132.後日談2
アルムが学院に復帰したのは事件から三週間後。移動を除けば治療に一週間半とあとの日数はミスティ達とともに事情を根掘り葉掘り聞かれながら拘束に近い状態で王都にいた。
詳細を聞いた王都の魔法使いは常世ノ国と常世ノ国を滅ぼした魔法達については他言無用とし、アルム達は解放される。
ミレルを救う為に尽力したとアルム達は各自褒美も貰い、卒業前から実績を示せたのはアルムにとっても朗報といえるだろう。
学院に復帰した時には、学院中の生徒がミレルで起きた事件を知った後だった。
魔法使い事情の載った新聞にはアルムの名前こそ伏せられたものの、明らかに帰ってくるのが遅かった上に、いつも行動を共にしているミスティ達の名前はしっかりと新聞に揃って載っていたので、学院の生徒にとってはアルムも一緒にいたことが嫌でもわかる。
「何かここも久しぶりだな……」
初めて来た時のようにアルムはきょろきょろと学院を見回す。
廊下ですれ違う同級生たちは久しぶりに見かけたアルムに注目していた。すれ違いながら目で追うものさえいて目立っている。
まぁ、入学の時から目立ってはいるのだが。
「アルムくん、久しぶりー」
「ん? あ、ああ、久しぶり」
アルムが行こうとしている先から歩いてきた名前も知らない女子生徒から声を掛けられ、アルムは少し動揺する。
「包帯すごいねー」
特に話を続けようともせず、その女子生徒は手を振ってそのままアルムとは反対方向に歩いていった。
学院に久々に復帰したからか、こうして声を掛けられる事が多くアルムは少し困惑していた。
「……誰だったか」
この事件をきっかけにアルムを認める貴族達が少しだけ増えた事をアルムは知らない。
先程の女子生徒の名前を思い出そうとしながら廊下にある階段にアルムは足をかけた。
「おいアルム」
「ん?」
名前を呼ばれて階段を上がりかけたアルムは振り返る。
声の主はクラスメイトの少年で、一度も話したことの無い貴族だった。赤髪でそばかすはあるが鼻筋は通っており、顔立ちだけなら上品に見えるもその言葉遣いは乱暴だった。
これがこの少年の口調なのか、それとも平民であるアルムに対してのみのものなのか。アルムは特に気にしていないが、通りすがった生徒の何人かは顔をしかめている。
アルムは同じ空間にいたとしても、会話した事のある相手の名前しか基本覚えられないので少年の名前もあやふやだった。
あまりに気安く話しかけられたからか、アルムは、ええと、と口元に手をあててて名前を思い出そうとしている。知らないので思い出せるはずがないのだが。
「おいおい、いくらなんでも一応クラスメイトなんだから俺の名前くらいは憶えておけよな。それとも俺みたいな下級貴族の名前は覚えなくていいってか?」
普段、ミスティやルクスと友好のあるアルムを嫉むような聞き方だが、聞かれたアルムは特に表情を変えることなく答える。
「いや、そもそもあなたが下級貴族だということすら知らないんだ。貴族の事情に疎くてすまない」
普段、そんな話をしないせいかミスティやルクスといった上級貴族と一緒にいてもアルムの知識は一向に更新されていない。
話題に出ればアルムも耳を傾けるが、ただの興味から貴族の世界の詳細を聞こうとした事はアルムには無かった。
「それに平民の俺からすれば貴族は皆上の立場だからな。あまりそういう区別は俺にとって関係ないと思う。友人かそうじゃないか……後はいい奴か悪い奴かくらいの単純な区別しかないよ」
「へぇ」
どうでもよさそうではあるが、アルムの返答はクラスメイトの少年の機嫌は損ねなかった。
その少年は特にそれ以上つっかかるような事は言わずにキョロキョロと辺りを見回す。
「……今日は一人なのか?」
「これから会うが……今は一人だな」
未だ体中に包帯は巻かれているものの、魔力もある程度戻り、体も歩けるまでに回復したアルムは学院長室に呼び出された。
オウグスはまだ帰ってきていないので、呼び出したのは未だ代理を務めているヴァンである。
「そうかそうか」
通りすがりの貴族達こそいるものの、アルムと普段行動を共にしているミスティ達がいない事を確認してその少年は馴れ馴れしくアルムと肩を組んできた。
まだ治り切っていない傷が少し痛むが、何かこういう挨拶でもあるのかとアルムは変わらぬ表情で少年を横目に見る。
「なんだ?」
「ミレルで自立した魔法が暴れたって話……結構大変だったらしいじゃねえか」
「ああ」
「お前も最近学院にいなかったし、今も包帯巻いてる……何したんだ?」
「すまない、質問の意図がわからない」
「だーかーらー……その事件、お前も何かやったんだろ? どんなんだったんだよ?」
ミレルでの事件が広まった後、学院では少し変な事が起きており、アルムの情報が貴重なものとされ、同級生の生徒から探りを入れられるような事態が起きていた。
元々、入学の日にルクスとアルムの決闘を見た者はその情報を喋るものがほとんどおらず、無属性魔法しか使えない汚点ともいうべき情報だけが広まっているにも関わらずアルムに魔法儀式を誰も仕掛けない状態が続いていた。
あの決闘でアルムが何をしたのかを理解するものとしていないもので情報格差が生まれていたのである。そんな状況に加えて今回ミレルで起きた事件に関わっていたという事でアルムの情報は平民だからと無視できないものとなった。
実地を重ねるベラルタ魔法学院の生徒でも自立した魔法に対処するなんて依頼は一年ではまず行われない。その自立した魔法に遭遇して生き残った六人は学院内での評価が自然と高まり、その中で最も謎なアルムの情報が価値を持つようになったのだ。
このクラスメイトの少年もさりげなく情報を集めようとアルムが一人になる時を見計らって話しかけてきた一人である。
「何かと言われても、俺は最後にちょっと虫を潰したくらいで大したことはしていない。凄かったのは他の皆だ」
「嘘つくなよ、そんな怪我しといてよ」
「いや、本当にそれしかしないんだ。この怪我も俺がただ未熟だったってだけで……俺は最後にいいとこを持っていっただけでミスティ達の働きのほうが遥かに大きかった」
「おいおい、平民だからってそこまで謙遜することはないんだぜ」
「本当だ。何故かはわからんが、俺の嘘はわかりやすくて顔に出るらしい。嘘じゃないから顔には出ていないはずだぞ」
そう、アルムは嘘などついていなければ聞いてきた少年に誤魔化そうとすらもしていない。
アルムにとってあれはあの場にいた全員の支えがあったから出来た事。自分はただ止めを刺しただけで大した事をしていないというのが今回の事件での自己評価だった。
自分はただ出来ることをやっただけであり、自分が挙げた無茶な問題を魔法を構築する間にこなしてくれた皆こそが主役なのだと、アルムは本気で思っている。
無論そう思っているのはアルム本人だけ。
当事者のミスティ達が情報の解禁を許されれば、解決の中心はアルムだったと彼の名前を真っ先に挙げるだろう。
真顔で返答するアルムの様子を見て少年はあからさまに不機嫌そうな表情へと変わる。
「ちっ……そうかよ……」
乱暴にアルムの方から腕を外し、面白く無さそうな表情を浮かべながら少年はその場から去っていく。
不満そうな背中をアルムは見送るが、アルムも抱いた不満を口にした。
「結局名前は……?」
唯一の不満をぼやきながらアルムは階段を上がり、皆の待つ学院長室へと向かった。