アモルトゥリスの呼び声4
「ああ、やっぱネレイアちゃん生きてたんだ……」
「やっぱりですかー?」
「この状態になってから少しの間は意識があったの。大蛇復活の時間を計算するためにね……ネレイアがイルミナを刺したところも見えちゃったから……。その後どうなったかはわからなかったですけど……。流石にスクリル御爺様を相手できないから、未来で目的を果たそうとしたのね」
出てくる名前は光属性創始者、水属性創始者、地属性創始者。
マルタの口からは本の中に出てくる魔法の始祖の名前がつらつらと出てくる。
当時を生きていた人間だからからか言葉一つ一つに実感があった。
「ネレイアちゃんの代わりに謝るわね、この時代に迷惑を掛けてごめんなさい」
「いえ、妻が何とかしてくれましたから」
「ネレイアちゃんを何とか……素敵な、というかずいぶん腕の立つ奥さんを貰っているのね……?」
「はい、自慢の妻です」
生徒達が訓練している実技棟に移動してからというもの、マルタは見学しながらも当時生きていた創始者達のことを話してくれている。
逆に、マルタが唯一わからなかったネレイアについてはアルム達が説明することで真実を知ったようで……心を痛めているようだが、どうなったかを知る事が出来たからか口元はほんの少しだけ笑っていた。
「カエシウス家は知ってるんです?」
「かえしうす……? 覚えがないわ、現代では有名なの?」
「わ……逆に知らないんだ……。カエシウス家って千年前だから、時代が合わないんだー……」
「創始者は千七百年前の人物だからな……」
魔法使いの家系で最も有名なカエシウス家ですら創始者の時代から考えれば遥か未来……知っているはずもない。
当たり前のことだが、ネレイアのように生き続けてでもない限り知る機会などないだろう。
「自分が婿入りした家なんです。現代では有名なんですよ」
「へぇ、ネレイアちゃんを倒したのもってことね……あなたと同じ星に近き者かしら。それなら私の声が届いたかもしれないわね」
「星に近き者ってー?」
「魔法が星の性質を取り込んで、使い手にまで影響が及んだ魔法使いのことよ。ネレイアちゃんは海と同化していたわね」
「あ、砂漠と同化してるラティファ女王みたいな……」
「創始者でも四人しかいないのよ。私にネレイアちゃん……後はリアメリーに……あれ……ごめんなさい、もう一人そうだと思ったんだけど、気のせいかしら……?」
マルタは思い出そうとするも、名前が出てこないのか頭を押さえた。
楽しげだった表情は眉間にしわが寄って痛みに耐えているかのようだった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ごめんなさい……あ、こっち見てるあの子があなたの子供かしら?」
「え?」
一階では大半の生徒が魔法の訓練に励む中、観客席のほうをじっと見ている少女がいた。
マルタの予想通り、その少女はアルムの娘であるティア。
アルムが手を振ると、どこか怪訝そうな表情を浮かべながらも手を振り返してきた。
「魔法を頑張っている子達がいっぱい……よかった……」
「よかった?」
「ええ、こんな光景を見れるとは思わなかったから……」
頬を緩ませながら、生徒達に優しい目を向けるマルタ。
時が止まったように見つめるその姿からはマルタが何を思っているのか想像もできないが、マルタの様子から見るに悪くない未来を見せられたのかもしれない。
「基礎を頑張っている子が多いのね、いいことだわ」
「アルムくんが先生ですからー」
「自分は基礎しかできないですから」
「え……?」
マルタは驚いたようにアルムのほうを見る。
「無属性魔法しか使えないんです、元平民で才能無かったもので……」
「無属性魔法だけですけど、すんごいんですよアルムくんは!」
「それで……大蛇を……?」
「はい、みんなに助けられながら何とか」
マルタは目をぱちくりさせたかと思うと、今度は腑に落ちたかのようにアルムに手を伸ばす。
輝く手でアルムの頬を撫でたかと思うと今までで一番安心したように、微笑んだ。
「そう、あなたが……九人目だったのね」
「え?」
「なんでもないわ。それより、もうそろそろ時間みたい……移動してもいいかしら?」
「限界……?」
アルムは頬を撫でるマルタの手の輝きがどんどん薄まっていくことに気付く。
「私の血統魔法【天幕の一声】の覚醒は……私が人間のまま、未来へメッセージを届けるだけの血統魔法。この光ってる部分の体はね、血統魔法で肉体と魂を補っているだけなの」
「光ってる部分はって……!」
平原で出会った際、マルタの体は首から下全てが光を纏っていた。
それはつまり――。
「私は首から下を握りつぶされて死ぬはずだったから。死ぬ間際に咄嗟に血統魔法を使って自分の首から上と魂を保存できたの。運がよかったわ、頭が潰されたら喋れるかどうか不安だったから。その後は"自立した魔法"になった【天幕の一声】の中で時が来るのを待っていたから楽なものよ」
それはつまり、眠っていたとはいえ千七百年……死ぬ間際のまま生き続けたということ。
アルムとベネッタが信じられないような話を聞かされた中で、今が一番信じられないような話に聞こえる。創始者の血統魔法はスケールが違うのを改めて思い知った気分だった。
「ただ……大蛇の復活を知らせるためだけに……?」
「ええ、私は星に近き者にして信仰属性の創始者……誰かを助ける魔法使いを信じてくれる人がこの星にいる限り、自分の魂を消費することに悔いはない」
マルタは屈託のない笑顔を浮かべながら、一階の生徒達に視線を向ける。
「あなた達にとっての遠い過去に私の仲間達は確かにここにいた。人間の時代を守るために、宙に至るその日まで人々を守ろうとその命をやり切った。だったらこれくらいしないと……みんなに顔向けができないわ」
マルタが生徒達を見収めると三人はすぐに実技棟の外に出た。
マルタが最後を迎えるのに選んだのはあろう事か実技棟のすぐ裏だった。
見送りには相応しいとは思えない場所だが、マルタ本人が出来るだけ生徒達の近くがいいとの希望があったからだった。
もうマルタの体はほとんど消えかかっている。
「無駄足でよかったわ、大蛇の脅威がないなら……しばらくはこの星は安全ね」
無駄足でよかった、と心の底から言うマルタ。
自分ならこう言えるだろうかとアルムは思う。
「あの消えるのは痛みとかー……」
「大丈夫、このまま魂ごと消えるだけだから。首も残らないから安心して」
「こわくないんですか……?」
ベネッタが問うと、マルタはにっと笑う。
「全然! だってみんなが待ってるもの。ちょっと遅刻しちゃったけどね」
みんなが誰かなど言うまでもない。
マルタはこれから死ぬのではなく、仲間に会う旅に出る。
清々しい笑顔のまま、マルタは二人に手を振った。
「それじゃあ、アルム! ベネッタ! 色々ありがとう!」
「さようなら……」
「ありがとうございました」
別れの挨拶を終えて、マルタの消滅が始まる。
光を纏っていると思っていた部分は足のほうから消えていく。
――ふと、アルムはあの時のことを思い出した。
師匠と別れた、あの日のことを。
「――忘れられないですよ」
「ん?」
「さっき、忘れられていくって言ってましたけど……きっと、忘れられることはないですよ」
アルムが何を言いたいのかわからず、マルタは首を傾げる。
「知ってますか? マナリルには年末近くになると、あなたの名前の……ハエルシスというイベントがあるんです。この一年での出会いや幸福を祝って、あと一月で終わる今年を楽しく過ごそうっていうお祭りみたいなイベントです」
「え!? 私、お祭りになっているの?」
「だから、忘れることはないです。俺達も」
アルムがそう言うと、
「あっは! じゃああなた達の記憶の中で……また会えるわね! 一年に一回は絶対!」
マルタはそう言いながら、魔力となって霧散していった。
着ていた服だけが落ちて、静寂が訪れる。
アルムの最後の言葉は彼女にとってこれ以上ない祝福の言葉となったに違いない。
「……色んな所に報告しないとな」
「だねー……あー、大変そう」
こうして、後にアモルトゥリスの呼び声事件と呼ばれるこの一件は終わりを迎えた。
未知の女性の正体は人類を守るためにと最後まで生き抜いた過去からのメッセンジャー。
彼女とその仲間達が望む光景は確かに、この学院にあったらしい。
アルム達が守ったこの場所に。
――後日。
『アルム……胸がふくよかで輝くような美人の女性といちゃいちゃしていたとティアから連絡が来たのですが……何か申し開きはありますでしょうか?』
「ち、違う! それは誤解! 誤解だミスティ!!」
ミスティからの連絡に、アルムは背筋を凍らせるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
これにて「アモルトゥリスの呼び声」終了となります。
白の平民魔法使い世界のハエルシスというイベントはこちらの世界でいうクリスマスのようなものなので、この時期にと更新させていただきました。長い間お待たせしまってごめんなさい。
次の短編は「あの日見た灰のドレス」を予定しています。
最新時系列から十五年くらい前の過去話になります、気長にお待ちいただけると嬉しいです。




