16.ロードピスとの断絶
「ネロエラくん、よく来てくれた。予定より一日早い到着で助かるよ」
「途中、嫌な予感が、したんです。だから、早めに……エリュテマ達に頑張って貰いました」
「そうか、後日こちらで別に褒美をあげないとね。いい肉を届けさせるよ」
ネロエラ達はオルリック領に到着するとすぐさまオルリック家の屋敷へと向かった。
ジェイフはオルリック家という別格の貴族の敷地に圧倒されながらも、エリュテマ達と共に待機している。
応接間に通されたネロエラはそこで待っていたルクスと再会の握手もそこそこに本題へと入った。
「それで、助かる、というのは?」
ルクスがつい零した不安の声を拾ってネロエラは問う。
執事が持ってきたお茶に口もつけていない。彼女を急かさせるのはオルリック領に来る前の嫌な予感から来るものだろうか。
「昨日、ロードピス領からの連絡が途絶えた」
「!!」
「通信用魔石を何度か試したが……こちらからも通信できず、あちらから今日の定期連絡も来ない。ロードピス領で何らかの妨害工作が起きてる可能性が高い」
ネロエラはすぐさま通信用魔石を取り出し、魔力登録してあるエルミラの魔石へと通信を試みる……が、ルクスの言う通り魔石からは何も聞こえてこなかった。
「え、エルミラに何か……!」
「落ち着いてほしいネロエラくん。連絡が途絶えたのは昨日……それに魔石に応答しないのではなく繋がらない事から相手側の妨害工作なのは明白だ。だが逆に言えばまだ妨害の段階だからエルミラ達が危険に晒されている可能性は低い」
「そう、かもしれないですけど……」
「エルミラは今血統魔法を使えないとはいえ最低限の自衛くらいはできるし、周りには護衛も専属治癒魔導士も固めてる。それに昨日の時点でロードピス領が何らかの被害に遭ってたら情報が入ってくるはずだ。今の所そんな事はないから大丈夫だよ」
「ルクスさん……」
ネロエラは自分を落ち着かせようとしているルクスの額に汗がにじんでいるのを見つける。
ルクスにとっては妻の危機であり、一緒にいる娘と息子、そしてお腹の中にいる赤ん坊を失うかもしれない事態……当たり前だが一件冷静に見えるルクスも内心では不安に違いない。
エルミラが戦える状態であればこれほど心配する必要も無い。むしろ相手が心配なくらいだ、と軽口はの一つや二つ叩いてこの場を和ませるくらいの事をしただろう。
「とはいえ、ベネッタからアルムが推測した相手の狙いは聞いてる。流石に通信が通じなくなって何も手を打たないというのはいくらなんでも僕には無理だ。そこで君達の力を借りたかった」
「なんでも、言ってください。現状、ベラルタ近郊での情報収集が、主な任務だったので……問題ありません。ロードピス領に、向かうんです、よね?」
「はは、お見通しだね。そう、ロードピス領からの魔石による通信を妨害されている所を見ると……恐らく使われているのはダブラマの砂塵解放戦線作戦の時アブデラ王が使っていた妨害用魔石だ」
妨害用魔石とは通信用魔石の魔力通信を遮断する魔法式が刻まれた魔石である。
十年以上前に起きた砂塵解放戦線ではこの魔石がダブラマ各地に配置されていた事によってアルム達は仲間感の情報共有、そして状況報告を妨害されて戦力を分散せざるを得ない状況にさせられていた。
救いは広域に影響を与える魔法式ゆえに膨大な魔力を蓄積させられる巨大な魔石を使わざるを得ないのでかなり貴重である事と、相手の通信だけを妨害するなどという一方的な状態には出来ない事だろうか。
「本当は速度のあるネロエラくんにロードピス領に向かって貰おうと思ったんだけど……この妨害用魔石はかなり巨大な上に頑丈だ。ネロエラくんの血統魔法で破壊できるかどうかは賭けになってしまう。
だから僕が直接ロードピス領に行って破壊するほうがいいと思うんだ」
「確かに、人間や魔獣相手なら、ともかく……そういうのの破壊に、私の血統魔法は、向いてません、ね……」
「早くエルミラの所に駆け付けたいって気持ちがあるからでは、と言われるとその通りではあるんだけど……ネロエラくんに行かせて破壊できなかったとなると僕が出向くか増援を要請しないとでかなりの時間と人員を浪費してしまうからね。こちらの対応が遅いと相手側の計画を手助けてしてしまう可能性が高い」
「私達の仕事は、ルクスさん不在の間、屋敷の警備と、指揮……?」
ネロエラが言うとルクスは口元で微笑みながら頷く。
「話が早くて助かるよ。ネロエラくんにやってもらいたいのはここオルリック家の屋敷とこの町アムピトの守護だ。警備の兵や魔法使いには引継ぎの通達をしてある。
万が一の時は避難先の町も指示してあるから、その補佐をお願いしたいんだ」
「わかり、ました」
「一応事前に北部方面から流れてくる商人や通行人に対しては検問を強くするよう指示してあるし、ここに偵察員が入り込んでいる可能性は低いけど……僕達はネロエラくんのように偵察員を何人も捕縛した経験はない。だからネロエラくんが怪しいと感じたらすぐに対応してくれて構わない。話は通してあるから遠慮はいらないよ」
ルクスの口ぶりから、オルリック領は領主不在でも領民が動ける態勢が整っていると見ていい。流石領主というべきか抜け目がない。
オルリック領での不安は全てルクスがお膳立てしてくれているという事で消えたが……どうしても気になる事が一つだけあった。
「ロードピス領も、北部方面の通行は、検問を、強化しているはず、ですよね……?」
「ああ、そのはずだよ」
「妨害用魔石が巨大な魔石なら……どうやって運んだんでしょう……?」
「確かに。ロードピス領は決して大きくない……そんなものを運べば目立つはずだし、検問が通すはずがない……。カンパトーレの仕業だとしたらどうやって運び込んだかは気になる所だね、彼等にマナリルでの伝手があるわけがないし……」
訪れる馴染みの商人や劇団が抱き込まれたのか、それとも脅されたのか。
なんにせよロードピス領に悪意が迫っている可能性は高い。
「それも含めて調査する必要があるね。うん、向こうでエルミラに調査するよう言っておくよ」
「はい、もしかしたら、協力者が、いるかも」
「協力者と言えば……一緒に来ていた彼は?」
ルクスが不意に窓の外のほうに目をやる。
彼とは当然、ネロエラと一緒に来たジェイフの事だろう。
「り、臨時補佐の、ジェイフです。フロリアが、常世ノ国のほうで、任務があるので……すいません、挨拶させる、べきでしたか」
「ああ、そういうんじゃないんだ。フロリアくんがいないと思ってたからさ。なるほど、別任務なのか……常世ノ国にね」
その口ぶりからルクスは常世ノ国に何の任務で行ったのかは予想がついているようだ。
今の状況とアルムからの情報を照らし合わせれば簡単な推測だったに違いない。
「その様子だとエリュテマとはうまくいっているようだけど……どうだい?」
「彼なりに、頑張っています。他の子達とは、まだですが、カーラと仲良くなった、みたいで……」
「カーラは確かあのリーダーの……? そうか、いい人が臨時補佐になってくれたみたいでなによりだ」
ネロエラは小さく笑いながら頷く。
人付き合いがどうしても難しくなりがちなネロエラが頷いた事にルクスも安心した様子を見せた。
「ただ、どうやって仲良く、なったのか……カーラが教えて、くれないんですよね……?」
「へぇ、なんでだろうね?」
まさかジェイフの難しすぎる恋心がきっかけなどとは予想できるわけもなく。
カーラのジェイフへの気遣いを知る由もないルクスとネロエラは二人して首を傾げていた。




