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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第二部:二人の平民
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95.輪から見る景色

「ぼ、坊ちゃん……!」

「何だ、通せ。見ての通り私は美女をエスコートするので忙しい」


 湖に着いたらすぐに湖畔で騒いでいた町の人達が集まってきた。

 ミレル湖の湖畔は夕暮れに照らされ、祭りはさらに盛り上がりを見せている。

 普段仕事で関わるワインを飲んだり、陽気に食事を楽しんでいたり、私の知るはずのない歌を歌いながら踊っていたりした。

 曲芸のように、ワインの瓶を放ってジャグリングのような事をしてる人もいたりと変わった人もいる。


 ここに集まった人達の服は人によって同じ町民とは思えないほど差があった。

 普段着ているであろうチュニックに長ズボンという平民らしい服装の人もいれば、このご時世貴族でも着ないであろう派手なフリルが付けられた服を着ている人達もいる。

 確かこのお祭りは貴族と平民が分け隔てなく過ごす姿を湖に映して忘れないようにするという趣旨だったから……派手な服は貴族の象徴ということなのだろう。

 こうなると、私の着ているこの綺麗な制服も少し悪目立ちするような気がする。


「もう将来のトラペル夫人を見つけたんですか!?」

「違う! 失礼な事を言うな! シラツユ殿は貴族が敬遠するこの祭りを見てみたいと行ってくれた客人だ、これ以上非礼を働くようならいくら町民でも許さぬからな」

「肝に銘じます」

「わかりました! ところで、馴れ初めは……」


 こそこそ話を聞こうと、私に顔を近づけようとする町の人の顔をラーディスさんが掴む。


「貴様、名前を言え」

「冗談です! 申し訳ありません!」

「次は無いからな」


 ぱっとラーディスさんが手を離すと、その人は一目散に逃げていった……と思ったらただ踊りに加わっただけだった。

 そこで踊っていた人と交代するように輪に加わり、私と同じように踊りの作法など全くない手を繋いでぐるぐる回るだけの踊り。


「申し訳ありません、シラツユ殿……下品な連中で……」

「いえ、楽しい方々ですね」

「そう言ってくださると救われます」


 本当に申し訳なさそうに謝ってくるラーディスさん。

 本当にこういう形で貴族の人と平民の人がコミュニケーションをとっている事に改めて驚いてしまう。


「何かお食べになりますか?」

「いえ、見ているだけで大丈夫です」

「では曲芸など?」

「いえ、お気になさらず」

「ワインは……まずいですね」

「ええ、釘を刺されました」


 面倒くさい女に思われているだろう。

 エスコートさせてくれと誘われ、手を取ったのにも関わらず私は町の人達が踊っているところを見ているだけ。

 見知らぬ木製の楽器で奏でられる演奏と見知らぬ歌。

 いざ祭りの場に来て、先程の方達と少し触れ合っただけで、これ以上触ってはいけない気がしたのだ。

 それに合わせて踊る人達を見るだけが私の限界だった。

 私が触れていいものなんてこの場には多分無い。

 子供達の歌う声。

 屋台の店主の客引き。

 酔っぱらってる人の怒声。

 踊っている人達の笑顔。

 そんな聞こえてくる全ての喧騒が。

 だってこんなに、朝日のように眩しい。


「……」


 もうすぐ日が沈む。

 色がどんどん冷えていく。

 もう少し。

 もう少しで始まるだろう。

 夜に近づく度にあいつの気配が強くなっていく。

 場所はわからない……だけど、近くにいる。


「シラツユ殿」

「は、はい」


 横で私に話しかけてくれていたラーディスさんが私の様子を変に思ったのか、私の前に移動してきた。

 私は今どんな表情をしていただろうか。

 恐い顔で不機嫌だと捉えられたらこの人に悪い。


「どうでしょう、我々も踊りませんか」

「踊りですか……?」


 あれだけ断ったのにまだ誘われるとは思わなかった。

 ラーディスさんの表情はあれだけ私が断ったはずなのに変わらない。


「ええ。今も熱心に見ていらしたご様子。踊りならご一緒していただけるかと」


 考えてみれば祭りに興味があると言って来たにも関わらず何もしないというのも不自然な話だ。

 けれど、正直自信が無い。

 というよりも貴族としての振舞い全般に私は自信が無いのだ。

 私は貴族とはいえ、この国のように貴族に自由があった国で暮らしていたわけではない。

 ただ魔法が使えるだけで、この国の貴族の世界には疎いほとんど平民だ。

 ラーディスさんに恥をかかせてしまうかもしれない。

 それに、


「私は……」


 私があの輪に入っていいとは思えない。

 つい顔を下に向けてしまう。

 そうさせたのは彼に対する、いや、この場で楽しむ人に対する負い目だろうか。


「シラツユ殿」


 そんな風に悩んでいる私を後押すかのように、


「どうか私の顔を立てると思って是非お誘いを受けてください。このままでは女性にお誘いを断られ続ける情けない貴族だと思われてしまいます」


 ラーディスさんはそう言って私に手を差し出してきた。

 ……ずるい、物言いだと思う。

 だけど、この人はいい人だ。

 気付けば私はその手をとっていて。


「では行きますよ!」

「わ!」


 ラーディスさんは私の手を引いてその場から一緒に飛び出していた!


「こ、こんな感じでいいのですか?」

「ははは! いいんですいいんです!」


 ラーディスさんは私をリードしつつも、作法に則った踊りなど見せていない。

 ただ手を握り、音楽に合わせてぐるぐる回っているだけ。

 たどたどしく動く私に合わせて、それはもう出鱈目に。

 たまに跳んでみたりして。

 回る世界はお祭りが風景になっていて、まるでミレルはいいところだと私に自慢しているかのようだった。


「シラツユ殿はうちのワインを買いましたか!」

「は、はい、数本買いました。今もこのバッグに」


 ワインの瓶の入ったバッグに私は視線を落とす。

 がちゃがちゃと、割れないようにクッションでしきっているものの、踊ると音を鳴らすそのバッグは祭りの陽気に当てられて楽器と化していた。


「これは失礼。荷物をお預かりするべきでしたね……私も詰めが甘い」

「いえ、大事なものですから自分で持っています」

「肥えた舌には物足りないかもしれませんが、まだまだよくなります! 丘に生える一面の葡萄畑は綺麗だったでしょう!」


 踊りながらもその眼差しが私を射抜く。


「はい、とても綺麗でした」

「朝がいいんですよ朝が」

「はい、きらきらと輝いてました」

「恥ずかしながら、それを見るとここに帰ってきたと私は感じます」


 そこで、ラーディスさんが手を離した。

 いや、周りを見ればラーディスさんだけではない。

 合わせたかのように同じく踊っていた人達の片方がその時手を繋いでいたパートナーから離れ、隣りで踊っている人達とパートナーを交換するように移動したのだ。


「おお、こんな綺麗なお嬢さんと踊れるとは光栄だ」

「私こそ光栄です、おじさま」


 私の手をとったのは初老で立派なお髭を蓄えたおじさま。

 少しお酒臭いが、その足取りはしっかりしたもので慣れているのを感じた。


「ほほ、踊りなら少し自信がありますぞ」

「素敵だと思います」


 数回その方と回った後、


「ほら、酔っ払いには役得な時間だったろう」

「ほほほ! いや全く! 坊ちゃんが羨ましい!」

「鼻を伸ばすな鼻を」


 ラーディスさんが私の所に帰ってきた。

 おじさまも満足そうに元のパートナーの方に。

 おじさまと踊っていたのは同じくらいの歳の綺麗なおばさまだった。

 もしかしたらご夫婦で参加しているのだろうか。


「どうですか、ミレルは!?」


 先程考えていた事を見透かされたかのように、ラーディスさんが私に問い掛けてくる。

 回りながら、お祭りの景色がさっきよりも鮮明に飛び込んできた。

 ただ立って眺めていた時よりも鮮明に。

 私と回るラーディスさんはこの風景を見せつける為に踊りに誘ったのではと思うくらいの自慢げで誇らしい笑顔だ。

 ああ、気付いてしまった。

 この人の瞳は私だけを見ていない。

 平民まで楽しめるワイン。

 朝日に輝く葡萄畑。

 住む人々の営み。

 自分と領民の関係。

 この人は私という他人を通して改めて、自分の故郷の素晴らしさを感じている。

 何度も何度も、誰かを通して自分の持っているものの素晴らしさを実感できる純粋な人なんだと。


「とても、いい町です」


 そんな純粋な人だからつい、私は手を取ってしまったのだ。釣られて微笑んでしまったのだ。

 この場に来てから愛想笑いと仏頂面しかしていなかった私が今……自然に笑っちゃったの。

 許してください。

 許してください。

 神様、許してください。

 見捨てた人達と一緒に楽しんでしまったことを。


「それはよかった! 本当に、よかった!」


 どうか許してください。

シラツユ視点は次で終わりとなります。


今年も終わりですね。

読者の皆様が来年もいい年を過ごせるように書きながら願っております。

来年も白の平民魔法使いをよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 爪が甘いで笑ってしまった 爪噛む癖がある子供かよ、と(笑) 詰めが甘い、ね!
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