幕間 -情報提供者マキビ・カモノ-
「それはカンパトーレの信号じゃねえよ」
二本の剣を首にあてられながらマナリルの囚人マキビ・カモノは聞かれた問いにそう答えた。
マキビは数か月前、ミレルの事件に加担していた魔法使い。近年カンパトーレから攻め込まれているガザスでは有名な人物でもあった。与えられた役割以上の殺戮はしない為、カンパトーレ内での評判は普通程度に収まっていたものの、その魔法の実力はカンパトーレに所属する食客貴族としては高い。
その危険度から本来なら死刑か喉を潰して牢獄に入れられるかなのだが、ミレルの事件で最後には寝返った事が直接遭遇したルクスとエルミラによって語られ、さらにはマナリルに協力的で様々な情報をマナリルにもたらした事から利用価値が高いとされて王都の地下の牢獄施設にいる。
それでも二人の憲兵に剣を突きつけられ、対面する宮廷魔法使い"ファニア・アルキュロス"が目を光らせてはいるが、直接喋らせて貰っているだけ破格の待遇といえる。
マキビの持ち物の魔石が突然光り出した事でマキビは牢獄から尋問室へと連れてこられていた。
「では何だというのだ?」
金色の長髪に銀の瞳に鋭い目付き、魔法使いには珍しい腰に下げた剣が特徴のファニア・アルキュロスが短く問う。
アルキュロス家はマナリルの西部に領地を持つ家だ。ファニアはそのアルキュロス家の次女であり、当主にこそならなかったものの二十三という若さで宮廷魔法使いとなったアルキュロス家の出世頭。
女性ながら対面する相手を威圧する迫力があったが、マキビはそれに圧されるようなことは無い。
「正確にはカンパトーレだけが使う信号じゃないって感じだな。常世ノ国もこの伝達方法を使ってる。常世ノ国にはそもそも通信用の魔石すら無かったからな」
「常世ノ国はもう滅んでいると別の者が証言している。それは虚偽というのか?」
「ちげえよ。俺はガキの頃に常世ノ国を出てるから詳細は知らねえ。その別のやつが滅んでるってんなら常世ノ国って国は滅んでるんだろうよ。
俺が言いたい重要な事はその伝達方法を使ってるのはカンパトーレだけじゃないって話だ」
ファニアの眉がぴくりと動く。
どこか言葉を濁そうとしているマキビの意図を感じて。
「あんた宮廷魔法使いか?」
「……そうだ」
「じゃあミレルの話は聞いてるだろ?」
「ああ。直接見てはいないから半信半疑ではあるがな」
マキビに剣を突きつけている憲兵二人が顔を見合わせる。
憲兵はミレルの事件の真実を知らない。マキビに対してもカンパトーレの危険な魔法使いという認識なだけだ。
対して、ファニアは宮廷魔法使い。ミレルで起きた事件の本当の姿を聞いている数少ない魔法使いの一人。この確認は真実を知っているかどうかという話だ。
「俺としばらく一緒にいたナナっていうダブラマの魔法使いも俺と同じやつを持たされてた。まぁ、食われちまったから確認する手段はねえけどな」
「ダブラマの……?」
「そうだ。俺の雇い主のお仲間はダブラマとも共同歩調をとってた。ダブラマとしても興味深かっただろうし、マナリルを狙ってるようだから都合が良かったんだろうな。知っての通り、俺の雇い主はダブラマの魔法使いを殺したから今はどうなってるかわからない。もしかしたらもう決別してるかもしれないし、ナナなんてどうでもいいとそのままかもしれない」
大百足という具体名を出さずに説明するマキビ。
ファニアの顔色が変わる。
「俺の雇い主は適切な戦力をカンパトーレの魔法使いから探して俺を選んだらしい。ダブラマやマナリルと違ってカンパトーレは金さえ積めば敵対国以外には魔法使いを提供する後腐れない国だからな。カンパトーレからしても都合がいい、数人魔法使いを貸すだけで勝手にマナリルを攻撃してくれるし、俺の雇い主は金払いもよかった。多分他の奴らもそうだろうな。
何が言いたいかもうわかったろ? 俺を雇ってたやつとカンパトーレは別物だ。確かにカンパトーレだけで何かをやってる可能性だってある。だけど、それは最悪の想定じゃない。カンパトーレだけで動いてるんならむしろあんたは安心するべきだ」
マキビから送られる最大限の忠告。それはミレルで自分を相手にした二人の貴族への敬意によるものだった。
ファニアはマキビの話を聞くと立ち上がる。
「礼を言う。マキビ・カモノ」
「なあに、礼なら今度デートでもどうだい?」
「それは断る。牢に戻せ」
ファニアはマキビを再び牢に入れるように指示すると、マキビは口を塞がれる事に抵抗もせず、そのまま憲兵に連れられて尋問室から牢へと戻されていった。
「常世ノ国か……海の向こうに随分傍迷惑な国があったものだ……」
常世ノ国。
自立した魔法の存在によって確認しに行く事すらできない未知の国。
マキビの話からファニアもその未知の国からの侵略者の影を見る。
翌日、通信用の魔石の使用が再び申請され、カエシウス家に二度目の通信が送られる事となった。
ここで一区切りとなります。
次の更新から舞踏会となります。
『ちょっとした小ネタ』
常世ノ国は自立した魔法に囲まれていて外国からほとんど侵入ができない状態です。
出る者は阻まず、入る者は拒むという傍迷惑な魔法のせいで常世ノ国には他国の文化がほとんど入っておらず、魔法分野も他国ではすでに禁止されているような実験が平然と行われていました。
逆に他国にはちょこちょこ常世ノ国のものがあったりします。ルクスの好きな麦茶とかがそうですね。マナリルではもっぱら煎じ薬扱いで常飲する人はいないですが……。