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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第三部:初雪のフォークロア
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幕間 -水面下-

「あぎゃ……おご……」

「ほらほら頑張れ」


 アルム達がスノラに到着したのと同日。

 蝋燭の光だけが灯る暗闇の中、ずりずり、と皮膚と布が床に擦れる音がする。必死に手を伸ばし、床を掴んで体を前に。前に。

 這って進もうとする傷だらけの男に向けて、応援する気などない拍手が響いていた。


「ほーら出口の光が見えるだろう? あと何回か手を伸ばせば出れるぜ」

「ひっ……ひっ……!」

「そんなに怖がるなよ。強化でも使って走ればすぐに出れるんじゃねえの? なあ? ドース・ペントラ? それとも腹の贅肉で動けないってか?」


 恐怖に怯えながら床を這うのはドース・ペントラだった。ドースはただ手を伸ばして体を無理矢理進めるのを繰り返す。

 冷静に考えればそんな事で逃げられるはずもない。それでも必死に、必死に這って進む。もう片方の手に握るビールの入った袋を握りしめながら。


「まぁ、運が悪かったな。俺じゃないやつならただやられて終わりだったのに……あら? 結局あんたがやられる事に変わりねえな? かっかっか!」


 馬鹿にするような口調でドースを見下ろす男は笑う。

 笑い声は壁や天井、狭い通路に反響して響き渡った。

 奥の方まで続く暗闇、低い天井に狭い通路。ドースと男のいる場所は地下の通路のような場所だった。


"程々にしろ"

「あー、はいはいわかったよ。拘束すりゃいいんだろ拘束すりゃあよ」

「あぐっ……!」


 暗闇の奥から聞こえる声。その声に苛立ちながらドースを見下ろしていた男はドースを踏みつける。


「ったく、俺の魔法は手加減しにくいんだからこんな役目で置いておくなよ……あー、城の中にいるあいつらが羨ましいわ」

「っ……! っ……!」

「あ? 安心しろよ。一応当主継承式の間までは生きられるからよ。生きるだけだけど」


 ドースを踏みつける男は懐から布を取り出して口を塞ごうとするが、途中でその手を止める。


"貴様……"

「まぁ、いいじゃねえか。おいデブ。いくらなんでもまだ魔力残ってんだろ? もう少し抵抗してみないか? 流石にウォームアップくらいはさせてくれよ」

「う……ぐっ……! あ……!」

「うぐ、じゃねえんだって。血統魔法使ってねえだろ? ほら、待ってやるから使ってみろって」


 男の声を無視してドースは先の床に手を伸ばす。出口であろう光に向かって、それが決して届かないものだとわかっていても。


"……もういい"


 抗うドースと一向にドースを拘束しようとしない男。どちらにも嫌気が差したのか暗闇の奥で呆れがちな声が蠢く。


"『悪戯影劇(あそびご)』"

「いっ!!」


 唱えられた一つの魔法。

 突如、ドースの足を誰かが掴む。先程までドースを見下ろしていた男ではない。

 べたべた。べたべた。何かが張り付くような感覚を足に感じたその瞬間、ドースの体はいとも簡単に引き摺られ、必死に進んだ数メートルを一瞬で無に帰される。


「あ……! あぐあああああああああ……!」


 勢いよく床に体をこすられながらドースが思うのは痛みよりも遠くなる出口の光だった。ドースは最後の力を振り絞って握っていたビールの入った袋を勢いよくその光に向かって投げる。ドースが投げた勢いで転がったビールの瓶は出口のほうに転がるものの、それで助かるなどという奇跡は起きはしない。


「あらー。さよならー」


 暗闇の奥に連れていかれるドースを手をひらひらさせて男は見送る。

 やがて暗闇の奥からドースの声は聞こえなくなった。そしてその代わりに子供の笑い声のようなものが暗闇の奥から響いてくる。

 その笑い声もしばらくすると止み、通路は静かになった。通路には先程までドースを見下ろしていた男がぽつんと残る。


「あれで補佐貴族ってんだからマナリルってレベル低いんだなおい……」


 男はドースが転がしたビールを拾い始める。


「あんだよ。一本割れてるじゃねえか……ったく……」


 苛立ちながらも五本あったビールの瓶の内四本を拾って男は満足そうに舌なめずりする。

 我慢できないと言いたげにその内の一本の蓋を開けようとしていると、男の服に着いている装飾品が淡く光った。


「おっと合図か……ちぇっ……」


 その光を見て男はビール瓶を開けるのを諦める。わざとらしい舌打ちを一つすると男もまた暗闇の奥へと消えていった。













「報告! 報告!」


 王都の地下にある牢獄施設。そこにはマナリルで犯罪を犯して投獄されながらも、情報提供を惜しまない協力的な囚人が集まっている。自身のやった事を悔いる者、情報提供による減刑を望む者など、目的は違うもののマナリルの利益になると判断された者だけが収容された特殊な場所だ。

 比較的協力的な囚人を収容するその地下から一人の憲兵が声を荒げながら階段を駆け上がっていた。駆け上がった先の部屋を勢いよく開けると、その憲兵は大声でその場にいた他の憲兵達に報告を伝える。


「先日のミレル事件の重要人物カンパトーレの傭兵マキビ・カモノの所持品だった魔石から謎の反応あり!」


 駆け上がった先の部屋には憲兵が集まっていた。階段から駆け上がってきた憲兵の報告を聞くなり、休憩中の憲兵達が集っていたその場は騒然と変わる。


「何の信号だ!?」

「わかりません!」

「マキビ本人を尋問する! すぐに手続きをとれ!」

「はい!」

「王城に向かい通信用の魔石の使用申請! カエシウス家に連絡をとれ!」

「了解しました!」


 指示を出しているのは同じように休憩をとっていたこの収容施設の長。休憩中だった脳を仕事に切り替えて各自に指示を出す。

 そして駆けあがってきた憲兵が伝えた報告の重要性に念を押すようにこう叫んだ。


「ただ魔石が光っただけじゃないかと思ってるやつは最悪を想定しろ! カンパトーレに動きあり! 繰り返す! カンパトーレに動きあり!!」


 彼が危惧するはとある国の動き。

 マナリルの北東、ガザスの北に位置する小国。

 自国の貴族を中心に他国の貴族すら受け入れて戦力を保ち、例え敵国だろうと依頼と金さえあれば戦力を派遣する自由な戦いを好む国。

 ついた名が傭兵国家カンパトーレ。

 ダブラマと並んでマナリルと敵対するもう一つの国である。

ここで一区切りとなります。

次の更新からようやく当主継承式編と呼んでいい内容に入るかと思われます。

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