148.林の中で
「さっきの説明の真偽はともかく馬車守るわよ!」
「ああ……おかしいな……」
アルムは魔獣の動きに釈然としないまま返事をする。
改めて後方に見える魔獣を見るが、やはり自分の知っているエリュテマという魔獣だ。
白い体と赤い眼が特徴的でカレッラでも冬になると見かける狼型の魔獣。確かにカレッラで見るよりも体が一回り大きいが、その姿にはしっかりと見覚えがある。決して見間違えなどではない。
北部と東部では習性や凶暴性が違うのかとぐるぐる考えながらもアルムは魔法を構築する。
「『強化』」
「『炎奏華』!」
アルムとエルミラが強化の魔法を唱える。アルムには無色の、エルミラには赤い魔力光が全身に灯った。
魔法を唱え終わると、御者席に繋がる窓へとアルムは駆け寄る。
「ドレンさんスピードは!? あの白いのはもっと速くなる!」
「馬の体力考えると今が限界です!」
「っ……!」
すでに馬車は林の中。木々が並び、決まった道以外を走るのは難しい。
林に入るのを待たれたか、とアルムは内心で舌打ちする。わざわざ山にいたのは雪に紛れて獲物を見渡せるからだろう。あの魔獣達はすでにこちらを狩るプランができあがっている。
「アルム! 一応聞くけどあいつら疲れたりは!?」
窓から五匹の白い狼を見ながらエルミラは駄目元でアルムに問うも、アルムは首を横に振る。
「無理だ。狼型は持久力に優れる。山を下ったくらいでへばることは無い」
「ならやるしかないわね」
「ベネッタは残って馬車を守ってくれ! 特に馬を狙われないように気を付けろ!」
「わ、わかったー!」
「いくぞエルミラ!」
「オッケー!」
がたがたと揺れを増す馬車から二人が飛び出す。
強化の魔法に任せた強引な途中下車。アルムは地面を一回転しながら衝撃を殺して即座に白い魔獣を迎え撃ち、エルミラは纏っている炎を牽制で飛ばす。
"ワオオオオオ!"
五匹の内の一匹が咆哮する。
それを合図に魔獣達はただ一直線に馬車を追い掛けていた動きから立ち塞がる障害をかわす縦横無尽な動きへと変わる。
躍動する四本の足。枯葉が落ち始めている地面を蹴り、軽やかに横に跳んでエルミラの飛ばした炎を白い魔獣達はかわしていく。
魔法によって強化されたアルム達とは違う、体格がもたらす魔獣の動きはある意味魔法使いよりも最小限に魔法へと対処していた。
「ちょっとはびびってくれるといいんだけどね!」
「いや、いくらなんでも火に慣れ過ぎてる。魔法を相手した経験があるんだ」
そう、走ってくる白い魔獣はエルミラの飛ばした火を見て五匹ともスピードを落とさなかった。初見なら警戒して少し怯んでもいいはずだが、全くその様子が無い。
最小限に跳んでくる火をかわす動きといい、アルムの目にはこの魔獣達が魔法を相手に立ち回った事があるように見える。
「接近戦あり?」
「爪と牙に気を付ければありだ。スピードを落とせる」
「オッケー!」
にやりと笑い、エルミラも地面を勢いよく蹴る。魔法によって強化された足の一蹴りは白い魔獣よりも力強い。効率よく変換された魔力は魔法となって人間を魔獣の域に踏み込ませる。
エルミラが狙ったのは一番近い魔獣。頭部目掛けて炎を纏った足を振り抜く。
「え?」
「なに!?」
炎を纏った足は白い魔獣の頭部を捉える事無く空を切った。
エルミラの表情から笑みが消える。しかし、アルムまで驚いたのは違う理由によるものだった。
「無視した……!?」
エルミラの大振りの攻撃は無論、一匹を迅速に戦闘不能にする為だったがそれだけではない。馬車へ向いている白い魔獣達の狙いを自分に向けさせる為でもある。
だが、白い魔獣達は隙を見せたエルミラなど眼中に無いかのように馬車へと向かっていった。
これは白い魔獣達による狩りのはずだ。弱っていたり孤立しそうな獲物を引き離して集団で囲むのが群れによる狩りの基本といってもいい。
しかしどうだ?
今まさに孤立したといってもいいエルミラに五匹のどれもが一瞥すらしない。
「戻れエルミラ! こいつらの狙いは狩りじゃない!」
「じゃあなんだってのよ!」
言っておいてアルムにも白い魔獣達の行動が何なのかがわからなかった。
故郷で狩りの経験はある。魔獣が人を襲うのは腹を満たす為であり、標的が人とあればそれを迎え撃つ。基本はそれが全てのはずだ。
ここではその基本すら違うのかとアルムは少し動揺する。
「『魔弾』!」
唱えると共にアルムの右腕に白い魔力の玉が展開される。
右腕を振るうと、展開された玉は白い魔獣達目掛けて飛んでいった。狙いは側面をとりつつある二匹。
しかし――
"ワオオオオォ!"
「な……!」
その二匹は一匹は木を盾にアルムの魔法を防ぎ、もう一匹に関しては咆哮しただけでかわそうとすらしていない。その一匹に『魔弾』の玉は二発命中するがそのスピードは落ちることなく地を蹴り続ける。
「アルム! 一匹抜けてる!」
「まさか……!」
その二匹に目を奪われている隙に逆側から一匹が速度を上げて馬車へと。
二人には驚く時間すら無い。二人に思考させないように白い魔獣は畳み掛ける。
"ワオオオ!"
またも五匹の内の一匹が咆哮する。
それを合図に馬車に近い一匹はさらにスピードを上げて馬と並走し始めた。
「この犬っころ……!」
「『永久魔鏡』!」
馬車を引く馬と白い魔獣の間に人ほどの大きさを持つ白い魔力の盾が飛んでくる。
アルムの唱えた鏡のような防御魔法によって白い魔獣が馬に飛び掛かるのは防がれたかのように見えた。
「なに!?」
しかし、魔獣はアルムが盾を飛ばしたその瞬間にスピードを一瞬だけ落とす。
馬と並走しているのは盾だけとなり、白い魔獣は今度は馬の後ろにある乗客席の隣へ。そして鋭い牙を見せて乗客席へと飛び掛かった。
「ベネッタ!」
「『守護の加護』!」
乗客席の乗り込み口から体を半身だけ出し、ベネッタは魔法を唱えて白い魔獣を寄せ付けないように防御魔法を展開する。
白い魔獣は魔法に弾かれるが、それすらも慣れているかのように空中で体勢を立て直す。
「馬じゃなく乗客席を狙った……?」
アルムは周囲に展開した鏡のような盾を操りながら馬車を追い掛ける。
まだ追い付いている魔獣は一匹だけ。ベネッタ一人でも問題なく対処できる。
しかし、あまりに魔獣の動きが読めない事がアルムには気がかりだった。
「エルミラ! 馬車に戻れ! 何かおかしい!」
「わかったわ!」
「戻ってすぐに――」
追い掛けながらアルムは後ろにいるエルミラの姿を肩越しに確認した瞬間、目を見開き息を呑んだ。
後方にはエルミラとエルミラと距離を保ちながら追いかけてくる魔獣が二匹、そしてもう一人――ここにいてはおかしい影がそこにある。
「エルミラ! 後ろにもう一人だ!!」
「!!」
アルムの声に反応してエルミラは体をすぐさま反転させる。
視界が変わったその瞬間、エルミラも驚愕で目を見開く。そこにはエルミラも見たことのある格好が一つ自分達と同じように走っていた。
「その姿……! ダブラマぁ!!」
その姿はベラルタの町中で一度、滝の霊脈前で二度目の遭遇をしたダブラマの魔法使い。
黒い外套と黒い仮面を被った人物がエルミラの後ろにまで迫ってきていた。
「そっちは任せる!」
「任せて!」
アルムはエルミラに新手であるダブラマの魔法使いを任せて馬車へと戻っていく。
エルミラはダブラマの魔法使いの邪魔をするべくそのままダブラマの魔法使いと対峙する。
相手は敵国の魔法使い。魔獣よりもよっぽど早く馬車や馬を破壊する術を持っている。野放しにするわけにはいかない。
「またあんたらか……またダブラマか……! 今度はこの国に何しに来た!!」
「……」
纏う炎のような怒りと殺気を隠さぬ鋭い視線。激昂するエルミラの問いに黒い外套は答えない。
エルミラ自身もその黒い外套からの答えを期待していたわけではない。幾度となく自分達の前に姿を現す魔法使い。その一人にただ、内から沸きあがる怒りを一度ぶつけたいだけだった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
夜更新できるか怪しいので珍しくお昼の更新となります。