえ。

 カエシウス家の血統魔法は他国にすらどういう魔法かが知られており、どんな魔法か知られている事こそカエシウス家はマナリルで一番の脅威となっている。

 何度もカエシウス家に侵攻を阻まれているカンパトーレにはこう伝わっている。全てを凍てつかせる地獄の顕現であると。

 魔法使いを何人使って攻め込もうとも、カエシウス家の誰かが一人、血統魔法を唱えればたちまち勝者が決まる。その圧倒的な"現実の影響力"は抑止力として、敵対する二つの国の前に立ちはだかっているのだ。

 だからこそ、そんな血統魔法を持つカエシウス家の掌握というのは均衡を崩される事に他ならない。カエシウス家が掌握されるというのは、抑止力が消えるという事。マナリルに敵対する二つの国の前に希望の道が拓かれる事に等しい。

 それは当然ルクスも知っているはずだ。カエシウス家が掌握されることが最悪でなければ一体何が最悪なのか。


「掌握されてるだけならまだましなんだ。それに掌握されてるのは恐らくノルド様だけだと踏んでる。僕達はスノラの町でアスタ殿にもお会いしてるし、門でも使用人が何かに怯えてるような様子は無い……会場で見たミスティ殿も落ち込んでいる様子はあったが、切羽詰まっているような雰囲気は無かった。舞踏会が滞りなく進んでいるのもその証拠だろうね。何かするのはこの後と見てる。もっと言うなら……」

「ちょっと待ってよルクス」


 推測を語るルクスにエルミラが口を挟む。エルミラの声にルクスも続きを促すように口を閉じた。


「そもそも掌握って……私だってミスティが使っているのを見てカエシウス家の血統魔法がどんなものか知ってるわ。当主のノルド様だってカエシウス家……あの血統魔法を使えるはずよ。あんなの掻い潜ってノルド様を生かしたまま掌握するなんてどんな魔法使いよ。それに、あなたの話なら当主以外の誰にも気付かれずにカエシウス家を掌握してるって事になる……そんなのただカエシウス家を倒すより難しいわ」

「ああ、僕もそう思った。まず生半可な魔法使いがカエシウス家に勝てるはずがない。いくら歴代に才能が劣ると言われているとはいえ、ノルド様はカエシウス家の血統魔法を制御できる魔法使い。周囲に気付かせないまま勝利するなんてただ強いだけでは到底無理だ」


 そう、周囲に気付かれないままカエシウス家の血統魔法を制する魔法使いなどただ強いだけでは説明がつかない。エルミラ以外が聞いていても、ルクスの推測は敵のイメージを根拠なく強大にしているようにしか思えなかった。


「なら、わかってるでしょ。あんたの想像は少し悪いほうに考えすぎてる。いくらなんでも――」

「だけど、いるじゃないか」


 しかし、ルクスはただのイメージではなく、いると言った。

 それが出来る魔法使いがこの世にいるのだと。


「そんな都合いい人間が――」


 いるわけない。そうエルミラが言おうとした瞬間、トランス城に異変が起きる。


「うひゃ! な、なに!?」

「下がれベネッタくん!!」


 門に一番近かったベネッタは慌ててルクスのほうに走った。

 雪が舞うスノラにそびえる白亜の城。

 その白亜の城が突如――氷に包まれたのだ。

 青く輝く魔力光とともにトランス城は形を残したまま凍り付き、周囲の気温は一気に下がる。

 水晶のように鋭く、それでいて透き通った氷の先に見えるトランス城。それはまるで標本のようだった。


「こ、これは……」


 言うまでも無く、トランス城を凍らせたのはカエシウス家の血統魔法に違いない。

 例え知らなくとも、巨大なトランス城を丸ごと凍らせるほどの"現実への影響力"を引き出せる一族……そんな事が出来るのはカエシウス家しかあり得ない。

 問題は何故――カエシウス家の血統魔法がカエシウス家の城であるトランス城を凍り付かせたか。


「な、中の人は……」


 フロリアは先程まで入り口だった扉のほうに目を向ける。

 扉も例外なく、氷漬けになっていた。その扉を進んでいくと辿り着く舞踏会場……その中にいる人間は果たしてどうなったのか。

 考えただけで、フロリアは床にへたり込んでしまった。


「……これが、僕の思っていた最悪だエルミラ」


 氷漬けとなった城を見る事しかできない五人。

 ルクスはぎりっと悔やむように歯を鳴らす。


「いるって言ったろう……? ノルド様に怪しまれずに領地に入れて、トランス城に怪しまれずに居る事が出来て、ノルド様に勝利できる可能性を持ち……カエシウス家の血統魔法をこれ以上ないほど理解している人物が……!」


 そう、いるのだ。

 その全てに当てはまる人物が――



















 氷漬けとなった舞踏会場。

 床も、壁も、そして百人以上いた貴族達も皆、氷に包まれている。

 周囲でミスティの踊りを見ていた貴族達、そして曲を奏でていた楽団も全てが氷像へと変わり、中に見える人間は凍った事に気付いていないような表情を浮かべたまま自然なまま凍っていた

 まるで時間が止まったかのように。

 そして――この場で時を刻むのはたったの四人。


「何を……何をしているのですか……!」


 全てが氷となった会場の中央で、ミスティは声を荒げる。それは自分の扱う血統魔法がどれほど危険かを知っているからこそ。

 突如唱えられた血統魔法。例え声が幾重に重なっていようとも、唱えた使い手を見誤るわけがない。

 ミスティは感情に任せたまま、会場を地獄へと変えた使い手の名を叫ぶ。


「"グレイシャお姉様"!!」


 視線は壇上で座るグレイシャへ。

 ミスティと踊っていたノルドは両手で顔を覆いながら膝から崩れ落ち、椅子に座るアスタは目の前の光景に腰が抜けたのか、椅子から滑り落ちていた。

 グレイシャだけが――肘掛けに肘をつき、会場をじっと見ている。


「……ふふ、うふふふふ! あははははははははは!!」


 会場を氷で支配した悪魔が笑う。

 響く高笑いはそれでもなお、透き通るように純粋だった。


「ふーん……ミスティはともかく、アスタまで何も変わらないって事は……やっぱり血統魔法は同じ血筋の人間には影響を与えないようね……影響が出るのはあくまで制御に失敗した時だけと、いい実験になったわね」


 グレイシャは一頻り笑うと、ミスティとアスタを見てどうでもいい感想を口にする。


「何をしているのかと聞いているのです! グレイシャお姉様!!」

「何をしたか? 見てわからないかしら? 人質をとったのよ」


 満足そうに、グレイシャは手を広げた。

 それはまるで自分のした事を自慢するかのように。


「人質……?」

「ええ、マナリルの大事な、大事な、貴族達をね」


 グレイシャが何を言っているのかミスティにはわからなかった。

 人質? 誰に対しての?

 同じマナリルの貴族がマナリルの貴族を人質にとるなど、無意味にもほどがある。


「どういう意味ですか……! どういうつもりなのですかグレイシャお姉様……!

この魔法を領域固定もせずに使ったら……! 使ったら……!」


 信じたくない。さっきまで普通に会話していた自分の家族が、こんな凶行を行う事を。

 カエシウス家の血統魔法。それは千年続く氷の世界。

 ミスティが手加減せずに使えば放出範囲内の生き物を全て殺してしまうほどに"現実への影響力"が高まってしまったカエシウス家の切り札にして、マナリルを守り続けた抑止力。

 それを今――グレイシャは手加減せずに使用したのだ。


「人質って言ったでしょう? あなたと違って私はこの血統魔法に別の解釈を見出してるもの。ちゃんと生きてるから安心なさい。ま、殺すも生かすも私次第ではあるけど……とりあえず一人くらい殺してみる?」

「何を言って……!」

「冗談よ。もう」


 グレイシャはミスティの反応が面倒臭いとため息をつく。

 ミスティは寒気がした。断じてこの寒気は会場内の気温が下がったからではない。グレイシャの様子が、あまりに普通な事に。

 百人以上の命を自分の手の平に握ってなお、グレイシャの雰囲気は変わらない。

 数日前に髪を梳いてもらっていた時のように。

 会場に入る前、部屋でドレスを見てもらっていた時のように。

 今から他愛のない雑談をし始めてもおかしくないほどにいつも通りで、そんな風に振舞える姉の姿を見てミスティはぞっとした。


「何故こんな事を……! 何か……理由がおありなのですか……? 誰かに、誰かに脅されてこんな事を……?」


 それでも、ミスティは縋るように問い掛けた。

 あの優しい姉がこんなことをするはずがない。確証も無い、甘い、ひたすらに甘い期待を抱いて。

 そんなミスティをグレイシャは一瞥する。


「……私はね、ミスティ。私らしく在るのが一番美しいと思ってる」


 グレイシャは語りながら立ち上がる。

 立ち上がるグレイシャを見て、アスタはひい、と小さく悲鳴を上げながら後ずさった。


「学院に行ったのも、家を出て芸術家になったのも、私が私らしく在ろうとした結果。私は常に私らしく在る道を選んでいるわ。それはこれからも変わらない」


 ゆっくりグレイシャは歩き始める。


「私らしく在る為なら何だって利用するわ。だってそれが私だから。私が私らしく在る為なら、私は手段を選ばない」


 グレイシャが向かう先は一つ。


「何故かと聞いたわね、ミスティ? だって仕方ないでしょう? 貴族である自分より、王族である自分のほうが私らしくて、一番美しい私の形だと思ってしまったのだから」

「何を……言ってるのですか……?」

「ここで氷漬けになっている貴族達は人質よ。このくらいしなければ、マナリルとの交渉権は得られない。言うなれば、この国の名と私の名前を刻む為の歴史の礎といった所かしら」

「グレイシャ……お姉様……?」

「そして……脅される? 馬鹿言わないでミスティ。

私の目的は最初から一つ。魔法を磨き、芸術を理解する。それは今日までの前準備……いつか見た幻想を此処に、不可能を現実に、私はずっと、ずっと待ち望んでいたのだから」


 ミスティ達が座っていた壇上の椅子よりも更に奥。

 そこにあるのは数百年、誰も座ることの無かった空の玉座。

 この地がマナリルとなった際に切り取られた空白の席。

 歴史に消えた国の玉座に今再び――彼女は腰掛け、君臨する。


(こうべ)を垂れよ。新生を言祝(ことほ)げ。その命を持って復活の福音とするがいい。

私の名はグレイシャ・トランス・カエシウス。"ラフマーヌ王国"正統後継者にしてカエシウスの名を持つ者。今こそこの玉座に付き、古き王国の復活を宣言しましょう」


 それは数百年越しの宣戦布告。

 歴史の雪に埋もれた国の侵攻。

 今は無き国。今は無き王。彼女は高らかにその名を叫び、幻想の一歩を踏みしめる。


「言ったでしょうミスティ? 私は、お姫様に憧れたって」


 グレイシャは玉座で微笑む。

 それは残酷な事にいつもと変わらない笑顔。

 誰かに脅されている事も無く、狂気に触れたわけでもない。

 十六年生きてミスティはようやく知る。グレイシャ・トランス・カエシウスという人間を。

ここで一区切りとなります。

今日は短い幕間も更新します。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] プリンセス通り越してクイーンになってしまった
[良い点] ルクスの解説とお姉様の恐ろしさにゾクゾクしました。美しいからこその恐ろしさってありますよね……。
2021/01/26 12:01 退会済み
管理
[一言] 知ってた だってネタバレあったし 未来の情報知ってると緊張感薄くなる気がする
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