144.贈り物の光(前)
「先程はその……申し訳ございませんアルム……盗み聞きしてしまって……」
「ああ、別に明日には渡そうと思ってたから大丈夫だ。隠すような事でもないからな。……エルミラは何故謝ってるんだ?」
「ごめんミスティ……ごめんねぇアルム……」
「き、気にしないでくださいエルミラ。私も自分の意思で付いて来たんですから」
アルムが本を一冊買うと五人は本屋を後にし、場所を移動して近くの喫茶店へ。
落ち着いた内装で木製の丸テーブルと椅子が並べられており、広い窓から入る光が店内を明るく演出している。夕暮れになればまた違う雰囲気を味わえるだろう。
特徴的な点といえば、店内の視界がインテリアなどで遮られていない事だろうか。
重要な会話をするには顔がばれやすく、盗み聞きする側も相手にばればれだ。窓が大きいのもただ明るさの為でなく、外からわざと見やすくしてあるのだろう。全てはここでそういった後ろ暗い貴族間のやりとりができないようにという店長の配慮だった。ここはあくまで喫茶店。羽休めする憩いの場なのだ。
そんな広々としている喫茶店で平謝りしているエルミラをミスティはあやしている。一方で何故謝られているのかもわからないアルムは首を傾げた。
そんなアルムを前にして我慢できず、ベネッタが聞きたい事を尋ねる。勿論ミスティ達と一緒に見た図書館前での一幕についてだ。
「アルムくん、マーマシー家の人にキスされたのは何だったのー?」
「ちょっ……そんなはっきり……!」
流石のアルムもデリケートな話題には難色を示すのではとエルミラはアルムの様子を窺うが、杞憂である。
「キス……? 俺はシスターにすらされた事無いが……?」
「あれー!? でも図書館の前で……」
「ああ、あれはフロリアが気を付けてね、と耳打ちしてきただけだ」
「なんだー……」
衝撃的なシーンを見たと思えばただの誤解だった事にがっかりするベネッタ。そんなベネッタとは裏腹にルクスはその話に興味を抱く。
「気を付けてね、って何の話をしていたんだい?」
「いや、それが何についてかはわからないんだ。図書館では北部について教えてもらってただけで特に何もしていなかったからな」
「……そうか」
ルクスは先程されたコリンからの話に共通点を見出した。フロリアは誰かに聞かれている事を想定して直接的な事は伝えなかったのだろうとルクスは推測する。
コリンもフロリアも人は違えど、ミスティの友人に同じような忠告をしていたという事だ。
北部に何か起きている? それともこれから何か起こる?
ルクスは表情を難しく変えた。
「気を付けて……何かアルムに危機が迫っているのでしょうか?」
ミスティも自身の家の補佐貴族の言葉は無視できず心配そうな表情を浮かべる。
心配されているアルム本人は特に気にしている様子も無いが。
「俺の無知に対してかもしれん……北部の事やミスティの家の事を知らないって言ったら引いてたからな」
「そりゃあ他の補佐貴族に言えば馬鹿にしてると捉えられてもおかしくないでしょうしね……言っておくけど、あんた学院内では否定派のが多いんだからね」
「そうなのか?」
「そうよ。ミスティとルクスがいるから何もできないだけ」
「なるほど……二人ともありがとう」
アルムはそう言ってぺこりとミスティとルクスに頭を下げる。
「家の名前がってだけで僕が何かしてるわけじゃないからアルムはそういうの気にしないでくれ」
「そうですわ。私達自身で選んだ交友関係ですもの。お礼なんて必要ありません」
「そう言ってもらえると嬉しい」
二人の言葉に微笑むアルム。
自身の幸運を噛みしめながら目の前に置かれているティーカップを口に運ぶ。紅茶の味は未だわからない。
「そういえばアルムくんミスティに何プレゼントするのー?」
「こらこら! そこはタイミングってもんがあるでしょうが」
「だってさっきまでアルムくん尾行してて何選ぶかも興味津々だったし……ミスティにってなるともっと気にならないー?」
「そ、そうだけど……尾行の事までばらさないでよ……」
自分の提案のせいだからか今日のエルミラはベネッタにも強く出れていない。普段からすると珍しい光景だ。
「アルムくん的にはやっぱまだ秘密ー?」
「いや、別に隠す必要は無い。これだ」
アルムはエルミラの罪悪感など知らず、そう言って首にかけている魔石の首飾りを見せるように引っ張り出す。
それはアルムが褒美で貰った魔石の首飾り。見せられた四人ともが驚愕で目を丸くした。
平民どころか貴族にとっても中々に価値のある装飾品を惜しげなくプレゼントに選ぶ友人の姿に。
「すっご……」
「何の拍手だ?」
聞いたベネッタは思わず小さく拍手していた。しかし、それを贈ろうとされているミスティは非常に慌てている。
「い、いけませんアルム! それはとても高価ですし、アルムの働きが認められて賜った物ではないですか……!」
「だからこそだ。褒美で貰ったものならこれは俺の力で手に入れたものといっていい。今日俺のセンスで選んだ何かよりも自分の働きや力で手に入れた物をプレゼントできるなら俺だって誇らしい。自分の為みたいなもんだから気にしないでくれ」
「うぅ……で、ですが……」
屈託なく微笑むアルム。純粋な笑顔にミスティは何も言えなくなってしまっていた。
アルム自身が高価かどうかで決めていれば断っていたが、自分の力で手に入れたものを贈れて誇らしいと言われると、その気持ちを無下にしてしまうようで断りにくい。何より、アルムがどれだけ自分を祝ってくれているのかがその様子から伝わってくる。
流石のルクスも価値がわかっていないのかと心配になってアルムに問う。
「アルム、ケチをつけるわけじゃないけど、それは結構な値段になるけど大丈夫かい?」
「値段……? 関係あるのか?」
不思議そうに聞くアルム。
値段の事を聞いても特に躊躇う様子も無く、国からの褒美に執着があるわけでもなかった。
「……いや、そうだね。無いね」
「ま、待て……それとも貴族は逆に値段の安さが美徳だったりするのか……!?」
「ぶっ……あはは! そんなの無いよ無い、大丈夫だよアルム」
妙な着眼点を見せるアルムにルクスはつい笑ってしまう。真剣な表情で言っているのがまたルクスのツボに入った。
貴族間の贈り物はむしろその地の特産品での事業アピール、高価な物での重要度のアピールなどをするのがメインだ。安い物を贈ればむしろ贈ってきた家は自分の家を軽んじていると思われる可能性が高い為、そんな考えが美徳になるはずもない。
「ほんとにいいの? 結構気に入ってたじゃない」
「ああ、いいさ。褒美を貰った事実が消えるわけじゃなし、なんならまだ一緒に貰った指輪があるしな。一回も開けたこと無いが」
「あんたがいいならいいけど……」
アルムの表情に後悔は全くなかった。それどころかミスティを祝いたくて仕方ないと比較的いきいきとしているように見える。
「で、ですが……」
「ミスティ殿、貰ってあげたほうがいい。本気だよアルムは」
「けどあれは……」
「うんうん、断ったほうががっかりしそうー」
「私も同感……受け取りにくい気持ちはわからんでもないけど」
「んん……そうでしょうか……」
ルクス達からも背中を押されるが、未だ躊躇いの見えるミスティ。
高価なものを貰う事自体に負い目を感じながらも、その負い目を理由にプレゼントを断るのはあげたいと言ってくれているアルムに失礼でもあるような気がしてぐるぐると頭の中で迷っている。
「あ、言っておくがちゃんと洗うぞ。その為にさっき装飾品の手入れについて書いてある本も買ったんだからな」
「さっき本屋に行ったのそれを買う為だったのか……」
「何でプレゼントの発想は思い切りがいいのに変なとこだけ慎重なのよ……」
「アルムくんってやっぱ変わってるよねー」
「そんな事気にしているお方はこの場にはいらっしゃいませんわ……」
アルムが得意気に見せてきた本に対するミスティ達の感想は苦笑いや呆れ、改めて感じるアルムの考えのずれを指摘する声ばかり。
「そ、そうなのか……!?」
アルムは納得いかない面持ちで本の表紙を見つめている。せっかく買ったのに……という心の声が聞こえてきそうな背中の丸まった姿だった。
「あの……ほ、本当にいいのですか、アルム? その……お祝いでしたら昨日の言葉だけでも私は十分嬉しかったのですけれど……」
「まぁ、あげたいのは俺の自己満足だから無理にとは言わないが……」
自分で言ってアルムは言葉が詰まる。自嘲するかのように口元で笑っていた。
「いや、そうだな……俺の自己満足なんだ。ここに来てからミスティには助けてもらってばかりだったから……ただ、こういう祝い事の時くらい何かをしたかったのかもしれない」
不意に見せたアルムの寂し気な表情。そんなアルムを見たエルミラは真っ先に切り出す。
「じゃあ私が自分の家の復権をした時にもくれるのよね?」
「ああ、勿論だ。エルミラには色々教えてもらってるからな」
次にベネッタが手を挙げる。
「ボクが治癒魔導士になった時も祝ってくれるー?」
「当然だろう。ベネッタには何かある事に体を治してもらってるしな、そうなったら俺としても嬉しい」
エルミラの意図を察してルクスもそれに続く。
「なら僕の時も何か貰おうかな」
「ああ、その時までに色々勉強させてくれ」
そして三人の視線はミスティへと向けられる。
全員が少し意地の悪い笑みを浮かべていた。
「私達も貰うのにミスティだけ貰わないってのはどうなのよ?」
「遠慮し過ぎるのはよくないよねー、こういうのは祝ってもらわないと」
「貴族間ならそうおかしくない価値のものではあるしね、気にしすぎじゃないかな」
「うぅ……皆さんずるいですわ……」
完全にアルムの味方になる事にしたルクス達の援護射撃。
貰わないほうが悪いような空気にしてくる三人の小狡さが少し恨めしくも喜ばしい。
そう、本当なら嬉しくないはずが無い。
友人が自分の為に何か贈り物をしようとしている。家柄など関係ないミスティという少女個人に向けての贈り物。
幼い頃から家の名前を背負っていたミスティにとっては、それだけで心がいっぱいだった。
「わ、わかりました……」
ここまでされて折れなければむしろ頑固というものだろう。
ようやくミスティの申し訳ないという気持ちが白旗を挙げる。
そんなミスティの理性的な感情が白旗を挙げると、我慢していた何かがひょっこりと顔を出した。
「ですが、その……お祝いというのなら、一つお願いをきいてくださいますか?」
「ああ、いいぞ。ミスティのお祝いだからな」
ミスティの頭によぎったのは一つの我が儘。
ミスティは何をお願いされるのかと待つアルムを上目遣いで見つめる。
「そ、その……ですね……」
普段はっきりと言葉を述べるミスティは珍しく手をもじもじとさせていた。
アルムは急かす事なく、ミスティからの言葉をじっと待つ。
「アルムが……首にかけてくださいませんか……?」
「ん? いや、今日洗ってから明日……」
「今が……今がいいのです。だ、駄目でしょうか……?」
ミスティは自分の鼓動の音を聞きながら恐る恐る尋ねる。
それは本当に童女のようなささやかな願い。
言って赤面するとわかっていながら、この小さな我が儘が止められなかった。
今だけはカエシウス家の次期当主では無く、ミスティというただの少女の願いを言ってみたかったのだ。
「いや、駄目って事はないが……いいのか?」
「はい……」
「ミスティがいいなら……」
目を瞑って頭を少しアルムのほうに向けるミスティ。薄っすらと花のような香りがした。
ルクス達に見守られながらアルムは自分の首から首飾りを外し、待っているミスティの首にゆっくりとかける。
それは本当に短い時間で。待っているミスティの姿は花畑で花冠を被せてもらう女の子を彷彿とさせた。
「改めておめでとうミスティ」
「ありがとうございます……アルム」
胸元で揺れる魔石にぽう、とミスティの魔力に反応して白い光が灯る。
ぎゅっ、と首飾りにあしらわれた魔石を抱きしめるように握るミスティ。
それはきっと彼女の何かを埋めるような一時だった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
明日は幕間も更新します。