124.大百足攻略戦8 -変換-
「さあ、どうするよお二人さん?」
国を、人を守らんと戦う貴族の姿。
もしかして、自分にもこんな眩しい姿をしていた時期があったのだろうか。
マキビは過去を思い出すも、そんな風に戦った記憶は探しても見当たらなかった。
代わりに……幼少の頃、魔法を教えてくれた父が貴族の在り方について語っていたのを思い出す。
だが、ようやく思い出したその記憶も掠れていて、マキビは父の声が思い出せなかった。
「しばらくあの龍をお願いルクス! 私は本体を!」
「任せてくれ」
エルミラはそう告げて灰を操る。
風で舞うのとは明らかに違う動きを見せる灰の渦。
ドレスの形状から魔法特有の現象へと変化を見せる。
「おいおい、一度目はともかく……」
マキビはエルミラの行動に少しがっかりするようにため息をついた。
今エルミラの灰が【河神毒蛟】に通用しない事はわかったはず。
確かにエルミラの魔法で【河神毒蛟】の相手が出来ないのは事実だろうが、今本体を狙うのは愚策といっていい。
何故ならマキビは【河神毒蛟】に周囲を囲まれて守られている。
そこに灰を撃ちこんだところで【河神毒蛟】の体に取り込まれるだけだ。
「無駄遣いじゃねえか?」
エルミラの手の動きに合わせて ざあああ、と砂が擦れるような音を立てながら魔法の灰はマキビ目掛けて動く。
だが、マキビの予想通り。
灰はマキビを囲む【河神毒蛟】の体に取り込まれる。
「くっ……!」
「失望させるなよな」
【河神毒蛟】の頭部が動く。
組み合っている雷の巨人を四足の足で抑え込み、再び口をがばっと開いた。
「しまった……!」
「またあれ――!」
ルクスは雷の巨人の陰に。
エルミラは再び灰を操って盾を作る。
ドレスに戻った灰は今度は手袋が消えていた。
【河神毒蛟】の口から無数の水弾が再び放たれる。
ルクスとエルミラにだけ降り注ぐその攻撃は雨といっていい。
「この……!」
ドドドド!と水弾を防いで爆発する魔法の灰。
数度爆発するものの、エルミラを守る灰の塊は無数の水弾を通さない。
「爆発っても守る時じゃ意味無いよなあ?」
「しつこいわね!」
降り注ぐ水弾が止み、エルミラは攻撃に転ずる。
今度はマキビでなく【河神毒蛟】を狙って灰を飛ばす。
振り払うように薙いだエルミラの手はまるで灰を撒いているようだった。
「いやいや……」
何をやっているのかと、マキビはその光景を見て憐れんだ。
今さっきまでセンスのあると思った魔法使いの卵が犯す愚行につい首を横に振る。
自分の血統魔法が効かないのはショックかもしれない。
だからといって、無駄だとわかった行為を繰り返すのは流石に見てられない。
案の定、エルミラが飛ばした灰は【河神毒蛟】の体内に混ざるように取り込まれる。
「お?」
だが、さっきとは少しだけ違う点があった。
ボン、と数か所、【河神毒蛟】の体の表面で小規模の爆発が起こったのだ。
しかし、【河神毒蛟】はびくともしない。
「ようやく何回か爆発したのに残念だったな」
「うるさいわね」
「押し返せ!!」
爆発を合図にするかのように、抑えられていた【雷光の巨人】が動き出す。
腕と首に体を巻きつかれた雷の巨人は手に持つ剣を頭部に振るい、勢いのまま暴れ出した。
剣と牙はぶつかり合い、雷と水の魔法とは思えない、ゴギン、という鈍い音が響く。
「ルクスくんの魔法はきっついな……!」
自身の血統魔法が押し返される感覚にマキビは少し焦る。
この歳で自分と互角か少し上に背筋が冷たくなった。
血統魔法を少し扱いきれないくらいの可愛げがあってもいいだろうにと。
雷の巨人は今度は逆に、【河神毒蛟】の頭部を抑え込む。
「そこだ……!」
エルミラは頭部目掛けて灰を操る。
だが、結果は同じ。
【河神毒蛟】の凶悪な牙や口から放たれる水弾が阻む必要もなく、エルミラの魔法の灰は【河神毒蛟】へと取り込まれる。
また数度、表面付近で爆発するも、【河神毒蛟】の現実への影響力を崩せない。
「無駄だってわかっただろうよ」
その行為をただ静観するマキビ。
二人を観察していてすでにわかった事がある。
大して動いていないはずが、ルクスが何故か呼吸を荒くしている。
もうすぐ魔力切れする兆候だ。
目下の脅威はルクスの魔法だけ。そのルクスが魔力切れすれば【河神毒蛟】の突破どころか、二人が狙っているであろう霊脈をどうにかする事もできなくなる。
ならば、マキビは無理に勝負を急ぐ必要が無い。
ただ防戦しているだけで決着がつくのだから。
「言っておくが、手心は加えないぜ……仕事だからな。きっちりやらせてもらう」
霊脈の防御を任される堅実な立ち回り。
ルクスとエルミラを倒そうと【河神毒蛟】から離れ、隙を見せる事などしない。
マキビには魔力の余裕がある。ただ時を待てばいい。
「これで……最後!!」
エルミラは再び灰を撒く。
また数度爆発が起こるも結果は変わらない。
【河神毒蛟】もエルミラの事を敵と認識していないのか、マキビがエルミラは放置して構わないと判断しているのか、エルミラの攻撃に対して何らかの迎撃をすることも無かった。
「はぁ……はぁ……」
「残念だったなお嬢ちゃん……まぁ、魔法使いの戦いはたまにこういう時もある。相性が悪かったりなんてざらだざら。自分が役立たずでもあんま気にするな」
「……」
「恨むなら自分の家の血統魔法を恨むんだな。触れたら爆発するなんて使いにくい上に……その爆発もこんな感じで無効化されちまうんだからまだ歴史が足りないってことだな」
慰めるような口調でエルミラを憐れむマキビ。
たった今、エルミラの手札は無くなった。
エルミラは今全ての灰を動かした。最後の攻撃は見ての通りの結果で終わっている。
【河神毒蛟】の表面で爆発したものもあったが、灰の大半が【河神毒蛟】の体内に取り込まれており、その機能は停止していると見ていい。
エルミラは元の制服姿になっていて纏う灰は無く、湖畔の風に乗る灰も無い。
ただでさえ火属性と相性の悪い水属性魔法。
血統魔法までもがその影響を受け、今役立たずになったことをマキビは少し気の毒に思う。
「……私ったらまだ未熟でね」
そんな敵であるマキビに気を遣われるエルミラは脈絡無い言葉で口を開いた。
「あ?」
同時に、今まで【河神毒蛟】と組み合っていたルクスの血統魔法――【雷光の巨人】が【河神毒蛟】から離れた。
離れた雷の巨人を【河神毒蛟】が威嚇する。
「この血統魔法……全部の灰をコントロールできてるわけじゃないのよ。一斉に操ると暴発しちゃう時もあるんだけど……まぁ、それはそれで強いから利用する時もあるし、勘違いさせちゃう時があるのよね。
先代のほとんどがポンコツだったから、唱えた瞬間に暴発しまくっててんやわんやになったみたいなだっさい記録まであるのよ。笑っちゃうでしょ?」
血統魔法を制御できない、自身の一族の恥部とも言える話をするエルミラ。
それが何を示しているのかマキビはわからない。
纏っていた血統魔法は役に立たずに全て消え、ルクスに頼らざるを得なくなったこの少女は何故今こんな話をしているのか。
「ところで聞きたいんだけど」
エルミラは意地の悪い笑みを浮かべる。
ちらっと見える八重歯が心底からの笑いだと告げていた。
「私の魔法……誰が触れたら爆発するだなんて言ったの?」
まさか、とマキビは自身の血統魔法に勢いよく目を向けた。
水の龍を模した【河神毒蛟】の体中にはあるものが浮いている。
水の体ならば、【河神毒蛟】ならば不発にできると、最後には何もせずにただ取り込んだはずの魔法の灰。
最初にエルミラが纏っていた王冠、手袋からドレスにヒールまで、形を失い、爆発した分を除いて全てがただの灰として【河神毒蛟】の体に収まっていた。
触れたら爆発すると思っていた灰。水の中に取り込んで無効化していたと思っていた魔法。
それが実は、最初から無効化などできていないのだとしたら――?
「ヒール……!」
マキビは思い出す。
自分達が血統魔法を唱え、三人の魔法が放出されたその瞬間。
そう、確かに聞いていた。
ルクスとマキビ、二者が唱えた血統魔法の咆哮の中……カツンと鳴ったヒールの音。
エルミラの魔法が触れたら爆発するというのならば、あり得るはずのない――灰のヒールが地面を鳴らしたその音を――!
「未熟者でごめんあそばせ」
エルミラの声とともに【河神毒蛟】の体にある灰全てが反応する。
そう、エルミラの魔法に触れたら爆発するなどという特性はない。
時折起きていた爆発はコントロールしきれていないがゆえに起きた暴発に過ぎなかった。
ただの欠陥。
ただの未熟。
そんなものを見てマキビは、エルミラの血統魔法がそういう魔法であると勝手に判断していただけだった。
「ま――!」
制止しようとする声はもう遅かった。
湖畔に轟音が響き渡る。
マキビの声を遮る爆発音と水が周囲に散る湿った炸裂音。
【河神毒蛟】の体内で起きた無数の爆発は、不幸にも内部で起きた為に爆発全ての衝撃を一切逃すことなく受け止めてしまう。
それはエルミラの血統魔法を無防備に受けることに他ならない。
結果……マキビを守っていた水の龍は跡形も無く吹き飛び、水と魔力となって湖畔に降り注いだ。
「【河神毒蛟】……が……」
ドレスを失った少女と水の龍を失った魔法使い。
地を揺らす音とともに、この場に残った最後の血統魔法が動く。
目の前に歩いてくるオルリック家の血統魔法【雷光の巨人】。
血統魔法以外でこの巨人を止められる魔法などマキビは持っているはずもない。
そしてどれを唱えてもその魔法ごと自分は巨人の攻撃を受けるだろう。
自分は何を偉そうに魔法使いの戦いについて語ったのか、マキビは自分を恥じる。
「はっ……なーにがきっちりやるだ……」
目の前の少年少女のほうがよっぽど戦いをわかっている。
相手を嘗めてはいけない。
そんな当たり前の事ができていなかった。だからエルミラが無駄な事をしていると勝手に判断してこんな結果になったのだ。
そう、二人は国と人を守ろうと立ち向かってきた貴族。少し考えれば無駄な行為などではなく、勝利の為の下準備だと気付けたはずなのに。
負けて当然と、マキビは敗北を悟って満足そうに笑った。
「僕達の勝ちだ」
「……だな」
「嫌いじゃなかったよ、マキビ」
「俺もだよ……『水盾』!」
それを最後に、【雷光の巨人】の足が動く。
雷の巨人は、目の前で敗北を悟った主人の敵を建物のように太い足で無造作に蹴り飛ばした。
最後の抵抗とマキビも即座に唱えられる下位の防御魔法を繰り出すも、そんなもので受け止められるはずもない。
盾など初めから無かったかのように、盾ごとマキビは巨人の一撃ををその身に食らった。
衝撃とともに、マキビの体は横に吹き飛ぶ。
強化が無ければ即死してもおかしくないほど重い巨人の蹴撃。
横に飛んだマキビの体は地面に叩きつけられながら湖畔を転がり、やがて勢いを失って力無げに止まった。
少しだけ呻き声を上げるも、すぐにマキビはその場で動かなくなる。
「ルクス! お願い!!」
「そのままいけ! 【雷光の巨人】!!」
ルクスの指示で雷の巨人はミレル湖の中へ。
雷の巨人が勢いよく飛び込み、その質量によって大きな水しぶきが湖畔に降り注ぐ。
ミレル湖の水深は約二百メートル。
大百足の体節に沿ってその巨体は潜航を始めた。
「頼む……保ってくれよ……!」
マキビ戦決着となります。
『ちょっとした小ネタ』
エルミラの血統魔法は灰全ての爆発するしないを常にコントロールしなければいけないというハードモードな魔法なので、まだエルミラには扱えきれていません。
ドレスの状態はこの魔法の基本形態であり、比較的扱いやすい状態(それでも暴発はしたりする)。
今はエルミラもそれもありと考えて利用していますが、最初はめんどくさすぎて先祖に一人でキレてた時期があります。