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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第三部:初雪のフォークロア
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137.帰ってきた友人

 二週間後。ベラルタ魔法学院は何事も無く再開した。一月の帰郷期間を終え、生徒達はまた魔法について考える生活が始まる。

 しかし、とある出来事のせいで学院内ではいつもとは少し違う雰囲気が漂っていた。

 午前中の座学の時間を終え、食堂には解放感に溢れた多くの生徒がいたものの生徒達が話す話題はほとんどが共通するものだった。


「"マーマシー家"に"ペントラ家"……それに"タンズーク家"もまだかな……?」

「タンズークは昨日帰ってきたって。トルニアさんが言ってた」

「それでも先週帰ってきた一人を合わせてもまだ二人しか帰ってきてないのか……ちょっと変だな……」


 そう言ってルクスは眉間に皺を寄せた。エルミラも昼ご飯時とは思えない少し険しい顔だ。

 対面に座るアルムはそんな二人の様子を見ながら話を聞いている。

 ルクスが帰ってきてからさらに二週間が経ち、帰郷期間はすでに明けていた。だが、帰郷期間が明けているにも関わらず北部の貴族のほとんどが帰ってきていないのだ。

 マナリルの北方はほとんどがカエシウス家のものであり、広大な領地をカエシウス家と補佐の下級貴族が統治している。カエシウス家の領地以外のほとんどはマナリルの王直轄領だ。

 カエシウスの補佐をしている下級貴族は全部で十三。ベラルタ魔法学院に通う生徒がいるのはベネッタのニードロス家含めて七家ある。その中で帰ってきているのは二人だけであり、勿論ミスティとベネッタはまだ帰ってきていない。


「帰郷期間過ぎても帰ってこないって何があったのよ……」

「けど、遅れながらもこっちに帰ってきてる家があるって事は何か事件が起きてたとしても解決してるんじゃないかな。もし帰郷期間中に北部で何かあったら国から何か伝令が来るだろうし……カエシウス家は統括する立場だから何かの事後処理で遅れてるだけって可能性はあるよ」

「じゃあ何でベネッタまで帰ってこないのよー!」

「いや、僕に言われても……オルリック家は補佐貴族三家だけだから問題起きても大して共有に時間かかったりしないし……」

「三家だけとかさりげなく自慢してんじゃないわよぉ!」

「心配なのはわかるけど落ち着きなって……」


 落ち着きのないエルミラとそれに付き合わされるルクス。

 ここ数日のよくある光景をアルムはただ眺めている。そんなアルムとエルミラの目がばちっと合った。


「アルムは落ち着いてるわね……ちょっとその落ち着き分けなさいよ……」

「随分めちゃくちゃ言うな……エルミラらしくもない」

「だって……」


 エルミラは話している間にぬるくなった紅茶を一口飲む。自分を落ち着かせようとしているのか、飲んだ後にゆっくりと息を吐いた。


「ミスティだけとかなら家の事情かなとか思えるけど……北部の貴族が全員帰郷期間明けても帰ってこないって何か大きなトラブルがあったんじゃないかって不安になるじゃない……二人帰ってきたとはいえさ……」

「そこら辺が俺にはわからないからな……」

「私達って物騒な出来事に続けて遭遇してるから少しネガティブにもなるわけよ」


 エルミラの言う物騒な出来事というのは勿論、アルム達が入学してから関わった二つの事件。

 【原初の巨神(ベルグリシ)】のベラルタ侵攻と大百足のミレル破壊の事件だろう。

 どちらもアルム達の活躍によって解決しているが、どちらも一歩間違えばという大事件だ。

 現にオウグスとヴァンによる情報操作によって様々な情報を世間に隠している。

 【原初の巨神(ベルグリシ)】の時は解決した人間の詳細を、大百足の時は事件の全貌のほとんどを脚色しているのだ。

 二つの事件を受けて王都の魔法使いや国境近くの貴族達はより一層緊張が高まっている。

 

「まぁ、どっちも何とかなったじゃないか。こうしてまた普通に学院に通えてるわけだし」

「一番血塗れになってたやつの台詞じゃないわね……」

「復帰に一番時間がかかってたのもアルム、君だよ……」


 軽く何とかなったですませるアルムについ一緒になってツッコむエルミラとルクス。

 しかし、二つの事件を本当に何とかした本人である為に強く責める事のできない二人だった。


「まぁ、でも……確かに私がわたわたしてた所で変わらないのよね……」

「心配なのは俺だって同じだ。何の情報も無いっていうのは辛い」


 アルムが思い出すのは、ミレルの町でルクスとエルミラが行った方面の山が崩れ落ちたという話をラーディスから聞いた時の事だった。

 あの時と同じように色々な感情がぐるぐるとアルムの中で渦巻いている。

 二つの事件を共に戦った信頼はある。ミスティの魔法の技量はわかっているし、ベネッタもミスティほどじゃないとはいえ、敵の魔法使い一人を単独で倒せるくらいの実力はあるのは間違いない。だが、それとは別に遠い地から帰ってこない友人への心配が消える事も無かった。


「帰ってきた人達に話を聞ければいいんだけどね」

「まだ何も話せないって何も話してくれないらしいからねぇ……」

「まだ……まだか……」


 ルクスは何か引っ掛かったのか言葉を繰り返す。


「何?」

「いや、言い方が何か事件があったようではない気がしてね……何か事件があったんだったら詳細を言えない理由はあっても何も話せない理由は無いと思うんだ」

「どういう意味だ?」


 ルクスの言っている事がわからず、アルムも疑問を持ってルクスに問う。


「ほら、何か事件があったんだったら伏せられるのは詳細だけで何があったかくらいは話していいと思うんだ。ミレルの時みたいにさ」


 自分達の遭遇した事件をアルムとエルミラは思い出す。

 そう、ミレルで起きた事件は詳細こそ世間には操作されて伝わっているが、自立した魔法が暴れたという事にされて普通に世間に広まっている。

 すでに被害が出ているから隠し通せない、という理由もあるにはあるが、何かまずい事件が起きたからといって全てを隠す必要はない。


「まだって事は今後話せるようになるって事だろうし……もしかしたら何か北部で重大な発表があって……北部の貴族達はそれの口止めをされてるだけなんじゃないかな?」

「なるほど……」

「まぁ、単純に箝口令が出されてる可能性もあるからただの予想だけどね」


 ははは、と自信無く笑うルクス。

 ルクスなりに二人の心配を和らげようと絞り出した考えだった。

 だが、その考えはどういう事かしっかりと当たる事となる。

 五日後の夕方、ミスティとベネッタは心配を他所に何事も無くベラルタへと戻ってきたのだった。





「ミスティ! ベネッタ!」


 アルムとエルミラが風呂上り、夕陽に照らされる共有スペースで話していた時、第二寮に二人は現れた。

 第二寮に顔を出しに来たミスティとベネッタを見てエルミラは即座に駆け寄る。

 二人は長旅で少し疲れたような顔をしていたが、エルミラを見ると揃って笑顔を浮かべた。


「エルミラー!」

「わっ!」


 駆け寄ってくるエルミラにベネッタが飛びつく。どちらにとっても久々の感覚だ。

 飛び込んできたベネッタに驚きながらも、二人は互いの体をぎゅっと抱きしめて再会を喜んでいる。


「ただいまです。エルミラ」

「二人とも遅かったじゃない……どうしたのよ?」

「それがちょっと大変でー……」


 ベネッタはエルミラに聞かれても詳細を話そうとはしない。

 その代わり、ミスティのほうをちらっと見た。


「それは私の方からご説明させてください……二人ともこの後お時間はありますでしょうか? お時間あるようでしたらルクスさんも呼んで私の家でお話しようと思うのですが……」

「別にいいけど……何か大事な話?」

「はい、大事なお話です」

「……そっか。わかった」


 エルミラはここで質問責めしたい気持ちに襲われるも、ミスティの真剣な表情を見て衝動を抑える。

 元よりエルミラは二人が心配でここ数日落ち着かない日々を過ごしていたので、こうして二人が無事でいるだけで少し安心したからというのも抑えられる理由の一つだった。


「アルム、お久しぶりです。お元気でしたか?」

「あ、ああ……」


 エルミラに遅れて、アルムも二人が入ってきた玄関のほうに歩いてくる。

 しかし、アルムの様子はミスティから見てどこか変だった。何かに緊張しているような。


「アルム? どうかされましたか?」


 いつもと様子の違うアルムをミスティは心配そうな面持ちで見つめる。

 怪我か、それとも体調不良か。当のアルムはそのどちらでも無く、お風呂上がりの健康体だ。

 アルムはそんなミスティと向き合うと言葉を選び、自分の中で最善と思える言葉をミスティにかけた。


「えっと……お帰りなさいミスティ様?」

「は……い?」

「あちゃ……」

「様?」


 アルムの口から出てきた声に固まるミスティ。やってしまったと頭をおさえるエルミラに首を傾げるベネッタ。

 一瞬、時間が止まったような静寂はぷるぷると震えるミスティによって破られた。


「どなたですか? アルムに何か吹き込んだのは!」

「やっばぁ……」


 睨むミスティの視線は迷うことなくエルミラへ。

 苦笑いを浮かべながら、エルミラはその視線を受け入れた。

いつも読んでくださってありがとうございます。

二人とも普通に帰ってきます。

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