118.大百足攻略戦2 -充填開始-
「動いた」
「ミスティ達を追ってる」
ラーディスの屋敷と居住区からも外れた葡萄畑の影。
ルクスとエルミラはそこから大百足の様子を観察する。
見えるのは居住区を爬行する大百足。
大百足の通り道は町から瓦礫へと変わっていく。
赤黒い足によって穴だらけになり、丘に生えている葡萄畑はずたずたに引き裂かれていった。
普段なら朝日に輝くミレルの町が一つの魔法によって蹂躙されていく。ただ大百足が移動するというだけで。
そんな心を痛める光景に今は目をつむるしかない。
物語のように町も人も、何の犠牲も無く解決できる事態など一握り。
それこそ――大百足が語ったような英雄譚でも無ければあり得ない。
「でかい……どれだけ体が続くんだこれは……」
「でもシラツユの血統魔法のおかげでとりあえず初撃は成功ね」
「ああ、言霊ってのはすごいね。まさか魔法名無しでみんなの姿を隠せてしまうなんて」
すでにシラツユの魔法はこの作戦に参加している全員に共有されており、ミスティ達が大百足の視界に映らず、触覚にも反応しなかったのも、シラツユの【言の葉の神子】によって魔法に変わったシラツユの言葉で姿を隠していたからだった。
隠せるのは何かに干渉するまでと、魔法を使おうとすればばれてしまう制約はあるものの、ベネッタの血統魔法にも映らないその力は見事大百足の触覚を騙していた。
「でも、あの二人の血統魔法で倒せないって事はいよいよアルム頼りね」
「うん、アルムが見つからないといいが……」
「どうなるかわからないとは言ってたけど……そこはミスティ達が誘導してるし、大丈夫でしょ」
エルミラは大百足の動向を注視する。
その太い触角はこちらに向く気配はない。
目の前で飛ぶミスティ達を叩き落とそうとして激しく動いてはいるものの、何かを探しているような様子も無かった。
「居住区を抜けたらいきましょ」
「できれば奇襲して片方だけでもやりたいけど……マキビに通用するかは怪しいね」
「私達もシラツユに魔法かけてもらえばよかったかしら」
「いや、僕達はマキビとヴァレノの状況に応じて連携しなきゃいけないから会話できないとまずいよ」
「ああ、そうか。お互い見えなくなっちゃうわけだし、それはまずいわね」
そう考えると器用なんだかわからない魔法ね、と失礼な呟きを口にするエルミラ。
ルクスはそんなエルミラに苦笑いを浮かべるものの、大百足の動向は見逃さない。
大百足の頭部が居住区を抜けると二人が動く。
「よし」
「こっからは運も絡むわね」
「だね。でも早くしないととミスティ殿達も危なくなる。少なくともマキビとヴァレノを倒すのが早いに越したことはない」
「ええ……ルクス、大丈夫?」
「ん? 急にどうしたんだい?」
ミレル湖へと移動しながら、不意に後ろから不安そうなエルミラの声がルクスの背中に届く。
「魔力。最初にヤコウと戦った時に空になってたでしょ」
「……そうだね」
そう、ルクスは最初にヤコウと戦った時に魔力を全て使い果たした。
あの後、ルクスとエルミラはヴァンの血統魔法で通常ではあり得ないほどの速度で近くの村まで運ばれた。
丸一日その村で休息をとってもなおミレルに間に合ったのは流石ヴァンというべきだろう。
ルクスの魔力はいつも一緒にいるアルムとミスティの影に隠れてはいるが、それでも普通の貴族より遥かに多い。
あれから六日立ってるとはいえ、ルクスの魔力が完全に回復しているとはエルミラにはとても思えなかった。
「大丈夫さ、血統魔法を維持する魔力分はしっかり残して戦うよ」
「そうじゃなくて……」
「心配しないでくれ、エルミラ」
「心配じゃなくて……もういいわ」
言われて何も言えなくなるエルミラ。
ルクスに比べて、自分の魔力が有り余っているのが無性に腹が立った。
「止まってエルミラ」
先を行っていたルクスが手を広げてエルミラを制止する。
ルクスが何を見て止まったかはエルミラもすぐに気付く。
湖畔に見える人影。
それはマキビだった。
隠れる様子も無ければ周囲を警戒して見渡しているような様子でもない。
ただ昨日大百足に荒らされた湖畔に荒っぽく座っているだけだ。
「マキビだ」
「何あれ……警戒してるの? してないの?」
余りに無防備でそういう作戦なのかとエルミラも警戒している。
しかし、湖畔の周りには障害物がほとんど何も無い。
あるのは大百足の戦いで破壊された屋台の残骸や地面に無造作に置かれる焦げた天幕の布、そして居住区のほうに伸びる大百足の巨大な体節くらいだった。
体節は大百足が移動しているからか、ぞろぞろと湖から次々出てくる。その体の全長は今どれほどなのか想像もつかない。
湖畔にあるのはこれくらいで奇襲を受けずに済むという点ではマキビのいる場所は確かに正解なのかもしれない。
ルクスとエルミラがいる場所からも遠く、先程話した奇襲の案はとれそうになかった。
「奇襲は無理だね。距離もあるから真正面だ」
「上等」
「ヴァレノが隠れてるかもしれないから注意するのはヴァレノの奇襲だね」
「そうね。元々マキビに奇襲できるとはあんまり思ってなかったし……ヴァレノに何処かに飛ばされるのだけ注意しましょ」
「じゃ、行くよ」
「最初は合わせるわ」
二人の体内で魔力が動く。
「『雷鳴一夜』!」
「『炎奏華』!」
二人の体に迸る黄と赤の魔力光。
ルクスとエルミラは強化をかけた瞬間、飛び出した。
それぞれ雷を炎を纏った同じ制服。
湖畔に飛び出してきた二つの物体を座っていたマキビも視認する。
「来たな、ベラルタ魔法学院」
湖畔に強襲するルクスとエルミラにマキビは立ち上がる。
「『咬亀』」
数日前、滝の前での戦闘でも使った獣化魔法。
二人が到達する前にマキビの体を水が包む。
四足を模し、背の甲羅は攻撃を弾く強固な盾。
ルクスはマキビに向けて一直線に向かったと思えば横に跳び、マキビの視線を一瞬引き付ける。
流れる雷は眩く、無意識にマキビの目はそれを追った。
「はあぁあ!!」
エルミラの纏った炎が意思を持つようにその体から放たれる。
ルクスの動きを追ったせいか、マキビは攻撃するタイミングが一瞬遅れ、その魔法を普通に受けた。
だが、マキビを襲うその炎はマキビの纏っている水に触れると、じゅうう、と音を立て、白い煙を上げさせながら消えていった。
マキビもタイミングが遅れたから無防備に受けたわけではない。
相手は火属性。単純に、直接防御する必要も無いと思っただけの事だった。
「おいおい、ガキでもわかるだろ……」
「そうだね」
蒸気の中から、横に跳んでいたルクスが姿を現す。
「あぁ……! なるほど……!」
滝の前で見せた背中の防御力。
伸びる首の部分による対応力。
エルミラの炎と白い蒸気がルクスの姿を一瞬隠した事で、ルクスはその二つをかいくぐった。
マキビに張り付き、懐に入ったルクスは脇腹に拳を突き出して自分の纏っている雷をマキビに流す。
「ぐお……! いってえなごら!」
マキビの体を走る雷属性の魔力。
獣化魔法を持ってしても防げないその魔力にたまらずマキビは腕を振り、水で出来た亀の首はしなり、ルクスのいた地面を砕く。
ルクスはマキビの攻撃をかわして、エルミラのいるほうへと跳んだ。
「よう、また会ったな……」
「縁があるね、マキビ」
「今度は……嬢ちゃんも相手すんのか?」
「ええ、滝のとこではごめんなさいね」
「……そうか」
二人が見るマキビにはあまり覇気が感じられない。
滝のとこで見たマキビとは少し違うように二人は感じた。
「調子でも悪いのかい? 僕達には好都合だけど」
「戦いたくないとかそんな平和主義みたいなこと今更言わないでよ」
「ああ……気が乗らねえからな。そんな事は言わねえけどよ」
意外にも、マキビから帰ってきたのは同意だった。
仲間割れでもあったのかとエルミラは期待を抱く。
「まぁ、ここにはお前ら以外誰もいないからぶっちゃけると……あんまこの仕事はやりたくねえのよ俺は。けど金は貰っちまってるから仕事はこなさないといけねえっていう微妙な気持ちなんだ。
お前らこういう時どう折り合いつけてるよ?」
「そういうのは大人のほうが詳しそうだけど?」
「大人だから誰かに聞きてえのさ」
「ちょっと待って……?」
マキビの心持ちよりも、エルミラは聞き捨てならない言葉のほうに反応する。
そんなエルミラにマキビは少し眉を歪める。
自分の質問を置いておかれたことに少し苛立ちがあったのかもしれない。
「なんだよ」
「誰もいないって……あなた一人なの?」
「ああ、それが? 何だよ、疑ってんのか? 昨日まであそこを拠点にしてたがもう誰もいないぞ」
マキビは気怠そうな表情はしているものの、嘘を吐いているような様子は無い。
むしろ疑われたのが心外であるかのようにエルミラを睨んできた。
「もう一人は……! ヴァレノはどこに行ってるの――!?」
「さあ? そこまでは知らねえよ」
エルミラの頭に嫌な考えがよぎる。
声を荒げても、マキビは関心が無さそうにその怒りを受け流した。
「お前らには悪いし、気は乗らねえが仕事は仕事……きっちりやらせてもらうぜ」
久しぶりにマキビ書いた気がします。