アモルトゥリスの呼び声3
「ごめんなさい、服まで用意してもらっちゃって」
「いえ、正直目のやり場に困るので……」
「裸じゃないのよ? これは、補っているだけだから」
王都やヴァンと連絡を取って事情を説明した後、アルム達はベラルタ魔法学院の実技棟の一つにマルタを案内することにした。
外で話すには場所が悪く、街で話すには目立ちすぎる。
万が一に備えてある程度の魔法にも耐えられる実技棟がいいとの結論だった。
なにせ、マルタがなんなのかはアルムをもってしてもわからない。
道中でベネッタはお茶や食事を勧めたが、どうやら食べられないらしく全て断っているのを見るに、普通の人間ではないらしい。とはいえベネッタの瞳で見る限り魔法生命でもない。念には念を入れるに越したことはない。
創始者を座らせるには少し簡素過ぎるが……実技棟にある観戦用の席に座ってもらって話を聞くことにした。
「まず……言い訳をさせて?」
真剣な様子でマルタは前置く。
「予定ではね? 私がこの星に降りる二年後に大蛇が復活するはずだったの……本当よ? 私しっかり計算してから眠りについたんだから。負け惜しみじゃないからそこはお願いね?」
「はい……」
「うんー……」
「ああぁ……私への敬いが消えていく音がするわ! おかしいわねぇ……大蛇の魔力吸収をスクリル御爺様の【原初の巨神】で妨害していたはずなのに何で十五年以上も早く復活しちゃったのかしら……? ちゃんと計算したのに……」
マルタは再び指で何かを数えている。
しかしアルム達にとってはその数える指よりもマルタの発言のほうが重要だった。
「「……あ」」
アルムとベネッタはまだ自分達が一年生だった時の事を思い出す。
二人だけでなく、ミスティやルクス、エルミラにとっても分岐点だった【原初の巨神】によるベラルタ侵攻……マルタの計算がずれた心当たりはアルム達のほうがよく知っていた。
「あ……って……もしかして、心当たりがあるの?」
「えっと、実はー……」
ベネッタは隣に座るアルムを見ながら、マルタに説明する。
【原初の巨神】が破壊されるくだりをベネッタが話し始めると、マルタはあまりの驚きからか目を見開く。
一方アルムはというと終始気まずそうにしていた。
「ぶ……ぶっ壊したぁ!? スクリル御爺様の【原初の巨神】を!?」
「し、仕方なかったんです……不可抗力で……!」
「そ、そうなんですよー! アルムくんが壊してなかったらベラルタがぺちゃんこになってー!」
今までで一番の声量で驚くマルタを見て、アルムとベネッタは慌てて言い訳しようとするが、次の瞬間そんな必要は無かったと知る。
「ぷっ……あはははは! スクリル御爺様の最高傑作を!? 大蛇への対抗手段として残してた切り札を!? 無属性魔法で!? 星の魔力運用を使ったとはいえそんな滅茶苦茶なことをしたというの!? すごい! すごいわね!」
「あ、りがとうございます……」
「あっはっは! スクリル御爺様見てるー!? よかったわね! あなたもう人類最強じゃないみたいよー!」
マルタは天井に向かって叫んだり、涙を浮かべたり、笑い続けたり。
アルムの話をきっかけに今まで閉じ込めていた感情をさらけ出しているかのようだった。
「はー……そっか……そっかぁ……。よかった……私達はようやく役目を終えて……正しく忘れられていくのね……本当によかった……」
マルタは心からの安堵が浮かべながら、静かに涙を流す。
彼女はいわば、自分が創始者として対魔法生命の使命を担い続けた最後の創始者でありその意思。
望まない役割を一七〇〇年近く抱えて、今日その役割を終えた。
大蛇はもう討伐されていて、たとえ無駄足だったとしても……これ以上の喜びはないのだろう。
「そっか……【原初の巨神】が破壊されて、大蛇を邪魔するものがなくなったから二十年近くずれが出来ちゃってたのね……。原因がわかってよかったわ……それに、これで私がポンコツではないという証明もできたみたいでなによりよ」
「すみません……」
「ははー……! マルタ様ー!」
「うむうむ! 敬うのを許します! 先程のからかいも気分がいいから許しましょう!」
アルム達と出会った時の威厳ある様子は創始者として自分の役割を果たそうと気を張っていたからなのだろう。
魔法使いならば誰もが知る魔法の始祖……創始者の一人は、普通の人間だった。
仲間を想い、嬉し涙を流し、役割から解放されたことに安堵し、楽しい時には声を上げて笑う普通の、普通の人間なのだとアルム達は改めて知る。
「うーん……私の役割がもう不要というのは嬉しい誤算だったけれど、それで何もしないというのは降りてきた甲斐がないわね……私って、動いても大丈夫なのかしら?」
「出来る限り、望みは叶えます。国王に許可は取ってあります」
「危ないことをしなければ、ある程度はー……ボク達がついていく形にはなっちゃいますけど」
いくら創始者と名乗っているといえど、お目付け役は必要だ。
今こうしてマルタが自由なのはマナリル屈指の実力者であるアルムと、絶対に標的を逃がさないベネッタという組み合わせがいるからこそ。
ネレイアという前例がある上に、話を聞いただけで創始者だと納得できる者は多くないので流石に見張りなしで歩かせるわけにはいかない。
「なら、お話しながら……ここを見て回ってもいいかしら?」
「ここ? ベラルタ魔法学院を……ですか?」
マルタは頷く。
「私が死ぬ前は話そうと思っても言葉が通じないなんて普通だったから、あなた達ともっとこうしてお話をしたいわ。それに創始者の中でも早めに死んでしまったから魔法学校なんて知らないの……だから、ここを見てみたいわ。私が……」
その先をマルタが言うことはなかった。
無言のマルタに応えるようにアルムは立ち上がり、ベネッタは手を差し伸べる。
「喜んで叶えさせてもらいます」
「任せてください! ボクがしっかり案内しますねー!」
「ええ、よろしくね……アルム、ベネッタ」
マルタはベネッタの手を取って呟く。
――懐かしい。
その呟きの先には、もう会えない仲間達の姿があったのだろう。




