あの日見た灰のドレス6
記録用魔石は希少なものだが、マナリルとダブラマの国交が回復した事によってマナリルにもいくつか提供された。まだ一般的な流通はされていないが、四大貴族には行き渡っている。
そこから流れてくる映像を見て、シュニーカは絶句した。
「なに……これ……」
今回ダンロード家当主であるエルミラが呼ばれたのはダンロード領の南に広がるキャンドラ海と海の向こうにある小国ルルカトンとの間を行き来する輸送船が賊に襲われる件についてだった。
賊は狡猾で、ディーマが直接輸送船に乗った時には凪のように現れない。
しばらく経ってディーマが乗船しなくなるとまた襲い始める。
警備の魔法使いを配備すれば、今度は配備していない商船が狙われる。
顔を知られすぎているディーマではいざ討伐しようにも接触を避けられ、賊を一網打尽に出来ると断言できる魔法使いはいなかった。南部は他地域と確執があるので国に頼るのも難しい。
そこで白羽の矢が立ったのがエルミラだった。南部との確執がない大魔法使いにして実力は疑いようがない。
シュニーカは当初その話を聞かされて、エルミラを心配する気持ちでいっぱいだった。
海賊を油断させて誘うため、今日の商戦には警備の魔法使いも最低限だという。
いくらエルミラが凄くても自分の父より上だと思っておらず、そうではなくても一人で恐ろしい海賊を相手するなど無謀だと。
……しかし、そんな心配は杞憂に終わった。
『【暴走舞踏灰姫】』
流れてくる映像からまず、ヒールを鳴らす音が響いた。
それが海賊達の最後だった。
『ぎゃああああ!!』
『火が! 火がああ!! おれ、おれ、おれれれ、俺達の船だけ燃えてるうう!?』
『ぐべっ……たす、け……』
『ごめんなさい! ごべんなざい!!』
映し出されるのは輸送船を襲ってきた海賊達の悲鳴と逃げ惑う姿。
最初はエルミラに攻撃する者もいた。武装した者はもちろん海賊達の中には没落した貴族でもいたのか魔法を使える者もいて、何度も輸送船を襲えるのも納得の厄介さだった。
だがその最初だけで、エルミラは海賊達の戦意を喪失させた。
炎となったエルミラによって海賊達の船は燃やされ、自分達の近くでは何故か爆発が起こり、渦巻く灰の中、海賊達の攻撃はエルミラに一切通らない。
まずエルミラに斬りかかった男が顔面を潰されて動かなくなり、所詮は女と後ろから羽交い絞めにしようとした男は炎となったエルミラの体を掴めるわけもなく燃やされた。
魔法を使える海賊はたった一度の撃ち合いで実力差を察して逃げ出し、背中から爆発を受けて海に落ちた。乗員を人質に取っても、エルミラは何のアクションもせずに灰を爆発させられるので人質の意味もない。人質を取った海賊を後ろから爆破すればいいだけで何の抵抗にもなっていない。
剣も槍も炎となった彼女の体には通らず、むしろ武器が燃えて灰になる。
そしてその灰がまたエルミラの武器になる。
結果、輸送船の上はどっちが襲われているのかわからないパニックに陥った。
『だずげで! だずげでええ!!』
懇願した男は船の床に頭を叩きつけられて気絶した。
『ゆるじでぐだざい! あああああ!!』
土下座した男は顎を蹴られ、そのまま首を掴まれた。
炎の熱は海賊達の戦意をどんどん焼いていく。
帰る船は燃やされてどうにもできない。
『飛び込め! 飛び込めえ!!』
海に飛び込もうとしようとすると船のへりを灰と炎が包んで逃げられなくなった。
自分達の船はそれで燃え沈んでいくのに、輸送船は一切燃えない不気味さも合わせて海賊達の足はそこで動けなくなった。
『あら、どこ行くの? まだ荷物を盗めていないわよ?』
記録用魔石から聞こえてくるエルミラの声はあまりにいつも通りで、シュニーカは一瞬耳を疑った。
エルミラの手には最後まで戦おうとした魔法を使える海賊が引きずられていて、手も足も出なかったのが伝わってくる。
自分が引きずっているその男が海賊達の最高戦力だった事など、エルミラは当然知る由もない。
『援軍だ! 船が来たぞおおお!! 来てくれたぞおお!!』
燃える仲間の船を見て、海賊達の仲間も駆け付けた。
海賊達の中で希望の光が灯るが、
『“炸裂”』
その船もエルミラの一言ですぐに沈んだ。
しっかりと防御魔法は張ってあった。張ってあっただけだった。
こちらに向かってくる仲間の船が爆発し、燃えていくその様子は海賊達にはどう映っただろうか。
『ば……化け物……』
戦意どころか、生きる気力すら失った海賊がそうつぶやいた。
火属性の使い手でありながら、水ばかりの海で十全に力を発揮できるその姿はまさに。弱体化など一切なく、魔法のイメージに翳りもない。自らの力への圧倒的な信頼が魔法の力を完全に引き出している。
……これが灰姫。
今は亡きラフマーヌ王族の末裔カエシウス当主がいるこの国において、姫の名を冠する事が許される唯一の魔法使い。
今後五十年……火属性の頂点は空くことがないとされる理由そのもの。
『ディーマさんといいあんたらといい失礼な連中ね』
シュニーカに魔法を教えてくれている時と変わらない声でエルミラは不満を漏らす。
彼女にとってこんなもの戦いにすら数えられない。
海賊の狡猾さも、数も、武力も、ただ一回のヒールの音で全てが終わる。
『か弱いレディにはもうちょっと言葉を選びなさいな』
まるでエルミラが過ごす日常の延長であるかのように海賊達は捕縛された。
輸送船は床などが多少壊れたものの、航行に支障はなく、人への被害もゼロ。
記録用魔石の映像に移る船上に君臨するエルミラの姿に……シュニーカの心と瞳は焦がされた。
炎の体に灰のドレスを纏った、美しい魔法使いの姿に。




