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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第三部:初雪のフォークロア
156/1050

142.補佐貴族3

「僕と? いいよ、やろうか」


 本棟の一階では他の生徒の前で堂々としているルクスの姿があった。

 実技が終わり、実技室から出てきた生徒達が大勢いる中、魔法儀式(リチュア)を仕掛けられたのだ。

 周囲の生徒の注目が集まる。

 ルクスは学院に来てからの魔法儀式(リチュア)は無敗。入学当初、アルムに敗北したという噂で嘗められて仕掛けられた数多くの魔法儀式(リチュア)を制した結果、今ではすっかり戦う相手としては避けられる存在となっていた。

 こうして魔法儀式(リチュア)を仕掛けられるのも一月ぶりだろうか。


「なら今すぐやるとしましょうか……疲れてるから後日なんて事は言いませんよね?」

「勿論、できるならここで始めたっていいくらい僕は好調だよ」

 

 普段ルクスと行動を共にするアルム達がいないのを見てルクスに話しかけようとしていた生徒達も二人の間に流れるぴりぴりとした空気に引き下がる。

 ルクスに魔法儀式(リチュア)を申し出たのは"コリン・クトラメル"。丸まった背中に長い手足、色白い髪と前髪の間から覗かせる三白眼に、喋ると見える少しぎざぎざに見える歯の目立つ魔法学院の一年生。そしてカエシウス家の補佐貴族クトラメル家の次男だ。

 ルクスとの接点は無く会話はこれが初めて。しかし、コリンにはオルリック家に擦り寄るような気配は無く、ルクスを侮っているような雰囲気でも無い。

 対するルクスも自信に満ちた爽やかな笑みを浮かべている。


「見学に茶々を入れられるのは好みません。いいですか?」

「どっちでも構わない。仕掛けてきたのは君だ。君の意向に従おう」

「ならついてきてください」


 コリンがそう言って歩き出すと、その後ろをルクスは付いていく。

 こっそり尾行して二人の魔法儀式(リチュア)を見学しようと動く生徒もいたが、ルクスが肩越しにその生徒らを一瞥すると尾行をやめていく。

 クトラメル家という大して有名ではない家の生徒の情報とルクスの不興を買うかを天秤にかければどちらを優先するかなど言うまでもない。

 オルリック家からの印象が悪くなるくらいなら今起きた出来事は全て忘れてもいいくらいだ。

 

「流石はオルリック家ですね」

「見学者を嫌ったのは君……ん?」


 コリンに付いてルクスが外に出ると、門の方に歩いていくアルムを見かける。それ自体は普通の光景だが、そのアルムを尾行するかのようにこそこそとしているミスティ達三人が目に入ってルクスは少し困惑する。


「何でアルムを尾行してるんだ……ミスティ殿まで……」

「どうしましたか?」

「いや、なんでもないよ」


 なんでもないとい言うルクスが見ていた視線の先をコリンは追う。丁度、アルムが外に出ていく所だった。


「アルムですか。あなたの友人でしたね」

「ああ、それが?」

「いえ、あのオルリック家の長男がまさか他の貴族とではなく平民と仲を深めてるとは……何を考えて――!」


 コリンはそう言って後ろを歩くルクスの様子を肩越しに確認する。

 その表情は雪国である北部……そこでよく見る曇天を連想した。

 さっきまでの爽やかさは無く、ただただ冷たい目をした人間が歩いている。


「彼はいい友人で……前途ある魔法使いの卵だ。ただ僕の家だけを見て擦り寄ってくる人達よりも価値があり、ここにいるに相応しい人間だと僕は思っている。友好を築くには十分すぎる理由だと思うが?」

「価値? 魔法使いとしての価値が平民にあると?」

「ああ、君は君の古びた価値で一生アルムを見くびっているといい。僕は僕の中の価値でアルムとの友人関係を続けるだけだよ」


 そこで交わす言葉は終わった。いや、ルクスが終わらせた。

 しばらく歩いて本棟から離れた第四実技棟に二人は到着する。

 コリンは魔石に触れて第四実技棟の扉を開けた。コリンに続いてルクスも実技棟の中へと入る。六つある実技棟の内部はどれも変わらない。入学以来、魔法儀式(リチュア)をする機会が多かったルクスには見慣れた光景だ。

 念のため、外に誰もいない事を確認して扉を閉める。ルクスからコリンへの心象はよくなかったが、それでも魔法儀式(リチュア)の相手の要望を無視する理由にはならない。


「誰もいませんか?」

「ああ、満足かい?」

「はい、これで本題を話せます」

「本題?」


 ルクスは気付く。さっきまでの戦意が目の前に立つコリンには無い事に。


「あなたに嘘を吐きました。こちらに魔法儀式(リチュア)をする気は全くありません。

とある事を伝える為にルクス・オルリック……あなたを連れてきました」

「とある事?」

「その前に……カエシウス家からオルリック家に何か大事な連絡はありましたか?」

「大事な話?」


 かまをかけているのか?

 念の為、ルクスは知らない振りをする。


「これから話す事に関わるので言ってしまいますが……二月後、カエシウスの当主継承式が行われる事が決まりました」


 ルクスを探ろうとすることもなく、コリンはあっさりと北部の貴族とカエシウス家と交流ある貴族の当主にしか知らされていない情報を語る。

 昨夜ミスティから他言無用と言われているだけにルクスのコリンへの信頼度が下がる。カエシウス家の交流あるオルリック家だからという事もあるのだろうが、余りに不用意だ。


「……あまり驚きませんね」

「君が本当の事を言っている保証がないからね」

「それはそうですね……では、話半分でいいので聞いていただきたい」


 コリンは一拍置いて本題を話す。


「多く語れば私が怪しく見えてしまうので用件を簡潔に伝えます。今回、当主継承式が行われるにあたって、我がクトラメル家はカエシウスの補佐貴族の中にミスティ・トランス・カエシウスを狙う家があるとの情報を貰っています」

「……へぇ」


 ルクスに驚きは少なかった。

 理由は二つ。当主継承が決まった今ミスティが狙われて当然の存在である事、もう一つはコリンという人間を信用していないからでもある。

 何せコニルのクトラメル家もそのカエシウス家の補佐貴族だ。

 多く語れば怪しいと前置いてはいるものの、この情報の正確性も定かではない。


「情報元は?」

「言えません。ですが、確かな場所からです」

「話にならないな」

「察して頂けると助かりますが……我々補佐貴族を疑える立場の方からの情報です」

「……」


 そんなのは二つだけだ。一つはマナリル国王、そしてもう一つは補佐貴族を纏めるカエシウス家だ。コリンの語る情報が真実と仮定するのなら、恐らくは後者で間違いない。


「何故僕に?」

「……カエシウスの補佐貴族より明確に立場が上でかつミスティ様の近くにて違和感の無いオルリック家の方だからです。私はミスティ様と個人的な交友が全く無い。この情報を得ている今接近するには明らかに不自然です」


 情報が嘘でなければコリンの話は一理ある。

 例えば、コリンがミスティを狙っている敵から守る為にと近づいたとする。しかし、他の補佐貴族の家も同じ情報を得ていたすれば近付くコリンが怪しく見えるに違いない。

 他の補佐貴族からすればミスティを狙う賊にも見えれば、情報を口実にミスティに擦り寄って抜け駆けしようとしている汚い家にも見える。ミスティに近付けばその瞬間、周囲に疑念を撒き過ぎる事になるのは目に見えていた。

 補佐貴族の立場は決して高くない。不用意に敵を作ればそれだけで衰退の一歩を辿るくらい不安定な立ち位置だ、内部に明確な敵を作るなどそれこそ御免というもの。


「ですからこの情報が出る前からミスティ殿と友好関係を築くあなたに話しました」

「守れという事かい?」

「はい、あなたに話したのはあなたがそういった悪意を見過ごさないというのも理由の一つです。先程……友人の平民について話した時の態度で確信しました」

「しまったな、あれはわざとか……」

「アルム本人がいたのは偶然ですがね。こちらからてきとうなタイミングで話題を振るつもりでした」


 とはいうものの、コリンがあの平民と何故一緒にいるかという疑問を持っていたのは本当だった。

 いくら考えてもメリットが見当たらない。さっきの反応を見るまで本当に四大貴族の道楽かと思っていたほどだ。それこそ物珍しい動物を観察するような感覚かと。


「勝手なのは承知ですが、こちらには力も無ければ余裕も無い。私のような貴族にできる事といえば同じ補佐貴族の動向を見張るくらい……直接の保護は力ある貴族であり、距離が近くても自然なあなたにお任せしたいのですよ」

「話の筋は通っているが……当然僕は君の事は信頼しない」

「構いません。ミスティ様が狙われているかもしれないという事を頭に置いて頂ければそれで。当主継承式の際、カエシウスの"トランス城"に無事着ければ下手な手出しはもうできないでしょう。仕掛けてくるとすればベラルタからの道中だと見ています」


 コリンはそこまで言って実技棟の扉へと向かう。

 本題自体はミスティをその命を狙う敵から守ってほしいという単純なもの。もうこれで話は終わりという事なのだろう。


「クトラメル家はカエシウスの衰退よりもミスティ様が当主になってカエシウス家の力が増す事のメリットのほうが大きいと見ています。まぁ、ミスティ様の強さならよほどの相手でない限り杞憂だとは思いますが……念の為よろしくお願いします。

こちらはこちらでベラルタに在籍している北部の補佐貴族の動向を見張ります。万が一……ベラルタにいる間にミスティ様に危害を加えられないように」

「ならこちらも君の忠告通り……こちらもミスティ殿の周辺は気を配るとするよ。日常生活の範囲内でね。当然君含めて警戒させてもらう」

「ありがとうございます。念の為、魔法儀式(リチュア)はした事にして記録を残しておきます。私の負けが自然なのでそのように」

「いいのかい?」

「疑われているとはいえ、話を聞いて頂いたお礼だと思ってください」


 言いながらコリンは魔石にやってもいない魔法儀式(リチュア)の勝敗を記録する。

 自分の敗北を魔石に記録するコリンの背中に向かってルクスは尋ねた。


「最後に一つ。コリン、君から見て怪しいのは?」

「現時点では動きが無いので何とも……ニードロスが白という事くらいでしょうか」

「ベネッタか……どうしてだい?」

「そりゃそうでしょう。ニードロスが敵だとしたらいくらなんでもベネッタ嬢は間抜けすぎる。いくらでも仕掛けるタイミングがあるでしょうに、いつまで仲良しごっこをしているんだという話ですから」


 そう言ってコリンは実技棟の扉から先に外へと出ていく。

 そりゃそうだ、とルクスは一人呟いた。

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― 新着の感想 ―
嘘とか裏とかの可能性をこの際全て無視すれば、いや無視せずともこのコリンという男はなかなかやりそうだ。
[一言] ベネッタは白でしょうけど その実家はわからないでしょ 実家と仲悪いらしいし ただ、ベネッタの実家も娘と仲の良好の家と態々敵対しようとは思い難いでしょうね
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