139.招待
「え? あれ? ちょっと待って……? 早くない!?」
「誰が指名されたかは聞いてもいいのかい?」
動揺するエルミラと平静を装いながらも無意識に結論を急いで求めてしまうルクス。
尋ねるルクスにミスティは頷いた。
「実際に指名されるのは継承式の日なので完全に決まったわけではありませんが、現当主ノルド・トランス・カエシウスから、私ミスティ・トランス・カエシウスが次期当主として指名されました」
「わーお……」
「お姉さんのほうでもない……確かに早すぎるな……」
ミスティが当主になると聞いてルクスはさらに考え込む。しかし、腕を組みながら指がとんとんと小刻みに動いているのが内心の動揺を表していた。
「他国へのアピールを兼ねてるのか……? 確かにミスティ殿の名前が平民にも伝わった今絶好のタイミングと言えるが……」
「それにしたってミスティが在学中にやる必要ある!?」
「そう……随分思い切ってるな……」
落ち着きのないエルミラと眉間に皺を寄せ考えるルクスをアルムは交互に見る。
その後、ミスティに視線を戻した。
「当主継承って事は……そのまま今の当主が誰かに当主を譲るみたいな事と思っていいのか?」
驚き、継承式の是非に対して話す二人とは対照的に大した衝撃も受けていないアルムが、浮かんだ疑問をミスティにぶつけた。
この場に流れる空気からすればそこからかと非難されてもおかしくはないが、それなりに緊張しながら話したミスティからすればいつもの調子のままのアルムに少しほっとする。
「はい、その通りですわ。継承式の事を伝えたのはカエシウスの補佐貴族、それとカエシウス家と個人的な付き合いのある家の当主だけですので他言はしないようお願いします」
「凄い事でいいんだよな?」
あまりよくわかっていないアルムの疑問には対面に座るエルミラが答えた。
「当たり前よ! ミスティにはお姉さんもいるのにそれでもミスティが選ばれたんだから凄いわよ!」
「そうなのか?」
「うん、血統魔法の関係で直系しか選ばれないのは当然だけど、大体長男か長女が指名されるからね。次男や次女以下が指名されるのは長子が血統魔法を継げない時や亡くなった時くらいだ。
特にミスティ殿は姉の"グレイシャ"殿だけじゃなくて長男にあたる弟の"アスタ"殿までいらっしゃる。それにも関わらずミスティ殿が指名されたって事はそれだけ圧倒的だと判断されたんだろう。四大貴族なら普通後継に慎重になって長男のアスタ殿の成長を数年待つところだけど……」
アルムの表情を見てアルムが何に疑問を持ったのかをルクスは予想して指を四本立てた。
そして順に四本の指をゆっくり折っていく。
「ああ、四大貴族ってのは東のオルリック、南のダンロード、西のパルセトマ、そして北のカエシウスの四家の事だね。カエシウスが飛び抜けて凄いって事だけ覚えてればいいと思うよ。パルセトマとかはよっぽどの事が無い限り会う機会無いだろうし」
「その飛び抜けて凄いカエシウス家で次女にも関わらず当主になったミスティは凄いってことか」
「そういう事になるね」
ようやくルクスとエルミラが動揺した理由を理解したようでアルムは手の平をぽんと叩く。
そしてミスティの方に向き直って。
「ならおめでとう、ミスティ」
「え……」
突然アルムから掛けられた祝福の言葉にミスティは一瞬固まったように呆気にとられる。
ミスティだけではない。ルクスとエルミラ、そしてすでにミスティから話を聞いて余計な口を出さないように配慮していたベネッタも思考が止まったかのようにアルムのほうを見ていた。
「ミスティが選ばれるってのは凄い事なんだろう? ならおめでとうじゃないか?」
「えっと……」
「当主になるって事はめでたい事だと思ったんだが……おかしかったか?」
「い、いえ、そんな事はございませんわ。当主となってカエシウス家が代々やってきたように国と人を守るのが私の昔からの目標でしたから……」
ミスティはそんなことは無いとアピールするように両手を振る。
アルムの祝福を受けて自分自身が今回の件をしっかり受け入れられていなかったのだとミスティは気付く。自分自身が驚いたままだったからルクスとエルミラのように驚かれるだけのものだと、勝手に決めつけていたのかもしれない。
だから今、アルムの祝福にこうして驚いてしまっているのだと。
「その……ごめんなさい。少し驚いてしまいましたの。ありがとうございますアルム」
「ああ、ミスティみたいな貴族が当主になるならそこに住む平民も安心して生活できるだろう。二重でめでたいな」
「アルムったら買い被りすぎですわ。私まだ十六の小娘ですのよ?」
屈託無く笑うアルムに釣られてミスティも柔らかい笑顔へと変わる。
それを見てエルミラも反省したように頬をかいた。
「そ、そうよね……私ったらつい……確かに祝福するのが先だわ。おめでとうミスティ」
「うん、確かに。異例だと思うと裏を探ろうとするのは悪い癖だ、まずは友人として祝福するのが先だった。おめでとうミスティ殿。貴族としてかなり先を行かれちゃいそうだね」
「ボクも心配してばっかだったけどそうだよね……よく考えたらめでたいことだー! おめでとうミスティ!」
「皆さんもありがとうございます」
ルクスとエルミラ、そしてベネッタからも祝福され、ミスティは頭を下げる。
「やはり……皆さんにお話ししてよかったですわ。実は本題はここからでして」
「え」
「あ、継承式がついでというわけではありませんよ? その、皆さんに打ち明けた理由といいますか……」
つい声が出てしまったエルミラは目に見えてほっとしていた。
これ以上衝撃的な情報を伝えられては身が持たないと安心した様子だ。
「今日集まって頂いた皆さんを是非、カエシウス家の継承式にお招きしたいのです」
「ええ!?」
「おっと……」
エルミラは安心したのも束の間、結局ミスティの提案に動揺してしまっていた。ルクスも落ち着かせるように体をソファの背もたれに預け、机に置かれたティーカップを口に運ぶ。
「い、いいの……?」
エルミラは隣のミスティに顔を近付ける。その目はきらきらしていて頬は紅潮し、目に見えて継承式に行ける事に対して興奮していた。
ロードピス家は没落していてエルミラ自身貴族の集まりとは無縁。こんな形で貴族の集まりに参加させてもらえるとは思ってもみなかったのだ。
「はい、今日はその話をする為に集まって頂いたんです。私個人の招待枠を皆さんにお使いしたいなと」
「あ、でも……やめといたほうがいいんじゃない? 補佐貴族のベネッタとか同じ四大のルクスとかはともかく没落してる私なんて呼んだらせっかくの継承式にケチがついちゃうわ?」
「そんな事ありません。エルミラは大事な友人ですし、先日のミレルの事件でロードピス家の名前もまた広まりました。エルミラも言っていたでしょう、ミレルの事件解決はロードピス家復興の第一歩だと……是非二歩目にカエシウス家の継承式を利用して下さいな」
「み、ミスティ……!」
エルミラは少し瞳を濡らしながらミスティの手を取る。
「ありがとう……でも、ちゃんとあなたを祝う気持ちを一番にして出席するからね! 絶対!」
「ふふ、ありがとうございます」
最初、ミスティの家に近付く為に仲良くしていると言っていた打算的な姿はとっくに無い。
結果的に近付く事に成功しているので当初の目的通りと言えるのだが、エルミラの言葉から計算という言葉はすでにどこかへ消えてしまっている。
「エルミラより……俺は大丈夫なのか……? 学院で一緒にいるってだけで貴族ですらないんだぞ……?」
不安そうにアルムは自分を指差す。アルムはミスティ達と対等な関係を築いてはいるものの、平民と貴族の差はしっかりと理解している。ミスティ達の横に自分が立てているのは魔法学院という庭の中だけだとも。
「カエシウス家ではなく私個人の招待枠ですから問題ありませんよ。それに……アルムもそろそろ私達の世界を知っておくべき時だと思いませんか?」
「貴族の世界をか……?」
「魔法使いの世界、ともいいますでしょう?」
アルムの表情が変わる。
魔法使い。未だどんな形かすら掴めていない幼少からの憧れの存在。
貴族の世界とはミスティの言う通り、才能ある一族だけが生き残った魔法使いの世界でもある。
「アルムは魔法使いを目指しているのでしょう? けれど、こちらの世界を全く知らないといっていいでしょう。これを機に私達の世界をその肌で感じてください。
恐らくアルムが思っているような華々しい世界では無いと思います……それでも、魔法使いを目指すなら早めに向き合ったほうがよいのではないのでしょうか?」
「……」
アルムは魔法学院に来る前に師匠から尋ねられた。
"どんな魔法使いになりたいんだい?"
その答えは未だ出ていない。
ミスティの言う通り、自分の夢の輪郭をはっきりさせる為にも、魔法使いの世界と向き合わなければいけない。
何かを叶えるならば……憧れはいつまでも、憧れだけにしてはいけないのだ。
「そうだな……貴重な機会を貰える事に礼を言わなきゃいけないな」
「ええ。是非お役に立ててくださいな」
「……な、何か緊張してきたな」
今になって落ち着きが無くなり、そわそわし始めるアルムを見てエルミラはおかしくなってつい笑ってしまう。
「何であんたが緊張すんのよ!」
「あははは!」
エルミラのツッコミでミスティ達も笑う。遠くからそのやり取りを見ていたラナも口元で笑みを浮かべながらその光景を眺めていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
『ちょっとした小ネタ』
少し触れましたが、この世界の貴族が家を継ぐには血統魔法を継げる事が条件になります。
現実への影響力が高いほど難しいので歴史の長い家ほど才能が求められてしまいます。
第一部の【原初の巨神】を作ったスクリル・ウートルザのウートルザ家が衰退したのも血統魔法である【原初の巨神】が継げなかったせいですね。