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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第二部:二人の平民
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128.大百足攻略戦12

 マキビを撃破し、湖畔に邪魔者はもういない。

 ルクスは【雷光の巨人(アルビオン)】に湖から伸びる大百足の体節を辿らせ、見事水底にある霊脈と繋がっていた曳航肢(えいこうし)を切り裂いた。

 しかし――


「この……軟弱者……!」

「魔力切れ……!」


 二人の表情に喜びは無い。

 崩れ落ちるルクスの体。

 湖に霧散していく雷の魔力。

 水底にいる雷の巨人の様子を見ずとも、何が起こったかは明白だった。

 ついに訪れたルクスの魔力切れ。

 碌な休息も取れずにここまで戦ってきた体がついに限界を迎える。

 膝をつき、両手でかろうじて体を支えるルクスにはもう【雷光の巨人(アルビオン)】を維持できる魔力は残っていない。

 それどころか、無属性の補助魔法すら使えないほどに消耗していた。


「すまない……すまないエルミラ……!」

「何言ってんの! 謝る必要なんて無いわ!」


 慰めなどではなく本気の言葉だった。

 湖の表面に広がっているのは雷属性の魔力だけではない。大百足の曳航肢(えいこうし)が引き裂かれた事によって鬼胎属性の魔力も混じっている。

 それはつまり、エルミラからは見えない霊脈と繋がっている大百足の何かをルクスは間違いなく破壊しているという事。

 だが、破壊した本人であるルクスはその光景を見てもなお悔しさを顔に滲ませている。


「一本だけだ……! 多分霊脈に繋がってる部分が複数あるんだ……! まだ……霊脈との接続は切れてない……!」


 ルクスは横目に大百足の体節を見る。

 さっきまで永遠に湖から出てくるのではないかと思うほどに湖から上がってきていた体節はいつの間にか出てこなくなっていた。

 その代わり、何かに悶えるように無数の赤黒い足がぐさぐさと湖畔の地面に穴を開けていく。

 その体節には未だ霊脈から汲み上げられた魔力が躍動していた。


「それでもルクスはよくやったわ! これで何もできなかったなんて言わないでよ!? 何もしてない私がとんでもなく惨めになるから!」

「はは……できてるさ……」


 ルクスの口から出た言葉もまた慰めなどではない。

 ルクスもまたエルミラがいなければマキビを倒す事は敵わなかったとわかっているから。


「どうすれば……!」


 やれるのは自分しかいない。

 ここ数日魔力を消費し続けていたルクスと違って、エルミラにはまだ魔力が十分ある。

 だが、魔法を飛ばさなければいけないのは湖の底。湖の上から見た所で人間の視力では見えるはずもない。

 エルミラの血統魔法は水によって機能を失う事は無いが、使い手であるエルミラは魔法が届いた先で何がどうなっているのを判断することができない。

 水中に放った魔法がどこを動いているのか、爆破した場所が何なのか、その情報は魔法から伝わるわけではないのだ。


「どうすればいいの……!」


 エルミラはギリッと歯を鳴らした。

 何も手が浮かばない自分に腹を立て、悔しそうに拳を作る。

 居住区の方から聞こえる瓦礫の音と魔法の気配。

 自分達を信用し、任せてくれた友人達が戦ってくれているというのに何もできない。


 この作戦はアルムが魔法を唱える時間を作る為の時間稼ぎこそあるものの、基本的には電撃作戦。

 移動するだけで町を轢き潰せるような魔法の怪物相手をしているのはたった三人。

 いくらその三人が優秀だったとしても、実質無限の魔力を使える怪物相手に長く保つはずがない。

 稼ぐ時間はアルムが魔法を唱え切る少しの間だけ。

 だからこそ早く霊脈との接続を切らなければいけないというのに……何も手が浮かばない。

 血統魔法を出鱈目に飛ばすような案とも言えないやけくそ以外は。


「何か手は……!」


 ルクスのように大百足の体節に這わせるか?

 それも不可能。

 ルクスの【雷光の巨人(アルビオン)】のようにエルミラの血統魔法は一塊の魔法を動かすものではない。

 水底に着いたなどという感覚もわからないし、そもそも灰から伝わる感覚が何なのかなど判断できはしない。


「……っ!」


 エルミラの前に広がる雄大なミレル湖。

 大百足と接続してなお水底から淡い輝きを見せる魔力の光。朝日の光を反射し、きらきらと光る湖面。

 観光地としては一級品の美しい光景だが、その全てが今のエルミラにとっては邪魔でしか無かった。 


「お困りかい? お嬢ちゃん?」


 そんな――憎らしく湖を睨むエルミラの背後から声が聞こえる。


「!!」

「ま、マキビ……!」


 背後から聞こえた声にエルミラは咄嗟に振り返り、ルクスをかばうように両手を広げる。

 魔力切れとなったルクスは動けない。

 湖を注視してたせいで気付かなかった。

 いや、あの一撃を食らえば間違いなく気絶していると、ましてや動くことができるわけがないと思っていたのだ。

 その予想は半分間違っていない。

 エルミラが振り返った先のマキビの姿はぼろぼろで足を不自然に引き摺っている。

 頭からは血を流し、左手はかばうように腹部を抑えていた


「【河神毒蛟(みずち)】!」


 だが、そんな状態だろうが声を発してその意識を保ってさえいればその力を発揮できるのが魔法使い。

 澄み切った透明な音には少し苦悶が混じっていた。

 鈴の音に混じって口から血を吐く音もする。

 それでもマキビは自身の血統魔法を唱え切った。

 マキビの体を水が包み込む。

 エルミラは敗北を悟った。

 さっきのような手はもう使えない。何よりルクスの【雷光の巨人(アルビオン)】のようにマキビの血統魔法を抑えられるような魔法をエルミラは持っていない。

 マキビ本人を狙うしかないが、それもすでに先手をとられてかなわない。

 霊脈との繋がりを断つ事に気を取られ、マキビをすぐに捕縛して喋れなくしなかった詰めの甘さが仇となった。

 先程と変わらぬ形で二人の前に水の龍が現れる。

 マキビを囲む水の中で双眸が光った。


「エルミラ……!」

「ちくしょう……!」


 エルミラは盾になるように膝をつくルクスに抱き着きながら目を瞑る。


「……?」


 だが……二人が待っても水の龍からの攻撃は来ない。

 マキビがいたのは二人から二メートルほどの短い距離。

 目を瞑ってすぐにでも攻撃が来るはずだ。

 二人の予想に反して、攻撃の代わりに聞こえてきたのは勢いよく何かが湖に飛び込んだような音だった。


「……え?」


 エルミラはその音で目を開ける。

 マキビの血統魔法が消えたわけでも無い。

 マキビのボロボロの体は水に囲まれている。

 しかし、現れた水の龍は何故かミレルの湖へとその体を伸ばしていた。

 先程の音は【河神毒蛟(みずち)】がミレル湖に飛び込んだ音だと二人はようやく気付く。


「マキビ……?」


 マキビの表情に戦っていた時のような迷いは無い。


「嬢ちゃん! さっきみたいに俺の【河神毒蛟(みずち)】に灰を突っ込め!!」

「は? 何言って――」

「霊脈に繋がってるこいつの尻尾みてえのは二本ある! この様子じゃあもう一本を破壊できてねえんだろ!?

そこまで【河神毒蛟(みずち)】で誘導してやる! そしたら俺の【河神毒蛟(みずち)】と嬢ちゃんの魔法でもう一本を吹っ飛ばせ!!」


 さっきまで戦っていた敵からの急な提案。

 一瞬、何が起こったのかと二人は困惑する。


「あ、あんた一体……」

「俺は……」


 自分に向けられた国と人を守る貴族の視線。

 築き上げていた生き方ががらがらと崩れる音がする。

 これは間違いなく自分を雇った大百足への裏切りだとマキビは十分わかっている。


「俺は……」


 結局父の声を思い出せない。

 記憶の中の父の声はどうしようもないほど無言のまま。


「俺は……!」


 けれど、マキビは根拠のない確信を抱いていた。

 きっと――父は、この二人と同じ目をしていたのだと。


「俺は"魔法使い"だ! こいつのやる事が気に食わねえ!!」


 それは誰に向けたわけでもない宣言。

 骨は折れ、口から血を流し、ボロボロになった体で男は吠える。

 魔法使い。

 それは魔法を駆使して国を守り、人を救う超越者。


「そうさ! 俺はきっちり仕事をする男……! だったら……だったらよぉ……!

魔法使いとしてもきっちり働くとこを見せてやらねえとなぁ!!」


 マキビにとって、もう守る国は無い。

 それでも、人はいる。

 どこにだって助けを求める人はいる。救われるべき人がいる。健やかに生きるべき人達がいる。

 自分は悪の側に立ったのだと知っている。

 だが、いたくもない場所にずっと立っている理由は無い。

 もう遅いのはわかっている。

 ……それでも。

 例えもう遅かったとしても今――マキビは一欠片の誇りを取り戻す――!


「【暴走舞踏灰姫(イグナイテッドシンデレラ)】!」


 マキビの声を信じ、エルミラも血統魔法を唱える。

 ドレスの形をした灰はすぐさまマキビの操る水の龍へと入っていった。

 コントロールしきれていない魔法の灰が水の龍の表面で数度爆発する。


「マキビ! 時間は!?」

「【河神毒蛟(みずち)】を舐めるなよ嬢ちゃん! 水の中は独擅場だ!!」


 マキビの宣言通り。

 【河神毒蛟(みずち)】は急速にミレル湖の水底へと向かっていった。

 マキビが操るは常世ノ国(とこよ)の元貴族カモノ家の血統魔法。

 その真髄は島国である常世ノ国(とこよ)に侵入者を上陸させない水辺の戦い。

 海と川、そして湖。今いる場所こそこの魔法の主戦場。

 大百足がここを任せる為にマキビを雇った理由の一つだった。


「見つけたぁ!!」

「早い……!」


 ものの十数秒で水の龍は水底へと辿り着く。

 そこには水底に突き刺さる一本の太い針のようなものがあった。


「食らいつけ! 【河神毒蛟(みずち)】!!」


 魔力から伝わる主人の意思。

 水の龍は霊脈に繋がる二本目の曳航肢(えいこうし)に絡みつく。ついでと言わんばかりに、水の龍は絡みついた曳航肢(えいこうし)に牙を立てた。


「今だ嬢ちゃん! 全部ぶっ飛ばせ! 魔力をケチるな! 全部つぎ込め!!」

「言われなくても――わかってるわよ!!」


 相手は湖の底。さっきと違って余波を気にする必要も無い。

 最悪霊脈ごと爆破してやると、物騒な意気込みでエルミラは魔力を込めた。

 声の直後、湖畔に伝わる地震にも似た振動が三人の足から伝わってきた。


「うおっ……!」

「きゃっ!」

「うぐっ!」


 膝をついていたルクスは地面に倒れ、エルミラとマキビはその場でよろける。

 湖面に霧散する青と赤の魔力。そしてそれに混じって黒い魔力も湖に溶けていく。


「どう!?」

「……見りゃわかんだろ」


 エルミラは湖から伸びる大百足の体節に目を向ける。

 先程まで躍動していた魔力は体節には無く、ただ黒い魔力を持った体がそこにあるだけだった。


「やった……? やった……!」

「エル……ミラ……」

「あ、ルクス……」


 よろよろと起き上がろうとするルクスをエルミラは支える。

 その手足はほとんど力が無く、ルクスはエルミラの肩を借りて何とか立ち上がった。


「ああ、やった……やったんだよエルミラ……!」

「よっしゃ! 『炎竜の息(ドラコブレス)!』」


 エルミラは空に向けて魔法を放つ。

 それは攻撃ではなく、ミレルの町で戦うアルム達への合図だった。


「マキビ……何て礼を言っていいか……」

「そうよ、あんたがいなきゃ無理だった……! ありがとう……!」

「あー……なんだ……その……まぁ、そういう事もあるわな」


 二人からの純粋な感謝に照れくさそうにマキビは頬をかく。

 照れ隠しに、敵だったやつをそんなすぐ信じるなよ、と言いたかったが、それは野暮だと思って喉奥に押し伏せた。


「まぁ、なりゆきって……あ……?」

「え……?」

「なに……?」


 喋るマキビの体を突如黒い魔力が蝕む。

 先程までの吐血とは違う赤い血泡がマキビの口から溢れた。

 マキビの体のあちこちに光るマキビのものではない黒い魔力光。

 ルクスとエルミラが何事かとマキビを見つめる中、マキビ本人は納得したような表情で口から溢れてきた血泡を拭った。


「あー……"呪法"か……そういや、そうだった……名前出さなくても元々反逆防止……歯向かったらこうなるってわけね……」


 魔力光を放っている場所から感じる削られるような痛み。

 激痛の中、仕方ねえ、と満足そうに笑いながら、マキビはその場に崩れ落ちた。


「マキビ!!」

「ああ、気に、すんな……自業自得さ……それ……に……」


 最後に貴族として戦えて満足したよ。

 駆け寄るエルミラを最後に、その言葉は言えぬままマキビの意識は黒く塗りつぶされていった。

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― 新着の感想 ―
最後の最後に読者評価を爆上げして華々しく散った武士道の男、マキビ。
マキビさんかっけぇっす、、
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