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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第二部:二人の平民
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125.大百足攻略戦9 -変換-

『ははははは! あはははははははは!!』


 大百足の狂声がミレルの町に響き渡る。

 歓喜に震えながら大百足はその長い巨躯で眼下の町を轢き潰していった。

 彼女からすればここは町ではなく餌のいない餌場。価値の無くなった残骸に等しい。


『よい……よいぞ、そなたら……! もっと儂を楽しませよ!』


 狩人からの一方的な命令。

 それは大百足の前方を飛行する三人に向けられたものだった。

 シラツユに植え付けられた白い龍の背に乗るミスティとシラツユ、そして自身の血統魔法によって飛行するヴァン。

 ニヴァレ方面からミレルに来る際に最初に到着する居住区、噴水のある広場まで三人は大百足を誘導していた。


「ヴァン先生がもう……!」

「ヴァンさん……!」


 ミスティとシラツユが危惧していたのは横目に見えるヴァンだった。


「はぁ……! はぁ……! くそったれ……!」


 目に見えて疲弊しているヴァン。

 その息切れは魔力の消耗と魔法を操る精神的疲労によるものだ。

 魔法は"放出"して終わりのものだけではない。

 "放出"した後も操作を必要とする魔法には魔力と魔法を操る繊細さが求められる。

 ルクスの雷の巨人やエルミラの爆発する灰。

 どちらも"放出"した後に操作するのが不可欠な魔法であり、ヴァンが使い手の飛行を可能にしている血統魔法も当然例に漏れない。

 動かす体が増えるようなものと言えばいいだろうか。

 最初の内は混乱し、血統魔法を操れない者は多い。

 積み重なる歴史によって血統魔法は世代を重ねるごとに現実への影響力が増していく。その結果、訓練しなければ血統魔法を操れぬまま落ちぶれていく貴族もいるくらいだ。


 当然ヴァン・アルベールはそんな落ちぶれた貴族ではない。

 マナリルを代表する風属性魔法の魔法使い。

 王都に生まれ、オウグスにスカウトされるまでその名を国中に轟かせていた魔法使いだ。

 そのヴァンを持ってしても、アルベール家の血統魔法は難度が高い。

 何せヴァン自体が飛んでいるわけではなく、魔法の風によって無理矢理飛んでいるような動きをしているだけなのだ。

 一度に飛行させられるのは三人まで。単純な飛行であれば大して影響はない。

 だが、鳥のように縦横無尽にとはいかない。そして今は飛行に加えて大百足の攻撃をいなしている。

 さらに、ミレルに急行する為に数日飛行を重ねたせいで魔力も限界に近かった。

 未だ飛行できているのは訓練のたまもの。単純に浮いて進むだけならば無意識にできるほどにヴァンは血統魔法を極めているが、それでも魔力の消耗はどうしようもなかった。


『そなたらが儂を地に還す英傑か?』

「右!」


 声とともに触覚が振るわれる。

 命を捉えるだけでなく、大木よりも太い鞭となったそれはミスティとシラツユを乗せた白い龍に振るわれるが、肩越しにその軌道を確認しているシラツユは白い龍に指示してそれをかわす。


『否』


 振るわれた触覚によって破壊される建物の瓦礫の音に混じって、残念そうに大百足は呟いた。


『……背を見せるそなたらは違うだろう。待っているのか? 儂と同じく英傑の到着を!』


 大百足の口が大きく開かれる。

 普通の百足のような口はそこには無い。

 むしろのその口は蛇や龍のものだった。

 口内には並んだ赤黒い牙と一際大きな牙に似た顎肢が共存している。


『儂も待ち遠しい!!』


 声とともに放たれるのは顎肢から放たれた二本の黒い魔力の光線だった。

 その光線の太さと放たれる速度は飛行するミスティ達を捉えていた。

 ただの魔力であれば攻撃にはなり得ない。

 魔力とは普段目に見えず、濃度が上がっても光を発する程度の現象しか引き起こせない幻のようなエネルギーだ。

 しかし、魔法が放つとなれば話が別。

 それは魔法そのものではないが、魔法によって現実への影響力が付与され、魔法の性質を得ている。

 魔力が普段目に見えず、他に影響を及ぼさないのはそのままでは現実への影響力が無いからに他ならない。

 つまり、現実への影響力があるのなら魔力は魔法と同じく現実を容易く侵略する。


「この……!」

「盾を!」


 勢いよく翼を羽ばたかせるようにヴァンは腕を振るう。

 巻き起こる烈風は壁となり、魔力の光線を一本防いだ。

 もう一本はミスティとシラツユを乗せた白い龍へ。

 シラツユの声によって白い龍も魔力の壁を展開する。

 信仰属性の魔法である白い龍が発生させる魔力の壁は生半可な攻撃を通さない。


「ヴァン先生!」

「ご……の……! ぐっ! おお……!」

「白龍頑張って!!」


 烈風と信仰の壁が光線によって浸食される。

 互いに魔法が放っている魔力だが、その量には目に見えて差がある。

 光線を逸らすように烈風は弾いていくが、そのそばから壁となった風は削られていく。

 ヴァンが魔力をつぎ込んでも時間稼ぎにしかならない。


"キャオ……オオ……!"

「白龍!」


 生半可な攻撃を通さない信仰の壁も、ピシピシ、と割れる前の硝子のような音を発していた。

 悲鳴のような声を上げながら、白い龍も乗せた二人を守るべく魔力をつぎ込む。

 大百足ほどではないが、シラツユに埋め込まれている白い龍もガザスにある霊脈を喰らって魔力を貯め込んだ魔力の怪物。

 ため込んだ魔力をその壁につぎ込んでいく、つぎ込んでいくが……一向にその勢いは落ちない。

 そう、相手は飛行できる白い龍という血統魔法にも値する魔法でさえ霞む存在。

 そんな存在が今は霊脈と接続した事によって無限にも近い魔力を行使できる。


「白龍! 酒を!」


 シラツユは背負っていた鞄を白い龍の口目掛けて投げ込む。

 中にはミレルに到着した際に購入したワインの数々。

 シラツユの声に白龍も悲鳴を上げながら投げ込まれた鞄を飲み込んだ。


『ああ、酒か……無駄な足掻きをするのう?』


 その意味は余裕そうに光線を放っている大百足も知っていた。

 大百足と白い龍。

 二体は元々生命でこの世界で魔法となった存在であり、更に言えば同郷。

 ゆえに酒を投げ込んだ真の意味がわかっている。

 ――二体は共にその地域の人々から崇められており、信仰と供物によって力を増す神のような存在だった。

 酒は神に捧げる供物の最たるものであり、捧げ物はその存在を確固たるものにする。

 その特性は魔法となっても変わらない。

 異界の地にて人々の信仰こそなくなったが、捧げ物によってその存在はより強固なものとなる。

 それはつまり、魔法となった彼女らで言えば――現実への影響力を強化するという事。


「これは……!」


 ミスティは驚愕の声をこぼす。

 目の前でひび割れた信仰属性の魔力の壁が瞬く間に力を取り戻していた。

 失われた魔力は捧げられたミレルのワインによって補充され、白い龍の現実への影響力を増していく。

 大百足は無駄な足掻きと言ったが、その効力は放たれた大百足の光線を防ぎきる。


「ふざけやがって……!」


 一方、そんな都合のいい強化方法の無いヴァンは苦肉の策をとった。

 ズァア! と烈風が吹く。

 その烈風は大百足に向いて吹いたのではなく、ヴァン自身に向けられていた。

 風が勢いよくヴァンの体を吹き飛ばし、無理矢理ヴァンを光線の射線から弾き飛ばす。

 黒い光線はヴァンという的を失い、空に向けて放たれていった。


『ほうほう、今のを防ぐのはやるのう。自分を吹っ飛ばすとは……ふふ、面白い』


 ぞろぞろぞろぞろぞろ。

 見下すような声をしながら赤黒い足が侵攻する。

 

『では、次は無くしてやろう』


 大百足はミスティ達ではなく、その足と体節で周囲の建物を破壊し始める。

 さっきまではただ通り道に過ぎなかったはずのミレルの居住区を大百足は次々狙っていく。

 蛇行し、出来るだけ多くの建物を破壊するように動く大百足。

 動くだけで下にある物を轢き潰す体が居住区を瓦礫の山に変えていく。


「あ……!」


 その凶行の意味にシラツユは気付く。

 ミレルはワイン作りが盛んな町。

 その建物を破壊するという事は、保管されているであろうワインを破壊する事に等しい。

 白い龍を強化する為の酒を町で補給しようと考えていたシラツユの策を潰す動き。

 それは決してシラツユと白い龍を厄介な敵と見ているからではない。


『さあ、次はどうする? 儂が破壊している間に策を練るといい』

「くっ……!」


 生き汚くここまで辿り着き、湖畔で一度は底に落とした少女が今こうして敵となるべく前にいる。

 それが何によるものか、大百足は知りたかった。

 追い詰めればそれが見られるかもしれぬと、そんな理由でミレルの居住区を無に帰していく。


『ああ……そうじゃ。よい機会じゃからのう、儂もそなたらで色々試してみようか』


 大百足はある程度居住区を瓦礫に変えると、いい事を思いついたと、その上体を起こした。

 にたり、と人であれば笑みを見せていたであろう声。


「おいおい……!」


 大百足の体節はミレル湖からずっと続いている。

 一体何百メートルあるのかと、改めてヴァンはぞっとした。


『魔法である儂が放つ魔力はそれだけで攻撃となるが……これに魔法名を付けるとどうなるかの?』

「!!」

『魔法である儂が魔法を使うなどこの世界のるーるとやらではあり得ないのか……はたまた現実への影響力が上がるのか……それとも新たな魔法となるのか』


 大百足の巨体にぞっとしている場合ではない。

 その冗談みたいに長い巨体と同じくらいぞっとする事を大百足は今口にした。

 つまり、大百足はこう言っている。

 今ここで、先程放った魔力の光線を――魔法に昇華すると――!


『なあ、魔法使い? そなたらはどう思う?』


 魔法の放つ魔力はあくまで魔法の一部。普通ならその魔力が別の魔法になるのはあり得ない。

 しかし、目の前の大百足は普通の魔法ではない。

 明確な意思を持ち、ヤコウという魔法使いを取り込んだ異質な魔法。

 魔法使いを取り込むというのが一体どういう事なのかすらもミスティ達はわからない。

 だが、わからないからこそ……大百足の言葉は三人に最悪の想像をさせる。

 魔法使いの声は魔法の重要な要素の一つ。

 魔法を放出するのに不可欠で、時に現実への影響力の底上げもする。

 もし、もしこの大百足が魔法使いを取り込んだことによって魔法だけでなく、魔法使いにもなっているのだとしたら?

 そして――その声で現実への影響力を底上げできるのだとすれば……!


「ヴァン先生! 近くに!!」


 大百足が起こした上体の体節にある無数の足に魔力が灯る。

 白い龍はヴァンのほうへ、ミスティの声に反応してヴァンも向かってくる白い龍に出来るだけ接近する。

 危険を察知し、ミスティは最悪の想定に備えた。


「"放出領域固定"!」

『そうじゃな、『人追(ひとおい)』』


 魔法の文言は何でもいいと大百足は異形の口で唱える。


「【白姫降臨(ニブルヘイム)】!」


 同じように、ミスティも無数の足から放たれるであろう魔力の光線を防ぐべく、自身の血統魔法を唱えた。

いつも読んでくださりありがとうございます。

評価、ブックマーク本当にありがたいです。


第二部を駆け抜けたい気持ちとは裏腹に昨日は忙しくて更新できませんでした……待ってくれていた方には申し訳ないです。

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