103.五日ぶりの救援
「あんた、何でミレルを襲うんだ?」
一度は興味が無さそうに視界から外したが、そんな普通の問いを自分相手にぶつけてくるアルムに大百足は少しだけ興味を抱く。
無論、ミスティとは違い、強者であるとは別の意味だ。
大百足がアルムから感じているのはどこまでも素朴な印象。
自分がいたぶっていたラーディスのほうがまだ決意や熱意に満ちていて魔法使い然としていた。
感じる魔力も特に変わった印象を抱かせない。
それどころか、
"やはりこの場の中で最も感じる魔力が弱いのう……"
大百足が感じたアルムの魔力は抱えているラーディスよりも弱かった。
ラーディスを助けたところから動ける人間である事は理解しているが、魔法使いとしてはあまりに脆弱な魔力で才能を感じさせない。
それにも関わらず、その立ち姿だけはこの場において最も堂々としていた。
この場は完全に大百足が支配し、鬼胎属性の魔力で満ちている。それでなくとも、人間を襲っている二百メートルの怪物が目の前にいるとあれば恐怖を感じるのが当然だろう。
だが、大百足はアルムから恐怖という感情を全く感じなかったのだ。
『ほう? 儂相手に問答か?』
「話す気があるならだが」
『……ふむ』
アルムの眼差しに大百足は考えるような声色を見せた。
抱えられているラーディスは内心で時間稼ぎを仕掛ける知恵がアルムにあった事を賞賛する。
大百足が何故応じようか悩んでいるかなどはわかりもしないが、これで数秒稼げるなら、と口には出さない
しかし……アルムの問い掛けは決して知恵などではなかった。
目の前にいる大百足は対話が出来る。
この大百足が本当に自我を持つ魔法だというのなら何を考えているのか、何を思ってミレルを襲っているのか。
人間を襲った時点ですでに相容れないことはわかってる。
自分にとって倒すべき相手だという事も。
それでも知るべきだとアルムは思った。例えどんな答えであろうとも。
だが、
『聞きたければ、儂に答えさせてみよ』
返ってきたのはそんな問いを切り裂く声だった。
「アルム!」
湖畔に響くミスティの声。
アルムとミスティは大百足の気を逸らす為に避難する人々とは違う方向にそれぞれ立っている。
ミスティの声は明らかな危機を知らせるものだった。
アルムも当然、大百足の動きに反応し、片手を中空に突き出した。
「『光芒魔砲』!」
突き出したアルムの手から白い光が放たれる。
それは人間大の大きさはある無色の砲撃。
魔法の規模を考えれば十分に早い魔法の構築速度。
動きだす大百足の頭にその砲撃は命中する。
『無属性……? ああ、そなたがマキビの言っていた得体の知れないやつとやらじゃったか』
大百足はその砲撃を意にも介していない。
威力に押され、少し頭部は動いたものの、やはり規模が違いすぎる。
「おい何だ今のは! 入学式の決闘の時に見せた威力はどうした!」
アルムが放った魔法の威力が不満だったのかラーディスはアルムに文句を浴びせる。
そこで初めてアルムはラーディスがあの場にいたことを知ったが、今はどうでもいい事である。
だが、ラーディスの言い分も一理ある。
アルムが今使った魔法は入学式の日、ルクスとの決闘で使ったのと同じ魔法。
ラーディスが入学式の決闘を見てその威力を知っているのなら、今の魔法が入学式に見せた時とは威力が別物だと感じるのはおかしくない。
それほどに入学式の日のアルムの魔法と、今アルムが放った魔法では威力に差があった。
「いや、あれはちょっと手順を踏まないといけなくてだな……」
そう、通常の魔法として放った時、アルムのこの魔法は大した威力を見せない。
何せ本来は無属性魔法。普通の属性魔法に比べてただでさえその威力は落ちる。
アルムの魔法の威力が規格外になるのは魔法の構築過程全てを唱えることで、現実への影響力を底上げするというアルムの知恵によるものだ。ただ魔力をつぎ込んだだけであの威力が出せるわけではない。
魔力を際限なくつぎ込むには魔法という器もまた大きくする必要がある。
アルムの持つ膨大な魔力をつぎ込めるようになった時の魔法の威力は規格外だが、そこに至るまでの時間のかかり方もまた規格外。
体を大きく動かすだけで人をぺちゃんこに出来るこの大百足相手にそんな時間が確保できるはずも無い。
『話にならんな』
ぞろぞろと大百足はアルムを襲うべく体節を動かす。
アルムはラーディスを抱えて逃れるように跳んだ。
アルムのいた場所に体節が叩きつけられる。
すでに変わっている地形がさらに変わっていく。
「足手まといはごめんだ! 魔法で着地するから避難してるやつらのとこに投げろ!」
「わかった」
「お、おい!?」
言われて、アルムは逃げた先の小さな丘の上から避難するミレルの人々の方向にラーディスを即ぶん投げる。
言われてから五秒も経たない早業だった。
業であったかは謎だが。
「すぐにやるやつがあるかあああ!」
文句を言いながらも、ラーディスは空中で強化の魔法を唱えて避難する人々の最後尾辺りに着地した。
「坊ちゃん!?」
「飛んできたぞ!」
「ええい! いいからお前ら早く逃げろ!」
驚く住人を前に、ラーディスは今はそんな場合ではないと指示を出す。
魔法で強化したからといって負傷した体がよくなるわけではない、依然折れた腕は力無いままだが、指示する姿は負傷する前の姿と変わらず、毅然としていた。
『その気にはさせてくれぬのか?』
「今考え中だ」
追いかけてくる体節から逃れながらアルムは挑発するような大百足の声に答える。
実際、今のアルムに策は無かった。
【原初の巨神】の時と違って時間が確保できない防衛戦。
ここを凌いだところでこの大百足が町に侵攻すればその防衛ですら意味が無くなる。
強いて言うのなら、今こうして引き付けている事こそが今とれる最大の策だった。
「待てよ……何故引き付けられているんだ?」
ふと脳裏によぎった疑問をアルムは呟く。
避難する人々を守れている状況があまりに自分達に都合がよすぎる。
この大百足がその気になれば町への侵攻など今からでも出来るだろう。何せとぐろを巻くような状態でさえ二百メートルを超す怪物だ。
戦っている自分達は強化をかけているから逃れられているが、普通の人間の足で湖畔から逃げたところですぐに追いつかれるだろう。
だというのに、大百足は町に行く事無く自分達の相手をしている。
「何か理由があるのか……?」
疑問の答えは出ない。
ただの偶然かもしれないとアルムは一旦その疑問を端に置く。
「『雪花の輝鎧』!」
ミスティが動く体節に対応して強化の魔法をかける。
凍るような音を立てながら現れる水晶の鎧。
ラーディスが苦戦していた曳航肢がミスティへと振り下ろされる。
自在に動く木の幹のよりも太い鞭。
振り下ろされた一本目はかわすが、薙ぐようにもう一本がミスティに襲い掛かった。
「ふ……ぐ……!」
強化がかかっているとはいえ、その巨木のような鞭をミスティは小柄な体で受け止めた。
踏ん張る足の地面がずりずりとえぐれていく。
ぱきぱき、と水晶の鎧が触れた部分が凍り始めるも、ミスティを襲うその力には何の影響もない。
「あ……ああああああ!!」
だが、ミスティはその巨木のような鞭を受け切った。
動く曳航肢の勢いを水晶の鎧で殺して地面に叩きつける。
『ほう』
大百足はその様子に感心するような声を上げると、
『ふむ、ではこんなのはどうじゃ?』
そう言いながら大百足は不自然に上体を起こした。
アルムやミスティをその巨体で踏みつぶそうというわけでもない。
体節から生える無数の足が大きく開いていく。
人によっては寒気がするような体節の裏を見せつけてはいるが、そんな目的でない事はすぐにわかった。
その無数の赤黒い足の先に、魔力が収束していたから――
『消えよ』
「な、なに!?」
「な……!」
その赤黒い足に収束した魔力は光線となって放たれる。
あまりに予想外な攻撃にアルムもミスティも驚愕の表情を浮かべた。
アルムが先程放った魔法に似た赤黒い魔法の砲撃。
その様子は例え姿が百足でも実態が魔法なのだと嫌でも思い出させるものだった。
十本以上放たれたその砲撃はアルム達を、いや、湖畔を襲う。
「くっ……! 『永久魔鏡』!」
アルムの周りに白い魔力の盾が複数枚展開される。
これもまたアルムのオリジナル。本来は対人用にと作られた攻撃を弾く鏡の盾。
アルムの数少ない手札は不意の攻撃によって苦し紛れに唱えさせられた。
アルムの周囲に展開された魔力の盾は数本の光線に吸い寄せられるように飛んでいく。
魔力の盾は黒色の光線を受け止め、バキバキ、と割れながらもその軌道を逸らしていった。
だが、大百足の砲撃が行く先はアルムだけではない。
狙いが曖昧なのか、誰もいない場所にもその砲撃は放たれている。
当然、人がいる場所に放たれないなどという幸福は無い。
「くそ……! 全部は無理か……!」
大百足の足から放たれた砲撃の内、二本の光線がまだ湖畔から逃げきれていないミレルの人々へと向かう。
ミレルの人々が巻き添えにならないよう離れていたミスティの魔法も当然間に合うことはない。
避難の指示を出し、その反応が遅れたラーディスにも。
アルムの瞳に光線に飲み込まれる人々の光景が映ろうという時、
「【雷光の巨人】!」
どこからか聞こえてくる魔法の声が湖畔に降り注ぐ。
響く声の直後、大百足の足から放たれた黒色の光線と避難する人々との間に入るように、雷の巨人はミレル湖の湖畔に降り立った。
"オオオオオオオオオオオオオ!!"
十メートルはある雷の甲冑を着た巨人。
巨躯に流れる雷の血液を鼓動させ、巨人は数本の黒い光線をその身に受け止める。
雷の甲冑はその黒い光線によってひび割れるも未だ健在。
今の攻撃を防いでなおその巨人は悠然と立っていた。
「よかった……!」
「無事でしたのね!」
『この巨人は……』
アルムとミスティだけでなく、大百足も空を見上げる。
視線の先は当然、今降ってきた魔法の出処だった。
「間に合った……!」
「ミスティー! アルムー!」
「おいおい……でかくなってんぞ……」
空を見上げると、そこには不自然に宙に浮いているルクスとエルミラ。
そしてヴァン・アルベール。
一連の真相を探るべくミレルへと駆け付けた三人の救援が到着した。
いつも読んでくださってありがとうございます。
帰るのが遅くなっていつもより少し遅めの更新です。ごめんなさい。
久しぶりに合流です。