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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第三部:初雪のフォークロア
165/1050

150.友人の味方なら

「はい、私がフロリア・マーマシーでこっちがネロエラ・タンズークです」


 フロリアとネロエラは林の冷たい地面に座らされていた。

 前にはエルミラとベネッタが、後ろには未だ『幻獣刻印(エピゾクティノス)』を解いていないアルム。

 遠目に見えるが、話が聞こえない距離に馬車とドレンが、その反対側に同じくらい離れてネロエラの連れていた白い魔獣エリュテマが四匹座っている。内一匹はアルムにやられた怪我のせいか地面に伏していた。


「そう。二人ともカエシウス家の補佐貴族ね。変な真似したらあなた達二人は勿論、あっちの魔獣の命もないわ」

「は、はい!」

「……」


 フロリアは生唾を飲み込み、背筋を伸ばして返事する。ネロエラは口を閉ざしながら、懐に手を入れる。


「何する気?」

「こいつ本とペンが無いと話さないのよ」


 フロリアがそう言うと、エルミラはネロエラをじっと見る。ネロエラは懐に手を入れたままエルミラの言葉を待っているようだった。


「そう、ペンと本以外は出さないでね」


 魔法を使える者に喋らせるよりは安全と考えてエルミラはネロエラの動きを見逃す。ネロエラはエルミラから許可を貰うと懐からペンを、肩にかけていたバッグからは本を取り出すとぱらぱらと見せて無害を主張する。


「で、あんたらの目的は?」


 エルミラが聞くと、フロリアはエルミラの後ろに立つベネッタを見た。


「今回の当主継承の有力候補……ミスティ・トランス・カエシウスを狙う補佐貴族を殺害する事ですね」

「ま、そうよね」


 フロリアの答えにエルミラもアルムも驚くことは無い。すでに一月くらい前にルクスから聞いた情報だ。


「ほ、補佐貴族がミスティを狙ってるー!? 何それー!? 誰? 誰がそんな事!?」


 だが、ベネッタだけはそんな事は全く知らない。

 初めて聞いた物騒な情報に混乱しているのか、エルミラの後ろで騒ぐだけ騒いでいる。

 そんな様子のベネッタを見てネロエラは何も書かれていない本に自分の言葉を書くとそれをエルミラとベネッタ二人に見せる。


「あなたが」

《お前がだ》


 フロリアの声とネロエラが本を見せるタイミングが重なった。

 ベネッタの声がぴたりと止む。どういう意味かと考えるように本をじっと見つめると、慌てたように今度は首を横に降り始めた。


「ボク!? ないないない! 狙ってないよー! ミスティが狙われてるって事さえ初耳なんだよ!? というか、アルムくんとエルミラはこれ知ってたの!?」

「知ってたわよ」

「すまん、知ってた」

「かつてない疎外感なんですけどー!?」


 全く知らない情報に驚いたのもあるが、それしかないという姿勢で聞いているアルムとエルミラのほうにもショックを受けるベネッタ。

 反面、ようやく納得いったと言うように手をぽんと叩く。


「あ、だからボク狙ってたんだ……でも何で? ボク何かしてたー?」

「最初からミスティ様に近いあなたが犯人の可能性が高いって事で私達は組んだのよ。情報は間違いないのに他の補佐貴族に犯人になりそうなやつがいなくてね。ここ最近まで学院にいる補佐貴族の生徒の動向を私とネロエラで見張り続けたけど……その中にミスティ様に近付いたり、周囲や動向を探ろうとしている人はいなかった。

だから最終的にもこの情報が出回る前からミスティ様に近付く事に成功しているあなたしか犯人になり得ないって事で……今日みたいな事になりましたね、はい」

「情報元のほうを信じて疑ってないようだけど……情報元は?」

「そ、それはー……」


 フロリアは答えに躊躇いながら目を逸らす。


「アルム、フロリアったら腕がいらないんだって」

「フロリア、腕は大事にした方がいいぞ」

「ひい! 言います言います! カエシウス家です! 現当主のノルド様からの情報です!」


 さらりと物騒な事を言ってのけるエルミラとどこかずれた忠告をするアルムに怯えてフロリアはすぐに躊躇いをどこかへ捨てる。


「あんたは?」

《タンズーク家も同様にノルド様からの情報だ》

「確か?」

《書状の封蝋にはしっかりとカエシウス家のシーリングスタンプがあった。それに以前貰った書状と筆跡も比較している。魔法による改竄の形跡も無かったから間違いない》


 ネロエラが見せてくる本に書かれた文字を見てエルミラは口元に手を当てる。

 どちらも情報元は同じ。ルクスが情報を貰ったという貴族も情報元はカエシウス家だと仄めかしていたと聞いた。恐らくネロエラのこれも嘘では無いだろう。


「確かにカエシウス家が誤情報を掴まされたとは考えにくいわね……怪しい情報だったら四大貴族は王に直接調査依頼する事もできるわけだし……」


 ルクスが情報を貰った家も含めて同じ情報を持つ補佐貴族の家が三つ。

 そして情報元はカエシウス家とくれば補佐貴族の中にミスティを狙う家があるというのは本当なのかもしれない。


「他の家の動きは? あんたが答えなさい。フロリアは喋らないで」


 エルミラはネロエラを指名して情報を吐き出させる。ネロエラは少し疎ましそうにエルミラを睨むと、本に答えとなる情報を書いていく。


《コリン・クトラメルは我々の事を調べるが、ミスティ様の動きやミスティ様の周囲について調べようとはしていない。調べるのはあくまで我々の動きだけだ。ルクス・オルリックに情報を漏らしはしたが、我々と同じでミスティ様を狙う輩を見つけようとする動きだった。しかし、一度情報を漏らした者と肩は並べられない。ゆえに互いに干渉していない》

「続けて」


 エルミラがそう言うと、ネロエラはさらにペンを進める。


《"ドース・ペントラ"は我々の事を調べてすらいない。勿論ミスティ様やその周囲もだ。行動は奇妙ではあったが一貫していて特に語る点が無い》

「奇妙な動き?」

《ひたすらに酒類の情報を集め、帰郷期間中には北部で、ベラルタに帰ってきてからも酒を買っては何処かへ送っている。送り先が北部方面である事は突き止めたが、厳密に何処に送っているかはわからない。一番動きが掴めなかったが……ペントラ家が他貴族とさほど繋がりが無い上に魔法の才能を考えてもミスティ様を狙えるとは思えない。

二年生の"シュルーラ・トラスメギア"と"ロン・チンオン"は王都に出向している為除外している》

「酒……」


 エルミラは呟きながらアルムへと目を向ける。アルムも思う所があるようで頷いた。

 三か月ほど前にアルム達が解決したミレルの事件。

 世間にはただ自立した魔法をベラルタ魔法学院の生徒が破壊してミレルを救ったとされているが、真実は違う。

 ミレルを襲ったのは常世ノ国(とこよ)の魔法実験によってこの世界に現れた新たな魔法生命。魔法そのものを魔法使いに植え付けるという実験によって生まれた異界の存在。今でも町を破壊する大百足の姿は鮮明に思い出せる。

 大百足自身はそのような行動は見せなかったが、同じ存在でありながら大百足と敵対し、アルム達とともに戦ったシラツユ・コクナに植え付けられた白い龍は酒によって魔力を増強する能力があった。

 酒を買って送っているというだけでそこに繋げるのは無理があるかもしれない。だが、アルム達全員が死に物狂いで解決したのもあって嫌でも連想させてしまう。


「で、最後は?」

「最後?」


 フロリアはつい声を出してしまう。ベネッタとネロエラ本人を除けばこれで補佐貴族は最後のはずだと思っていたが、ネロエラは促がされるまま続きを書いた。


《フロリア・マーマシーは今日まで動きを見張っていたが、コリン・クトラメルと一緒で犯人を探そうとする動きしか見せていない。徐々にこちらを信頼し始める様子に僕を油断させてはめようという意図があるかと警戒した時期もあったが、今日まで全くそんな様子は無く、さっき僕を殺さないようにお前達に頼む姿まで見せていた。ただ甘い人間と判断していい。これで犯人ならその演技力は驚嘆に値する》

「私かよ! あなた私の事も見張ってたのね!?」


 フロリアが怒りを露にすると、ネロエラは不思議そうにさらさらとペンを走らせる。


《当たり前だ。共同歩調をとろうと持ち掛けてからボロを出す可能性は十分あった。確かに一番白ではあったが、万が一があっては困ると情報を共有しながらお前の動向も調べるのは当然だ。これで怒るとは……もしや本当に馬鹿なのか?》

「この無口野郎……! でもそうか……そりゃそうよね……くっそ……」


 フロリアは握り拳を作って怒りを表すも、ネロエラのように互いを警戒するのが正しかったと反省してため息をつく。

 ネロエラと組んだ際はいざとなれば裏切ればいいなどとフロリア自身思っていたが、気付けばそんな事しようという気は無くなっていた。甘いと言われても仕方がない。


「ネロエラは……まぁ、犯人じゃないでしょ」

「ああ、ミスティを狙ってるならこんなとこでベネッタを狙ってるわけがないからな」

「ま、とはいえ……それはそれ。これはこれ。私達の友人を狙ったのに変わりはないわ」

「っ!」

「……」


 エルミラの冷たい声にフロリアはびくっと体を震わせる。ネロエラも諦めたように目を瞑った。


「さて、どうしようかしらね」

「ん? 待てエルミラ。俺達の意見は後だ」


 二人の処遇をどうするか考えるエルミラをアルムは止める。

 エルミラは訝し気に眉間に皺を作った。


「は? どゆ事?」

「こいつらは俺達の命など眼中に無かった。さっきフロリアが言っていた俺達に危害を加える気は無かったってのは本当だ。ネロエラもその為に俺の相手をしようとしてただけだ。エルミラに至っては反撃もされなかっただろう」

「そ、そりゃそうだけど……」

「ならまず決めるのはベネッタだ」

「へ? ボク?」


 ベネッタは意外そうに自分を指差した。

 アルムは頷く。


「ベネッタがこいつらの命を奪うべきだと思うなら俺は奪うべきだと思う。殺し殺されの関係になった時に命は平等になる。命を狙われたベネッタは今、自分の安全の為にこの二人の命を狙える権利がある。だから決めてくれベネッタ」


 アルムにとってこれは狩りと同じ。家族を魔獣に襲われた村人が襲ってきた魔獣をどうしたいかを決めるように、まずは命のやり取りの対象だったベネッタがどうしたいかが優先なのだ。

 アルムとエルミラにも個々の意見はある。あって当然だ。だが、当事者を差し置いて周囲が先走るような事があってはいけないとアルムは考える。そうしていいのは当事者がいなくなった時だけなのだと。

 ゆえに二人の命の行方をアルムはベネッタに委ねた。

 ベネッタはアルムに聞かれると少し考えて。


「えー……いいかなー。ボクは別にこの二人恨んでないし」

「いいの? また狙われても知らないわよ?」

「そうだけど……ミスティを狙う補佐貴族を倒そうとしてボクを狙ったって事はミスティの味方ではあるんでしょー? それならこれから大変になるミスティの味方を減らすような事したくないよ」

「そ、そういう発想に持ってくかこの甘ちゃんめ……!」

「ありがとうねエルミラ、心配してくれて」


 ベネッタはそう言って微笑んだ。そこには一切の打算は無い。ただ友人を思っての決断をベネッタは下す。

 フロリアとネロエラはそこで悟った。自分達は当主継承を妨害する家と判断してベネッタを狙ったが、北部に不要な弱い貴族であるとも判断して標的に選んだ。しかし、それは大きな間違いだった事に。


「俺はベネッタがいいなら殺す理由が無い。エルミラは?」


 ベネッタが必要無いと判断した事でアルムも二人に向けていた爪を降ろす。エルミラはアルムとベネッタ二人を交互に見る。


「わかったわよ……! あんたら……ベネッタとベネッタを立てて我慢する私に感謝しなさいよね……! それとアルムにも! 次狙ったら今度は私が燃やしてやる!」


 納得、とまではいかないもののエルミラもベネッタの意思に従う。二人に次は無いと忠告し、ベネッタを狙われた怒りを収める。

 フロリアとネロエラは目に見えてほっとしたような表情を浮かべる。

 二人共マーマシー家とタンズーク家の跡継ぎの有力候補。ベネッタを躊躇なく狙えたのも家にとって自分達の決定権が大きいからに他ならない。

 ここで自分が死ねば自分の家が大きく力を落とすのは目に見えている。そうならなかった事に安心したのだ。


「ありがとうベネッタ! あなたがニードロス家の当主になったらマーマシー家はがっつり味方するね!」


 フロリアは命を狙われたにも関わらず嫌な顔一つしないベネッタに感極まり、目尻に涙を浮かべていた。

 しかし、当の本人は二人を殺すかどうかの選択を委ねられた時よりも困った表情を浮かべる。


「いや、その……ボクはニードロス家継がないから……」

「え、そうなの!?」

《そうなのか?》


 アルム達には度々言っている事だが、フロリアもネロエラも驚いたようで、ネロエラは急いで本に言葉を書いてベネッタに見せてくる。

 当然のようにベネッタは頷いた。


「うん、ボク治癒魔導士になるのが夢だし……それにボクお父様嫌いだしー……」

「あー、娘でもむかついてるんだね……ごめん、実は私もニードロスの当主嫌いなのよね……」

《僕もだ》

「だよね!? やっぱり嫌ってるのボクだけじゃないんだー!」


 娘であるベネッタも嫌いと知ってぶっちゃけるフロリアに同意を文字で示すネロエラ。

 変な所で意気投合し始める北部の三人にエルミラは苦笑いを浮かべる。


「何でそこで気が合っちゃうのよ……」

「何か……逆にベネッタのお父さんに会ってみたくなったな……」

いつも読んでくださってありがとうございます。

シーリングスタンプというのは手紙の封をする封蝋に押されるかっこいい紋章です。私はかっこいいと思いました。


『ちょっとした小ネタ』

今回はベネッタの【魔握の銀瞳(パレイドリア)】についてのちょっとした解説です。

ニードロス家の血統魔法で範囲内の魔力を持った命を見る事が出来る感知魔法です。

現在はベネッタが血統魔法の解釈を広げた事でベネッタの視界に入る命を任意で短時間拘束する事が出来るようになっています。

魔法を纏っているような相手とは"現実への影響力"勝負になるので確実に拘束できるわけではありません。今回のネロエラのような血統魔法や、魔力をつぎ込みまくったアルムの『幻獣刻印(エピゾクティノス)』相手だと中途半端に動きを遅くするくらいしか影響を及ぼせなかったりします。

口元の行動を阻害できるわけでもないので拘束された相手も普通に魔法が使えてしまうのも弱点ですが、感知と同時に相手を拘束できる稀有な魔法となっています。

ちなみにベネッタの父親は拘束までいきませんでした。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] あれ? ミスティー説明だと現当主はノルドさんじゃなかったけ? [一言] 勘違いだったり伏線的なのだったらごめんなさい
[気になる点] > 書状の封蝋にはしっかりとカエシウス家のシーリングスタンプがあった。 シーリングスタンプ:封印 頭痛が痛い的表現になっているのでは。
[良い点] またベネッタさんが主人公っぽい言動をしていらっしゃる……
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