ティル・ナ・ノーグの異人3
「お久しぶりー!」
「確かにガザスに来るのも久しぶりだからな」
「お二人共ようこそガザスへ」
アルム、ベネッタ、セーバを乗せた馬車は首都シャファクへ。
古くからマナリルと友好を結ぶ国ガザスはアルム達の友人であるラーニャ女王が統治している国だ。
ベネッタは馬車の窓から見える風景を懐かしむ。
ガザスの首都シャファクは大小多くの運河が町の中心となっている。
あちこちには運河の上を渡れる橋がかけられており、船も多い。
町に建てられた建築物は店も家屋も明るい色合いで、船の上から町を眺めるだけでも観光として有意義なものになるだろう。
かつて、大嶽丸によって滅茶苦茶にされた傷跡はもうどこにも見当たらない。
絶望的な侵略を受けても復興した人々は美しい町の中で平和を謳歌していた。
「到着早々で申し訳ないのですが、すぐに登城していただいてもよろしいでしょうか?」
「うんー! ラーニャ様にも早く会いたいし、ボクは全然いいよ!」
「俺もそれでいい。ただの護衛だからどちらにしろベネッタについていくからな」
「い、いえ……流石にアルムさんをただの護衛はガザス的に無理がありすぎるというか……今回は内密ということでささやかな歓迎になってしまって恐縮です」
「それはそれで気を遣わせて悪いな」
アルムはマナリルで英雄と評されているが、ガザスでも陰で英雄視されている。
ラーニャが即位する前、王族の後継者争いで国が疲弊したところに現れた未曽有の侵略者……大嶽丸の討伐に助力してくれた当時のアルムやベラルタ魔法学院の生徒達の活躍は今も彼等の記憶に新しい。
マナリルのように民に広く周知されているわけではないが、今のガザスはラーニャ世代の魔法使いが多く城や部隊で働いているのもあって当時の状況を覚えている者ばかりなのだ。
「本当に気にしなくていいからな。そりゃセーバとは雇用関係ではあるけど、ここじゃあ関係ない。ただの護衛だからてきとうに扱ってくれ」
「関係なくないんですよ俺には! ミスティ様に殺されます!」
「いやいや、そんなことで怒らないだろミスティは」
「あなたのことならめっちゃ怒りますよあの人は!」
ミスティのことを可愛い妻としか思っていないアルム。
ミスティのことを恐い上司だと思っているセーバ。
二人の認識の違いは絶望的だ。
頼むから歓迎させてくれ、と意味の分からない懇願をセーバは続けるしかない。
だって自分のクビが飛ぶから。物理的に。
何言ってんだ首なんて飛ぶわけないじゃないか? ただ凍るだけさ! ははは! ……と相方がボケをかましてエンターテイメントに昇華してくれるわけでもないのだ。
「ごめんねセーバくん、ミスティはアルムにはあまあまにゃんこちゃんだから……ミスティの恐い部分がわかってないんだよー……」
「うう……! お願いですからせめて食事と城での宿泊中だけでもガザスの総力をあげさせてください……!」
「うんうん、セーバくんのお願いだもん。ありがたくいただくねー」
「あまあまにゃんこ……?」
アルムが首を傾げる中、三人を乗せた馬車は王城に到着した。
用件が用件で内密なのもあって、ガザス側も王城総出でアルムとベネッタを歓迎するわけにはいかなかったが……それでも数人はアルムとベネッタを出迎えてくれた。
二人の来訪にしてはあまりにささやかな数人との挨拶。
普段、大袈裟に歓迎されることが多いアルムとベネッタにとっては新鮮だった。
「何か秘密の作戦みたい!だねー」
「確かに。新鮮だな」
「いや、本当に秘密のご依頼なので……」
挨拶が終わるとセーバの案内でラーニャの下へと案内される。
留学した時や来訪の時に案内される会議室ではなく、王族の居住区。
本来ならアルム達も入れない場所でラーニャは待っていた。
部屋の中は簡素でソファが並んでいるくらい。普段過ごすような部屋ではなく応接室に近かった。
「ラーニャ様お久しぶりですー!」
「お久しぶりですお二人共」
ベネッタは杖をセーバに預けると、そのままラーニャに抱き着いた。
友人だからこそできる挨拶と距離感。
ダークブラウンの髪から彼女のお気に入りである薔薇の香油の香りがふわっと部屋を漂う。
女王らしい気品ある顔立ちは健在で、初めて会った時のような幼さはもうない。
透き通るような水色の瞳は健在だが、どこか力強さも感じる。
しかし、それらとは間違いなく違う一点があった。
ラーニャのお腹は少し膨らんでいる。
「アルムさんも、よろしいですか?」
「こちらこそよろしいんですか?」
「抱擁くらいさせてください。久しぶりに会えた友人と」
そう言って、ラーニャは両手を広げた。
アルムは笑顔でそれに応じる。
背中をぽんぽんと叩き合って再会を喜ぶ姿に地位や身分は関係ないように見えた。
「そして、遅ればせながらご懐妊おめでとうございます。」
「あー! やっぱり赤ちゃんですか!?」
「はい、半年になります。妊娠して」
「うわぁ……! さ、触っても?」
「ええ、お願いします。どうぞ」
ベネッタは目を輝かせながら、恐る恐るラーニャの腹部に手を伸ばす。
ミスティとエルミラが妊婦の時も触らせてもらったが、やはり何度触っても命がそこで育っているという感覚が注意深くさせるのか。
顔を綻ばせながらベネッタがお腹を撫でている一方で、
「……」
「……?」
アルムは母親になるラーニャの表情から不安を感じた。
初めての出産の時のミスティも多少の不安を抱いていたが、それとは違うような。
何せラーニャだけでなく、それを見るセーバも浮かない顔をしていた。
「ありがとうございます! いやー、育ってますねー!」
「こちらこそ、よく来てくださいました。お忙しい中」
「いえいえ! それで、ボクに頼みたいことって……? セーバくんがやけに秘密にするので全く知らないんですよボク達。それどころか妊娠されていることすら知らなかったですしー!」
「確かに……ガザスの女王がご懐妊していたなんて知ってそうなものだが……不思議と情報が入ってこなかったな」
ベネッタの言葉にラーニャは一瞬だけ俯く。
子供が出来たことを祝福されためでたい母親の様子とは思えない。
アルムとベネッタが顔を見合わせて、何か深刻な用件かと身構えた。
「単刀直入にお聞きします。ベネッタさん」
やがて顔を上げたラーニャはもう不安を隠そうともしていなかった。
意を決したように、今回ベネッタを呼んだ理由を語る。
「人間ですか? 私のお腹にいる子は」




