表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第二部:二人の平民
145/1050

133.後日談3

「ふっふっふ……! 今まで私なんぞそこらの石程度にしか思ってなかったでしょうに、私の名前が載ってからというもの話しかけてくる貴族連中が多いこと多い事……ロードピス復権の第一歩ってところかしらね!」

「わー! 未来のエルミラ領主ー!」

「うふふ。エルミラが嬉しそうで何よりですわ」

「前回みたいに名前を伏せられなくてよかったね」


 アルムが学院長室に入ると、そこには腕を組んで得意気なエルミラとそれを祝福するミスティとベネッタのぱちぱちという拍手の音。

 向かい合わせに置かれた来客用の二つのソファにはエルミラとルクス、その向かいにはミスティとベネッタが座っていた。

 ソファの間にある机には今回のミレルの事件について書かれた新聞が置かれており、エルミラが浮かれているのもそれに自分の名前が載ったからだろう。

 どちらにせよ、学院のトップに与えられた部屋はアルムにとって昼時のカフェテリアと変わらぬ光景となっていた。


「……ここは学院長室なんだよな?」

「あら、アルム」

「当たり前でしょ?」

「ああ……いや、まぁ、いいか」


 偉い人の部屋とは思えない様子にアルムは一瞬驚くも、喜んでいるエルミラの水を差す必要も無いと、抱いた印象を胸の奥にしまう。


「ベネッタさん、少しそちらに」

「はーい」


 アルムがソファに近付くと、ベネッタとミスティが少し詰めてアルムが座るスペースを作る。


「どうぞ、アルム」

「ああ、ありがとう」


 ぽんぽんとソファを小さく叩き、アルムに座るようミスティは誘導する。

 アルムは普段は対等に接するも、変に遠慮する時があると知っての先回りだった。

 ソファは二人掛けではあるものの、座っているのがベネッタとミスティという少女二人だったのもあってアルムの座るスペースは十分あった。


「エルミラは随分浮かれてるな」

「前回と違って活躍した貴族として名前が載ったからね。家の復権を目指すエルミラにとっては在学中に功績を上げたのは大きいよ」

「【原初の巨神(ベルグリシ)】の時は不満で仕方なかったけど、今回は満足ね」

「エルミラだけじゃないさ。僕としても南部との繋がりのきっかけを持てたのは収穫だった。トラペル家とこのまま関係を築ければ将来役に立ちそうだしな……」


 満足そうな隣のエルミラを置いて一瞬でルクスの表情が変わる。

 途中から会話というよりも考え事を口にしているようで、その目は計算によって先の事を見据えていた。

 

「あら、ルクスさん。ダンロードの庭に踏み込みますの?」


 ミスティが聞くと、ルクスは手を横に振る。

 ミスティの問いの意味はアルムには当然わからない。平民には遠い貴族事情だった。


「いや、そこまではしないよ。ただ時期が来たらトラペル家との関係は周囲にアピールしとこうかなとは……復興の出資をするよう家には伝えたし、とりあえず今は恩を色々売っておいて終わりにしようと思ってる。ミスティ殿は?」

「直接南部で何かするつもりはありませんが……まだ有名になっていない茶葉の方向から切り崩そうとは考えていますわ。現領主のダムンス様が紅茶好きという情報はキッチンの茶葉と火属性の魔石を見て得られましたし……まだどこもミレルの茶葉は注目していませんから早い段階で一度お会いしてそれとなくお話しようかと」


 ミスティとルクスの会話は恐らく貴族の仕事の話をしているのだろうが、隣で聞いているアルムにはよくわからなかった。

 だが、トラペル家の名前が出てるところを見るとラーディスは将来苦労するんだろうな、という事だけは何となく理解できた。

 それがいい苦労なのか悪い苦労なのかはさておいて。

 あんな事が起きてすぐに未来の関係について考えるのは貴族だからだろうか。


「それにしても……私としてはアルムの名前が無いのが少し不満ですわね」

「そうよね、何か悪いわ」

「そうー! 正直ボクはそれが一番びっくりしたー」

「アルムが一番きつかったんだけどね……」


 そう、アルムだけは新聞に名前が載っていない。

 今回も色々と情報を誤魔化す為にヴァンが中心となって解決した事にしており、いらぬ混乱を避けるために情報は最低限のものしか新聞に載っていなかった。

 その一端として平民でありながら魔法学院に通っているアルムの存在は伏せられている。世間の目がそちらに集中しないように。

 ミスティ達の名前が公開されているのは、世間の話の流れを流石はカエシウス家とオルリック家とさせる為でもあった。


「いや、俺は特に気にしていないから問題ない。別に自分の名前を広めたいわけじゃないからな」

「あんた……もっと欲持っていいのよ。浮かれまくった私が何か恥ずかしいじゃない」

「恥ずかしくなんかない。めでたい事を喜ぶのは普通だろ? おめでとうエルミラ」

「そういう事じゃ……まぁ、ありがとう」


 当の本人は全く気にしてないので調子も狂ってしまう。

 若干論点のずれた返しにエルミラはツッコむのも気が引けた。

 そんな話をしていると、学院長室の扉が開く。


「よし、もう揃ってるな」


 入ってきたのは数枚の紙を持ったヴァン。

 今回学院長室に集まったのは当然雑談をする為ではない。大百足破壊後、拘束されていてほとんど情報の無かったアルム達が色々な経緯を聞く為だった。


「ヴァン先生。お疲れ様です」

「ああ、いい。そのまま座ってろ」


 立ち上がろうとする五人を制止して、ヴァンは机まで行って無造作に紙を取り出すと五人の座るソファに近づいた。


「お前らに説明したらまたすぐに出なきゃならんからな。学院長がまだ帰ってきてないから死ぬほど忙しいんだこっちは」

「あの人どこ行ってるの?」

「さあな。ただ遊んでいるわけじゃなく仕事らしい」


 オウグスが脱走者を追っていた事は五人は当然知らない。それ以上説明しようとしないヴァンを見て誰も学院長について追及しようとはしなかった。


「どこまで聞かせてもらえるんですか?」


 ヴァンに対してルクスが問う。

 問いの意味は勿論、今回の事件の事と関わった人物の処遇についてだ。


「話せない事もあるが……まぁ、ほとんど話せる。お前らは当事者だからな。世間に話せないあの場にいた魔法使いの事はしっかり説明できるさ」

「それはよかったです。お願いします」


 ルクスが促すと、ヴァンは手に持つ紙に目を向けた。

 ソファに座る五人の視線がヴァンに集まった。


「まずベネッタが戦った魔法使いはヴァレノ・マルジェラ。あれは王都の魔法使いだった。転移魔法を国に隠していたからか王都で働く時は目立った活躍も無い魔法使いで、大分前に失踪していたらしい」

「マルジェラって……トラペル家の前の領主だったとこ?」

「そうだ。父親のヴァウロー・マルジェラはヴァレノが失踪した後に脱獄……どっちがタイミングを計っていたかは知らんが、どっちも転移魔法を隠していたとこを見るとどこかで脱獄する気満々だったみたいだな。あの百足といつ出会ったかは不明。転移魔法の使い手な為喋らせるわけにもいかず取り調べも難航してるが……まぁ、危険思想を持った転移魔法の使い手だから一生牢獄か危険性を考えれば死罪だな。こいつに関しては話も一方通行で取引の余地も無い」

「あの人恐かったからなぁ……」


 ベネッタはヴァレノと戦っていた時の事を思い出してつい体を震わせる。

 戦っていた相手ではなく、平民をやたらめったらに狙うあの姿はベネッタの目からしても何かに取り付かれているように見えた。


「父親は現在捜索中だとさ」

「転移魔法の使い手が逃走となると捕縛は難しそうですね……」

「あー、そこについては多分問題ない」

「どうしてですか?」

「まぁ、問題無いんだ。気にするな」


 詳細を言わずただ大丈夫というヴァン。

 これが話せない事の一つなんだろう。ぼりぼりと困ったように頭を掻くヴァンを見てミスティはそれ以上聞くのをやめる。


「ねぇ、マキビは……?」

「どうなったのか僕も気になります」


 ルクスとエルミラが気になったのは二人の前で倒れたマキビの容態だった。

 呪法の影響で倒れ、結局王都に運ばれるまでずっと意識の無かった……最後に協力してくれた魔法使い。

 ヴァンは心配そうな二人を見て少し笑う。


「安心しろ。回復した」

「よかった……」

「呪法って言ったか。その魔法の影響で内側から傷つけられたようにボロボロだった。あの百足が何かしてたんだろうな。だが、その百足が消滅したことによって影響が消えたらしい。呪法なんて魔法は知らないから確証はないと言っていたがな。使い手が命を落とした事で魔力も消えたんだろうってよ」


 マキビの安否が気になっていたルクスとエルミラは嬉しそうに顔を見合わせる。

 ヴァンは紙を一枚めくり、マキビについての報告の書かれた紙を要約して読み上げる。


「ルクスとエルミラが戦ったのはマキビ・カモノ。元常世ノ国(とこよ)の貴族で現在はカンパトーレの食客貴族だった。普段からカンパトーレには傭兵として雇われていてガザスとの戦いに何度も参加してる。今回あの百足に雇われたのも普段通りの仕事の延長でカンパトーレから紹介されたらしい。こっちは結構協力的で助かってる」

「ねえ、王都でも話したけどマキビは最後協力してくれたし……何か温情は無いの?」

「無理だな。本人が自分の意思で百足に協力したと罪を認めてる。ルクスとエルミラの話通り、最後に寝返ったからかあんな事件を起こそうとしたと思えないほど清々しい協力具合で色々情報は得られているが……まぁ、ミレルの被害を考えると難しいな。重要な情報を持ってれば取引も出来ただろうが、向こうがする気が無い」

「……そっか」

「だが、ヴァレノと違って交渉と更生の余地はある。それに元々傭兵だ。出すもの出せばマナリルに協力するかもしれない魔法使いだから死罪はない。後は本人次第だ。それと伝言も預かってる」

「伝言?」

「なに?」


 ルクスとエルミラが不思議そうに聞くとヴァンは短く、


「ありがとう、だとさ」


 マキビからの伝言を口にした。


「……そっか」


 俯くエルミラの背中をルクスが優しく擦る。

 何もした覚えはない。二人はただマキビと戦っただけだ。けれど、その伝言を聞いて彼にとって何かが救いになったのかもしれないと、エルミラはつい嬉しくなった。


「そんで、お前らが一番気になってるだろうシラツユ・コクナ」


 シラツユの名前が出て誰かがごくりと生唾を飲み込んだ。


「主な罪は国際文書の改竄に身分詐称、魔法使いの不法入国。まぁ、普通なら牢獄行きだが……今回国からシラツユに取引が持ちかけられた」

「どんなのですかー?」

常世ノ国(とこよ)についてマナリルは全く情報が無い。常世ノ国(とこよ)の魔法や常世ノ国(とこよ)で行われた実験についての情報と引き換えにマナリルのどこかで生活する場所を提供するというものだ」

囲う(・・)の間違いじゃないのそれ?」

「そうともいうな」

「生活する場所って……王都に住むわけじゃないんですか?」


 アルムが聞くと、ヴァンはわかってねえなと言いたげな表情でため息を吐く。


「なわけないだろ。生かしてはおきたいが王都に置いておきたくはないんだよ」

「……どういう事ですか?」


 眉間に皺を寄せて理解しようと考えるアルムの肩をミスティがとんとんと人差し指でつつく。


「アルム、情報を持ってるシラツユさんが王都にいらっしゃるとばれてしまえば王都に攻め込まれて今回のミレルのようになってしまう可能性がありますでしょう?」

「そうだな」

「ミレルの被害は大きく今も復興作業が続いています。マナリルの中心である王都がミレルのようになってしまっては国全体が大変な事になってしまいますよね? ですから国からすれば情報提供者として生かしてはおきたいですが、王都にはいてほしくないんですよ」

「ああ、なるほど。そういう事なのか……」

「マナリルのどこかで生活してもらうことで新しい敵を釣れる可能性もありますからね。ただ牢獄に入れるより有用だと判断されたのでしょう」


 ミスティからの丁寧な説明でようやく今回のシラツユの処遇の意味をアルムは理解する。

 マナリルは貴重な情報と襲撃されるという危険を天秤にかけて折衷案をとったのだ。


「といっても国内での魔法使用は禁止で有事以外に魔法を使った場合は即待遇を剥奪。生活は国が指名した貴族の監視下での労働込み。定期的に王都の魔法使いの監査と情報の精度を確認する為の王都への出向命令がある。他にも指名された貴族の治める領外への移動制限やその他諸々……まぁ、貴族や魔法使いとしての生活は無理だな」


 シラツユの処遇を聞いて少し複雑な面持ちになる五人。

 事情を理解している為にシラツユが大百足の最初の被害者だという事を五人はわかっている。

 けれど、マナリルを騙していた事、そしてミレルが襲われる事を黙っていた事を考えると不当な処遇とも思えないのも事実だった。


「……仕方ないですね。マナリルを騙していた事は事実ですから」

「でもちょっと可哀想だね……監視下で労働って何か響きが怖いー」

「変な貴族と当たらなきゃいいけどね。シラツユ結構美人だし」

「美人なのが関係あるのー?」


 首を傾げるベネッタにエルミラは少し頬が赤くなる。わざとらしく咳払いをして、


「いいのよそこは」

「なにそれー?」


 と誤魔化した。

 少し空気が暗くなったところにヴァンはわざとらしく咳払いをする。


「安心しろ。シラツユがいくとこはお前らもよく知ってる湖の綺麗な町だ」


 にやりと笑うヴァンの言葉で五人は固まる。

 それはつまり。


「嘘!? それ大丈夫なの!?」


 驚いたエルミラがつい身を乗り出した。

 いくらなんでもそんな事があるのかと困惑が声に混じっている。


「言っておくが俺は何もしてないからな。もうぶっ壊されてるとこに攻め込まれたほうが被害少ないし、事前に交流があったから御しやすいだろうって事で厄介払いついでにそう決まったんだ」

「理由はどうあれ……それなら安心ですね」

「そうだね、ラーディスなら無理させるような事は……ああ、いや、領主はラーディスの父上だから厳密には僕達にはわからないけど……」

「でも見知らぬ人のとこより全然いいよー! よかったー!」


 突如知らされたシラツユに処遇に関する一つの朗報。

 ミスティ達が明るくなる中、アルムは特に何も言わず黙っていた。


「どうしたんだい? アルム?」


 そんなアルムの様子を見て不思議に思ったのかルクスが聞く。

 アルムはミスティ達に比べて特に嬉しそうにしている様子にも見えなかった。


「いや、どちらかというともっと気になることがあって喜べないというか……皆は違うのか?」

「ああ、そういう事か」

「そうよ! シラツユがどうなるかに気を取られてて忘れてた!」

「そうだそうだ! あの人(・・・)どうなったのー!?」

「そうですわヴァン先生。早く聞かせてくださいな」


 そう、シラツユのこれからについて一番聞きたかったとこはまだ聞けていない。アルムが喜べないのはそれが理由だった。

 

「ヴァン先生。あの二人(・・)、一緒に暮らせるのか?」


 アルムはヴァンに問う。

 シラツユにとっては一番大切な、この国に来た理由の話を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
まあアルムはまだ子供だし、公表すれば危険も多いし、平民ということを考えても、この対応は理性的に自然だとはかなり思う。 しかし同時に、このような本人の無欲さに甘えた対応は、仮にも大国が自国を2度も救った…
[一言] こんだけのことを2度もやらせといて名誉なし褒賞なしでまだ先生面して喋れんだよ面の皮厚すぎる。
[一言] 主人公がこういう性格だから気にしてないけど、二度も都市を救った活躍の中核を担った人物に対して、はした金だけ渡して黙らせるって国の判断としてありえない、ってか頭悪過ぎなんじゃないかと 機嫌を損…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ