幕間 -大百足の呪い-
騒がしい者どもは去り、湖には静かな時間が訪れた。
儂と接続してなおこの地の霊脈は輝きを見せている。
気まぐれに昔話を語ったからか、ふと――遠い記憶を思い出す。
周囲の地に根付く信仰を捻じ伏せあの山に君臨していた儂の元に、あの男が訪れた時の事を。
蛇神すら餌。
龍神すら餌。
人間など言うに及ばず。
鉱石のごとく輝き並ぶ歩肢。
夜より深い漆黒の皮膚。
この世で最も美しい体を持って儂は山を包んでいた。
人間など歩肢にすら届かぬ矮小な存在。
儂が動くだけで地にすり潰され、口に入れば心地の良い悲鳴を上げるただの餌だった。
だが、そんな矮小な存在が山を包むほどの巨躯を持っていた儂に名乗りを上げた。
突如現れた一人の英傑。
何の変哲も無い刀と弓を持ち、たった三本の矢で儂を射抜いた真の武士。
呪いも寄せ付けぬ高笑いと橋の上で堂々と名乗っていた姿は今でも鮮明に思い出せる。
見返りを期待したわけでも無く、ただ助けを乞われた……それだけで儂に挑んだ大馬鹿者。
"どこじゃ……"
貴様は今どこにおる。
儂はこうして異界に蘇った。
そして貴様が助けた龍神ごときですら魔法という存在となってこの世にいる。
ならば……ならば――儂に勝利した貴様が蘇らぬはずが無い。
"どこにおる……"
それとも……まだ、足りぬという事か。
人を食らい、家を潰し、町を焼き、地を貪り、ついには一国を滅ぼしてもなお貴様は現れなかった。
かつてなら、儂だけでもそれぐらいは出来ただろうと貴様はあの世で笑っておるのか?
儂が出るまでもないと、あの世で酒を浴びているのか?
"ならば……食おう"
まだ足りぬというのなら人を食らおう。
まだ足りぬというのなら地を食らおう。
かつて山を七巻きした姿になるまで貴様が現れないというのなら……至るまで食い尽くそう。
例えここが異界の地であろうとも関係ない。
儂がこの世にいるのなら。貴様がいない道理など無い。
儂は再び蘇った……ならば――貴様は儂を再び殺しに来るべきだ――!
人を助けにこい。
この地を救いにこい。
儂を、再び殺しにこい。
一度だけの邂逅など儂は認めない。
儂は貴様の名を知っておる。死の記憶とともに刻んでいる。
じゃが、貴様は儂の名を知らぬだろう。
貴様の生に儂の名は無いだろう。
……許さぬ。
そんな事許してなるものか。
ただの馬鹿と侮ったあの時とは違う。
今の儂は貴様が人間だからと油断することなどない。
例えどれだけ矮小でみすぼらしい装いであったとしても、全霊を持って貴様と死合おう。
そして今度こそ――貴様の敵として儂は名乗ろう。
この世に蘇り、儂の名を刻んで再び天上にゆけ。
我が名は"天龍"。
龍より天上に近き者。
儂はこの世を食いつくす……貴様がこの世に現れるその時まで――!
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敵の心情を書くのも好きだったりします。