151.スノラまで
前回更新時に出てきたカエシウス家の現当主の名前がレオールとなっていましたが、正しくは最初にミスティが出した通り"ノルド"という名前です。
混乱させて申し訳ありません。今は修正されています。
「私も優しくなったものよね……」
アルムの魔法が解けるのを待ってからアルム達は再び馬車に乗ってカエシウス領都市スノラを目指す。
窓の外を見ながら呟くエルミラの両隣に座っていたアルムとベネッタは互いに顔を見合わせた。
「エルミラは元からこんな感じだよな?」
「ねー」
「うっさいわね! 言っておくけどねぇ……この状況おかしいわよ!? どこの世界にさっき自分達を襲ってきたやつを同じ馬車に乗せるやつがいんのよ!?」
エルミラはそう言いながら正面に座っている二人を指差す。
目の前に座っているのは先程五匹の白い魔獣エリュテマとこの馬車を襲ってきたアルム達と同じ制服の二人。フロリアとネロエラである。
「ここにいるじゃないか」
「うんうん、ボクがいるよー」
「あんたらね……いや、もういいわ……疲れてきた……」
二人に挟まれてエルミラはついため息を漏らす。
エルミラも先程二人の事を許すと言っているだけに今の状況には強く文句が言えない。
今回の件はベネッタの決定に委ねるべきだとアルムは言った。その時点でこうなる事は決まっていたのかもしれない。諦めてエルミラは今の状況を受け入れる。
《僕だって乗りたくて乗ってるわけじゃない。エリュテマに乗って行くこともできたんだからな》
「私はここの同盟無くなった時点でネロエラの助けを借りられる理由が無くなったから正直助かったけどね。でもベネッタが私達を乗せようって言いだすとは思わなかった」
相変わらずネロエラは本に自分の言葉を書いており、フロリアは少しネロエラと間を空けて座っている。
フロリアとネロエラの同盟は解消された。
ベネッタがニードロス家を継ぐ気は無いと言った事、そして何より命を狙ってきた自分達を大して気に留めておらず、あまつさえ目的地が一緒だから一緒に馬車乗らないかなどという提案までベネッタはしてきた。
ベネッタが犯人だとすれば違和感なく敵対する補佐貴族を殺せる状況。だが、そんな事興味ないと言わんばかりのベネッタの様子は二人にベネッタが自分達の敵ではないと判断させるには十分な姿だった。
「ネロエラって言ったっけ……あんたよくそんな生意気な態度とれるわね?」
《事実だ》
話をするのも鬱陶しいと言わんばかりの短い言葉とそっぽを向くネロエラにエルミラは少し苛立つ。
「あんたね……!」
「ネロエラは私と同盟組んできた時もこんな感じだから相手しないほうがいいよ。最初は私も苛ついたけど、人間って不思議ー……こんな無愛想なやつでも慣れちゃうんだものね」
フロリアはそこまで言って何か思いついたのか、むふふと笑うとそっぽを向いてるネロエラをからかうように覗き込む。
「それとも……こんな美女達に囲まれて緊張しちゃってるとか?」
《黙れ》
ネロエラはささっと一言だけそう書いたページを見せながらフロリアの鼻にわざと押し付けた。
「いたた! 痛い痛い! 貴族の男ならもっと紳士的な対応しなさいよね!」
「男なら?」
何か気になったのか、アルムはフロリアの言葉を一部繰り返す。
アルムが平民という事はフロリアも当然知っている。カエシウス家が王族だったという事すら知らなかった世間知らずだ。図書館で北部について調べていたように、今度は貴族の振舞いについて気になったのかとフロリアはアルムに基本を教えようとする。
「貴族の男たるもの紳士的な振る舞いはかかせないのよ。少なくとも建前は、だけどね。でもネロエラは特に紳士の欠片も無いから――」
「いや、ネロエラは女だろ」
「え」
「ん?」
「「え?」」
的外れだったフロリアの言葉に被せるようにアルムが言うと、フロリアだけでなく聞いていたエルミラとベネッタも驚いたようにネロエラのほうへと向く。
ネロエラは会話する為の本に自分の言葉を書こうともせず、ただ黙ってそっぽを向いているだけだった。
「あんた女なの!?」
「嘘嘘! 一月以上ずっと男だと思ってたわよ私……!」
声もリアクションも大きいのはエルミラとフロリア。ネロエラは面倒くさそうに目を瞑る。
「何だエルミラまで……見ればわかるだろ?」
「いやいやいや! 制服男子用じゃない! 見てわかるってんなら男でしょうよ!?」
エルミラはネロエラを指差す。ネロエラの制服はアルムと同じ男子用だ。上半身のデザインには大して差は無いが、下はズボンとスカートで明確にデザインが違っている。
「ああ、そこは不思議だった。でも別に何を着るかは自由だろう? 俺の育て親のシスターだって別にシスターじゃないけどシスターの服着てたし」
「そこもちょっとツッコみたいけど今は置いておくわ! いや、確かに線は細いし中性的な顏してるとは思ってたけど……」
アルム以外の三人からの注目を鬱陶しそうにしながらネロエラは事の発端を作り出したアルムを睨んだ。
《何故わかった?》
ネロエラはさらさらと本にペンを走らせてアルムに見せた。エルミラ達の視線も再びアルムに向く。
「何故と言われても……見れば女ってわかるが……?」
アルムは何故そんな事を聞くのかわからないと言いたげに頭を掻く。
しかし、そんなアルムの答えを聞いてネロエラの表情が険しくなっていた。
性別を見抜かれた事よりも今の答えのほうがネロエラは苛立ったのか、顔を下に向けながらぎりっと歯を鳴らす。
「見れば、と言ったか」
「あらら……無愛想な無口野郎と思ってたけど結構可愛い声してるのね?」
怒りから出た声に隣のフロリアは少し感激していた。一月以上同盟を組んでいたが、フロリアもネロエラの声を聞いたのは初めてである。
横で騒ぐフロリアを無視してネロエラは顔を上げた。先程までのような迷惑から来る目付きではない。殺気すら孕んでいるであろう表情でアルムを睨みつけている。すると、突如口の端を指で上にあげて口内をよく見えるようにしながら口を開けた。
「この歯でも女に見えるか?」
「っと……」
「すごー……」
「わーお……」
エルミラ達はネロエラの歯を見て言葉を失う。
それは人間の歯と言うには余りに鋭い形をしていた。全ての歯が尖っていて、犬歯は歯というよりも牙と呼んだほうが相応しく、奥に見える臼歯までが刃のように鋭かった。エルミラのような八重歯ですませるにはあまりに暴力的な、言うなれば肉食獣の歯の形。
タンズーク家の血筋が持つ血統魔法は魔獣と全く同じ姿になる獣化魔法。であれば……その"現実への影響力"を上げる為に使い手の体を少しでも獣に近付けるべきではないか。タンズーク家の祖先は自然とそう考え、そして実行した。
以来、タンズーク家の子供は生まれた時に体をいじられる儀式がある。しかし、かつて行われていたような非人道的な儀式を現代でそのまま行うわけにはいかない。現代社会に適応できる程度に、法に咎められず、何より特徴の範疇に収まるように。
それが今のタンズーク家の生きる形。タンズーク家の子は共に生きてきた白い魔獣エリュテマのように髪は白く、瞳は赤に。そして歯も魔獣のように鋭いものへと。
ネロエラも例に漏れずそのタンズーク家の儀式を受けた一人。儀式の代償は周囲からの反応だった。
口を開けば顔を引き攣らせて驚く大人、恐怖して逃げる同年代の子供。積み重なる周囲の反応と、とあるきっかけによってネロエラは性別を偽り口を閉ざした。
今こうして怒りを見せているのもそのきっかけによるもの。当然アルムがネロエラの過去など知っているはずはない。そんな事はネロエラもわかっている。
だが、それでも耐え切れず……苦い記憶を連想させたアルムに怒りに任せてネロエラは自身の異質さを曝け出した。
「……歯が性別に関係あるのか?」
しかし、当のアルムはただ不思議そうな顏をするだけ。
並んだ肉食獣のような鋭い歯を見てもアルムは特に驚く様子も無い。それどころか、失礼だと言われてもおかしくないほど平然とした様子で口内をじっと見ていた。ネロエラが歯を見せた意図すら理解していないかのように。
「あ……? 目が見えているのか?」
アルムの反応にネロエラは怒気を込めた皮肉を口にする。
「視力はいいほうだと思うぞ。うーん……綺麗な白い歯だと思うが……」
ネロエラの皮肉を皮肉とすら受け取らず、ただネロエラの歯を見るアルム。
平然としているどころか、自分の口元に手を当てて何かを真剣に考え始める始末だった。
「……っ!」
ネロエラは急いで口を閉じて手で覆う。
そしてアルムの正面を避けるように、ネロエラはフロリアが座る向こうの席へと移動した。
「ね、ネロエラ?」
フロリアは急に移動し、口に手を覆ったままのネロエラに声を掛ける。ネロエラは何も返事しなかった。
「そう……そうなの……そうなのか……」
ネロエラは数度そう呟いて顔を赤らめながら俯く。色素の薄い白い頬は紅潮している事がわかりやすい。
エルミラとベネッタはその様子を見ると、首だけを動かして互いを見合わせる。そして何かの確認のように互いに頷く。
「どうした? 気分でも悪くなったか? それともじっと見たせいか? すまない、よく注意されるんだがつい……」
アルムの声にネロエラは口を手で押さえたまま首を小さく横に振るだけで先程までのように声を発しようとはしない。
ネロエラが怒っていると思ったのか、アルムは注意された時のように少しおろおろとしていた。
「アルムくん」
「なんだ?」
ベネッタはアルムを呼ぶと、呆れたような表情を浮かべながら一言。
「えっち」
「何でだ!?」
アルムの疑問には誰も答える事無く、馬車はカエシウス領を走っていく。
都市スノラまで後四日。当主継承式まで二週間を切っている。
いつも読んでくださってありがとうございます。
色々感想を頂けてとても嬉しかったです!ありがとうございます!
『ちょっとした小ネタ』
今回ちょっとだけ出てきた血統魔法の為に体をいじるというのは第二部で登場したシラツユのコクナ家もやっていましたね。
常世ノ国はマナリルと違ってそういった前時代的な魔法実験が禁止されていなかったので、シラツユは声そのものが魔法になってしまうくらいに体を変えられていました。
タンズーク家は体を魔法に寄せて"現実への影響力"を上げているだけなので、普段のネロエラは特に何の恩恵も無いです。
ただ、血統魔法を発動すると本人も魔法の一部となり、体を魔法に寄せている分"現実への影響力"が高まり、獣化による精神の不安定さも軽減されるとメリットが多くなりますね。
力の弱い家はこういった方法で自分の家の魔法を高めたりするケースがあるという例でした。失敗して逆に途絶える家も少なくなかったので、今のマナリルでは基本禁止されてます。