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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
番外断章:その咆哮は誰が為に
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12.波紋は立たず

「……シモンが死にましたわ」


 マナリルへと向かう馬車の中、イリーナは何かを感じ取ったのか呟く。

 向かいで仏頂面で座っていたキヨツラはぴくっと眉を動かし反応した。


「確か、遠見の能力を植え付けた男だったか? 君の幼馴染とかいう……。まずいのではないか? 偵察員が北部の警備をすり抜ける事が出来ていたのはあの者の能力だったのだろう?」

「シモンのではありません。人工魔法生命の能力です」


 イリーナの金の瞳がキヨツラを睨む。

 その目は知人の死を悲しむ様子は全く無く、キヨツラの失言にただ怒りを向けているだけのようでキヨツラはその圧に怯む。


「失敬。失言を取り消そう」


 キヨツラが謝罪するとイリーナは笑顔に戻る。

 そして何事も無かったかのようにキヨツラの疑問に答え始めた。


「大した問題にはなりません。もう足止めの仕事は十分して貰いましたし、遅かれ早かれ限界が来る事はわかりきっていましたから。最後はスノラを襲わせてアルムの足止めに使うつもりでしたが……まぁ、この段階まで来れば誤差でしょう」

「予定より早く限界が来たという事か?」

「いえ、まだ自壊(・・)するには早かったはずですから、やはりあの御方……アルムにやられたのでしょう。どうやら居場所を突き止められてしまったようですわね。

聖女の可能性もありますが、身重のカエシウス家当主を置いて専属治癒魔導士が外へ出るとは考えにくいのでまず間違いないかと」

「ぬう……忌々しい男だ」

「居場所がばれてしまっては万が一にもシモンが勝てるはずがありません。シモンに植え付けたのはあのサンベリーナを追い詰めた完成体(ハイエンド)でもありませんから。やはりあれほどの"現実への影響力"を人工的には難しいですわね」


 シモンの死より人工魔法生命の完成度を憂うイリーナにキヨツラの背筋に嫌な汗が流れる。

 自身も元研究員ゆえに自分が関わった魔法研究の成果を気にする気持ちが少しはわかるが、目の前の女はこの若さで既知の人間をサンプルに使うほどまで没頭しているのかと恐ろしくなった。

 キヨツラはつい興味本位からシモンが死んだ事についてを聞こうと思ったが、人間らしからぬ顔を目の前のイリーナに見たくなかったのか興味を持つであろう話題のほうを拾う。


完成体(ハイエンド)とは三年前ネレイア海で現れた個体だったか。当時常世ノ国(とこよ)の上層部でも話題になっていたな」

「ええ、カンパトーレの粋を集めた傑作でした。是非キヨツラにも見せてあげたかったわ……寝る時に読んでもらう絵本のように(ぬえ)様が残してくださった幻想の物語に憎悪を煮詰めて詰め込み、命と血と魔力を捧げ、信仰を持って名を与えて仕上げたの」


 イリーナは語りながら恍惚の表情で口角を上げた。

 記憶の中に残るその姿がよほどのものなのかうっとりと思い出に浸っている。


「あれが完成した時の喜びといったら……母様(かあさま)の気持ちがよくわかります。子供が産まれた時の幸福とはあのようなものなんでしょうねぇ!

ああ、それとも……あの高揚こそが恋の火照りだったのかしらぁ?」


 誰に問うているわけでもない疑問は馬車の音の中に消えていく。

 どちらにせよ、彼女の中に幼馴染であるシモンの事はもう消えているようだった。

















『んあ? ボリボリ。アルムくんなにー?』


 雪崩が収まり、下山しながらアルムは通信用魔石を繋げる。

 相手はトランス城にいるベネッタだ。アルムが戦った相手がベネッタの血統魔法をベースに"現実への影響力"を構築していると踏んだアルムは念のためベネッタが無事かどうか確認するべく通信したのだが、当の本人はピンピンしているようである。

 聞こえてきた声で大体わかってはいるものの一応、形式上の心配の言葉をかけてみた。


「……無事か?」

『無事かって何がー? ボリボリ。三日前に普通にお見送り、ボリボリ、したでしょー?』

「……何食ってる?」

『ティアちゃんと一緒に野菜スティック食べてるー。キッチンから色々調味料くすね……貰ってきてさー』


 アルムの心配は杞憂も杞憂のようでベネッタはトランス城で何ら変わりない生活を送っているようだ。

 私もお父様とお話したいです、と小さくティアの声が聞こえてくる事から休憩中なのだろう。


『そっちこそ大丈夫なのー? なんかあったー?』

「ああ、実は……」


 野菜スティックを齧る音も止み、アルムは今さっき起きた出来事を話す。

 人工魔法生命の発見、能力の類似点などなどを話すとベネッタの声色も真剣になった。


『なるほどー……ボク達は魔法生命相手に血統魔法使いまくってるから、何かの魔力残滓から記録を読み取られてるのかもねー』

「ああ、本物には及ばないとはいえ警戒は必要だ。量産できる可能性もあるからな」

『だねー。うん、こっちの警備も少し増やしとくよー。念のためスノラに潜伏してないか探ってみるねー』

「ミスティの耳には極力入れたくないんだが……出来るか?」

『赤ちゃんいる時に不安にさせたくないもんねー。任せて、ラナさんとクエンティさんと情報共有して何とかしてみるよー』


 ミスティは妊娠から八か月。お腹もかなり大きくなっている状態だ。

 この時期にほんの少しでも不安になるような話を耳に入れたくないのはアルムもベネッタも、勿論他の者もそう思うだろう。


『そういえばクエンティさん、ずっとアルムくんに変身したまんまだけどどうするー?』

「とりあえず変身は解いていいと伝えてくれ。助かったとも」

『ん、伝えとくねー』


 アルムの現在地を敵に誤認させられたのは勿論クエンティの存在が大きい。

 秘密裏に動くべく、五日間ほどアルムに変身させたクエンティをわざとスノラで歩き回らせていたのだ。

 普段は王都にいるだけに流石に遠見の能力をもってしても入れ替わったかどうかはわからなかったようで、なんなくアルムの奇襲は成功した。


「そうだ、さっきの話は念のためルクスにも情報共有しておいてくれ。エルミラのほうは今安定期とはいえルクスに伝えて警戒させたほうがいい」

『任されたー!』

「ああ、頼む」


 色々とベネッタに伝えて通信を切る直前、


『あ、ティアちゃんに替わるの忘れ――』


 そんな声が魔石から微かに聞こえるもアルムの耳には届かなかったようでそのまま切ってしまう。

 この一件について任務にあたっているネロエラにも早めに情報共有しなければと、今度はネロエラのほうへと通信を繋いだ。

 一方トランス城ではつまみ食いしていた野菜スティックをもぐもぐしながらべそべそ泣くティアにベネッタが平謝りし続けていた。

お読み頂きありがとうございます。

この時ティアは五歳なのでね……。

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