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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第二部:二人の平民
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115.前夜4  -開戦-

「あの……ラーディスさん? 逃げたりしませんので、ご自由に休憩してもらって大丈夫ですよ?」

「そんなわけにいくか。君は自分の立場をわかっていないようだな?」


 びしっとラーディスはティーポットの注ぎ口をシラツユに向ける。

 そしてシラツユの持っている空のカップに紅茶を注いだ。

 礼を言ってシラツユは紅茶のカップを口まで運ぶ。

 口の端が少し切れていて、本来なら紅茶が染みるが、シラツユの体にはそんなものは関係ない。


「あの……口調が……」

「当たり前だ。シラツユ殿……じゃない。君は俺達を騙してここに来たガザスの魔法使いでもなんでもない人なんだろう? ならもう俺が気を遣う必要もないし、敬う必要すらない! 最初に言っただろう? 俺は人によって平気で態度を変える男だ!」


 自信満々に、胸に手を当てて宣言するラーディスにシラツユは気圧される。

 しかし、シラツユの持つカップの紅茶が半分ほど減っているのを見るとその表情は誇らしげなものに変わっていった。

 まるで別人のような口調と態度にシラツユは戸惑いはしたが、その表情にはむしろ安心感を覚える。

 口調や態度は変わっても目の前にいるのは依然として領地を愛する貴族なのだと。


 しかし、シラツユが本当に気になっているのはそこではない。

 気になっているのは、ラーディスが納得しているのかという事。

 夜明けになればこの屋敷にいる者全員であの大百足を攻略する算段だ。

 先程まで、この部屋ではその為の作戦会議が行われていた。

 確かに戦力になる者は多いほうがいい。

 だが、それはあくまで合理的に考えた時の話。

 自分はいわばミレルの住人が殺されるのを黙って見過ごした女。

 領主の息子であり、領民との関係が良好なラーディスには恨みを持たれてもおかしくないし、信頼などできるはずもない。

 ……ラーディスは本当にそんな女との共闘をよしと思っているのだろうか。

 シラツユはずっとそれが不安だった。

 同じ部屋にいる気まずさもその不安が由来といってもいい。


「その……ラーディスさんはいいのですか?」

「何が?」


 部屋の空気を解消する為か、俯きながらシラツユは話を切り出す。

 もしかしたらただ内にある不安を我慢できなかったからかもしれない。


「こんな……ミレルの方々を見殺しにした女と一緒に戦うなんて……その、よく思っていないのは当然ですが、信用してもらえるのかなと」


 大百足はシラツユにとっても倒したい、いや、殺したい怨敵だ。

 無論、あれを倒せるならシラツユは協力を惜しまない。

 だが、そんなのは心持ちの問題で確固たる証拠が目の前に置かれているわけでもない。

 皆がいた場では当然、口にはしていなかったが、ラーディス自身の気持ちはどうなのかシラツユはどうしても気になっていた。

 今まで皆を騙していた嘘に塗れた女をラーディスは果たして信用して任せてくれるのかと。


「確かに聞いた時はこの糞女と思った」


 当然の評価だとシラツユも思う。

 人の命を見捨てるような女にはお似合い。


「だが、考えてみれば、あんたがいなかったら被害はもっと大きくなってたんだよな」

「え……?」


 ラーディスはぴっと人差し指を天井に向けながらその指をくるくる回す。

 シラツユはその意外な言葉に俯いた顔を上げ、ラーディスの方を見た。


「だってそうだろう。あんたがいなければミスティ殿達はこの町にはいないし、あんたが直接戦って民を守ってくれることも無かった。

そりゃ、あんな怪物が襲ってくるって事を何で教えなかったんだ、という気持ちも当然ある。

けれど、それは俺の我が儘だ。知りたかった情報を得る努力を俺はしたわけじゃない。

冷静になって考えれば、むしろ領地で起きた一つの事件になにもできなかった領主の息子である俺のほうが責められるべきだと思うんだよな」

「――っ!」


 考えながら今の考えを言葉にしていくラーディスにシラツユの表情が変わった。


「そんなことはありません! 決して! 決して!」

「お、おいおい落ち着け! 急に何だ!」


 ベッドから落ちそうなほど詰め寄ってきたシラツユをラーディスは慌てて制止する。

 その表情はまた別の悲痛を浮かべていて、シラツユ本人は少し平静を欠いているように見えた。


「ラーディスさんが責められる謂れはありません! 私です! 私が――!」

「おいおいおいおい、うるさいうるさいぞ! 落ち着きたまえ!」


 屋敷中に響いたんじゃないかと思うほどの声量。

 シラツユはラーディスに言われて、落ちそうなほどベッドの端に詰め寄っていた体がベッドの中央にゆっくりと戻っていく。


「君、ちゃんとあの平民の話を聞いてたんだろう? 全部君が悪いわけじゃない」


 ラーディスは肩越しに、バルコニーから見えるミレル湖に目を向ける。

 その目は敵意を持って大百足を睨んでいた。


「あいつだ。あいつなんだ。あいつが襲ってこなければ何も起きなかったんだ。

僕達は祭りもそこそこに終えて、この町で寝静まることができたんだ。

君が悪くないなんて聖人めいた事は俺には言えない。けど、あんたにそうさせたのもあいつだ。ここを襲ったのもあいつだ。悔しいが、あの平民の言葉に気付かされた。

あいつの言う通り……悪いのはあの怪物なんだ。身近で叩きやすい君を恨んで、一番恨むべき相手を俺は間違えたくはない」


 シラツユは俯瞰的に状況を見つめているラーディスに尊敬の念を抱く。

 今ここで感情に任せて殺されてもシラツユは文句は言えないだろう。だというのに、ラーディスは冷静に倒すべき敵を見据えていた。

 いくらアルムの言葉で気付かされたとは言っても、しっかり感情を割り切れるのは貴族の、領主の器ゆえだろうか。


「そして、俺が俺を責められるべきだと思ったのはあくまで俺の意見だ。君が持ってる罪悪感と同じで他人がどうこう言って綺麗さっぱり無くなるもんじゃない。

そうだろう? だから今は一先ず一番憎いのはあいつって事でこの場は終わりだ。君がどうこうはその後だその後」


 終わり終わりとラーディスは自分のカップに注がれた紅茶をぐいっと飲み干す。


「あ、だが、魔法使いの不法入国と書類偽造はしっかり君がした悪いことだからな。ちゃんと罰を受けたまえよ」

「はい……勿論です」


 この町に来てよかった。

 改めてそう思いながらシラツユはカップを脇の戸棚に置いてベッドに身を任せる。

 許されたなどとは当然思ってなどいない。

 けれど、恨まれるのがこの人でよかったと思ったのだ。














 朝日が昇る前、空が白み始める頃、屋敷にいた者がトラペル家の門の前に次々と集まっていく。

 その数は八人。現役の魔法使いは一人しかおらず、その内に平民まで混ざっている本来ならば冗談のような構成だ。

 自立した魔法の破壊は規模にもよるが、十人は当たり前。この人数で挑むのは無謀にも近い。

 そんな無謀な者達は各々、仮眠や休息を終え、背を伸ばしたり、深呼吸したりと精神を整えている。

 魔法は使い手の精神が影響する。

 相手は恐怖で精神を乱してくる"鬼胎属性"の魔力を持つ怪物。

 これから始まる戦いを前に緊張を少しでもほぐし、平静な状態でいられるよう努めていた。


「途中部屋でぎゃーぎゃー言ってたみたいだけど、大丈夫なの?」

「問題ない。俺は貴族の在り方を損なうような真似はしないからな。君みたいな没落貴族と違って誇り高い」


 ラーディスは治っていない腕に添え木を当てながらも大百足を見据えている。

 今喧嘩を売ったエルミラには目もくれず。


「はいはい……あんた、言うわね?」

「おいおい、喧嘩は無しだよ」


 喧嘩を売られ、ラーディスに詰め寄ろうとするエルミラをルクスが仲裁する。

 不満そうに、ルクスの顔を立ててエルミラはラーディスから顔を背けた。


「すまない、ルクス殿……こう、緊張してつい。没落の件は言うべきではなかった」

「だってさ、エルミラ」

「私に謝りなさいよ私に!」


 がみがみ怒り始めるエルミラを他所に、他は他で準備を整えている。


「シラツユ、ワインは?」

「結果論ですけど、昨日使わなくてよかったです。手持ちに六本……後はごめんなさいしながら町にあるワインで何とか持ちこたえてみせます」

「よし、ミスティ、ヴァン先生もお願いします。この三人が実質一番危険だ」

「ああ、まぁ、倒すわけでもないならな……何とかやってやるさ」


 ヴァンは煙草を吸いながらアルムの声に応える。

 その様子は他よりも落ち着いていて、場数を感じさせた。


「お任せください。お役目はしっかり果たして見せますわ」


 そんなヴァンと同じくらい、落ち着いているミスティ。

 アルムの隣で恐怖など無いかのようににこっと笑った。


「ベネッタ、そっちは頼んだぞ」

「ま、任せてー!」


 両手を挙げて、元気よく見えるが、その体を恐怖で震わせているベネッタ。

 そんなベネッタの背中をミスティが優しく擦る。


「落ち着いてください、ベネッタ」

「う、うん……!」

「あれ? ミスティ、ベネッタ呼び捨てするようになったの?」


 一番がちがちなベネッタの様子を危惧してエルミラが駆け寄って一緒になってベネッタの背中を擦り始める。

 気付いたのはミスティのベネッタに対する呼び方だった。


「ええ、一昨日からそう呼ぶようになりましたの」

「へぇ、後で何があったか教えて」

「ふふ、勿論ですわ」

「えー……恥ずかしい話は省いてねー?」


 そんな様子をヴァンは煙草の火を消しながら横目で見ている。


「これから大一番だってのに随分やかましいな……」

「楽しいですよ、毎日」

「あー……はいはい」


 昨日ベネッタに言われた言葉と同じ事をアルムに言われてお腹いっぱいだとヴァンはひらひらと手を振った。

 それが合図であるかのように、山から朝日が顔を見せ始める。

 大百足が言っていた生贄の刻限。

 湖畔に百人の生贄など用意する気など当然ない。


「行くぞ」


 いつの間にか、この戦いにおいて中心はアルムとなっていた。

 その声とともにアルム達は各々の役目を果たす為、別れてミレルに散っていく。

 朝日は町を照らして戦いの始まりを告げた。

ここで一区切りとなります。

いつもなら区切りとなる話の後に幕間を挟むのですが、今日は都合により書くことができませんでした……申し訳ないです。

明日幕間を更新して再び本編の更新に移りたいと思います。

次回の本編更新からいよいよ大百足攻略戦となります。

最後までお付き合いよろしくお願いします。

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