13.本人はこれでも秘めてるつもりなんです
「スリマ!」
「……」
「カーラ! …………さん」
「ワウ」
見渡す限りの草原。遠くに見える拠点にしている小さな村。
周辺地域の聞き込みを終えて、少しばかりの小休憩という時間にジェイフは今日こそはエリュテマ達と仲を深めようと目を凝らしていた。
どうやらスリマとカーラは当てたらしく、残り二匹を目を血走らせる勢いで凝視している。
「ヒルドル!」
「グルル……!」
「ああ! また間違えた!!」
最後の二匹を間違えてジェイフは草原に倒れ込む。
そんなジェイフとエリュテマ達の様子をネロエラは客車の窓から微笑ましく見守っていた。
「どうでも、いい、が……何故、カーラにはさん付けなんだお前は」
「なんといいますか、カーラさんだけその……上司感があってつい……。それもあってカーラさんだけはすぐに覚える事ができました!」
「まぁ、確かにカーラは、な」
ネロエラが率いるエリュテマの中で明確に他より立場が上なのはカーラだけだ。
エリュテマ全体のトップでありネロエラが血統魔法を継ぐ前から寄り添う最年長。
他のエリュテマより一回り大きく、冷静でありながら情にも厚く普段は温厚な一体だ。
その落ち着き具合たるや場数を踏んだ貴族か何かと問いたくなるくらいである。
今も他三匹がジェイフを舐め腐っている中、ジェイフを見損なう事無く吠えもしないで見守ってくれている。
「今年で十九、だからな。私が不在の時は、エリュテマ全てを、統率もしてくれる頼りになるやつだ」
「十九……隊長、失礼ですがエリュテマの寿命はいかほどで?」
「エリュテマは四十近く生きる」
「では人間に換算すると四十から五十程でしょうか……中々お歳を召されおりますね。なるほど、貫禄があるわけです」
ジェイフがそう言うと、
「グルル……!」
「何故!?」
今さっきまで穏やかな視線で見守ってくれていたカーラが突然唸り声をあげる。
カーラから初めて威嚇されたジェイフは驚きのあまり飛び退いた。
「ははは、カーラも、乙女だ。不本意な、歳の換算、だったらしい、ぞ」
「も、申し訳ございませんカーラさん!!」
カーラに視線を合わせるようにしゃがみながらジェイフは見事な敬礼を見せる。
仕方ないな、と言っているかのようにカーラは一度小さく吠えてジェイフの無礼を許した。
エリュテマ達と交流するジェイフを眺めていると、ネロエラの胸元で魔石が光る。
光っているのは通信用魔石。どこからか通信が来たようで、ネロエラは即座に応答した。
「はい、こちら魔獣輸送部隊アミクス隊長ネロエラ」
『アルムだ。ネロエラ、今大丈夫か?』
その声にネロエラは客車の窓を勢いよく閉めた。
草原に吹く爽やかな風を浴びるよりも大切なものがあるのである。
「あ、アルム! ちょ、ちょっと待て!」
『取り込み中だったか、わかった』
突然の連絡に驚くが、よく考えなくてもネロエラは任務中。
アルムは国王カルセシスに一緒に呼び出されていたので、こちらの任務に関係のある情報を得れば連絡してくるのも当然の事だった。
「すぅー……はぁー……」
頭ではわかっていても感情が追い付かず、ネロエラはゆっくりと深呼吸する。
身だしなみなどしても向こうには伝わらないが前髪をちょいちょいといじり、声が通るようにフェイスベールを外す。わざとらしい咳払いを一つすると魔石に改めて魔力を通した。
「待たせた、もういいぞ」
『いや、こちらこそ悪かった。こちらで少し進展があってな』
「何か、あったのか?」
ネロエラが問うと、アルムは北部で起きたシモンとの戦いについてを話し始めた。
人工魔法生命が関わっている事、実際に戦っての私見含め、アルム達側の北部で警戒を強めるという方針までをネロエラに共有する。
浮かれ気味だったネロエラの顔は引き締まっていて、任務をこなす魔法使いのものに戻っていた。
『人工魔法生命の発展性についてはあくまで俺の予想だが……三年前の報告より不安定な印象を受けたのは間違いない。今回その虎の子のはずの人工魔法生命を補佐のように扱っていたのも考えると当たらずも遠からずだと思う』
「魔法生命の復活か……け、けど、国王と話した時も言っていたが、復活させる奴に心当たりがないんだろう?」
『ああ、問題はそこなんだ。どの魔法生命を復活させようとしているのか……。大蛇は間違いなく消滅しているから蛇神信仰の連中が狙うにしても無駄骨なはずなんだが……』
「じゃ、じゃあ新しい魔法生命を呼ぶ可能性はないのか?」
『有り得なくはないが、それにはカヤさんの力がいるだろうから難しい……はずだが……』
異界より現れた魔法生命はなにも突然この世界に現れたわけではない。
この世界に流れ着いた魂……死を超えて霊脈で核となっていた魔法生命を元常世ノ国の巫女カヤ・クダラノの血統魔法によって回収したのが全ての始まりだ。
そのカヤはもう魔法生命を回収する気はない。なので本物の魔法生命はこれ以上増えないはずなのだが……それは現代の話。
遥か昔、創始者の時代にどうやって魔法生命が現れたかはわかっていないのだ。
魔法生命がこの世界で成立する方法は未だ解明しきれていないのが現実だった。
「と、とにかく私達が知り得ない事は今考えても仕方ない……現状は警備の拡大と足での捜索で実行部隊を押さえるしかない」
『ああ、そこでなんだが、ネロエラは北部より他の地域に警戒してくれないか? 今回の一件でカエシウス領の警備はベネッタも加えて強化する事になった。王都からクエンティも呼んでいて、正直戦力は十分……なら足のあるネロエラには小物の偵察部隊の相手よりも他の地域の警戒を強めて欲しいんだ』
「ああ、すまない。そうなるだろうと思って、私達はすでに東部にいるんだ。今はアルムが不在のベラルタを狙っている可能性を考えてベラルタ付近に滞在している」
アルムからの提案が一か月前の自分の思考と重なってつい口元で笑みを浮かべる。
ネロエラが現在地を伝えると、魔石の向こうでは感心するようにアルムの声が漏れていた。
『もうベラルタ付近に? やるなネロエラ、とっくに状況を読んでたのか』
「ぐ、偶然だ。北部に戦力を集中するよりは効率がいい、と判断しただけだ」
『いや、いい判断だ。ネロエラが北部に留まらないとあれば敵も多少は動きにくくなろうだろう、そっちで対応できる可能性も高くなる。流石だ』
アルムからの手放しの賞賛にネロエラの口元が緩む。
さっきまでの険しさはどこへやら。ネロエラはその真っ白な頬を赤く染め、耳に届く心地よい言葉に浸っていた。
『心配はなさそうでよかったよ。じゃあまた何か掴んだら連絡する』
「あ、ああ、こっちも何かあればすぐに共有しよう」
『気を付けてな』
「アルムも、な」
そこで通信は切れた。
ネロエラは一度、ふー、と息を大きく吐く。
「ふふ、ふふ、ふへへへ……」
だがすぐに緩みが表情に現れた。
通信が終わり、静まり返った客車の中でネロエラの少し不気味な笑い声が響く。
「ふふ……頼られるというのは気分がいいな。それに、ふふ、褒められてしまった」
隊長ともなれば結果を出すのが当たり前。褒められる事などほとんど無い毎日の中、憎からず思っている友人からの褒め言葉は特に効いたようだった。
よほど嬉しかったのか、にまにまと緩み切った表情のまま鼻歌を歌いながら体を揺らす。
……迂闊にも、その様子を見られていたとも知らずに。
「あ」
「…………」
客車の扉のほうに目をやると、ネロエラが通信中だからと声を掛けるのを控えていたジェイフが凄いものを見たと言わんばかりに凝視していた。
だらしない表情でうきうきと体を揺らす部隊長ネロエラを目の当たりにしてしまう臨時副官ジェイフの心情はいかに。
ネロエラは見られている事に気付くと、ゆっくりとまるで何事も無かったかのようにフェイスベールを口元に装着して背筋を伸ばした。
「ふう……どうした、ジェイフ。エリュテマ達との交流は順調か?」
「いや流石に誤魔化すのは無理です隊長!!」
至極真っ当なジェイフの声にネロエラの顔をまたたく間に真っ赤になっていった。
先程、頬を染めたのとはまた別の理由。逃げ出したいほどの羞恥がネロエラの顔を赤りんごに変身させる。
「あ、あの、もしかしてなのですが!」
「あー! あーあー!!」
何を言われるか簡単に予想がつき、ネロエラは咄嗟に耳を塞いで意味のない声を上げる。
しかしジェイフはそんな様子のネロエラなどお構いなし。この一か月、隊長と部隊員として信頼関係を構築したのがそうさせたのか。
「隊長はアルム様に思いを寄せてらっしゃるのですか!?」
「んああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
耳を塞ぎながら頭をぶんぶん振り、子供の癇癪のように叫ぶネロエラ。
ジェイフの純粋な質問にネロエラは顔どころか耳まで真っ赤にしながら涙目になり、見事精神的ノックアウトされるのであった。カンカンカン。




