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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第二部:二人の平民
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96.二人の正体

「私、この町が好きかもしれません」


 踊りもそこそこに私は輪から外れて用意してもらった丸太の椅子に座っている。

 ラーディスさんが持ってきた水をありがたく飲み、あったまった体を冷やしていた。

 私達が抜けてもまた別の人が加わり、人々は陽気に踊っている。

 踊る前に見た時と踊った後に見た後だとまた違う光景だ。


「おお、そう言って頂けるとトラペル家の者としても鼻が高い! 故郷を褒められるのはやはり気分がいいものです」


 故郷。

 それを愛せるというのはどれだけ幸福で喜ばしいことなのだろう。

 ニヴァレの穴倉で話してもらったルクスさんの話を思い出す。

 魔法学院に通うのは故郷を作ることなんだと、あの人は語っていた。

 故郷とは生まれた場所じゃなくてもいいのだと、そんな考えに感動した。

 ……もし、もしあいつを倒せたのなら、私もそんな風に故郷を作れるだろうか。


「シラツユ殿?」

「いえ、ごめんなさい……」


 ラーディスさんに声をかけられ、私は現実へと戻ってくる。

 もしじゃない。

 もしじゃない。

 最初から負けると考えている自分の弱気に気付いてしまった。

 そして何より……勝ったとしても生きて許されるように憧れてしまったのだ。

 あまりにも今の時間が幸せだと思ってしまったから。


「……シラツユ殿はガザスでどのように暮らしていたんですか?」

「え?」


 隣で同じように座るラーディスさんからの問い掛け。

 唐突な質問に体温がすうっと引いていくのを感じた。

 ガザスの人間ではないとばれた?

 どのタイミングで?

 いや、ばれてしまったとしてもすでに夕陽は落ちる直前。問題ない。

 表情に焦りを出すなと自分に言い聞かせる。


「話せなかったらいいのですが、これだけ私の故郷を見てくださっているのですからシラツユ殿の故郷の話も聞きたくなってしまったのです」


 そういう事かとほっとしている自分がいた。

 出来る事ならこの湖畔にいる人達と荒事にはなりたくない。

 でも……ばれても関係ないかもしれない。

 今ここでガザスの研究員じゃないとばれたところで、どうせこの後すぐに私は本性を現すのだから。


「詳しくは話せませんが……私は不自由な生活を強いられていました」


 もう隠す意味は無かったからか、私は故郷にいた頃の記憶をほんの少しだけこぼしてみる。

 無論、ラーディスさんも本当に聞きたかったわけではないだろう。

 もしかすれば世間話の延長にガザスの研究員である私に探りを入れてきているのかもしれない。

 そうだとしたら期待には応えられない。

 自分の境遇を話すだけだし、何より、もう滅んだ家の話だ。


「不自由とは?」

「使用人に全部周りの事をやってもらっていたんです」

「……不自由とは?」


 ラーディスさんは違うニュアンスで聞き返しくる。


「贅沢に聞こえるかもしれないですね。でも……出られない広い部屋というのは狭いよりも窮屈なんです」

「そういうものですか……」

「ずっと血統魔法を使いこなす為に体をいじって、血統魔法を昇華する為だけの生活です。そんな生活をしていたものですから、故郷で何が流行っていたとか故郷のこんな景色が素敵だったという思い出が無いのです」


 この頭の鉢巻以外には。


「なので話せることがあまりないんです。ごめんなさい」


 流石に、話せない事が多すぎる。

 私が喋れるのは後は兄さまの話くらいだ。

 軟禁生活を強要されながら私が何をされたかなど話すわけにはいかない。

 もうとっくに終わっていて、この場にそぐわない暗い話なので話したくも無かった。


「いえ、何も話せないものかと思っていたので……ええと、その……随分ストイックな家というか……」

「言葉を選ばなくても、変な家と言ってもらって結構ですよ」

「いえ、そんな事は……」

「そんな風に軟禁されていたせいか、こんなつまらない女になってしまいました。

魔法を使えたから魔法使いになっただけの……貴族失格ですね」


 そもそも、そんな事を考えていいほど私が綺麗ではないという話だけど。

 私のやりたい事は一つだけ。

 それも今日で終わる。

 この命一つでそれを成し遂げられれば上出来だ。


「またまた謙遜を……他に何かやりたい職業などはないのですか? 魔法を使えたから魔法使いになったなどと仰られていますが、その歳でマナリルに派遣されるほどの魔法使いですから、やろうと思えば何でもなれるのでは?」

 

 そんな事初めて言われた。

 そもそも私はガザスの魔法使いですら無いけれど、もし……もし何かやるとすれば。

 そう考えても驚くくらい何も思いつかなかった。

 今まで一つの事しか考えていなかったからだろうか。

 何になりたいなんて考えてはいけないと思っていたからだろうか。

 不思議と、どんな姿も想像すらできない。

 なので、私はてきとうにさっきの話につなげた職業を選択した。


「そうですね……逆に使用人なんかやったら楽しいかもしれません」

「き、貴族の方がですか……?」

「ええ、私が使用人だったら私のように閉じ込められて勉強させられている子をちらっと外出させてあげられるような使用人になれるかなと」

「なるほど、それは素敵だ……しかし、貴族が使用人になるのは色々問題が……いや、このご時世職業の自由はあるからありえない事ではないか……魔法使いにならない貴族も昨今は多いわけで……」

「あ、あの……そんなに考えなくても冗談ですので……」


 真面目に考え込み始めるラーディスさんに申し訳なくなってしまう。

 ちょっとてきとうに言っただけなので、正直に言うと笑い飛ばして欲しかった。

 特別なりたいわけでもなく思い付いただけだから。


「いえ、どんな人の未来も否定するのは愚かだと……あろうことか入学式の日に平民に教わってしまったんですよ。

ですからシラツユ殿が使用人になりたいと仰るのなら真面目に考えますとも」


 ずきり、と。

 うるさい痛み。

 痛くない。

 痛かったとしても、私はそれを喜べる女だ。

 苦しくなどならない。喜べる痛みだ。

 今気づいたけれど、この人はとても純粋だから濁った私にとっての毒だったのかもしれない。


「日が……落ちますね」


 痛みから逃げるように私は話をそらした。


「ええ、夜のミレル湖はまた格別ですよ」


 私の声でラーディスさんの瞳も輝くミレル湖へ。

 私の瞳は落ちていく日に向けられていた。

 もうこうして話す時間も終わりだ。

 夕暮れが終わる。

 夜が訪れる。

 きっと来る。

 あいつが、来る――!





「【異界伝承】」







 世界が夜に変わる。

 夕陽の残照をかき消すように響く喜びを帯びた声。

 周囲の喧騒の中でもなおはっきりとその声は私の耳に届いた。

 ああ、何て吐き気のする音。


「【七巻神殺大百足(しちまきかみきりおおむかで)】」


 呪いの歌が響く。

 現れたその巨躯は二十メートルを軽く超えていた。

 黒い甲殻。

 無数の赤黒い足。

 触覚は命を探すまでもないと静かにしな垂れている。

 夕陽の代わりに現れるは篝火に照らされる化け物百足。

 輝く湖の反対側。

 湖畔に集まる人々をここから逃がさないように、町への道を塞ぎながらその化け物はこの場に顕現した。


「な、なんだ!?」


 ラーディスさんが険しい顔で立ち上がる。

 驚いていないのは私だけ。

 当然だ、これを予期していたのは私だけなんだから。

 周りの人も何が起こったのかと固まっている。

 突如現れた大百足。

 そんな日常とはかけ離れた魔法を見て理解が追い付かずに立ち尽くしている。


「さあ、始まりじゃ」


 喧騒が止み、一つの声が湖畔に響く。

 出現と同時に大百足の頭はお祭りの一角へと音を立てて突き刺さった。

 それはこの人達にとって不意の災害。

 恐らく人の多い場所を狙ったんだろう。ワインを売っていたお店の近くにその災害は落ちた。

 漂う酒気もあって絶好のシチュエーションのはず。

 ぐちゃぐちゃと大百足の口から聞こえる忌まわしい捕食音がこの場にいる人達を現実に引き戻す。


「に、逃げろおおおおお!!」

「うあああああああああああ!」


 誰かの一声でお祭りの時間は終わり、湖畔にいた人達はパニックに襲われる。

 そこかしこで悲鳴が上がる。泣き声が上がる。

 眩しい景色はやつの望んだ景色に変わっただろう。

 町に行く道を遮られた人達は丘をよじ登り、何とかこの化け物から逃げようと動いていた。

 ぞろぞろぞろぞろ。

 大百足の足が動く。

 がちがちと大地を削りながら。

 湖畔にいた人達が丘を登るよりもはるかに速い。

 一番最初に逃げ出そうとした人達が十数人、大百足の口に入り、町の人達を丘に登るのを躊躇させる。

 たった数秒でこの湖畔はあいつの餌場へと変わっていった。


「……ラーディスさん、皆さんの避難を」

「わ、わかっています! シラツユ殿も!」

「いえ、私はここでいいんです」

「……え?」


 私の様子を流石に不審に思ったのか、それともただ驚いているのか、ラーディスさんは大百足が現れた時よりも静かに立ち上がった私を見て固まっている。


「ごめんなさいラーディスさん、私嘘吐きだったんです」

「シラツユ殿!」


 そんなラーディスさんを置いて逃げるように走る。

 背中に聞こえるラーディスさんの声。

 それは私が大百足に向かって走っていったからか。

 それとも真意が知りたかったからか。

 確認するのが恐かったから永遠に知らなくていいと思った。


「お、おいお嬢ちゃん!」

「行っちゃ駄目だ! 百足の化け物が!」


 丘に登るのを躊躇している人達が私を止める。

 走る勢いをそのままに、制止の声を振り切って私は丘を登った。

 大百足から逃げようとした人達とは違う。

 私は望んで、あいつのいるほうへと登っていった。


「む……?」


 逃げ惑う人達がいる中、向かってくる私に気付いたようであいつが私のほうを向いた。

 丘の中腹まで登って私はあいつを見上げる。

 私を見てもあいつは大きな反応を示さなかった。

 私がこいつの尻尾を掴むのに何年もかかったというのに、こいつはただ物珍しそうにこちらを見るだけだ。

 ここまで警戒する必要は無かったのかもしれない。

 こいつは私の事を忘れている。

 いや、知ってすらいなかったのかもしれない。


「その制服……ベラルタ魔法学院とやらの者か?」

「違う」


 私を見る視線が厭わしい。


「ほう……そなた、顔立ちから察するに常世ノ国(とこよ)の者じゃな。何者じゃ?」


 嬌声のような喋り方に鼻につく。


「覚えていないか……化け物……!」

「ふむ、儂を知っておるのか……じゃが全くわからんのう」


 その首を傾ける仕草ですら我慢ならない。


「覚えてないなら教えてやる!!」


 私はこいつの存在が心の底から憎らしい!


「私の名前はシラツユ・コクナ! その体――貴様が乗っ取っている(・・・・・・・)ヤコウ兄さまの妹だ!!」

「この馬鹿の身内……?」


 私の宣言に驚いたのか、ヤコウ兄さまの顔でやつは目を丸くする。


「くく……はははははは! これは愉快! まさか生き残りがおったとはのう。あれから何年経ったか……? まさかこやつを想う者がおるとは……何とも、健気な女子(おなご)よのう?」


 下品な笑い声が私の感情を更に逆撫でする。

 ヤコウ兄さまはそんな笑い方じゃない!

 ヤコウ兄さまはそんな女のような喋り方じゃない!

 ヤコウ兄さまはお前のような……お前や私のような、人を人と思わない人じゃない!


「【異界伝承】!」


 祈る。

 私の知らない人々の信仰。

 私の知らない国の伝承。

 その結晶をここに顕現させる為、今ここに異界の帳を降ろす。


「【竜宮白龍譚(りゅうぐうはくりゅうたん)】!」


 唱えるとともに、私の背後に白い龍が顕現する。

 唱えるとともに、私の体が変革する。

 私に植え付けられた(・・・・・・・)魔法。

 私の国、常世ノ国(とこよ)の負の遺産。

 人の欲望が蘇らせた魔をここに。


「おやおやよりによってこやつとは……餌が飛び込んできたとでもいうのかの?」


 私には獣化のように、魔力によって現れた白い鱗が。

 背後には相対する大百足と同じくらいの大きさの白い龍が。

 忌々しい経緯を持つも、私の力になってくれる魔法。

 数年の間、ガザスの霊脈を食べて(・・・)成長した姿は決してあいつにも負けていない。


「健気じゃが愚かな女子(おなご)じゃ……百足と龍じゃぞ? わかっておるのか?」

「殺す! 殺してやる!」


 下卑た笑みを浮かべる毒婦へ濁った女からの宣戦布告。

 私の復讐。

 私の目的。

 嘘を吐き、人を見捨ててようやく追いついた。

 兄さまに植え付けられた魔法(・・・・・・・・・)から兄さまを取り戻す……!

 その為に、私はここまで来たんだ!

シラツユ視点終了でございます。


もう一本いけたので今度こそ今年最後の更新となります!

来年も白の平民魔法使いをよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
七巻の百足といったら龍神の一族をいじめていた化け物だから龍のシラツユは不利なんだろうな… 一体誰が秀郷の役になるんだろう。
[良い点] 平和な祭りの様子が丁寧に描かれていたので、その分破壊の描写が恐ろしく感じますね……ラーディス君には強く生きてほしい……。
2021/01/01 06:56 退会済み
管理
[良い点] 最高です(語彙力0)
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