あの日見た灰のドレス4
四日目にもなると、シュニーカはエルミラの教えを素直に受け入れるようになっていた。
彼女はまだ九歳だったが、エルミラの地味な教えを今ではこなしている。
最初は駄々をこねていたシュニーカも何か思う所があったのかもしれない。
「魔法のバリエーションを増やすのは重要だけど、それを手札にできるかどうかは使い手の腕次第なのよ。使える事と使いこなす事は別の話……わかる?」
「庭師の使うハサミを私が使えても、庭師のような仕事ができるわけじゃない……みたいな事?」
「流石シュニーカ、飲み込みが早いわね」
微笑みながら褒めてくれるエルミラにシュニーカは照れたようにはにかむ。
エルミラはシュニーカを褒める時、決してダンロード家の娘や四大貴族という言葉を使う事はなかった。
そして何より、シュニーカが出来る事を当たり前だと扱わなかった。
「うっそ、もうさっき教えたの使えるようになったの? やるじゃない!」
「あ、当たり前です! 私はダンロード家の跡継ぎですよ!?」
そんな事を言いながら、ちらり、とエルミラの言葉を待つ姿は子供らしい。
「何言ってんの。シュニーカが頑張ったからでしょうが。結果まで血筋のおかげにすんじゃないわよ」
自分が期待する言葉を言ってくれるエルミラの訓練はシュニーカにとって気持ちがよかった。
エルミラに教えてもらっていると、四大貴族の跡継ぎという重圧を全く感じない上に単調になりやすい基礎的な内容も楽しいくらいだ。
それこそエルミラという姉に遊んでもらいながら成長しているような感覚がシュニーカを一気に伸ばしている。
「ふふーん! ま、まぁ私が本気を出せばこんなものですわ! この四日でエルミラを越えてしまったかもしれませんわね?」
「調子のんじゃねえわよ。十五年早いわ」
「いやに具体的な数字ですわね!?」
「十年だとちょい早いかなって……十五年もきついか。二十年にしとく?」
「十年で超えてやりますわよ!!」
シュニーカは地団駄を踏んで、訓練を再開する。
すでに一度成功した魔法をもう一度、今度は精度を上げられるように。
伸びているからといって少しでも調子に乗るような事があれば、エルミラはすぐに現実に引き戻していた。
驕りは成長を鈍らせる。自分がここまでの腕前になったのは少し先をずっと行く周りに知っているがゆえに、エルミラはシュニーカの先に自分を置きながら教え続けていた。
「言っておくけど、十年後には私も今より強くなってるから覚悟しなさい」
「大人げないですわよ!?」
「何言ってんの。本気の奴には本気でいくわよ私は」
「うう……! 調子に乗ってごめんなさいですわ!」
「はい、よろしい。でも九歳にしてはほんと凄いわよ。私の時はできなかったから」
「ほ、本当ですの?」
「ええ、本当よ」
成長させて褒める。増長しそうなところを折る。
シュニーカに基礎を教え込んで、これから伸びるであろう実力の土台を作る。
魔法使いとしての土台を作りながら、精神的にも健全に。
才に溺れず、決して驕らず、教え秘訣はそれこそ自分のライバルを作るように。
エルミラは最初のシュニーカの要望通り、本気でシュニーカが最強に届くような下地を作ろうとしているかのようだった。
「ねぇエルミラ……やっぱりお友達も凄いの?」
「凄いわよ。言ったでしょ? 負けるかもしれない四人がいるって」
「そうなんだ……お友達も今私がやっている練習できる?」
「余裕でこなすでしょうね、特にアルムは無属性魔法のエキスパートだから」
「……これでエルミラと同じくらい強いなんて想像つきませんわ」
シュニーカは無属性魔法を唱えてみる。
どれだけ精巧にイメージしてもあまりに脆く、弱い。
魔力を持たない平民や害獣に対しては有効だろうが、魔法使いの戦闘においてやはり補助以上の力が出るとは思えなかった。
「あいつらはほんとに強いから。化け物を倒すなんて当たり前だし、いざとなれば創始者だって倒しちゃうし……町や国を救うのが当たり前みたいな連中よ。うーわ、そう考えるとほんと恐い連中よね」
「エルミラもその恐い連中の一人なのではなくて……?」
「そうよ。だからもし私と敵対する事があったら全速力で逃げるのね。がおー」
手を爪のように見せるジェスチャーをしながら、エルミラは笑顔を浮かべて八重歯を見せる。
シュニーカは子供扱いされている事に不満を抱きかけたが、友達の事を話しているエルミラが嬉しそうなのがわかったので抗議の声はあげなかった。
「他には?」
「えー? しょうがないわね……まずミスティは……」
寝る前の読み聞かせをねだるように、シュニーカはエルミラの友人自慢を求めた。
エルミラは喋ってもいい戦いの事を物語のようにシュニーカに聞かせていく。
ミスティの話を誇らしそうに、ベネッタの話を自慢げに、少しルクスの話はほんのちょっと声を高くして。
アルムの話を、色々な感情を込めながらシュニーカに伝えた。
「思えば最初からあいつおかしかったのよ。だってあいつったら一年目からすでに山よりでかい魔法をぶっ壊すのよ? もう規模が違うっていうか?」
「さ、流石にそれは嘘ですわ! 嘘に決まっているわ!」
「そう思うわよね。でもあいつは嘘みたいな事をしちゃうのよ」
シュニーカの反応にエルミラはとびきりの笑顔を見せる。
その様子は訓練の時間というより、姉妹でじゃれるように話しているようにしか見えなかった。
エルミラの思い出話は嘘のような本当の話で、シュニーカは嘘だと言いながらも胸を躍らせている。
「アルムがいなかったら今の私達はいないわ」
エルミラはどこか遠くを見ているようだった。
彼方へ過ぎ去った過去か、それとも自らの思い出か。
その瞳はきらきらと輝いていて本当の宝石のよう。
窓から吹いてくる潮風が、あまりに似合う。
「今思えば私達はみんな、あいつが魔法使いになろうとする姿に勇気をもらってたのよね」
これはつまり、エルミラの強さの根源の話。
そんな風に思い合える友人がいるのはとても素晴らしい事だとシュニーカに思わせるようだった。
「な・の・に……!」
「え、え?」
一転して、エルミラはぷるぷると怒りで体を震わせる。
「あいつったら学院を卒業した後私達に黙って旅に出たのよ!? 信じられる!? 私達に何か言ってから行きなさいよあいつ! ちゃっかり故郷のシスターには伝えてるし! あー、またむかついてきた!」
「お、お、お、落ち着いて……」
「ちょっとシュニーカ聞いてよ! あいつってばそういうとこがさ……!」
「は、はぁ……」
懇切丁寧な教えの時間は終わり、エルミラによるアルムの愚痴大会が始まる。
シュニーカは九歳の子供にしては聞き上手で、エルミラの愚痴に共感するように頷いていた。
親近感があるような尊敬できるような、ころころと変わるエルミラをシュニーカはこの時からすでに慕っていたのかもしれない。
後三日で、二人の時間も一先ず終わってしまう。
ふとよぎった一週間という期限が、シュニーカに一瞬暗い顔をさせていた。




