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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第三部:初雪のフォークロア
168/1050

153.都市スノラ

 カエシウス領都市スノラ。

 かつて北部がラフマーヌだった頃には首都トランスと呼ばれていた都市である。

 フロリアとネロエラの襲撃から四日。アルム達はようやく目的地へと到着した。


「城壁か……」


 アルムは馬車からスノラの様子を見るも町の景観を見る事はまだ叶わない。

 スノラはベラルタのように城壁で囲まれているからだ。その高さはベラルタほどではないが、かつて国の首都だっただけあって堅牢だ。しかし、その城壁よりも目を引くのは町の奥にある山に見えた城である。

 それはおとぎ話に出てくるような青い屋根をした白亜の城。

 雲に届くようにそびえ立ち、山の中に荘厳と建てられたその城は知識など無くともこの地を治める者がいると一目でアルムに理解させる。城は景色に溶け込んでいて、自然だけの光景とはまた別の幻想的な光景を作り出す。山に見える城までの道はさながら非日常への入り口と言ったところだろうか。

 その城こそはこの地を国として治めていた王族の為の城――そして今なおその一族であるカエシウス家が居城としているトランス城である。


「城壁は町の周りにあるのに城は外にあるんだな……」

「ええ、城があるのがカンパトーレの方角でね。戦えない民を矢面に立たせないっていう象徴的な意味があったみたいね」

「おお、なるほどな……」


 フロリアの解説にアルムは感心しながらも視線はトランス城に釘付けだった。初めて見るトランス城に目をきらきらとさせている。


「あら、アルムったら随分テンション上がってるじゃない」

「ああ、だって本の中みたいだ! エルミラはそう思わないのか?」

「気持ちはわかるわよ。私もトランス城見るのは初めてだし。むかつくけど綺麗だわ」


 ネロエラはさらさらと本にペンを走らせると、窓の外に釘付けなアルムの足をちょんちょんと指でつついてから本で見せた。


《僕達は補佐貴族だから当然あるが……お前らも招待状は持っているだろうな?》

「ああ、ミスティから貰ったやつだな」

「ええ」


 アルムとエルミラは荷物の中から金があしらわれた便箋を取り出す。ベラルタでミスティから事前に貰っていたものだ。中にはミスティの名前とそれぞれの名前が書かれた青色の招待状が入っている。


《ならいい。それを見せれば城壁の憲兵のわずらわしい検査もスルーできる》


 ネロエラの言った通り。馬車が城壁に着くと、検査の為か、止まった馬車に複数の憲兵が囲むようにして現れた。

 まずは御者のドレンがベラルタで発行した通行許可証を見せるが、それでも検査はするようでアルム達は一旦馬車から降ろされた。そこで招待状を見せると、憲兵達は笑顔で馬車の通行を許可したのである。

 アルムとエルミラ二人の招待状にはミスティの名前が、ベネッタ、フロリア、ネロエラ三人の招待状には現当主のノルドの名前が書かれており、それを確認した瞬間に憲兵の険しい顔が一気に歓迎ムードに変わる様はさながら魔法のようだった。


「別人みたいになってたな……」

《それだけカエシウスの名前は大きいんだ》

「ああ、すごいんだな……」


 ネロエラが見せてくる文字を見ながらアルムは改めてその名前の持つ効力を実感する。

 そして馬車は町の中へと入っていった。


「おお」

「可愛い町ね」


 町の中に入ると、アルム達を出迎えたのはカラフルな家々が織りなす美しい町並みだった。

 白に黄色、赤色に茶色と鮮やかな家の外壁と曲線的なデザインに特徴的な急勾配の屋根とあわさり、馬車を進めながら町並みを眺めているだけで民家一つ一つに施された装飾に目を惹きつけられる。

 町の中央には運河が流れており、運河にかけられた橋を通ると、水面に映し出される町並みがまた別の顔を覗かせていた。

 町のそこここには小高い丘があり、その上にはスノラに訪れた貴族向けの宿泊施設が建てられている。今回のカエシウス家の当主継承式に伴い、多くの貴族が今は宿泊しているだろう。丘の近くには公園もあり、そこから見るスノラの景色もまた気になる所だ。


「スノラは雪が降ったらまた綺麗なのよね」

「今年は初雪まだだねー。でもそろそろ降るんじゃないかなー?」


 ベネッタは馬車の窓から外を見る。空は分厚い雲に覆われていて灰色だ。


「降るんじゃないかなーじゃないわ。とりあえずルクスと合流しないとね」

「そういえば何処に向かってるの?」

「"リコリス"ってドレスショップよ。ドレス買わないといけないのと、ルクスとの待ち合わせがそこだから。ベネッタ、ドレス選んでよ」

「まっかせてー! ボクのはエルミラが選んでねー!」

「私も用意したけどママのお古だしなあ……見るだけ見ようかな……」

《僕は遠慮させてもらう》


 エルミラ、ベネッタ、フロリアの三人が向かっているドレスショップに期待を寄せる中、ネロエラはペンを走らせて一人だけ短く拒否を示す


「遠慮させてもらうじゃないのよ。あんたらがベネッタを襲った事も含めてルクスと情報共有するんだから、少なくともルクスと合流するまでは強制で付き合ってもらうわ」

「……」


 不満そうにするも逃げ出そうとはしなかったネロエラを乗せて馬車はドレスショップに到着した。

 クリーム色の高級感溢れる建物にアルムは一瞬気圧されるも、エルミラ達の後に続いて恐る恐る入っていく。

 中に入ると、目に入ってくるのはショーウィンドウの中にずらりと飾られているドレスの数々。ようやくベラルタの店に慣れてきたアルムにとっては衝撃的な光景だった。


「いらっしゃいませ。どのような品をお求めでしょう?」


 圧倒されている中、近寄ってきていた店員の声にアルムはびくっと体を震わせた。


「何びくびくしてんのよ……?」

「アルムくんはこういうとこ苦手なのね?」

「いや、場違いすぎてだな……その、緊張が……」


 襲われている時よりもよっぽど取り乱しているアルムにフロリアはついおかしくなって小さく笑う。

 そんなアルムの様子を不憫に思ったのか、エルミラは店の入り口辺りに設置されている椅子を指差す。


「じゃあそこで見てなさい。ルクス来たら教えて。お昼頃に来るって話だったからもうちょっとで来ると思うの」

「よ、よし任せろ!」

「じゃあ行ってくるねー!」


 手を小さく振ってエルミラ達は店員と一緒にドレスの飾られているショーウィンドウへと。アルムはふう、と息を吐きながらエルミラが指差していた椅子に座る。


「ん?」

「……」


 椅子に座ったのはアルムだけではなかった。ドレスショップに来る事に難色を示していたネロエラもエルミラ達には付いていかず、椅子に座る。アルムとの距離は少し空いていた。


「ネロエラは行かないのか?」


 そう聞くと、ネロエラはアルムも少し見ると本を取り出してペンを走らせる。


《ああ、すでに用意してある》

「なるほど。だからさっき遠慮するって言ったのか」


 アルムがそう言うとネロエラは本を閉じながら小さく頷いた。閉じた拍子にネロエラの持つ本の表紙が目に入る。


「何も書いてない本って何かと思えば日記帳なのか」


 ただただ気になった事を口にするアルム。ネロエラは再び本を開いてペンを走らせ始めた。

 アルムはネロエラがそれを書き終わるのをじっと待っている。


《そうだ。だから本屋というよりは雑貨屋で調達する事が多い。本屋では売ってたり売ってなかったりとまちまちで困る》

「確かに第二寮近くの本屋じゃ見た事ないな……」

《そうだ。一番寮から近いあそこに売っていないから学院帰りに雑貨屋で調達している》

「近いって……ネロエラって第二寮なのか? 見かけた事ないが……」

《寮内で他の生徒との接触を避けているから無理もない。()は》


 そこまで書いてネロエラのペンが止まる。

 ネロエラはアルムを目だけ動かしてちらっと見ると、少しだけ、今書いている一部分をぐりぐりと書き潰した。そして改めて続きを書いていく。


()は風呂に入るのも遅い時間だし、共有スペースに行く事も無いからな。あなたとロードピスは事ある毎にあそこに集まっているようだが》

「ああ、確かに他の人はほとんど来ないもんな」

《そうだ、普通は》

「遠慮してるんだろうか」


 アルムの的外れな言葉にネロエラは慌てて今書いた部分を書き潰して書く言葉を変える。


《いや、違う。そうではない。必要以上に馴れ合う理由が無いという事だ》

「おお、そういう事か。……何かちょっと寂しいな」

《それがむしろ普通なんだ》


 そこまで書いて次のページをめくるネロエラ。

 大きく文字を数行書いてからすぐにページを変える姿を見てアルムは話題を少し戻す。


「ネロエラは会話する為の本を雑貨屋で調達してるって事は、よく雑貨屋に行くのか」

《よく行くというほどじゃない。学院では最低限の人間としか関わらないから長く会話をするのは稀だ。一冊を消費しきるのはそれなりに時間がかかる。無論念のため予備を一冊持ってはいるが》

「へぇ、意外だな。結構饒舌だと思ってるんだが」


 ネロエラが書いた言葉を見てアルムは素直な印象を口にする。当の本人はそんな印象を抱かれていた事に驚いたようで、確認を取るように聞き返す。


《私が?》

「ああ、今だって結構色んな事を話してくれるから」


 言われて、ネロエラの返事を書くペンの手が止まる。


「ネロエラ? どうした?」


 ネロエラの手が止まった事でアルムの視線は本からネロエラ本人へと。

 その頬は紅潮しており、ネロエラは伏し目がちなままアルムと本を交互に見ていた。


「あ、あの……」

「ん?」


 そして今まで文字で会話していたネロエラは躊躇いがちに口を開く。小さく開けているものの、牙と呼ぶべき鋭く白い歯が見える。


「め、面倒じゃないのか? わざわざ私が文字を書くのを待ってなんて……今しているのは特に意味も無い会話だ。無理に話そうとしなくてもいいんだぞ?」


 ネロエラは少し震えた声でそう尋ねるも、アルムは特に変わらぬ表情で答える。


「いや、話し方は人それぞれだからな。特に面倒だとは思わない。それに会話する事に意味が無いとは思わない。こうして会話するだけで俺は楽しい」

「そ、そうか……? 本当か……?」

「ああ。俺こそ色々聞いてしまって答えるのが面倒だったりしないか? 普段みんなと喋る時もこんな感じで色々聞くのが癖になってしまってついな……」

「も、問題ない。アルムとの会話は……私も苦ではない……」

「よかった。互いに苦じゃないならさっきみたいに話してても問題ないな」


 アルムが口元で笑いながらそう言うと、嬉しそうにうんうんとネロエラは頷く。

 そして再びペンをとって今度は自分が何か聞いてみようかと考えながら白紙のページに言葉を走らせていく。そんな光景をエルミラ達が遠目に見ているとも知らずに。


「い、意外に盛り上がるのねあの二人……」

「アルムって意外と聞き上手……かは微妙だけど、色々聞いてくるから話す方としては楽なのよね」

「ああ、確かにー」

「ねぇ……やっぱこれってそういう事?」


 フロリアが聞くと、エルミラとベネッタは力強く頷く。


「こりゃネロエラは大変だね……」

「何言ってるの。アルムといるといつも大変よ」

「そうそうー……あ、ルクスくんだ」

「え?」


 ベネッタが指差す先には丁度ドレスショップに入ってくるルクスの姿。ベラルタにいる時と変わらず制服のままだった。

 ルクスは店内に入ってくると、座っているアルムに気付いて再会を喜んでいた。


「ルクスー!」


 エルミラが呼ぶと、店内のショーウィンドウ前にいる三人にも気付いたのかルクスは小さく手を振った。

 まずはルクスの話を聞くべく、エルミラ達はドレス選びを後回しにする。


「エルミラとベネッタもよかった。みんな無事に到着したみたいだ……っていうか増えてるね。マーマシー家とタンズーク家の人だよね? 一緒にいるって事は今回の件で協力する事にでもなったのかい?」

「ええっと……」

「……」


 余りに気まずい質問に目を逸らすフロリアと黙るネロエラ。

 協力どころか、ベネッタを殺す気満々でしたとは流石に言いにくい。


「ま、それは後で話すわ。そっちはどうだったの?」


 気になるのはミスティとルクスの道中だ。

 ルクスが無事にいるという事はそういう事だろうが、念のためにエルミラはルクスに尋ねる。


「平和だったよ。道中は何のトラブルも起きなかった。ミスティ殿も無事トランス城に昨日着いたはずだ」

「まぁ、そうよね……ミスティとルクスどころかルクスのお父さんまでいたら襲うとか無理だもの」

「ああ。今の所スノラにいる補佐貴族にもおかしな動きはないし……ミスティ殿がトランス城に到着したから補佐貴族達がどう動いてもカエシウス家の目をかいくぐるのは難しい。とりあえずもう大丈夫だと思う」


 ルクスの言葉にアルム達はほっとする。元よりミスティがそこらの魔法使いにやられるとアルム達は思っていないが、やはり狙いやすい道中では万が一という事もある。こうして無事に到着したとなると安心感が違うのだ。


「当主継承式まであと数日……油断はできないけど、トランス城に着くまでに何の妨害もしてこないって事は尻尾を出す前に断念したのかもしれないね。これだけミスティ殿の周りを固められたら難しいだろうし」


 カエシウス家の当主継承式まであと四日。

 ミスティが無事トランス城に到着した事で、アルム達は一時の安堵を手に入れた。

 スノラの空は灰色のまま。

 初雪の日はすぐそこまで来ている。

いつも読んでくださってありがとうございます。

明日は普通の更新と幕間の二本更新します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 相変わらずの人たらしっぷりよのぅw
[良い点] こういうコンプレックス持っている子が心を開いていく姿はめちゃくちゃ好きです
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