136.特別な家
「あれ?」
「え?」
五日後。第二寮に入ってきた人物を見てアルムとエルミラは驚く。
相変わらず第二寮は静かなままであり、午前中の掃除を終わらせた後、アルムとエルミラは共有スペースを独占していた。
エルミラの淹れた紅茶を飲みながらエルミラの買ってきたお菓子をつまむというエルミラ発案の自由な茶会。
クッキーにケーキにチョコレートその他諸々。甘いものが苦手な人なら見ただけで胸焼けしてしまいそうなほど机はお菓子だらけの皿が並べられていた。
そんな茶葉とお菓子の相性など知った事かと言いたげな茶会に二人の見知った生徒が訪れた。
「とりあえずただいまの報告に来たんだけど……随分楽しそうな事してるね」
アルムとエルミラの友人であるルクスだ。
まるで今日までベラルタにいたかのようにいつも通りの制服で二人の茶会を覗いて苦笑いを浮かべた。
そんなルクスに小さくガッツポーズするアルムと驚愕で目を見開くエルミラ。
「あれ!? ルクスが先!?」
「そうだけど……どうしたんだい?」
驚くエルミラを他所にアルムは立ち上がってルクスの所まで歩きその手をとる。
「ルクス! よく帰ってきてくれた……!」
「何だい? そんなに歓迎されると流石に嬉しいね」
予想外なアルムの喜ぶ姿にルクスもつい顔を綻ばせる。
アルムはしばらくルクスの手をぶんぶんすると、エルミラのほうを向いた。
「エルミラ、約束通り明日の共有スペースの掃除は代わってくれよ」
「賭けだものね。仕方ないわ」
「僕の喜びを返してくれ……賭けの内容が健全なのは君達らしいけども……」
真相を知って肩を落とすルクス。
とはいえ、このゆったりとした空気が帰ってきたばかりのルクスにとってはありがたかった。
「ほら、ルクスも参加なさい」
エルミラはぽんぽんと椅子を軽く叩いて座るよう促す。
「そうさせてもらうよ……エルミラ、私服そんな感じなんだね」
今日のエルミラは首元が少し空いた白のブラウスに銀のチョーカーを付けている。
エルミラの私服を初めて見るルクスにエルミラは得意気な顏を見せた。
「どうよ。可愛いでしょうが」
「うん。似合ってるよ」
「で、でしょ? うん……そうでしょうとも……」
ルクスの素直な褒め言葉に得意気なエルミラの頬が徐々に赤くなる。
エルミラは恥ずかしくなったのか新しいカップの紅茶を淹れ、何も言わずにルクスの前に置く。
「ありがとう。頂くよ」
「絶対食べきれないよなと話してたところなんだ」
「はは、確かにこの量じゃね」
ルクスがカップを手に取ると、アルムがお菓子の乗った皿を二つ差し出す。
ルクスは片方にあるクッキーを一枚手にとった。何の変哲も無い素朴なバタークッキーだ。さくっ、という音とともに軽く噛むだけで口の中でほどけていく。
「何と言うか……久しぶりにルクスの顔を見た気がするな」
「うん、二週間ぶりくらいだもんね。二人は期間中、何してたんだい?」
「何を……」
「してた……」
ルクスの質問に考え込むアルムとエルミラ。
そんなに難しい事を聞いたかな、とルクスは考え込む二人を交互に見る。
「今日はこれ買いに行ってたな」
これとは当然、机に並べられたお菓子の数々の事である。
アルムは荷物持ちとしてエルミラに付き合わされていた。
「昨日はトルニアさんの庭を手伝ったわよね……」
「後はいつも通り本を読んで……」
「私もちょっと魔法の訓練をして……」
「あ、いや……とりあえず充実してたのはわかったよ……」
何となく、二人がどんな時間を過ごしたか想像がついたルクスはすぐにこの話題を打ち切った。
どうやら魔法の訓練以外は本当にごく普通のありふれた事をしていたのだろう。アルムとエルミラの仲がいいようで何よりとルクスは勝手に自分の中で美談に落ち着かせる。
「それにしてもまさか私が負けるとは……絶対何もやる事無さそうなベネッタが最初だと思ってたのに……」
失礼と言えば失礼な物言いではあるが、間違ってはいない。
父親と仲が悪い上にベネッタは家を継ぐ気は無い為、帰郷してもやる事と言えば他家への挨拶くらいなものである。ベネッタ自身、帰郷にはあまり乗り気では無かったが、北部の他家に挨拶する為に帰ったのだった。
「ああ、誰が一番最初に帰ってくるかって賭けだったんだね。エルミラはベネッタくんに賭けてたのか」
「そうよ……まさか外すとは……」
「アルムはどうして僕に?」
「エルミラにベラルタから一番近いのは誰かと聞いたらルクスの家が一番近いって言ってたからルクスにした」
「ああ……そうなんだ……」
何とも単純な理由で選ばれた自分。負けたエルミラをルクスはつい哀れんでしまう。
ルクスが一番最初に帰ってこれた事に距離は関係ないのだが、ここはアルムの素直さの勝利である。
「まぁ、残念だったね。何が起きてるかは知らないけど、今北部はちょっとごたごたしてるらしいからベネッタくんもそのせいでこっちに帰ってくるのが遅れてるんじゃないかな」
「ごたごたって何かあったの!?」
「僕にもわからないんだ。北部はカンパトーレが近いから何か動きがあったのかもしれないし、内部で何かトラブルがあっただけかもしれないし……」
「何も無ければいいけど……」
心配からか少しそわそわし始めるエルミラ。
これは自分の伝え方が悪かったかと反省しながらルクスはフォローする。
「大丈夫大丈夫。父上の雰囲気からして悪い事が起きてるわけではないと思うよ。まだ口外できないって詳細は教えてくれなかったけどさ」
「そ、そう? ならいいんだけど……」
「でも何かあったのなら帰郷期間一杯は帰ってこないかもしれないね。ベネッタくんはともかくミスティ殿は難しいと思う」
「まぁ、カエシウス家は特別だしね……ミスティも大変だわ……」
「そういえば……何でカエシウス家は特別なんだ?」
ふと気になった疑問を二人にぶつけるアルム。
度々周りから聞く話題ではあるが、何が特別なのかをアルムは聞いた事が無かった。
「あんた知らないのって……そうか、そうだった……アルムってば最近まで自分の国の王様すら知らない無知無知野郎だった……」
「無知無知野郎は何か響きがとてつもなく嫌だな……だってほら、ルクスのオルリック家だって凄い家なんだろ? 特別じゃないのか?」
「確かにオルリック家は名門って言われるけど、カエシウス家はそういう意味で特別ってわけじゃないんだ。勿論魔法も凄いんだけどね」
エルミラはルクスを見るようにと右手を向ける。アルムはその手の動きを追ってルクスの顔を見た。
「ルクス・オルリック」
「ああ、知ってる」
ルクスの名前にアルムが頷くと、エルミラは今度は自分を指差した。
「エルミラ・ロードピス」
「うん、当然知ってる」
アルムは話した事のある人の名前はしっかりと覚える。ましてやルクスとエルミラは大切な友人の一人。覚えていないはずはない。
エルミラは次にクッキーを手に取る。
「ベネッタ・ニードロス」
「何でクッキーを持ち上げて言うかはともかくベネッタの家の名前もちゃんと覚えてるぞ」
「代理よ代理」
最後にエルミラは紅茶の入ったカップを手に取る。
「ミスティ・トランス・カエシウス」
「何で紅茶……ああ、ミスティが好きだからか……それで、一体どうしたんだ? 流石に友達の名前は忘れないぞ」
「何か気付かない?」
「気付くって……皆名前が綺麗だなぁ、とか?」
「はいお馬鹿さん。でもありがとう」
不服そうなアルム。
何か気付くかと聞かれても、アルムにとっては友人の名前という事くらいしかわからない。
そんなアルムにエルミラは答えを教える。
「ミスティだけ名前が長いでしょうが。家名みたいのがもう一個あるでしょ」
「ああ、そういう事か。……それが特別なのか?」
それを教えられたところでアルムには何が特別なのかがわからない。
家名の意味はわかる。貴族である事の証であり、平民には無いものだ。しかし、もう一つ付いたのが何なのかなど考えようと思ったことすら無いのだ。
エルミラが説明を続ける。
「あんた王様の名前覚えてる?」
「カルセシス・アンブロシア・アルベール……だよな?」
アルムは確認するようにルクスの顔を見ると、ルクスは頷く。
「うん、合ってるよ」
「ちゃんと覚えてるわね、偉い偉い。それで……気付かない?」
「王様の名前も長いな」
「そうそう。もうわかった?」
何を? と言いたげなアルムの顔。
そんなアルムの表情を察して、エルミラは諦めたように何故カエシウス家が特別なのか、その理由を語る。
「三つ目っていうか、名前と家名の間に付ける名前は"王名"って言ってね。王族がその国の首都の名をそのまま名前にして名乗るものなのよ」
「へぇ、そうなのか……ん?」
流石のアルムもその意味に気付く。
つまり――
「つまりね、カエシウス家は元王族なのよ。その昔……マナリルの北部がまだマナリルじゃなかった頃の国のね」
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世間は今大変なようで、体調に気を付けて病気にかからないように頑張ります。皆さんも体調には気を付けてください。