108.保存庫
「常世ノ国ではある実験を繰り返していた組織がありました……名を"コノエ"といいます」
アルム達には聞き覚えのある名前だった。
マキビから聞き出した際に語っていた雇い主の名前だ。
マキビを雇った時はその組織とやらの名前を偽名として使っていたのだと想像がつく。
「どんな実験だ?」
「平民を……魔法使いにする実験です」
途端に、アルムに視線が集まった。
視線の意味が流石にわかったのか、アルムは手を顔の前で振って否定の意を示す。
「いや、待て待て……俺は実験とか受けてないぞ……?」
「はい、その実験が行われてたのは二十年前ですし、そもそも成功しなかった実験です」
「ああ、だからアルムが平民だって聞いた時にあんなに怯えてたの?」
話を聞いて、エルミラは学院でシラツユの話を聞いてもらった時の事を思い出した。
いくら珍しいからといって明らかに反応が極端だと全員が思っていた出来事だ。
ベラルタを出る前に詮索は厳禁と念を押したことだったが、すでにそんな事は関係ない事態となっている。
「はい、実験の成功体がいたのかと驚いてしまって……最終的に違うと判断できたのは滝の霊脈での戦いです。実際に魔法を使ってる様子を見てアルムさんは実験とは関係ないただ珍しい人のようでほっとしました。
成功体でも失敗体でも特定の魔法しか使えないような実験でしたから」
「何だってそんな実験を?」
「常世ノ国は狭く、貴族の数も多くありません。だから人工的に魔法を使えるようにして他国に対抗しようとしていたと聞いています」
全ての国がマナリルのように多くの魔法使いを保有しているわけではない。
マナリルと敵対しているダブラマですらマナリルには魔法使いの数は敵わず、元々の地形を魔法によって絶えず変化させてマナリルに侵攻を躊躇させている。
ガザスは魔法使いが少ないためにマナリルと友好を築いており、カンパトーレは他国で魔法使いの地位を築けなかった貴族を傭兵として迎え、戦力を補強しているなど……それぞれ戦力を補う為の策を講じている。
常世ノ国ではそれが平民を魔法使いにする実験だったのだ。
「結論から言えば実験は失敗でした。ですが……実験の副産物は生まれてしまったんです」
「副産物?」
「人間に……魔法を植え付けることです」
先程もシラツユから聞いた植え付ける。
それが一体何なのかマナリルの人間にはわからない。
非人道的な実験はその昔マナリルでも行われていた。
だが、魔法を植え付けるなどという話は聞いたことがない。
「成功体でも失敗体でも特定の魔法しか使えないと言いましたよね? それは人間に魔法そのものを植え付けているからなんです」
「その魔法だけが使えるようになるってことか」
「はい、確かに平民に植え付けるのは失敗でした。素養の無い人間には魔法を植え付けても使うことができなかったんです……素養の無い人間には」
強調するように、シラツユはそう付け加える。
それはつまり。
「魔法を使える人間にはその実験は成功した……元から魔法を使える人間はその魔法が使えるようになったのか」
アルムがそう言うとシラツユは頷いた。
だとすれば、戦力の強化という意味でそのコノエという組織の実験は実を結んでいる。
「はい。普段は核のままその植え付けられた人間の中にあるだけで……使えるというよりも、実際は唱える事で形を持って外に出るという感覚です。
ですが、結果的に魔法使いを強化できる実験となり……コノエはそちらの方向で研究を進めました。私がその実験を受けたのが五歳の頃……十四年前の事です」
シラツユは首筋に触れる。
ベネッタがもう一つ命があると言って見ていた部分。
植え付けるというのがどんな行為なのかは想像もつかないが、その部分に魔法が植え付けられたというのは嫌でもわかった。
「マナリルでは霊脈の研究はどの程度進んでいますか?」
「ほとんど進んでいない。というよりもしていない。魔法使いの育成や保養に利用できる特別な魔力発生地帯というのが今の認識だが……この話に出てくるという事はそれだけじゃないな?」
霊脈の研究はどの国も進んでいない。
地に根付いている存在の為か、霊脈の地を削ってもそれはただの岩や土。その場で調べるにしても魔力がどの程度湧いているどうかくらいしか調べることがない。
霊脈から発生しているのは濃度で輝きを見せているとはいえ、ただの魔力だ。長時間いる事で魔力の底上げや魔力を消費した生き物が魔力を回復させる効果などの恩恵はあるもののそれだけ。
今の所は何らかの要因によってその地に蓄えられた魔力が何らかの条件に地表に湧き出す……いわば湧き水のような扱いだ。
「霊脈とは……いわば"保存庫"なんです」
「保存庫……?」
予想とは違う思ったより単純なもので、ヴァンは怪訝そうに聞き返す。
「はい……コノエに協力していた、とある魔法使いの魔法によって霊脈には魔法が記録され、保存されている事がわかったんです。使い手がいなくなった血統魔法、存在する事が出来なくなった自立した魔法、そんな存在が核となって霊脈には眠っている……その魔法が持っていた蓄積された現実への影響力が自然の魔力と混じって地表に湧いて出る……それが霊脈の正体です。
そして……その魔法使いはその保存されている魔法の核を霊脈から取り出すことにも成功しました」
「じゃあそれがシラツユさん達に……?」
「はい、私達に植え付けられることになります。幸いそれが出来る魔法使いは一人だけだったのでそのペースは遅く、この研究が終わるまでに霊脈から取り出せたのは二十くらいでした」
「それでも二十あるのか……」
ルクスはついバルコニーのほうに目がいってしまう。
窓から見える大百足の魔力の光。
あの大百足だけでもどうすればいいかわからないというのに、あんな魔法があと十九もあると思うと背筋に寒気が襲ってくる。
「平民を魔法使いにして兵を増やすという試みは失敗しましたが……魔法使いをさらに強化するという方向で戦力を強化できる事にコノエの人間は喜んでいました。
私の家の人間も貴族としての地位が安泰となったと……実験が終わった痛みの中、周りには笑い、喜ぶ人々の顔しか無かったのを覚えています。
血統魔法が二つになったようなものですから、貴族としては当然かもしれません。でも……」
そこで、ぎゅっと、シラツユの鉢巻を握る力が強くなる。
何かを思い出しているのかその体はまた震え始めていた。
「でも……! 予想していなかった出来事が起きたんです」
「予想してない事というのは一体?」
「魔法に……自我が芽生えたんです。いえ、違います……彼らには元々自我があった……!
あの百足達は待ってたんです……自分がどんな存在かを確かめるまで……そして自分達の現実への影響力が強まる時まで!」
「それだ……あの虫も言っていたが、元々魔法では無かったっていうのは本当なのか?」
俄かには信じ難い半信半疑で聞いていた大百足の言葉。
アルムが聞くとシラツユはもう一度、首元に手を当てる。
「これは……私の中にいる白い龍が話してくれた話です。彼女は私達に味方してくれた魔法の一つで、今まで私に協力してくれました」
シラツユの言う白い龍はあの大百足と同じ存在だが、信用できると言いたいのだろう。
シラツユの声をそこで遮る者はいなかった。
あの大百足と敵対しているのは先程までのボロボロの体からも明白だ。
「自分達は元々魔法などではない。そしてこの世界に生きていた生き物でもない。
自分達のような不可思議な存在が当たり前のようにいた世界で語り継がれて記録に残った別の世界の命だったものだと……!
霊脈は……こことは違う世界の何かすらも魔法として記録してしまっていたんです」
まず別の世界を信じろというのが無理な話。
だが、シラツユの様子はそんな無理な話を話していても信じさせる空気の重さがある。
情報の真偽は確認する術は確かに無い。
それでも、大百足とそれに敵対していたシラツユ。
どちらもが同じ情報を持っている。手放しに信じるかはともかく、双方にこんな嘘を吐くメリットは無い。
「……その後、どうなったのですか?」
百足達は自分達の現実への影響力が強まるまで待っていた。
彼女は私達に味方してくれたというシラツユの言葉。
そして常世ノ国から遠いこの地にシラツユと大百足がいる。
これらの事からある程度どうなったかは想像ができる。
それでもシラツユの口からしっかりとした情報を聞かねばいけないと、ミスティは続きを促した。
「実験を終えた数個の魔法が宿主の魔法使いの人格を乗っ取ってコノエを壊滅させました……当時九歳だった私は私の中にいる白い龍とたまたま常世ノ国に来ていた異国の魔法使いが手引きしてくれたおかげでガザスに逃げることができました……
常世ノ国では抵抗していた魔法使いも当然いたそうですが、数年後には常世ノ国そのものが魔法使いを全て失い、滅んだと聞いています……」
「ほろ……」
唯一、常世ノ国と関わりのあったルクスは絶句していた。
もうこの世にはいない母親の故郷。
それがすでに無くなっていると知れば当然の反応なのかもしれない。
落胆からか、ルクスはわかりやすくその肩を落とす。
「ただでさえ魔法使いが減っていた上に……強い魔法使いのほとんどがコノエの本拠地で殺されるか乗っ取られたかしたので……あいつらにとっては常世ノ国を滅ぼすなんて事後処理のようなものだったと思います……」
「なら常世ノ国でやる事終わったから今度はマナリルに来たってわけか……」
質の悪い災害だ、とヴァンは舌打ちする。
その舌打ちすら自分が原因であるかのように、シラツユは委縮して縮こまる。
「常世ノ国は小さい国でしたから数個の魔法全てが食べられるほど霊脈が無かったんだと思います……だからここマナリルに……」
「食べるというのは?」
「霊脈にいた彼女達は霊脈の魔力を食べて成長する……というより、元の姿に近付けるそうです。
あの百足もあの大きさでまだ霊脈を求めているということは今のあの姿ですら元の姿ではないという事だと思います」
「まだ大きくなるって事……?」
ベネッタはつい生唾をのみこむ。
すでにこの部屋からでも見える灯台のような巨大な体躯。
アルム達は元の姿には程遠いと大百足が言っていたのを聞いている。
あれはつまり、あの大百足の元の姿は今より巨大だという事だろう。
ここにいる全員にとってあまりに気の滅入る情報だ。
「なるほど。あのバカでかい百足がここに来た経緯はわかった……それでシラツユ、あんたは?」
早く話せとヴァンはシラツユに顎で促す。
「ここにいる俺以外のやつは知らん。だが、俺はただあの百足の情報を提供してもらうだけじゃ気がすまない。
こいつはガザスの研究員を騙ってマナリルに潜入した敵国の魔法使い」
ヴァンはシラツユを指差すと今度は自分にも指を向ける。
「そして俺はこいつにまんまと騙されて生徒を霊脈に行かせちまった大馬鹿だ」
そう、資料を改竄されていたとはいえ、ヴァンは得体の知れない魔法使いをアルム達と行かせてしまった張本人だ。
もしシラツユの目的が生徒に危害を加える事だったら?
そう思うだけで自分への怒りが湧いてくる。
今ヴァンには普段のだるそうな表情は無い。
彼の胸中は責任と後悔が渦巻いていた。
だからこそ、ヴァンだけはシラツユ本人の事も有耶無耶にするわけにはいかない。
自分達を先に騙していたのはあの大百足ではなく、シラツユなのだ。
「二度とこんな失態が無いよう、あんたの手口と行動は全部聞かせてもらう。故郷が滅んだって情報にあんたは確かに出てきたが、それでも断片的。それで自分をさらけ出したつもりなら間違いだ。全部だ……全部吐いてもらう。あんたが何を思ってこのマナリルに来たのかをな」
ミレルがこれだけ危機的状況に陥ってもなおアルム達は事態の全てを把握しきれていない。
得られているのは大百足とシラツユの戦いを見ていたラーディスからの断片的な情報だけだ。
今一度、何が起きていたのかを明らかにする必要があるとヴァンは改めてシラツユに問う。
それはシラツユにとっては自身の罪の告白の始まりだった。
いつも評価、ブックマーク、感想ありがとうございます!
誤字報告もありがたく確認させて頂いてます。
『ちょっとした小ネタ』
アルム達が住む場所の主要な国は度々名前が出てくる四か国です。
・魔法大国マナリル
・砂塵防国ダブラマ
・無尽騎隊ガザス
・傭兵国家カンパトーレ
一番力が弱いのはガザスで、マナリルと友好を結んで何とか保っています。
カンパトーレはほとんど情報が出ていませんが、マナリルの北東にあります。
魔法使いの総数はマナリルが一番ですが、各国の魔法使いのトップは質だけならマナリルには負けていません。