あの日見た灰のドレス
とある冬の頃。マナリルの四大貴族の一つダンロード家の長女シュニーカ・ダンロードはとある記者の取材を受けていた。
ダンロード家はマナリル南部を支配している四大貴族であり、南部の利益優先の統治をしているのもあって南部の貴族達どころか住民からの信頼も厚い。このように民間の会社からの依頼も積極的に受けることで、領民との距離の近さをアピールしながら南部を発展させている。
シュニーカは魔術の腕もさることながら、ウェーブのかかったアッシュグレーの髪を靡かせる次期美人当主として平民からの注目度も高い。そのため領地にいながらも取材の仕事が特に多かった。
今日も暖炉で火が弾ける音を耳にしながら、記者の質問に答えている。
「魔法大国と呼ばれるマナリルの火属性魔法使いでも三本の指に入ると名高いシュニーカ様ですが、やはり他のお二人に対抗意識などはございますか?」
「……」
またこれか、とシュニーカは辟易する。
取材の時、シュニーカに必ずと言っていいほど聞かれるこの質問は彼女にとってあまりいい気持ちのする質問ではない。
三本の指がどうこうはシュニーカが学院を卒業してから言われ始めたことである。
水属性のミスティ・トランス・カエシウス、雷属性のルクス・オルリックなど……他の属性魔法の使い手はトップが飛びぬけていて並び立つ存在がいない中、火属性は甲乙つけがたい実力を実力者が複数いたことが原因だった。
四大貴族に生まれ、ベラルタ魔法学院を首席卒業したシュニーカ・ダンロード。
宮廷魔法使いの中でも経験豊富で二属性を操るファニア・アルキュロス。
そしてもう一人、数々の功績から“灰姫”の通称で知られるエルミラ・ロードピス。
誰が言い出したか、シュニーカ様が一番、ファニア様が一番、エルミラ様が一番。
そんな酒場の隅で語られるようなよく知らない人間達の議論が広がりに広がって今に至るというわけだ。
「ありません。ファニア殿は話には聞いていますが特に接点がありませんし、エルミラさんに至っては私が幼い頃に師事させていただいた尊敬する魔法の師であり、恩人でもありますから」
「なるほどぉ」
シュニーカは毎回毎回こうして答えているのだが、大体この答えはカットされる。
記者からすれば、特に望んでもいない特に面白くもない答えなのだろう。記者としては三本の指と呼ばれている三人がばちばちに意識し合っている関係であってくれたほうが色々と書きやすいのかもしれない。
答えを捻じ曲げて対立を煽るような嘘を書く記者であればダンロード家の権力でいくらでも消すことはできるが、書かれていないことには文句を言うのも難しいのでシュニーカは毎回毎回ただ我慢し続けていた。
「失礼ながら、私まだ新人でして……今のお話を初めて聞きました!」
「……!」
だが今回はどうも風向きが違う。
いつもなら、では次の質問に移らせていただきます、となるところだが……今回の記者は逆に興味を示してきた。
今日来たのはダンロード領にある会社の記者であり、優先して取材を受けている。
であれば、早いうちから次の世代同士に繋がりを持たせられるように新人を寄越すこともあるのかもしれない。
「シュニーカ様はあの灰姫と名高いエルミラ様が師匠なんですね! これはいい記事が……あ、記事にしてもよろしいでしょうか……? もちろんエルミラ様のほうにも許可を取ってから書くことになりますので、もしかしたらシュニーカ様のお話を載せられない可能性もあるのですが……」
恐る恐るそんなことを聞いてくる記者にシュニーカは気分を良くしてくすりと笑った。
しっかりと見れば目の前の記者は自分と同じ二十代前半くらい。
こちらに許可を取ろうとしながらも、早く質問したいと言いたげにわかりやすいくらいに目を輝かせている。
「ふふ……ごめんなさい、あなたのお名前もう一度聞いても?」
「はい! ジョーラル社のアクティと申します!」
「アクティ、いい名前ね」
「光栄です!」
「エルミラさんに許可を取ってくれるというのなら……それに、あなたが気に入ったから話してあげる」
「本当ですか! もちろんです! 許可を取ります!」
そんなアクティの様子がますます気に入ったのか、シュニーカは使用人に茶と茶菓子を用意させる。
そしてまるで内緒話でもするかのように身を乗り出した。
「言っておくけど、こうして記者さんにお話するのは初めてなの。だから独占取材ってやつになるかも」
「あわわ……! し、新人の私には荷が重いのでは……!」
「でも私が気に入ったのはあなただから……あなた以外には話したくないわ。だからしっかり聞いて、私とエルミラさんの関係がみんなに伝わるような素敵な記事にしてくれる?」
「はい!! もちろんです!!」
シュニーカは使用人が持ってきた紅茶を一口。アクティも一口。
アクティは緊張で味がわからなかったが、とてつもなくいいものだと確信できる香りだった。
「まず……私って天才なの」
「は、はい……!」
「同年代で私に勝てる相手なんていないくらい、すっごい強いの」
「存じ上げております!」
「何でかわかる?」
「て、天才だから……?」
「半分正解」
「もう半分は……?」
シュニーカはカップを置いて、視線を斜め下にしながら微笑む。
「あれは私が九歳の頃……そろそろ魔法を本格的に習わないといけないってなってお父様が魔法の先生として彼女を呼んでくださったわ」
「それが……!」
「そう、それがエルミラさん。ちょっと長くなっちゃうけど……いい?」
「はい!」
そう前置いてシュニーカは子供の頃を思い出す。
決して忘れることのない一週間の短くも鮮烈な思い出を。
暖炉の火がばちっと弾けて、火の中に灰が散った。
お読みいただきありがとうございます。
予告していた番外編です。過去話ですので、ゆったりとお待ちください。




