12.積もる疑問
あれからすでに二週間が経つ。
新入生もそろそろ新しい地での生活に慣れる頃だ。
彼らも最初は貴族同士の表向きな振舞いで過ごしていたが、それが日常になってしまうとなると朝から晩まで仮面をつけたままのようで窮屈だ。
自然と共にいる生徒も決まってくるこの時期になれば、ほとんどの新入生が貴族同士というよりも同級生として振舞い始める者ばかりとなる。
外の世界で出会うまでの休戦といったところか。
しかし、そんなこの学院でもある問題によって人間関係に関しては未だ妙な壁を作っているグループが多い。
「そんなにおかしいのだろうか」
「君は何でそんな極端かな……」
「まさか王様の名前に誰だ?だもんね。みんな一斉にアルムのほう見た時噴き出しそうだったもん」
「魔法に関する知識は私達も舌を巻くほどですのに……どこか常識的な知識が抜けているといいますか……」
そんな事はほとんど関係ない四人のグループが一つ、食堂にあるカフェテリアにいる。
門の前で行われた謝罪の場の当事者であるアルムとルクス、そしてその場に居合わせたミスティとエルミラの四人はこうして自然と集まるようになっていた。
しばらくは名門貴族が二人に没落貴族が一人、そして平民という組み合わせのせいと、入学式前に決闘した新入生が何故か一緒にいるという事で好奇の視線に晒されていたが、四人はそれを気にするようなこともない。
時刻は正午過ぎ。
昼も終えて、時間までこのカフェテリアで色々雑談に興じるのが四人の日課になりつつあった。
今話題に上がってるのは今日の座学での一幕。
マナリルの歴史という今更知る必要の無いことについての授業だった。
ここベラルタ魔法学院は教師にリソースを極力割くことはない。
というのも、ここに来る者は大体が家の指導者やここに来る前の学び舎で基礎知識を学び終わっている者がほとんどで、そういった授業に関しては自習で事足りる。
ここにいる教師は魔法について、そして学院内で起きるトラブルの鎮圧が主な仕事である。
それでも、魔法使いになる為には必要な知識なので大体の者は真面目に取り組む。
貰った資料ではなく別の事についての本を読みだしたりする者もいるが、座学の一番の目的は平静な時間を設けることなので特に咎められるような事は無い。
魔法使いの魔法はイメージが大きく影響する為、恐怖や動揺といった心の揺らぎはイメージする際の集中力を欠く。
一年の時の座学の時間は一日の中で平静な時間を作り、自身が平静な状態とはどんな時かを具体的に体に覚えさせる事にあった。
それを理解してか、座学中の空気は静まり返っていて悪く言えば退屈だ。
そんな中アルムが放った一言が座学中の空気を変えたのである。
"カルセシス・アンブロシア・アルベール……誰だ?"
不意に呟かれた王の名前。そして後に続く不躾な疑問。
静まり返っていた時間に突如投げ込まれた爆弾は、その場にいた同期生を一斉にその声の主であるアルムのほうに振り返らせたのである。
投げ込んだ本人は暢気なもので、ああ、王様の名前なのか、と勝手に納得していた。
無知とは時に何と恐ろしいことか。
その場の平静を一気に乱した瞬間でもあり、平民にしてもものを知らなすぎるんじゃないか、とまだ名も知らない同期生に心配される瞬間でもあった。
「仕方ないだろう、とにかく魔法に関する事しか学んでこなかったんだ。後は村での狩猟くらいの知識しか俺にはない」
何故か胸を張るアルム。
自身の知識の偏りを開き直る姿とは思えない堂々とした姿だ。
「何故そんな自信満々に……」
「もしかしてここの試験の筆記も魔法に関する問題だけ解いたのかい?」
「ああ、それしかわからなかったからな。他は当てずっぽうだ」
当然だろう、とでも言いたげなその姿にルクスは苦笑いを浮かべる。
「なるほど、だから平均くらいにはなったのか……」
「魔法学院だけあって魔法に関する問題が多かったですからね」
「よくそんなんでここ入ろうとしたよね」
エルミラの声には隠そうともしない呆れたようなニュアンスが含まれている。
それにアルムが気付くことは無かったが。
「とりあえずここに魔法使いの卵が集まるから行ったらいいよ、って言われただけだからな」
「あら、ではここがどんな所かも……」
「ああ、知らなかった。使いの人から案内を貰って初めて学校だと知ったんだ」
「凄いな……」
「なんか、雑と無知を組み合わせたら正解になっちゃったって感じだね。まぁ、平民がここに来るって普通はありえないから、そのありえないアルムならそんなもんなのかもね」
有り得ないとルクスは少し引き気味だが、エルミラはどこか納得したような感じだ。
「そういうエルミラは何でここに来たんだ?」
「んー?」
「ああ、興味本位だから答えたくなければいいんだが」
自分に話が振られると思っていなかったのか、気の抜けた返事をエルミラがするとアルムは誤魔化したのかと思って気を遣う。
しかし、そんなのはいらぬ気遣いだったようでエルミラは普通に答えてくれた。
「私は自分の家の復権よ、とりあえずここを出れれば没落してようが貧乏だろうが実力は認められるのは間違いないし」
「なるほど」
アルムは当然知らなかったが、ルクスとミスティはエルミラの家名を聞いた時に驚いていた。
ロードピス。
それは最近まで火属性の魔法使いの名家として名を馳せた一族であり、たった二百年で衰退した悲劇の一族でもあった。
「エルミラには悪いが、正直ロードピスは滅んだのかと思ってた」
「申し訳ありません、実は私も……」
「あぁ、いいよいいよ。実際私より前の世代の魔法使いはポンコツだったし」
「ちなみに血統魔法はまだあるのですか?」
「あるある。私以外はほとんど使いこなせてなかったみたいだけど」
家の復権という割には、エルミラには自分の一族には特に思い入れが無いようだった。
一族の為というよりは自分の為にという事なのだろう。
エルミラは自分の実力に少なからず自信を持っているようで、自分の実力に見合わない家の状況をよく思っていないのかもしれない。
「あー、それとむかつく金持ちの貴族どもを実力で踏みにじりたい」
「なるほど?」
家の復権はわかったが、それはアルムにはわからない。
僻みか野心か、はたまた自分の知らない感情からだろうか。
両隣にその金持ちの貴族が二人いるのだが、エルミラは気にしていないようだった。
それは二人に対しての宣戦布告のようではあるが、不思議とそうには聞こえない。
「ミスティとルクスとこうして毎日喋っているが……二人はいいのか?」
「いや、私はあわよくばカエシウス家とオルリック家に近付ければと思って仲良くしてるだけだから」
「そ、そうか……」
「僕達、家柄を狙われてたのか」
「私達がいる時に仰るのがまた……」
友好が打算的であることすらエルミラは隠そうとせず、打てば響くように答えてくれる。
答えたくなければいいと事前に言っているにもかかわらず、まるで質問している側が言わせてるようだ。
「私、基本的に金持ちの名家は嫌いなの。だけど利用はしたいから」
「あら、わたくしの事をお嫌いなのですか?」
「ミスティは好きー」
「まぁ、嬉しい」
ミスティとエルミラの二人は手を合わせる。
嫌いなの、という言葉とその仲睦まじい姿、どちらが正しいのかとアルムは混乱し始めた。
しかし、好奇心はさらに問いを投げかけてしまう。
「結局どっちなんだ?」
「どっちもよ。友達のミスティは好き。でも、金持ちのミスティ・トランス・カエシウスは嫌いなの」
「ちなみにルクスは?」
「んー……嫌いよりの普通?」
「あー」
「何がだい? 何が、あー、なんだい?」
言語化するのはルクスに悪いのでスルーする。
それが納得であるなどと言っては友人を傷つけてしまうとアルムなりの意味の無い気遣いだった。
「それにしても、ずいぶん正直に言うな」
「隠れて言ったらそれこそ感じ悪くない?」
「まぁ、確かに陰口は好むところじゃないな」
「そういうものなのか?」
堂々と言うのは感じが悪くないのだろうか。
嫌いと意思表明するのだから同じな気がすると、アルムにはその差異がわからない。
「二人は?」
助けを求めるように直接言われた二人に問いかけてみる。
「別に……僕の家を利用しようという人は少なくないから特に何とも思わないよ」
「私も特に……むしろ堂々とおっしゃられるような胆力をお持ちの方のほうが好感を持てますわ」
二人の答えに謎は深まり、アルムは首を傾げた。
自分以外の三人は受け入れているようだからこれは生まれによるものなのだろうか。
理解しがたい心情を垣間見たようで不思議な感覚だ。
それは決して嫌な感じではなく、新しい何かが蓄積されるようで。
三人との会話の中で時折こういう事があるのを密かにアルムは面白がっていた。
「ん?」
もう一つ、聞いてみる。
「じゃあ俺は?」
「アルムは二人と仲良くしてるからついで」
「……そうか」
自分とは何故一緒にいるのかと、気になったエルミラの答えはあっさりしたもの。
しかし、そういわれるとそれ以外に理由はないな、と今度は理解できてしまったことにアルムは小さな悲しみを覚えるのであった。
本編再開です。
改めてよろしくお願いします。