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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第二部:二人の平民
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123.大百足攻略戦7 -変換-

「何だお嬢ちゃん、舞踏会にでもいくのかい?」


 マキビを守るようにとぐろを巻く魔法の怪物(みずち)の中で笑うマキビ。

 血統魔法を唱えたことで覚悟を決めたのか、先程までの気怠い表情は無い。


「あら、今すぐ踊ってあげましょうか? これでもダンスは得意でしてよ?」

「いや結構。滅んだ国の貴族にそんな褒美は勿体ないだろうよ」


 てきとうな口調であしらいながらエルミラは出現した魔法を注視する。

 子供を守る親のように、その魔法はマキビの周りを囲んでいて、瞳の無い双眸が獲物であるルクスとエルミラを捉えていた。

 十メートルは遥かに超す巨体、裂けた口から見える水の牙、蛇のように長い体には四本の足、長い体は爬虫類のような鱗まであり、頭から生えている角まで水で模してあった。モチーフは恐らく龍。

 その完成度は高く、見た目だけで現実への影響力を窺わせる。


「今度僕にも見せてよ」

「やよ、恥ずかしい」

「残念」


 対して、ルクスの【雷光の巨人(アルビオン)】も大きさは負けていない。

 雷の甲冑に剣、甲冑の中身は隆起した肉体が再現されており、その体には雷の魔力が絶えず流れている。魔力に不安がある状態でも血統魔法の完成度を損なわないのは流石ルクスと言ったところか。


「よし……まだこの大きさを維持できるな……」


 そんな弱気な呟きはエルミラは聞かなかったことにした。

 心配している余裕は無い。

 この場で最も矮小な血統魔法を纏う自分。血統魔法の強さは一概に大きさでは決められないが、三人の血統魔法が出揃ったその瞬間、自分の血統魔法が正攻法ではマキビの魔法を崩せない事をエルミラは悟っていた。

 魔法を使う能力だけならエルミラは名家の人間とも遜色ない。

 エルミラの血統魔法もその完成度だけなら高く、飾りまで作り上げられた王冠と手袋、刺繍のように紋様を作り上げる灰の形は芸術的だ。

 エルミラが悟ったのは単純な血統魔法の用途の差。

 ルクスとマキビの家は範囲制圧、もしくは対魔法の為に血統魔法が巨大になっているのだろう。そういった仕事が先祖に多くあったと予想できるサイズだ。そのせいか、屋内で軽々しく使えるような魔法ではない。

 エルミラの家は違う。巨大な魔法では無く、強化のように灰を身に纏うその魔法は対人向きといっていい。

 今ならヴァンが大百足の相手をする時にぼやいていた気持ちがよくわかる。

 いくら血統魔法が魔法使いの切り札だからといって魔法は魔法。その魔法に合った戦い方や相手がいるという事だ。


「なら……!」


 だが、それで戦う相手に卑怯だと言って助かるはずもない。

 正面から敵わないなら考える。それが魔法使いの戦いだ。

 エルミラは自分の血統魔法の特性を考え、勝利までの道を見定める。


「さて……じゃあきっちり仕事はやらせてもらうぜ?」


 マキビの声で【河神毒蛟(みずち)】が動く。

 頭部が天に昇ると錯覚するほど持ちあがり、裂けたような口をがぱっと大きく開けた。


「うちの国ではこういう伝承があるんでな。知らないだろ? マナリルの貴族さん」

「ルクス!」


 エルミラの声でルクスは雷の巨人を前に動かす。

 エルミラもまた灰を操り、自分の前に集めて盾とした。


「流石」


 少しだけ嬉しそうにマキビは笑う。

 その瞬間、【河神毒蛟(みずち)】の口から無数の水弾が発射された。

 通常の魔法のような生半可な量ではない。

 その攻撃は雨のようにルクスとエルミラに降り注ぐ。


「何だ? 砂……いや、灰か?」

「う……ぐ……!」

「エルミラ!」


 その無数の水弾はルクスの前に出た雷の巨人に防がれる。

 放たれた水弾は数こそ多いが、【雷光の巨人(アルビオン)】の防御を崩せるような現実への影響力は無かった。

 だが、灰を前面に集めて盾としているエルミラは顔を歪めていた。

 ボン、ボン、と水弾が灰の盾に当たって数度勢いよく爆発する。

 爆発の閃光と音にマキビは少し目を細めた。


「何だ? その灰に当たったら爆発するのか?」

「っさいわね!」


 マキビに向けてエルミラは灰を動かす。

 エルミラの血統魔法はその形こそドレスだが、それは単純に基本の姿というだけ。

 本質はあくまで爆発する灰という特異性。

 その灰は当然エルミラの意思によってある程度の塊でなら操作が可能だ。

 ざああ、と砂のように移動する灰の粒。

 マキビを守る【河神毒蛟(みずち)】にその灰は命中する。


「お?」

「っ……!」


 しかし、灰は爆発しない。

 マキビを守る【河神毒蛟(みずち)】に触れたにも関わらず、灰はただその水に取り込まれるだけだった。

 水弾を撃ち終わった【河神毒蛟(みずち)】に何か変化があるわけでもない。

 強いて言えば、水に灰が混じって少し濁って見えるくらいか。


「何だ? 不発か? 水属性の魔法相手だと爆発しないのか?」

「さあね!」


 エルミラは一度灰を基本形態となるドレスに戻す。

 灰はドレスと手袋の形に戻り、再びエルミラを着飾る。


「ん?」


 マキビがそれを見て変化に気付き、頭を指差した。


「王冠どうした?」


 手袋とドレスは唱えた時のように元に戻ったが、エルミラの頭には唱えた時にはあった王冠が無かった。


「……似合わないからやめたのよ」 


 答える気の無いエルミラの言葉を無視してマキビは自分の血統魔法に混じった灰を眺める。


「はっ……なるほど、灰の量は決まってるわけだ?」

「あんたがそう思うんならそうなんじゃない?」

「ああ、そうだな。触れたら爆発する灰ってのは面白い魔法だが……まぁ、タネが割れたら大したこと無いように見えるってのは魔法に限った話じゃねえわな。俺の血統魔法には通用しないみてえだしな!」


 マキビの声で水が渦巻く。

 マキビを取り巻く【河神毒蛟(みずち)】がその牙を二人に向けた。

 【河神毒蛟(みずち)】は巨大な魔法の怪物。その牙は巨大で突き立てられれば、体が裂けるであろうサイズだ。

 

「やれ!!」

"オオオオオオオオオオオオ!"


 ルクスは雷の巨人を動かす。

 前に出てきた同じ魔法の怪物に【河神毒蛟(みずち)】は牙を立てた。

 バチバチとその巨人の巨躯に流れる雷属性の魔力をものともせず、【河神毒蛟(みずち)】の口からバキバギ!と甲冑を砕く音が響く。


「うっ……!」

「おっと……! エルミラ……大丈夫かい!?」

「自分の心配しなさい!」


 余波と地響きが二人の体勢を崩す。

 二つの魔法の怪物が暴れ、湖畔の地形を変えた。

 暴れる【河神毒蛟(みずち)】の巨体が叩きつけられて地面はへこみ、【雷光の巨人(アルビオン)】の振るう拳は地面を砕く。

 湖畔に残っていた屋台の残骸は怪物によって破壊され、大百足の荒らした湖畔はさらに荒れる。

 昨日の祭りの残骸を粉々に砕いていきながら、互いに敵を粉砕しようと動いていた。

 振るう剣に、剥き出しの牙。

 魔獣の縄張り争いなど生温い。

 歴史の結晶は互いの存在を証明する為に敵対者に容赦はしない。


「怪物ばっかね」


 雷の巨人と水の龍、傍らには常軌を逸した大百足。

 平民なら足がすくみ、全身が震えて動けなくなってもおかしくない光景。

 しかし、恐怖で体を固まらせている時間の猶予は無い。

 エルミラの脳裏に苦い、そして新しい記憶がよぎる。

 山でのヤコウとの戦いで自分は恐怖で足を止めた。

 それどころか、ルクスにかばわれ、あの場から逃げ出す事を許容した(・・・・)のだ。

 ドレンの手を振り払おうと思えば振り払えたはずだ。

 馬から降りようと思えば降りられたはずだ。

 ルクスの名前を叫びつつもきっと、あの時自分はほっとしていた。


「でも、いける――やってみせる」


 だから今度は自分が活路を開く。

 種は撒いた。

 マキビはもう自分の魔法を理解した気でいる。

 後はこれを繰り返すだけ。

 これはリベンジだ。

 あの時恐怖で逃げた自分を殴る雪辱戦。

 大百足を倒さんと今必死に魔法を唱えているであろう友人の為にも自分の役割を果たす。

 そして、


「エルミラ、策はあるかい?」

「ええ、あるわ」


 あの時自分を守ってくれて、今も隣に立つ友人の為にも。

いつも読んでくださってる方、評価、ブックマーク、感想ありがとうございます。

誤字報告も本当にありがたいです。いつも助かっています。


マキビ戦は次で決着となります。

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