93.嘘吐きにも平等に
私は嘘吐きだ。
嘘吐きの中でも最も非難されるべき部類の嘘吐き。
自分の為だけの嘘。
他人を省みない嘘。
そんな嘘を吐き続けている。
「【魔握の銀瞳】!」
広場に声が響く。
ベネッタさんの瞳は翡翠色から綺麗な銀色に変わった。
直前の会話から察するにベネッタさんが使っているのは私を探す魔法だろう。
でも、恐らく見つけられない。
私の家は古来より様々なものを投げうって歴史を繋いできた家系。
この血統魔法は現実への影響力だけなら数百年以上の時間が保証されている。
「見えない……! アルムくんとミスティのしか見えないよ……!」
銀色の瞳の中で何かが探すように動いている。
それよりも、魔力で光る涙のほうが気になった。
とても、とても純粋な涙で私には眩しい。
「ベネッタの血統魔法で見れない現実への影響力……向こうも血統魔法を使ってるな。姿を消す血統魔法か姿が見えなくなる血統魔法……いや、ベネッタの血統魔法で捕まえられないということは隠しているのか?」
「隠すですか?」
「ああ、俺が見たのは化粧の魔法だ。女性の多くがやる行為を元にして現実への影響力を高める試みをした魔法で、自分の本来の姿を隠したり変えたりできるってのを読んだ」
……すごい。
私が何しているかはすぐに看破された。
彼は平民だと言っていたけど、流石マナリルの魔法学院の生徒だけあって魔法の知識が豊富だ。
魔法の中身までは当たってはいないが、今私が何をしているかはばれている。
そう、私は今私を隠している。
この人達から。
世界から。
「そんなマイナーな魔法知識をどこから?」
「ほら、この前王都に出かけた時に行った本屋で見つけた……」
「ああ、マイナー魔法集って本買っていましたね……そのような変わった血統魔法を使っているのだとすれば確かに見つけられないのも納得がいきます。それかすでにベネッタさんの血統魔法の範囲外に出ているかですが……転移魔法のような希少な魔法の可能性を考えたらきりがありませんね」
だけど、わかったところで見つけられない。
私の言葉は少しだけ世界を騙す魔法。
そういう意味では化粧はある意味当たっているかもしれないと思った。
本質は隠すことではないけれど、私の血統魔法はそれを可能にしている。
「なら足で探すしかないな。幸い町には人が少ないし、とりあえず町中を探そう」
「二手に別れましょう。アルム、一人でお任せしても?」
「任せろ」
「ベネッタ、目は維持できますか?」
「う、うん、やれる……!」
「それではアルムはひたすら足で、私はベネッタの目に魔力が映ったらそこに急行する形で探しましょう」
「よし」
どうやら私を探す方針が決まったらしい。
けれど、その方法で私を見つけるのは恐らく不可能だろう。
私が触れようとすればすぐにでも見つけられるが、少なくとも町を抜けるまではこの状態は持つはずだ。
(ごめんなさい)
三人に頭を下げて私はその場から立ち去る。
自分でやっていて吐き気がする。
ただ報いる気も無い形だけの謝罪。
私を探そうとする皆さんの声を無視して、私はミレル湖へと走り出した。
「俺達も湖に行こうぜ。宿に泊まってる客達もそろそろ移動する頃だろ」
「だな、どうせ客がいたとしてもそっち行くだろうし」
「馬出せ馬ー!」
ミレルの町の方々が次々とミレル湖に移動し始めている。
魔法を使えるのならともかく人の足では三十分かかることから湖まで馬車を使うのは当たり前なんだろう。
でも、行かないでほしい。
どうか、どうか湖に行く人が一人でも減ってほしい。
そう私が願った所で彼らは足を止めるはずがない。
今日はこの町の方々にとって楽しいお祭り。
この町で起きた出来事から作られたお祭りなのだ。止まるはずがない。
それに、私は行かないでほしいと願っているだけ。
何が起こるか予想がついているのに、ただ移動する人を見送っているだけ。
祈っているだけ。
私は黙っているだけだから――!
「楽しみねー!」
「僕去年いつものだったから今年は貴族様の服着る番ー!」
「ええ、向こうで借りましょうね」
「お母さんはー?」
「私はいつものよ。貴族様、エスコートしてくれます?」
「喜んで!」
馬車に乗る親子。
「私いつものがいい……」
「えー、貴族っぽいやつのほうがかっこいいぜー?」
「……いつものも好きだもん」
「仕方ねえなあ……じゃあ俺も今年はいつものやつにするよ」
「いいの?」
「ああ、兄ちゃんだけ貴族のやつ着るのはずるいからな! だけど来年は俺の好きなほうだぞ!」
「うん!」
手を繋いで歩く兄妹。
「ラーディス様とお話できるかねぇ」
「坊ちゃんの事だ、わざわざ帰ってきてくれたんだから町の住民みんなと話してくださるさ」
「少し前まであんなに小さかったのに……御立派になられて……」
「そりゃダルキア様の息子だ。私達が心配するまでも無い」
次の馬車を待つ老夫婦。
「……っ」
私はこの人達を全て見捨てる。
ただただ自分の為に。
自分の目的の為に。
この町を犠牲にする。
私が叫べば救えたかもしれない命を見捨てる。
私が救いたい一人の為に。
「"私は跳べる"」
振り払うように、私は自身を強化して屋根の上に跳ぶ。
先祖から授かった力で騙して、騙して、騙して、騙して、騙して、私はここにいる。
人の世に役立てるべき大いなる力"血統魔法"。
それをただ自分の為だけに繰り返し使っている。
本来ならばこれで誰かを救わなければいけないのに。
誰かを救えるのに見捨てて。
誰かを救えたのに見過ごして。
誰かを救えるのに何もしない。
そんな怠惰で傲慢な自分。
名前に相応しくない濁った女。
光を浴びるべきでない私が辿り着いたのは皮肉にも朝日が美しい町だった。
「綺麗……」
驚くくらい自然に私の口から声が漏れた。
もしかしたらこの光景を羨んだのかもしれない。
こんな私にも平等に降り注ぐ太陽の光。
眼下に見えるは何て綺麗な葡萄畑。
その畑は朝日を浴びて輝いている。
葡萄の木の葉に、"白露"を結んで。
「シラツユ! シラツユ!」
遠くで、アルムさんが私を呼んでいる。
その声に応えるわけにはいかない。
彼は特に、信じられないが無属性魔法の使い手だ。
これから起こるであろう出来事に巻き込まれれば一溜まりもないだろう。
滝のとこで見たスピードは凄まじいものだったが、あのスピードがあれば逃げ切ってくれるだろうか。
……出会いは少し私のせいで複雑にしてしまったけれど、いい人だった。
アルムさんだけじゃない。今回、私の護衛をしてくれた人達はみんなそうだ。
私が手に入らなかった関係に一時混ぜてもらえたようで楽しかった。
こんな私には、勿体ない時間。
せめて、そんな時間を壊さないように――
「やる……!」
私はきっと地獄に落ちるだろう。
でも――まだ落ちるわけにはいかない。
やらなきゃいけない事がある。
これだけは果たさなければ今までの悪行に報いることができない。
私の嘘にも限界がある。
私の嘘は全てを捻じ曲げられるわけじゃない。
ベラルタで会ったヴァンさんにはもうばれている頃だろうか。
ガザスは決して無能ではない。本当の研究員が殺された事くらいはすでにわかっていて、自国で捜査を始めているに違いない。
研究員が派遣されるはずだったマナリルにもその報告は行くはず。
でも、偽装潜入ももう終わり。
あいつの気配を感じた今、もうガザスの研究員だと偽る必要もない。
今日来たという事は、決行は今日の夜と決めたのだろう。
霊脈の規模的にも、人が集まるという状況的にも最高の条件だ。
だが、私の動きは掴めていまい。
ようやく見つけた手掛かり、ようやく見つけた確信。
確実に姿を見せるであろうこの機を逃すわけにはいかない。
見ていらっしゃいますか神様。
見ているのであればもう少しだけ時間をください。
地獄に落ちても構いません。
どんな仕打ちも喜んで受けましょう。
でもどうか、どうか――あいつだけは道連れにさせてくださいますように。
夜更新できないのでこの時間に更新です。
ここから少しの間シラツユの視点となります。