16.実技
「流石ですね、アルム」
「慣れてるからな」
感心するミスティにアルムはなんでもないような口ぶりで答える。
アルムとミスティは本棟にある一室で補助魔法の実技を行っていた。
測定用の魔石くらいしか置かれていない四角形の殺風景な部屋。
やる事は単純で、今やってるのは設置された魔石から魔石に繰り返し触れていくという単純なもの。
強化前も測定し、強化後にどれだけ速度が上がるかをチェックするのだ。
強化の補助魔法はどの属性にも存在し、戦闘でも頻繁に使われる基本魔法だ。
強化後にどれだけ動けるかを把握した上で反復によって魔法の向上を狙うのが強化の実技である。
「うーん、やはりミスティには劣るな」
「がっかりするのはこちらのほうです。こちらは属性ありだというのに大して違いがございません」
先に終えているミスティとアルムの記録を比べてみるとミスティのほうが勝ってはいるが、その差は一秒ほどしか無い。
ミスティはそのせいで肩を落としていた。
「でも上がり幅はミスティのが上だ。魔法の効果が高い証だろう」
「上がり幅が大きくても差が無いということは使い手の身体能力に問題があるということではありませんか」
「そこは男女の差があるだろ」
「それを言うなら属性の差もありますでしょう?」
「むむ……」
言い返せない。アルムの負けだ。
男女での身体能力の差は確かにあるが、魔法の属性はそれを補うには十分な力を持つ。
アルムとルクスが戦った際にルクスの強化魔法一つでアルムが接近戦を諦めたのもそれが理由の一つである。
どのジャンルの魔法であろうと、無属性魔法が他の属性魔法に勝つにはアルムのように特殊なものにしなければいけない。
そしてアルムが今回使ったのは特に珍しくも無い『強化』の魔法だ。
普通ならミスティがもっと差をつけてもおかしくない。
「運動は苦手ではないと思っていたのですが……走り込みでもすれば変わるのでしょうか?」
「ミスティは結構小柄だからな……」
ミスティの悩みに何かいい案を出せないかとアルムはミスティをじっと見る。
その視線にミスティは恥じらうように自分の体を抱いて隠した。
「またじろじろと……気にしてますのに」
「あ、すまん……つい」
言われて慌てて目をそらすアルム。
今度は視界に入れないほど顔を横に向けているのがおかしかったのかミスティはイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「気にしているのは本当ですが、責めてはおりませんわ。悪気が無いのはアルムは特にわかりやすいですし」
「……やはり俺はわかりやすいのか?」
「ええ、それはもう」
アルムは難しい顔をしながら置かれた魔石に自分の顔を映す。
その姿をにこにこと見るミスティに気付くことは無く。
そんな中、部屋の扉が音を立てて開いた。
「あら、ヴァン先生どうなさいましたの?」
「ああ、お前らか」
入ってきたのはアルムが入学当日に会った無精髭で髪がぼさぼさの先生だ。
名前は"ヴァン・アルベール"というが、生徒達からはよくアルベールっぽくないと言われている。
風属性の魔法を得意とする有名な魔法使いだったらしいのだが、アルムにはわからなかった。
ヴァンは入るなり、何かを探すかのように室内を見ている。
ここには魔石と自分達しかないのにとアルムとミスティは不思議がって顔を見合わせた。
「変な事を聞くようだが、最近変わったことはなかったか?」
「変わった事?」
「曖昧な質問ですわね……何かとは?」
「何でもいい、街に新しい店が出来ただの普段そこにいないやつに声を掛けられただの、怪しいやつを見ただの」
室内に何もない事を確認すると今度は魔石にぺたぺたと触れ始める。
魔力を流したり流さなかったりしているのか、魔石は魔力で点滅するように光る。
「そもそもどんな人が怪しいんだ?」
「アルム……」
普通なら呆れてしまうような疑問だが、アルムは真剣な顔をしているところを見ると大真面目のようだ。
事実、カレッラとここでは服装も活動時間も違うので何をもって怪しいと判断すればいいのかがアルムにはわからなかった。
「ああ……お前に答えを求めたのが間違いだった」
「何かございましたの?」
「……いや、いい。邪魔したな」
一通り触ると、急いでいるようでミスティの質問に答えることもなくヴァンは出て行ってしまった。
アルムも同じように魔石に触れてみるが、魔石は今ヴァンが触っていたような反応しか示さない。
魔力が通じて光るだけだ。
「何だったんだろうか」
「敵対国からの刺客か、反魔法組織でも街に潜入されてるのでしょうか?」
「敵ってことか。街にって……まずいんじゃないのか?」
「慌ててはいけませんわ。正式に注意喚起が出ないという事はまだ情報が入って真偽の確認をしている段階だと思われます。下手に不安を煽れば私達がパニックになるかもとお考えなのでしょう。危険があるとわかればいずれ知らされますわ」
「ミスティは落ち着いてるな」
「実家にいた頃にも似たような事がございましたの。その時も父達も真偽を確かめるまでは領民をパニックにしないようにと努めていました」
妙に落ち浮いていたのは似たような経験があるからかとアルムは納得する。
ミスティはそのままアルムを安心させるように言葉を続けた。
「それに潜入といっても反魔法組織の魔法使いなら数人いてもこの学院をどうこうする事はできません。警戒していれば大事にはならないでしょう」
「……ん?」
何かおかしな言葉があったようなとアルムは天井を見上げる。
「反魔法組織なのに魔法使いがいるのか?」
「ええ、まぁ」
「矛盾してないか?」
魔法に反対してるのに魔法を使う?
アルムには意味がわからなかった。自分達が魔法を使ってしているのに魔法に反対するなんて主張は説得力が無い。
聞かれたミスティも困ったような表情だ。
「まぁ、そういう正論が通じない方々という事ですわ。ただの団体活動で終わればいいのですが、魔法を不当に利用する者に鉄槌を、と魔法使いが攻撃を仕掛けてくる過激なところもありますので軽視はできませんね」
「難しいな……」
「魔法を不当に利用しているのはどちらなのかと……頭が痛くなってまいりました」
頭に指を当てるミスティ。
ふとアルムは入学前夜に自分の師匠に言われた事を思い出した。
君はもっと知る必要がある。
ここにいると自分が何も知らないという事がよくわかる。
「よし、もう一回やろう」
「お付き合いしますわ」
今はわからないなりに魔法使いとしての鍛錬を。
アルムはもう一度、実技の為に魔石に触れた。