143.意味無き尾行
「あらルクス」
「……何やってるんだい?」
ベラルタの町、特に寮の周辺は魔法学院に通う貴族達の生活を豊かにする為の店が取り揃っている。
生活に必要な雑貨は勿論、部屋のインテリアに装飾品、服飾や本、食事処や喫茶店など様々な店が立ち並んでいて今の時間は特に華やかだ。
どの店も学院の生徒が利用する際には国から補助があり、比較的手頃な値段で一級品の品質を味わえる為、学院終わりの生徒達はどの店もよく利用する。
そんな町でこそこそとしているミスティ達をルクスは発見する。コリンに話を聞かされた後にミスティを探していたのだが、こそこそしながらも目立っていてすぐに見つかった。見つけた瞬間、少し肩の力が抜けたのは間違いない。
「尾行よ尾行」
「すごいよー! 今日のアルムくんはすごいよルクスくんー!」
エルミラはそう言って視線をルクスから前方に戻す。
三人は路地の影に隠れて店の前に立って悩むアルムを見ていた。どうやら女性用の靴屋の前で止まっているらしい。
「ミスティ殿まで……何の騒ぎなんだい?」
「いけない事だとは思っているのですが、先程興味深い場面に出くわしてしまいまして……」
ミスティは申し訳ないと言いつつもその目はアルムから離れていない。
「興味深い場面?」
「アルムくんがキスされてたのー!」
「なんだって……?」
ベネッタの言葉をうけてルクスもその不審な集団に加わる。
たまに通りがかる人の視線を気にしている場合ではないと、同じ建物の影に入った。
「まさか……アルムに交際してる人がいたのかい?」
「それはないわ」
エルミラは力強く断言する。
「あんたらがいなかった帰郷期間の間私はアルムとずっと一緒にいたのよ? でもね……ただの一度もそんな空気になる事無かったわ。そんなあいつが帰郷期間の間いなかった他の貴族とそういう関係になるなんてありえるはずがないわ。ええ、ありえるはずがありませんとも」
「そんな風に断言するはするでアルムに失礼だよエルミラ……」
「待ってくださいませ……何かを思いついたようですわ」
視線の先では中腰になって靴を見ていたアルムが何かに気付いたように顔を上げたところだった。そして見ていた店には入らずにアルムは移動し始める。ミスティ達四人に尾行されているとも知らずに。
「でもそのキスした女に好意を持ってる可能性はあるかもしれない……今日アルムが見ていたのはアクセに女性用の服が売ってる店ばっかだし、今の店も女性用の靴が店先に展示されてた……プレゼントを贈って口説こうと考えてるに違いないわ。そうじゃなきゃ普段アルムがそんな物を買うはずないでしょ?」
「最近アルムも首飾りつけてるじゃないか。ほら、魔石の」
「あれはこの前の事件で褒美に貰ったやつでしょ。それにアルムってばあれを夜に本読む為の蝋燭代わりにしてるのよ」
「おお……随分贅沢な使い方してるなあ……」
魔石の首飾りを蝋燭代わりにしているというエピソードにはさしものルクスも少し驚く。
アルムの持つ首飾りはミスティやルクスなら手に入るものではあるが、いくらなんでもそんな使い方の為に買える安物でも無かった。平均的な平民なら一年は暮らせるくらいの価値はある。
「ちなみに相手は?」
「マーマシー家の長女、フロリアよ」
「あれ? 確かミスティ殿の……」
さっきコリンから話があった事もあってルクスは反応してしまう。
「はい、カエシウスの補佐貴族です」
「ルクスくん、会った事あるのー?」
「いや、君とミスティ殿が帰ってきてない時に調べてたから知ってるだけで面識はないよ」
「美人なんだよー! スタイルいいのー!」
ルクスからすれば今こそこそしているミスティ達三人も美人揃いなのだが、言えばエルミラにからかわれそうだとルクスは喉奥で声を押しとどめる。
アルムがこの場にいない今そんな事を言えば、ベネッタを交えてしばらくからかわれ続けるだろう。ルクスの危機察知能力がそう告げている。
「本屋さんですわね」
アルムが次に足を止めたのは本屋だった。第二寮に一番近い本屋で同じ寮のエルミラもよく利用する場所だ。
「ここは私もよく来るしなぁ……第二寮も近いし、プレゼント選びは終わりかしら……?」
「いやいやいやいや、まだわからないよー?」
三人の中でもベネッタは一番楽しそうにアルムの様子を観察している。普段自分達がこういう話題と縁遠いからか、いつもよりテンションが高いように見える。
しかし、そんな楽しんでいる所に水を差すように、本屋の中に入っていくアルムを見ながらルクスがとある疑問を口にした。
「……というか、勢いで僕も参加してしまったけど、そもそも何で尾けてるんだい?」
「……え?」
ルクスに聞かれてエルミラは固まる。
ミスティとベネッタもその声でルクスのほうに振りかえった。
「いや、だって……そのマーマシー家の人と一緒なわけじゃないんだし……普通に今アルムに何をしているかを聞けばいいんじゃないかと思って……」
「「「……」」」
言われてみればとミスティ達三人はそれを聞いて互いに目を合わせる。
尾行を言いだしたのはエルミラで、きっかけはなんとなく友人がキスされるというシーンを見たという気まずさからだった。
「確かにそうなのですけど……直接聞くとなるとどきどきしてしまいますわね……」
「ぼ、ボクもー……アルムくんに直接なんて恥ずかしくないー?」
「あ、そういうものなんだね」
緊張からか少し紅潮するミスティとベネッタ。しかし、やっていた事は尾行である。
「でもルクスの言う通りよね……あいつならこそこそしなくても聞けば答えてくれそう」
「言い出しっぺのエルミラが聞いてきてよー」
「うっ……あんたもテンション上がってたじゃない……」
とはいえ、言い出しっぺで尾行を始めた手前エルミラは責任感を感じているようで強く言い返せていなかった。
そんな会話をしている内にルクスは建物の影から出る。
「気になるし、僕が聞いてくるよ。深入りしないように言葉は選ぶけどさ」
「いや、ここは私が行くわ……確かに言い出しっぺだし……!」
「がんばれー!」
「私はちょっと、その……勇気が出ないので……」
「あ、安心なさい。私が気になること全部聞いてきてあげるわ!」
エルミラはそう言って堂々と――実際は少し緊張しながら――本屋に入っていく。それに続くようにルクスも本屋の中に入った。
学院の図書館ほど広いわけではないが、整った内装で分野ごとにわかりやすく整理されており、新しく入った本は入り口の近くで平積みされていて求める本を探しやすい店だった。
ミスティとベネッタも入ってすぐの本棚に身を隠す。本棚にある本の隙間から本を選んでいるアルムが見えた。
「あ、アルム」
「エルミラ、それにルクスまで。どうしたんだ? 第一寮からは遠いと思うが……」
「え、えっと……」
「こっちの本屋には来た事が無かったからね、エルミラに案内して貰ってきたんだ」
流石に今まで尾行していました、などと言えるはずもなく、ルクスがてきとうな言い訳を用意する。
実際ルクスはこの本屋には来たことが無いので違和感も無い。
「あ、あんたは今日どうしたの? さっき女の子の靴見てなかった?」
「ああ、見てたのか。ちょっとプレゼントを選んでてな」
「そ、そうなのね!」
「うわ、なんだ急に大声出して……」
エルミラだけでなく、本棚に隠れているベネッタのテンションも上がっておお、と声が漏れる。ルクスも本当にプレゼント選びだった事に驚いており、ベネッタの隣のミスティはごくりと生唾を飲み込んだ。
この五人とは全く関係ない本屋の店主も何事かと本棚の影からちらっと覗いている。
「中々決まらなかったから今日は色々な店を覗いたんだ」
「うんうん!」
「女性へのプレゼントを選ぶなんて初めてだからな……つい長引いてしまった」
「真剣なのね、いい事だわ」
「当たり前だろう。こういった物は似合うかどうかを考えるべきなんだろうが……あれだけ美人だと、どれも似合うように見えてしまってな」
「た、確かに美人よね……でも本気なら応援するわよ?」
「応援……? ああ、一緒に選んでくれるって事か? ありがたいが、プレゼントする物は決まったから大丈夫だ」
「そ、そう……よかったわね! ち、ちなみに……」
当事者でもないのにどきどきしているエルミラ。
「ちなみに誰へのプレゼントなの?」
意を決して核心を突きに行く。
ここまで何の意味の無かった尾行の集大成。アルムが好意を寄せている相手は誰かを。
アルムは聞かれて不思議そうに。
「誰って……ミスティ以外にいないだろ?」
「え?」
「あれ?」
「はえ?」
「わ……私……?」
すでに四人の頭の中にはフロリアという名前が出てきていたが、予想とは違う、しかも見知った名前が出てきて虚を突かれる。
少しの沈黙が本屋に流れた。
本屋の雰囲気に相応しいといえば相応しい。
「あ……あの件のお祝いって事か……」
そしてルクスが納得したように呟く。あの件とは勿論ミスティの当主継承の事。
エルミラの顔からさあっと血の気が引いていく。
エルミラは体をぐるんと、ミスティ達が隠れている扉の方に向けて。
「ミスティごめええええん!!」
渾身の謝罪を言い放った。
この場で暴かなければサプライズになったであろうアルムのプレゼント。エルミラはミスティへの申し訳なさでいっぱいになる。
「ん? なんだミスティとベネッタもいるのか」
「あははー……」
「あ、アルム……」
気まずそうに本棚の影から姿を現すミスティとベネッタ。
こうして、特に何の実も結ばなかったアルム尾行劇は終わりを告げるのだった。
いつも読んで下さってありがとうございます。
アルムの性格だと誤解で拗れることはありませんでした。