10.中庭にて
その後の顛末はというと。
騒ぎを聞きつけた教師達によって決闘はうやむやになったまま終わりとなった。
アルムも勝利条件が降参と言わせたらという事を思い出したが時はすでに遅し。
実技棟のあり様を見た教師によって決闘は中止。
当事者であるアルムとルクスは無精髭の男に、俺の一服の邪魔すんじゃねえよ、という若干私情を含んだお叱りをうけた。
「……今日は怒られてばかりな気がするな」
今アルムはとぼとぼと中庭を歩いている。破れた制服はすでに新しいものに変わっていた。
入学初日で制服を新調とは大物だね、とは駆け付けた仕立て屋の弁である。
周りにはアルムと新入生同士で雑談する者や、元から顔見知りなのかすでに上級生と親交を深めている者がいる。
入学式の後の施設案内も終わり、今は自由時間なのでアルムは今度こそ学院内を散策しようと歩いているところだった。
実の所決闘の事を怒られはしたものの何かお咎めがあったわけではない。
特に何の罰も受けることなくアルムは行動を許されている。
実技棟を壊したのだから当然何かあると構えていたアルムはその事に拍子抜けしたが、その理由は入学式によって明らかとなる。
入学式自体は特別トラブルがあったわけでもなかった。
目を引いた出来事とはいえ、学院内を散策している時に出会い、ルクスとの決闘の騒ぎに駆け付けた無精ひげ先生が気だるそうに壇上に上がってきたこと。
そして、学院長の言葉だった。
学院長というには若く、泣きぼくろが印象的な美しい男性で、名前は有名らしいがアルムは例によってわからなかった。
「えー、事前に話す内容を用意していましたが、そんなつまらないものよりも面白い話が舞い込んできたのでそれを話すことにします。入学式を前に新入生が実技棟で決闘をしたという話です。その場にいた皆さんもいるでしょう?」
そう話を切り出されてアルムはどきっとした。
やはり何かお咎めがあるのかと。
そして学院長はこう続けた。
「大いに結構。大変よろしい……!」
恍惚の表情で。
その場にいた全員がぞくっとした。
アルムも例外ではない。
両手で体を抱き、震えるその姿にはあれが話に聞く変態かと思ったほどだ。
「話を聞いた時は喜びに打ち震えました。こんなにも早く我が学院の方針を理解する新入生がいるのかとね……! いいのですいいのです、ここにいるであろう当事者の方々はお気になさらず。
ここは魔法による私闘は大歓迎。再起不能にしたり、身体を欠損させたりしなければいかなる魔法も許しておりますゆえ」
そこでアルムは自分達に何故お咎めが無かったのかを理解した。
この学院長がいるからだと。
「負けても勝っても自己責任。負けて座学に出られないのなら負けた者が悪いのです。負けるのならば最初から逃げるべき、そして逃げられるのならば仕掛け方が甘かったのだと反省しなさい!
ようこそ、ベラルタ魔法学院へ! 私どもはあなた方を心から歓迎し、無責任に力添えしますよおおおお!」
と、後半は大層熱のこもったスピーチを新入生の心に残していった。いい意味か悪い意味かはともかくとして。
他の教師や来賓の話などほとんどの者が覚えていないだろう。
「恐ろしい……変態がトップの場所でこれから学ぶのか……」
アルムにとっては学院長や凄い魔法使いというよりも最初に受けた変態の印象のほうが先に来てしまっており、若干の苦手意識を持ち始めていた。
「あ、やっと見つけた。アルムだっけ?」
「ん?」
そんなアルムに声が掛けられる。
横を見ると、笑顔で八重歯をのぞかせる快活そうな少女がいた。
「……誰だ?」
「ありゃ」
決闘の時に声掛けをした少女だが、アルムの記憶にはなかった。
あの時は決闘の前でルクスに集中していた事もあって見覚えが全くない。
「ひどいなぁ、応援までしてあげてたのに」
「応援……? ……あ」
アルムは思い出す。
そういえばミスティに離れろと言った時にこんな声が聞こえていたような……
「うわ、覚えてないんだ……」
「いや、覚えている……と思う……」
「じゃあ私の名前は?」
「な、名前?」
少女の言葉にアルムはわかりやすく困惑する。
名前など聞いていただろうかと記憶を探るが、そんな記憶は全くない。
もし名乗っていたのだとしたら忘れてしまうのはとても悪い事な気がするとアルムの胸中に罪悪感が込み上げてくる。
誤魔化しても仕方ないと謝罪を選択しようとしたその時、
「うそうそー、名前言って無いよー」
少女は悪びれもなくそう言った。
「……」
「いやぁ、真剣に考え始めちゃったからびっくりしたよ、案外真面目だね」
「……わかった、お前は悪いやつだな?」
「ごめんごめん、ちょっとからかってみたくなる顔してるからついね」
どんな顔だろうかと、後で鏡を見てみようと固く決心するアルム。
アルムがそんな妙な決心をしているとは知らずに女性は続ける。
「改めて、私は"エルミラ・ロードピス"。よろしくね」
「カレッラから来たアルムです。よろしく」
「あら、思ったより丁寧。私も貴族だけど、アルムが戦ったルクスとかお友達のミスティちゃんとは違って領地も無い貧乏貴族だから畏まらなくてもいいよ?」
「貧乏なのに貴族なのか?」
「色々あるのよ……」
アルムの純粋な質問にエルミラは遠い目をする。
平民であるアルムには貴族の事情などわからない。
「貴族も大変なんだな」
「てきとうに言ってるでしょ」
何故ばれたんだろうとアルムは内心動揺しつつも平静を装う。
「何でばれたって顔してる」
今まで生きてきて初めて知った。
自分の顔はからかいたくなる上に思ってることがばればれらしい。
「ねね、そんな事よりさ。あれどうやったの?」
「あれって?」
「あの巨人倒したやつに決まってるじゃない、凄かったよ?」
エルミラは興味津々とアルムの顔を覗き込む。
目を輝かせたその目には何か共感するものがあるにはあるが、アルムの内心は複雑だった。
「ああ……いや、実はあれ見た目ほど大したことはしてないんだ」
「そんなわけないでしょー! あ、やっぱり奥の手だから何やったかは言えないってこと?」
「いや、本当にな。大したことしてないし、言うだけなら簡単なんだ」
その言葉に謙遜は無い。
困ったように頭をかきながらアルムは語る。
「無属性魔法ってのは、変換が不十分だから魔力と魔法の中間みたいな感じで魔法が出るんだ」
「うんうん」
「それで、普通の魔法は変換したら放出するしかないだろ? 魔力をつぎ込むにしても放出した魔法に上乗せするだけだ。
けど、無属性魔法は魔法になりきっていない魔法だから放出した後も魔法は完成してないわけで、それなら魔力を変換しながらつぎ込めるんじゃないかって作った魔法があれ」
血統魔法を打倒した魔法だというのにその説明は短く、挙句の果てにあれ扱い。
これにはエルミラも苦笑いを浮かべる。
「え、じゃああれって本当にただの無属性魔法なの? 血統魔法とかじゃなくて?」
「ああ、ただ単に魔力が多い俺と相性がいい魔法ってだけで魔法を撃つだけならここにいるみんなが出来ると思うぞ」
「……例えばあの魔法、私がやるとしたら同じようにあの巨人倒せる?」
「いや、それは無理だろう。撃つだけなら出来るとは言ったが、撃ち続けるには相応の魔力がいる。師匠の言葉だが、魔力馬鹿の俺専用魔法だと」
「そっか、そうだよねぇ……」
血統魔法を破壊するほどの魔法だから何か高等な技術があると思えばそんな事は無く。
その実態はただのごり押し。
次から次へと魔力をつぎ込むだけの魔法だと理解してエルミラは大きくため息をつく。
ため息の理由はアルムにはわからないが、何かがっかりさせてしまったのだけは伝わった。
「ごめん、アルムが悪いわけじゃないから気にしないで……」
「すまん、何か期待に添えなかったようだな」
「いや、私が勝手に期待しただけだからさ……そういえばその師匠とやらのお話は終わったの?」
「終わったのというのは?」
「ほら、倒したら謝るとか言ってたじゃない」
「……ああ」
巨人を倒したらルクスに謝罪させるという約束。
巨人を破壊した直後に決闘がうやむやになったのでその約束も果たされていない。
約束とはいうものの、一方的に交わしたようなものでもある。自分で謝れと言いに行くほどアルムはもう怒っていなかった。
「まだだが、もういいんだ。倒しただけでとりあえず師匠の教えは間違ってないと証明することは出来たと思う」
「ふーん、そんなもん?」
「ああ、結局決闘に勝ったわけでもないからな。とりあえずこの件は終わりでいいさ」
「僕がよくない!!」
アルムの言葉を否定する声が頭上から届く。
突如降り注いだ大声に中庭で雑談に興じていた生徒たちは会話を中断し、その声の方につい視線を向けてしまう。
本棟の二階の窓には見覚えのある人影が二つ。
アルムに向かって小さく、慎ましやかに手を振るミスティと息を切らしたルクスの姿があった。