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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
番外断章:その咆哮は誰が為に

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30.その咆哮は誰が為に4

 ……一体どこで間違えた? イリーナは目の前の光景を見てながら自身に問う。

 十年前オルリック領で敗北した(ぬえ)の魔力残滓を回収し、当時鵺が召喚を試みていた九尾召喚の魔法式を読み取ってこの身に降臨させる。

 ここまでを成功させるために入念に策を撒いた。

 妻の妊娠という"魔力の怪物"アルムが最も動きにくいタイミングを選んだだけでなく、何人もの偵察員を北部にばら撒くと同時に人工魔法生命を植え付けたシモンも囮にして完全に釘付けにした。

 隠密に徹して東部に到着した後も妨害用魔石で増援の動きを誘導し、無事に鵺の魔力残滓を回収した時点で勝ったようなものだったはず。

 いや、むしろ計画以上だった。自分達を阻む相手にルクス・オルリックを想定してたが、実際に待っていたのは数段実力の落ちる"魔獣令嬢"。

 あの五人(・・・・)に比べれば丁度いいテスターになるとさえイリーナは思っていたくらいだ。

 ――それが、何故。


【こ、の……! 羽虫如きが、このワタシに群がるなんてえええ!!】


 苛立ちがイリーナを叫ばせる。

 九尾の魔力に襲い掛かるはネロエラと繋がる白狼の魂達。

 それぞれが携える銀色の牙を突き立て、九尾の魔力を削っていく。


(いくら、数が多いとはいえ! 何故、ワタシが押されて――!?)


 大鎌のような爪を振るい、どす黒い牙で狼の群れを噛み砕く。

 エリュテマの魂は具現化されているとはいえ実体に比べれば脆い。

 九尾の一撃であればそれで霧散し、消えていく。

 だが、それ以上の数をもってエリュテマの魂達は次々と喰らい付く。

 敵だ。これは自分達が繋いだ命を狩ろうとしている外敵だ、とどれだけ消えても戦意が落ちない。

 いや、むしろ呼応してその勢いは増していく。


【こんな、もの……! 本体をコロせば――!!】


 瞬間、半透明なエリュテマ越しに白い影が映る。

 銀色の魔力光を纏ったそのエリュテマはまさしくこの状況を生み出しているネロエラ本体。

 だが、エリュテマの魂達に阻まれながらその姿を捉える事など出来はしない。

 荒れた大地を駆けながら着実に一撃、また一撃とイリーナの九尾の力を削っていく。


『う、ぐ……!』


 攻撃を受けていないはずのネロエラが苦悶に顔を歪める。

 その理由は脳内に響くエリュテマ達の意思。呼び寄せたエリュテマ達の戦意が血統魔法を通じてネロエラへと伝わり、そしてネロエラを通じてエリュテマ達全員にその高揚する思いが共有される。

 だが、その伝達を処理しているのもネロエラの血統魔法。

 その負担は全て使い手であるネロエラへと。先程までとは比にならない負担に耐えながら、その走りは緩まない。

 より前へ。より速く。止まってた過去から今に追い付け――!


【彼の神の、魔力が――!?】


 鬼胎属性である九尾の魔力に食らいつく。

 先程ネロエラが苦しんだようにそれは精神への拷問に等しい。食らった魔力から惨劇の記録が流し込まれ、その精神は蝕まれる。

 無論エリュテマとて例外ではない。痛みや苦しみは魔獣にも存在する。

 だが、その惨劇の記録を千を超える仲間の意思が踏み潰す。

 ネロエラを通じて共有する仲間の戦意が、敵を狩り殺すと昂る敵意が、タンズーク家の子孫たるネロエラを守りたいという思いが精神の侵食を凌駕していた。


 ……これがネロエラの血統魔法の"覚醒"。

 自らの姿に胸を張れるようになった魔法使いの選んだ道。

 個の力を誇るのではなく、友人の存在こそが自らの力の根源なのだと彼女は示した。

 他者への依存ではなく自らを救ってくれた初恋への敬意。

 最も長く連れ添った友人からの慈愛に相応しく在ろうとする気高き姿。

 そんな彼女の在り方に、かつてタンズーク家と友誼(ゆうぎ)を結んだエリュテマ達の魂は応えた。


【彼の神に、不敬なああ!!】


 九尾の魔力に群がり、食らいつくエリュテマ達の魂にイリーナは憎悪を吐く。

 "現実への影響力"が底上げされ、黒い旋風がエリュテマ達の魂を蹴散らした。


【――!?】


 その黒い旋風を切り裂く銀色の閃光。

 駆ける。駆ける駆ける――!

 九尾の魔力に肉薄し、その白い牙と爪がその魔力を削っていく。

 エリュテマの魂が蹴散らさせる中一歩も引かず、単身でも止まらないネロエラとイリーナの視線が再び交差した。


【死に体のマケ犬が今更ぁ!!】

『死に体って事は死んでない! 私は、生きている!』

【ワタシは、勝つ! 勝って祖国を! カンパトーレを勝者にする! 彼の神に頂いたこの力を必ず受け止めて!!】

『私は自分のために戦う! 友のために勝つ! 時間稼ぎなんかじゃない……! ここで、"魔法使い"に!!』

【私は捧げた! 周りを! 友を! 家族を! そんな私があああ!!】

『私は何も捨てない! みんなも! 今までずっと目を逸らしてきた自分ももう二度と!!』


 ネロエラの叫びに呼応し、エリュテマ達の魂が再び九尾の魔力に食らいつく。

 十、二十、五十……群れよりも遥かに多く、しかしその動きは一つの目的のために淀みない。

 黒い前足が白い魂達に抑え込まれ、九尾の魔力の体勢が崩れる。

 徐々に、徐々にイリーナが押されていく。攻撃で霧散していくエリュテマ達の魂すら後に続くエリュテマ達の戦意を燃やす篝火となってイリーナを追い詰めていく。


【そんな、彼の神の力を使って――何故――!?】


 ……九尾は大蛇(おろち)に匹敵する神獣。

 完全に顕現すればそれこそ対国の戦力が必要な神に近き魔法生命となるだろう。

 だが、それはあくまで九尾本人が力を振るえばの話。

 どれだけ膨大な力を手に入れようとも、扱うのは力の持ち主ではないイリーナ。

 イリーナが振るった力はどれも強力ではあるが、それだけ。

 ……つまり再現するイメージが足りていない。

 自らが手に入れた力への正確な認識、膨大な魔力を出力できる規模、多彩な能力の理解……それらを把握する時間が彼女には無かった。

 その力は人間が手にするにはあまりに多彩で巨大過ぎたがゆえに。


【この、彼の神に……このワタシに膝を突かせるなど不敬な!!】


 四本の尾が襲い掛かってくるエリュテマ達の魂を薙ぎ払う。

 ようやく崩した九尾の魔力の体勢が元に戻り、巨大な壁となってそびえ立つ。

 見上げる程の巨大さは"現実への影響力"が今なお底上げされている証。

 魔力自体は削っている。だが決定打が無い。

 どちらの魔力が先に尽きるかなど言うまでもない。ネロエラだ。

 その前に決着をつけなければとエリュテマの魂の一匹が焦りを見せた。

 焦りもまた伝播して、エリュテマの魂達の連携が崩れかける。

 ――けれど、エリュテマの魂達は見た。


『はっ! はっ! はっ! はっ!』


 それはエリュテマ達の魂が薙ぎ払われても肉薄し続けるネロエラの姿。

 尾の一撃を躱し、爪を牙をかいくぐりながら九尾の魔力の上を走る。

 止まらない。その足は止まらない。血を吐き、骨が折れていても。

 血統魔法の負担と先程までの体へのダメージ。その二つを背負ってなお緩まない。

 ――行け、と誰かが思った。

 その背中を押すような一言が今いるエリュテマ達の魂に伝播する。

 過去に見送られながら走るその背中がどれだけ頼もしいか。過去にとってどれだけの救いか。

 その姿こそ自分達の終着の先。繋げたかった未来。

 ……行け。行け。行け!

 過去が追い付けない場所に向かって!

 千の咆哮すら残響にして――!


『はあああああああああああああああああ!!』

【う、くうううああああああああああああ!!】


 エリュテマ達の魂が作った(ほころ)びから、ネロエラはついに九尾の魔力を食い破る。

 本体を狙うのはお互い様。九尾の魔力はイリーナを楔に顕現している。

 九尾の魔力から流し込まれる記録は背中を押すエリュテマ達の魂の意思が切り裂いて。

 前へ! 前へ! 苦しく辛くとも! その先にあるものを手にするために!


【来る、ナ……ぐっ!?】


 イリーナは抵抗するべく九尾の力を振るおうとするが、体に変化が訪れる。

 残った四肢の最後の一本、左腕が狐の前足へと変化していった。

 イリーナは始まった変化に苦しそうに悶える。考え得る限り最悪のタイミング、しかし九尾の力を望んだのはイリーナ自身。


『終わりだ! イリーナ・ペレーフト!!』


 九尾の魔力を纏うイリーナの下までネロエラはついに辿り着いて、


【こんな! ワタシが、こんな! 彼の神よ、ワタシに……その加護をおおお!!】


 剥き出しとなったイリーナの首目掛けて牙を剥く。

 白い牙は鬼胎属性の魔力を割いてその首に――




















「ネロエラ」

「…………え?」

「大丈夫、か?」


 瞬きの後、ネロエラが立っているのはベラルタ魔法学院の実技棟だった。

 目の前には自分の名前を呼ぶ学生時代の姿そのままのアルム。

 誰もいない実技棟。向かい合う二人。よく知っている、学院の空気と匂い。

 そしてこちらを見るアルムの黒い瞳は吸い込むように深く、心配する声色は変わらず優しいままだった。

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[一言] 幻術か!?
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