アモルトゥリスの呼び声2
「【巨兵の断撃】!!」
体にぴたりと張り付く光を纏ったような丸腰の女性。
その歩みを魔法使い部隊八人を止めることはできなかった。
後退しながら魔法を放ち続けていたが、ほんの少しも遅らせることができず、すでに研鑽街ベラルタが見えてしまっている。
女性は襲い掛かってくる八人を無視して歩いていたが、部隊の隊長であった男はついに血統魔法を唱えた。
本当ならば、相手の手の内もわからないまま血統魔法を見せるなど愚の愚。
しかし対処に当たるためにと派遣されているにもかかわらず、これ以上温存するわけにはいかない。
男の頭上に浮かぶ巨大な剣が、丸腰の女性に放つには過剰な魔法が放たれる。
「『守護の加護』」
だが、光を纏う女性は半球体上の防御魔法で隊長の男が決死で放った一撃をいとも簡単に逸らしてしまう。
「……なん……そ、れ……は……?」
「まぁまぁ……未来の魔法使いは、ずいぶん非力なのね……?」
隊長の男の表情が青褪める。
今のは血統魔法……そう、血統魔法だ。
対してこちらに歩いてくる女が使ってきたのは信仰属性なら基本の防御魔法である『守護の加護』。
使い手で差が出る魔法ではあるが信仰属性の使い手ならば誰もが使えるような汎用魔法で防がれたショックからか、その表情からは戦意がみるみると消えていく。
「体系化した弊害なのかしら……? それとも、私達の時代の何もかもが伝えられなくなってしまったのかしら……? いいえ、いいえ、落ち着きましょうマルタ。
突出した者の超常ではなく、平凡な者の技術に出来なければ人類の進歩とは言えない……この未来は喜ぶべき事でしょう、そうですよね? スクリルお爺様?」
呟きながら、女性は前進する。
隊長だった男は失った戦意のまま、ゆっくりと膝から崩れ落ちる。
「そんな、下位の魔法で……俺の、血統魔法が……?」
そんな隊長の男の言葉に女性はぴくっ、と反応する。
皮肉にも、その言葉が初めて女性を立ち止まらせた瞬間だった。
「下位の魔法……ですか?」
女性は難しい表情を浮かべる。
「ずいぶんと非効率な考え方になってしまったのですね。
何故、わざわざイメージを損なうようなランク付けをする必要があるのです?」
女性はまるで自分に立ちはだかる八人に講釈を垂れるように言う。
「下位、上位と……魔法ごとに勝手に定義するのは後世の人間の勝手ですけども……魔法とはイメージの世界なのは変わっておりませんでしょう?
ならば、使い手のイメージ次第で魔法はどこまでも強くなると何故わからないのです?」
「……?」
「どう、いう……」
自分達の常識から外れた言葉に八人は戦意が削がれる。
女性は自分の胸に手を当てた。
「この防御魔法は星の外殻。中心にいる私は極小の天体。
私達は本気でそう思う事が出来る八人……だからこそ、人類の頂点だったのですよ?」
対峙する警備の魔法使い部隊の全員の体から汗が噴き出す。
魔法使いの戦いは魔法を支えるイメージの安定……すなわち強固な精神が勝敗に直結する。
だが、その精神は自分達とはスケールの違う言葉の前に折られた。
そこらにいる誰かが言おう者なら嘲笑う者もいるだろう……しかし目の前の半裸女はその大袈裟なスケールなイメージを本気で語り、魔法に反映している事を本能が理解してしまった。
「ベラルタに。ベラルタに連絡しろ! アルム殿に……今日はベネッタ治癒魔導士もいらっしゃるはずだ!!」
それは魔法使いとしては屈辱だったが、英断と言えるだろう。
精神が折られた魔法使いはどうあがいても脅威に立ちはだかることはできない。
♦
「魔力開放申請。アルム」
『こちら王都観測室、お話はすでに。受理致します。ご武運を』
「ありがとう」
奇妙な声を聞き、ベラルタ魔法学院で備えていたアルムとベネッタは要請を受けてベラルタを出発した。
学院で聞いた奇妙な声は今は聞こえてこないが、光を纏ったような裸の女性がベラルタを目指しているという報告は届いている。
「ベネッタ、見えるか?」
「うん、ずっと見えてるー」
「わかるのか?」
「うん、ちょっとアルムくんに似てるからー……」
ベネッタの瞳はすでにその女性の存在を捉えているようだった。
どんな見え方をしているかはアルムにはわからないが、ベネッタの言うアルムに似ている反応の何者かが脅威となった場合……どうなるか想像はつかない。
「……魔法生命か?」
「いや、それはなさそうかなー。見える命は一つだけで核はないと思うよー」
「ならなんだ?」
「それを確かめるんでしょー、対処に当たった魔法使い部隊はもう撤退したっていうからボク達で頑張らなきゃ」
「ああ、戦うにしろ対話するにしろ……学院の安全のためにもな」
学院には自分の愛娘のティアや友人の子供達も大勢いる。そうでなくても、ベラルタの未来を担う魔法使い候補の生徒……向かってくるその女性が脅威であるなら通すわけにはいかない。
ベラルタの周囲に広がる平原を二人は歩く。
急いで駆けつける必要はない。あちらから向かってきているし、何よりベネッタがいる限り逃しはしない。
二人がしばらく歩いていると、報告通り人型の輝きが見えてきた。
光を纏うように堂々と、まるで自分の家を歩くかのように悠然と歩いてくる。
その存在感はまるで自然そのものであるかのようで威厳すら感じ取れた。
「……見つけた、星に近き者」
アルムとベネッタを見ると、その歩みがほんの少し早くなる。
「本当に報告通りだな……」
「体のラインがくっきり出てて……ほぼ裸だー! アルムくん浮気になるんじゃ!?」
「なってたまるか」
「でもミスティよりぼいんぼい――」
「ベネッタ」
「ごめん、真剣にやる」
アルムの真剣な表情にベネッタは杖を構える。
二人が身構えていると、女性は自分の胸の辺りに手を当てながら立ち止まる。
透き通るような白髪を靡かせて、瞳は体に纏っている光よりも輝く金。
どんな暗闇を前にしても陰りを見せない星のよう。
「安心してください。私はただの未来のためのメッセンジャー……あなた達と敵対する気はありません。むしろ、助けるためにここに再び舞い降りたのです」
「助けるために……?」
「私の名はマルタ・ハエルシス。この時代から遥か昔に生まれた創始者の一人その残骸」
「創始者……!」
アルムはマルタの自己紹介を聞いて警戒を強める。
かつて敵として現れた水属性創始者ネレイアのことを思い出して。
「その創始者が今更蘇ってきて何をしようと?」
「言ったはずです、私はただのメッセンジャーだと。あなた達に、この星に訪れる危機を伝えに来たのです」
「き、危機ってー……?」
ベネッタが問うとマルタは頷く。
「そう……この世界を滅ぼし、支配するために眠りについた神獣……私の仲間たちがついに倒しきれなかった災厄! 大蛇復活の危機を伝えるために!!」
「………………」
「………………」
鬼気迫る表情のマルタにアルムとベネッタは顔を見合わせた。
二人の時間が数秒止まり、ベネッタがゆっくり頷くとアルムも頷き返す。
にぶいアルムですら、マルタが今どういう状況にあるのか想像がついた。
果たしてこの真実をどちらが伝えるべきか。アルムとベネッタが互いにお前が言え、と無言で押し付け合って……最終的にアルムが小さく手を挙げる。
「あの……大蛇なら二十年くらい前に、その、倒しました……ね」
「………………え?」
マルタはぽかんとした表情を浮かべてアルムとベネッタの顔を交互に見る。
アルムのほうを見るとアルムが頷き、ベネッタのほうを見ればベネッタが頷く。
そしてようやく、自分が十年以上の遅刻をしていることに気が付いた。
「あ、れ……? はれえええええ!? そ、そんな馬鹿なぁあ!?」
頭を抱えるマルタ。先程まであった威厳はどこへやら。
何かを思い出すように指で何かを数えているが、そんな事をしたところでもう無意味なメッセージを伝えに来たことに変わりはない。
「あのー、どうしますー? メッセンジャーさん?」
「いやああ! 恥ずかしい! その呼び方やめてぇ!!」
「とりあえず、お話はベラルタのほうでしましょうかメッセンジャーさん」
「マルタ! マルタって呼んでよぉ!! 私結構すごいんだからぁ!!」
お待たせしました。




