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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第三部:初雪のフォークロア
172/1050

156.不安定な足下

「はい、次は足をこっちに」

「こ、こうか」

「そうそう。でもこうやって足を動かす事を意識するんじゃなくて、音楽に合わせる事を意識してね。音楽が無いから難しいかもしれないけど」


 スノラではアルムがホテルの一室でフロリアに手を引かれながら足下をゆっくりと動かしていた。

 カエシウス家の当主継承式に舞踏会があるという事は二週間前に知っていたものの、ミスティを狙う補佐貴族がいるという話でそれどころでは無かったアルムは、今急いでダンスのステップをフロリアに教えてもらっていた。今から覚えても付け焼刃で満足に踊れるはずがないのはアルム本人もわかっている。

 しかし、自分は平民といえど今回の当主継承式の主役とも言える友人に招待された身。その自分がひたすら踊る相手の足を踏み続けるわけにはいかないとアルムは必死に頭にフロリアからの教えを詰め込んでいた。


「う、うーん……」


 それをソファに座り、傍らで見ながら唸るルクス。

 ここはルクスがスノラ滞在中に過ごすホテルの一室だ。流石はオルリック家というべきか、ホテルの最上階にある四部屋の内二部屋を父クオルカとルクスがとっていて、他の部屋とは比べ物にならない広さだ。アルム達はそのルクスの部屋に集まっている。

 当然アルム達もホテルはとってある。スノラに来る途中で立ち寄った村の宿よりは当然豪華な部屋で、アルムに至っては感動すらしていたが、ルクスの広々とした部屋には敵うはずも無い。

 広いだけでなく、部屋に飾られる調度品の全てが高価な物で揃えられており、下手な貴族の部屋より豪勢といえる。貴族用と言われるのも納得の内装だった。


「ベネッタくんを襲ったのか……そうか……」


 ルクスが唸っているのはフロリアとネロエラが合流した経緯を聞かされたからだった。

 ルクス自身は二人を信用したわけでは無いが、補佐貴族と情報を交換できる機会だとアルム達と一緒に部屋に招いたのだが、あまりにも常識から外れた和解であった事実にルクスは受け入れがたいような難しい顔をしている。


「狙われたボクがいいって言ってるんだからいいでしょー」

「いや、うん、ベネッタくんがいいならいいけど……普通殺すか自分の家に一方的な従属を要求してもおかしくないような事態だからちょっとね……」

《そこはベネッタ嬢に感謝している》


 斜め前に置かれたレトロ調の椅子に座るネロエラが見せてきた本の文字を見てルクスはつい苦笑い。

 そんなルクスを見てソファの中央に座るエルミラは当然という表情を浮かながら自分の右に座るベネッタの頬をつっつく。


「ほらほら見なさい、普通はルクスや私のほうが正しい感覚なのよ。普通は」

「ほ、ほっぺがー」

「いや、ベネッタくんの言う事もわかるよ。ミスティ殿の味方を減らさないという見方をするなら確かに合理的だ」

「あんたはどっちの味方なのよ」

「いや、どっちかというと君だから頬をつつくのはやめてくれエルミラ……」


 そんなソファで話すルクス達をフロリアはアルムの手を引いて誘導しながら眺めている。


「すごい遠慮の無さ……」

「いや、ああ見えて気を遣ってる……と思う」


 足を動かしながら言うアルム。何処か自信無さげな回答が妙にリアルだった。


「そうなの? 私にはそう見えないけどね……」

「俺も最近わかってきたような気がするだけだから自信は無い」

「……ミスティ様ともあんな感じなの?」

「ん? ああ……」

「ふーん……」


 ステップを踏む足を止めてその光景を眺めるフロリア。

 その瞳の奥に羨望が含まれているなどアルムには知る由も無く――


「あ」

「いったあ!」


 そのまま必死にステップを覚えようとしていたアルムはフロリアの止まった足を踏んでしまった。


「す、すまん!」

「いや、いいのいいの。今のは私が悪かったから気にしないで」

「踏んだからチェンジよ。行きなさいベネッタ」

「オッケー!」


 教えている内にアルムが足を踏んだら先生を交代するという謎のルールが出来ていた。

 最初はエルミラが踏まれ、今フロリアが踏まれたので今度はベネッタがアルムに教える為にソファから飛び出した。逆にフロリアは先程までベネッタが座っていた場所に座る。


「頼むベネッタ……それにしても、やっぱ皆普通に踊れるんだな……」

「そりゃダンスは基本教養だしー?」

「まぁ、没落しててもとりあえず覚えるわよね」


 当たり前という口ぶりのベネッタとエルミラを見てアルムは珍しく貴族と平民の格差を肌で感じていた。

 普段対等に接してくれているエルミラやベネッタもやはり貴族。社交界の基本は当然抑えていて、舞踏会が目前に迫ったからといってアルムのように特に困ることは無い。魔法以前の基本教養にあたるからだ。

 アルムはあくまで幼少の頃から魔法の知識を蓄えてきただけの平民。貴族の基本教養など身に付いているはずもない。


「それにしても……結局ミスティ様を狙ってた補佐貴族ってどこの家なのかしら」


 ソファに戻ったフロリアが口にした疑問。

 それこそがルクスの部屋に集まった本題でもあった。


「僕は正直君ら二人のどちらかと思ってたけど……ベネッタくんを狙ったのなら行動が少しおかしいね」

「当たり前よ。私達は犯人じゃないわ」


 フロリアがそう言うとネロエラもうんうんと頷く。


「うん、今となっては信じるよ。肝心のミスティ殿はもうトランス城に着いてるし……ベネッタくんを狙うメリットはむしろミスティ殿を殺した後にしかない」

「ミスティを殺した後はあるのか?」


 足を動かしながら話を聞いていたアルムの疑問にはエルミラが答える。


「犯人はベネッタだったってでっち上げられるでしょ。カエシウス家からミスティを狙ってるっていう情報が書かれた書状は来てるんだからそれを理由に正統性は認められるし、実際ベネッタは補佐貴族の中ではミスティに近かったから端から見れば怪しく見えるもの。

でもベネッタを先に狙う意味はない。標的であるミスティを殺せてないのにでっち上げるも何もないもの。ミスティを殺せないまま罪を擦り付ける為の相手だけ用意したって犯人からしたら意味ないでしょ?」

「それは確かに……」

「だから後三人。ベネッタを抜いたら後二人ね」


 エルミラは広げた指を三本折り、残る二本の指を強調する。


《クトラメル家とペントラ家だな。他の補佐貴族は北部に釘付けだったから少なくともミスティ様を殺せるような行動は起こせない》

「状況だけで言えばクトラメル家のコリンも無いんじゃないかな……僕に情報を渡した結果オルリック家がミスティ殿を護衛する形になってしまってるし……」

「私とネロエラもクトラメル家は無いと思ってるんだよね」


 フロリアが目を向けるとネロエラは頷き、道中アルム達に説明する際に書いた各家の調査結果をルクスに見せる。

 クトラメル家はミスティの周囲を調査しておらず、補佐貴族達の動きだけを追っていて自分達と同じで犯人を見つけようとしている動きだった事、ペントラ家はそもそも動きが変で酒類の情報しか集めていないという事。


「君達の調査に間違いないならペントラ家が一番可能性があるけど……」


 ルクスはそうは言っているものの明らかに腑に落ちていない。

 ネロエラがペントラ家についての情報を書いたページにはアルム達に説明する際に書いていたネロエラのペントラ家に対する私見も書かれている。


《ペントラ家が他貴族とさほど繋がりが無い上に魔法の才能を考えてもミスティ様を狙えるとは思えない》


 この一文にルクスも同意見だったからだ。


「……カエシウス家の情報が間違いだった線は?」


 フロリアはネロエラをちらっと見ると、ネロエラは見せていたページをまだ何も書いていない所までめくってルクスの疑問への回答を書く。


《それならそれで私達は構わないが……違和感は残る》

「ね。ミスティ様が無事ならマーマシー家としても特に困らないもの。けど、カエシウス家がそんなミスするかなって疑問はあるかな」

「そうだね……これは考えても確認する手段も無いから無駄かな」


 ルクスは困ったように頭を掻く。

 一番可能性があるのは不可解な行動をしているペントラ家。だが、それも消去法によるもの。

 加えてルクスの頭の中ではペントラ家の人間が何人かかってもミスティに返り討ちにされる姿しか思い浮かばなかった。下剋上にしても無謀が過ぎる。

 解決したにしてはどこか足下がふわっとしている不安定な感覚。

 フロリアとネロエラから情報を貰って現状をより把握しようと思っていただけのはずが、ルクスの中にあった安心感はいつの間にか消えていた。

 エルミラも同じような感覚だったのか、んー、と小さく唸りながら首を傾げる。


「何か、こう考えると全員怪しいのか怪しくないのかよくわかんないわよね。案外、北部にいた貴族がぽろっとこぼした陰口から話が大きくなっただけみたいな間抜けな理由だったりして」

「いったーい!」

「す、すまんベネッタ!」


 傍らで足を踏まれて痛がるベネッタ。そしておろおろと申し訳なさそうに謝るアルム。

 ルクス達の答えも出ない。

 当主継承式――舞踏会まであと四日。

感想欄にて体調を心配して下さっていた方々ありがとうございます。

今は大丈夫ですのでぶり返さないようによく食べてよく寝ようと思います。

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ミスティ姉がカエシウス家の印でデマの手紙を送ってごちゃつかせている間に使用人を介して組織と共にミスティを暗殺する感じか?
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