幕間 -私の主人-
私はカエシウス家ミスティお嬢様付き使用人ラナ。
カエシウス領都市スノラで生まれ、十四でカエシウス家の使用人となった。
ミスティお嬢様と出会ったのはミスティ様が五歳の頃。
幼い頃から聡明で私のような平民にもお優しく、たまに悪戯もしたりする可愛らしい方だった。
私の雇い主は勿論現当主である"ノルド様"だが、勝手ながら妹のように慕っているミスティお嬢様個人にお仕えしたいというのが正直な所。
ミスティ様が子供の頃から成長を見届けているだけに、決して綺麗とはいえない貴族社会にいながら氷のように気高く雪のように純粋に育った彼女は私にとって最も大事な人だ。
「ふふ」
「……」
そんな私にとって最も大事な主人が……今日は帰ってから様子がおかしい。
湯浴みを終えてまた美しさに磨きがかかったかと思えば、普段つけていない――そもそも持っていなかったはずの――魔石の首飾りを笑顔でずっといじっている。
今日も風呂上りにリビングで紅茶を嗜むいつもの光景が見れると思いきや、座るなり魔石を指でころころと転がしていて、魔力に反応させて魔石が光るのをそれはもう楽しそうに眺めている。
たまに鏡を見に行ったりして嬉しそうにする姿は可愛すぎて……などと言っている場合ではない。普段見せない姿だ。
聞きたい。
その首飾りは一体何処で……いや、何処の馬の骨から貰ったものなのかと。
「お嬢様」
「なんですの? ラナ?」
私の前では平静でいようと努めているのだろうか。
ですがミスティお嬢様……隠しきれていません。口元がにやけたままでございます。
「いえ、なんでもございません。紅茶のお代わりは必要かと」
「大丈夫ですわ、ラナもお飲みになりますか?」
「いえ、私は後で頂きますので」
「そう? 喉が渇いたら遠慮せず言ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
今日もお嬢様の優しさが眩しい。明日もきっといい日になるだろう。
……違う。そうではない。
あの首飾りだ。冷静になるのよラナ。ミスティお嬢様が積極的に装飾品を購入するとは考えにくい。カエシウスの城には装飾品などいくらでもあるが、ミスティお嬢様はそもそも装飾品の類にあまり関心が無い。
それでも身に着ければ似合ってしまうのがミスティお嬢様なのだが。
いくら今首飾りが流行っているとはいえミスティお嬢様が自分で購入する線は薄いだろう。デザインが気に入っただけではあそこまで嬉しそうにはするまい。
やはり……やはりプレゼントと考えるのが自然だろう。
「くっ……!」
考えただけで胸が苦しくなる。ミスティお嬢様を狙う者がやはりいるという事か。
「ラナ? どうしましたの!?」
「いえ……何でも……少しぶつけてしまいまして」
「そ、そうですの? 気を付けてくださいね?」
「はい、ありがとうございます」
私の異変をすぐさま心配してくれる……何てお優しい方なのか……。
…………。
はっ。ついミスティお嬢様の優しさに感動して思考を止めてしまっていた。
考えるのですラナ。
交流の無い方からのプレゼントでミスティお嬢様があれだけ喜ぶとは考えにくい。
とすれば……プレゼントの送り主は普段友好を深めているアルムとルクス・オルリックのどちらかと考えていいだろう。
いや、あの魔石があしらわれた首飾りはいくら魔法学院に入った平民とはいえ容易に手に入れる事はできまい。
消去法でルクス・オルリックと考えるのが妥当だろう。
しかし、彼はついこの前までそんな素振りは見せていなかった。今まで貴族としての体裁を保ち、良き友人としての関係を築いていたように見えたが……やはり男という事か。
日々波涛のように押し寄せるミスティお嬢様の可愛らしさにやられてしまったという事だろう。
気持ちはわかる。痛いほどわかる。一日ごとに可愛らしく、そして美しくなられるミスティお嬢様相手では陥落は必然。
私とて恋愛対象が男でなければ三日ともたずにミスティお嬢様に惚れてしまうだろう。知り合って数か月耐えきったルクス・オルリックに惜しみない称賛を贈りたい。ついでに呪いも贈ろう。
だが、お嬢様の相手と認めるかは話が別だ。
確かにたまにこの邸宅に来られる彼の姿は欠点の無い好青年と言ってもいいが、ミスティお嬢様を狙う男は例外なくカエシウスの名を見ている。
ミスティお嬢様の魅力を正しく理解し、カエシウス家の名では無くその魅力に惹かれているのだと確信が持てるまでは舞台にすら上げてなるものか。
「ラナ」
「……」
「ラナ?」
「は、はい! どうされましたか!」
しまった。私とした事が思考に集中してミスティお嬢様の呼び掛けに気付かないとは――!
「大丈夫ですか? 調子が悪いのならもう休んだほうが……」
「いえ大丈夫です。少し考え事をしていまして……申し訳ございません」
いくらミスティお嬢様と気の置けない関係を築けているとはいえ主人の声に気付けないとは。
いけない。気を引き締めなければカエシウス家の使用人として相応しくない。
「考え事くらい誰でもしますわ。謝らないでくださいまし」
「ありがとうございます……それでご用件は一体?」
私がそう聞くと、ミスティお嬢様は頬を赤らめた照れ笑いを浮かべた。天使だろうか。
「私のほうこそ謝らなければいけません。その……せっかくラナが考え事をしていたというのに大した事ではないんです」
「いえ、お嬢様からのご用件とあればそれに応えるのが使用人の仕事です」
「本当に大した事ではありませんの。その、ですね……」
そう言って躊躇いがちにミスティお嬢様は首飾りにあしらわれた魔石を見せてきた。
魔石はミスティお嬢様の魔力に反応して光が灯っている。魔石の光はミスティお嬢様の魔力によって淡く輝いている。
「魔石の光って星みたいじゃありませんか? とお聞きしたかっただけなんです。
本当にそれだけでして……考え事の邪魔をしてごめんなさい」
そう言ってミスティお嬢様は少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
ああ見たか。この可愛らしい方こそ私の主人。どうだ羨ましいだろう。
ここで一区切りとなります。
次からまた本編の更新となります。