138.集まる友人
突如招かれたアルム達。
ベラルタに建つミスティの家はベラルタの町をある程度見渡せる少し高い丘に建っている。
夕日も沈み、ベラルタはすっかり夜だ。ベラルタは月明りと、先日復興のついでにと少ないながら設置された魔石の街灯によってほんの少しだけ明るくなっている。
街灯が設置されたといっても夜の闇を裂くほどの光量は無い。学院関係の施設付近に少数設置されただけなので町の人間が夜に活動するなんて事も未だ無かった。
この時間でも外を歩いているのは夜の街の一角の住人とそこに通う客、そしてこの時間に集うような緊急の要件がある生徒達くらいだ。
「どう思うベネッタ」
「どうよベネッタ」
「むむむ……」
ミスティの家のソファにも座らず、一人ソファに座るベネッタの前で息を呑むアルムとエルミラ。そして二人の視線を受けて腕組みしながらベネッタは難しそうな顔をして考え込んでいる。
「ベネッタ裁判長」
エルミラは手を挙げてベネッタをそう呼ぶ。
「さいばんちょー……こほんこほん。はい、エルミラくん」
響きがよかったのか、ベネッタはノリノリで髭を擦るような手の動きを口元でし始めた。
裁判長は髭が生えてるというベネッタの中の謎のイメージを表すジェスチャーだ。
突如始まる茶番。ベネッタ裁判官によるアルムのミスティへの様付け問題どちらに責任があるか裁判の始まりである。
「私はミスティが元王族って言っただけで様付けしろなんて言っていません。よって無罪だと思います」
「ふむふむ」
「裁判長」
「はい、アルムくん」
アルムも同じように手を挙げる。
楽しそうなベネッタを見てアルムも呼び方をこの場に寄せた。
「自分は久しぶりにミスティに会ったという状況とエルミラから得た情報が合わさってあの時混乱していました。今も何でベネッタが裁判長と呼ばれているのか正直よくわかってなくて混乱してますがとりあえず無罪にしてください」
「ふむふむ!」
腕を組み、二人の意見?を聞いて大きく頷くベネッタ。
そんなベネッタにエルミラは小声で語り掛ける。
「ベネッタ、後でクッキーあげるから無罪にして」
「エルミラ無罪!」
「はいアルムの負け!」
そんな茶番はいつもあっさり速やかに。
エルミラの見事な買収によってベネッタ裁判長のスピード判決。アルムの敗訴が確定した。
なお、後に渡されるクッキーが先日エルミラ主導で行われた自由な茶会の買いすぎたお菓子の一つである事をベネッタ裁判長は知らない。
「何か今買収があったような気がします。裁判長」
「そんな汚いやり取りはありませんー。ベネッタ裁判長はいつだって公正なんです」
「そうよそうよ」
「くっ……わかってはいたがやっぱ俺が悪いか……」
「こういう時本当に楽しそうだよね君達」
そんな光景を座ってじっと見ていたルクスも呆れながらも小さく笑う。
ルクス自身も帰郷期間で現実的な話漬けにされていたからか、目の前で繰り広げられる友人達の茶番劇を一層微笑ましく思ってしまう。
この場にいる友人達との付き合いはルクス・オルリックという貴族がただの少年に戻れる貴重な時間でもあった。
ミスティとベネッタが第二寮を訪れた後、すぐにルクスを呼びに四人で第一寮へと移動した。ルクスも北部の事情は気になっていたらしく、ミスティの呼び掛けですぐに外へと出てきた。
こうしてミスティに呼ばれたアルム達はミスティの家に集まり、ここで待っていてくれという言葉に従ってリビングにいる。
「何よルクス。文句あるの? あんたもベネッタ裁判長に裁いてもらうわよ」
「いやいや、文句なんかないさ。それに買収が当然の裁判はごめんだよ」
「つまり参加した時点で俺の負けか」
「はは、そうなるねアルム」
そもそもミスティを様付けしたアルムが発端だ。こんな茶番を挟むまでもなくアルムは自分の極端な思考が原因だと自覚している。
知識として聞く分には大して何も思わないのだが、王は貴族の上に立っている存在。
元とはいえそんな立場の人間が自分の近くにいた事、そして普段と変わらず自分の前に姿を現した事にアルムは珍しく動揺していたのだ。
考えてみればミスティはミスティなので何も変える必要は無かったとアルムは一人で勝手に反省する。
アルムが思い出すのは出会った時の事だった。あの時、ミスティをさん付けで呼んだ際にもミスティは怒っていた。
何故かはともかく、ミスティは呼ばれ方を変えると怒ると知っていたのだからそのままでよかったのだ。
「いやー! こんな風におふざけできる時間なんて無かったからさー……ルクスくんのほうはどうだったのー? オルリック家はやっぱ特に変わり無し?」
ベネッタは満足そうにしながら茶番に混ざっていなかったルクスの近況を聞く。
「詳細は言えないけど、そんなに変わった事は無いかな。補佐貴族との話し合いで珍しく友好国のガザスと連携をとれないかって意見が出たくらい」
「へー、それは珍しいねー。基本マナリルの貴族って自分達だけで解決しようとするのに」
「うん、それなりに危機感は感じてるんだなって思ったよ。当然国絡みになっちゃうから難しいって事になったけどね。一応父上は進言するみたいだけど」
「ガザスってあんまり干渉してこないもんねー。カンパトーレとしょっちゅう戦ってる割には救援要請とかもしないし」
「一回こっちに助けを求めるとマナリルからの見返りが怖いだろうからね。友好国としてあくまでマナリルの名前を利用するだけってスタンスを守ってるのは素直に凄いなと思うかな」
さっきまで茶番の中心にいたはずのベネッタがルクスと普通に会話を繰り広げている事にアルムは感心してしまう。
普段はそんな感じを見せないがベネッタも確かに貴族で、マナリルや周辺の事情はしっかり把握しているのだ。
「皆さんお待たせしました」
そんな会話の最中、リビングに入ってくるミスティとその一歩後ろについているミスティ付きの使用人のラナ。
ラナは六人分のティーカップの載ったトレイを持っていた。紅茶の落ち着くような香りがリビングに漂っていく。
ラナはティーカップを中央に置かれた縦長の机に並べていき、ミスティはその机を挟んだ向こう側のソファへと座った。
「ありがとうございます」
「いいえ、遅くなってしまい申し訳ありません」
ラナはティーカップを置くと、そのまま後ろへと下がる。
部屋から出ていったわけではないが、話しかけられないようにしているのか少し遠い立ち位置に移動した。
「アルムとエルミラは何故お立ちになってるんですか? ソファには空きがありますからどうぞ?」
「そういえば何で立ちっぱなしだったのって感じよね」
「確かに……何となくそういう雰囲気だったから……?」
「それはあるわね」
先程の茶番の為に立っていた二人はミスティに促され座ろうとする。
「あ……」
「ん?」
ミスティの家のリビングにはソファが三つある。
横長いソファが二つに一人用のソファが一つ。
ミスティは横長いソファの一つに座っており、対面にある同じくらいの長さのソファにはルクスが、机の横にある一人用のソファにはベネッタが座っていた。
アルムが座ろうとしたのはミスティの座るソファ。横に座ろうとした瞬間、ミスティが少し離れるように身を引いたのである。
「なんだ? 座るとまずいのか?」
「い、いえ……そういうわけではないのですが……その……」
「あ」
エルミラは何かに気付いたようで、ルクスの座るソファに座りかけていた体を止める。
「エルミラ?」
そして、アルムに割り込む形でミスティの隣に座った。
「はい、私の席よ。あんたはあっち。ルクスのほう座りなさい」
「別にいいが、何故わざわざ……?」
「いいじゃない。私だってミスティに会えなくて恋しかったのよ。今日ぐらいは独占させなさい」
「俺は別に独占する気無かったが……まぁ、そうするよ」
エルミラにしっしっと手で追い払われ、アルムはルクスの座るソファへと大人しく移動する。
ミスティはそんなアルムを見ながら小声でエルミラに耳打ちした。
「ありがとうございます、エルミラ」
「いいのよ、長旅だったんでしょうから気持ちはわかるわ。でも別に気にならないわよ。普通にいい匂いなのがちょっとむかつくくらいだもの」
「や、やめてください……」
恥ずかしそうにエルミラからもミスティは少し離れた。からかう事に成功したエルミラは満足そうに笑顔を浮かべている。
そんな乙女心など知らずに追い払われたアルムはルクスの隣へと座る。
アルムが座ると、ルクスは置かれたティーカップに口を付ける暇も無く話を切り出した。
「それでミスティ殿。話というのは何だい?」
自分達を夜も更けるというのに集めた本題。
それを聞く為にアルム達は集まっている。学院の話題は北部で何があったのかという話でここ数日持ちきりだ。
ミスティは北部の貴族を統括するカエシウス家の次女。そんな人物からの話とあれば間違いなく北部の貴族がベラルタに戻ってくるのに遅れた理由が語られるだろう。
「……」
ミスティは聞かれて少し黙る。
俯くその姿はしなだれる花のようだった。
「ミスティ、大丈夫?」
心配そうに聞くベネッタ。ベネッタは勿論、ミスティが今から何を話すのかを知っているのだ。
ミスティはそんなベネッタの声に首を横に振った。
「はい、ありがとうございます。ベネッタ」
ミスティは背筋を伸ばすと、いつものような綺麗な姿勢に戻る。
どこから見ても惚れ惚れするような美しさだ。
「一般に情報が解禁されるのはもう少し後ですが……この学院に来てから私と特に親交の深い皆さんには私の口から話したく今日はお集まりいただきました」
ここにいる四人相手にしては固い前置き。
アルムでさえ、ミスティの様子から何か大事な事が語られるのだと身構える。
ミスティは一呼吸置いて。
「二ヵ月後、カエシウス家の"当主継承式"が行われる事が決まりました」
「な……!?」
「は!?」
驚きで声を挙げたのはルクスとエルミラ。
紅茶に口を付けていれば噴き出したのではと思うほどに二人の表情は一変した。