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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
番外断章:その咆哮は誰が為に

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8.マナリルへの轍

 魔法生命とは十年前までこの世界を脅かしていた存在の総称である。

 その正体は異界で敗北したまぎれもない本物の怪物達。

 本物ゆえにどうしようもない恐怖を長く人心に刻み込み、実在したがゆえに時間をかけて虚構(フィクション)として扱い、存在を無かった事にするしかなかった災いの禍根(かこん)そのもの。

 異界で魂だけで漂流していたその怪物達は霊脈を通じてこの世界に辿り着き、常世ノ国(とこよ)の巫女によって掬いあげられ……ついには魔法として存在を確立した。この世界に定着するための楔である宿主を通じて。


「魔法生命にとって宿主はただの楔ではありません」


 クリーム色をした自分の屋敷を出て、停めてあった馬車に乗り込みながらイリーナは断言する。

 見送りの者はいない。ペレーフト家には十人ほどの使用人がいたが、それは先程までの話。

 もうこの場所に戻る気の無い主人による壮大な惨殺(かいこ)によってペレーフト家の屋敷は血の海と化していた。

 そんな事をしでかしながらも、イリーナは御者に笑顔で合図を出した。

 すでに馬車に乗り込んでいた共犯――常世ノ国(とこよ)の魔法使いキヨツラですらイリーナが血の跡がないドレスとコートを着ているだけで白々しい女だと毒を吐きたくなるくらいだ。


 そんな事を知る由もない馬車の御者は手綱を操り、馬を走らせて出発させる。

 ペレーフト家からの仕事とあって気合が入っている善良な御者だった。

 客車には二人の客、イリーナともう一人が異国の客人であるという事しか知らない。


「いわく、宿主と魔法生命の同調率が"現実への影響力"に関わる……器の"存在証明"や相性によって上下すると」

「その通りだ殺戮女(レディ)。魔法生命を研究していた常世ノ国(とこよ)の組織コノエでも器である宿主についての実験は幾度も行われていた。

常世ノ国(とこよ)の上級貴族であり我が近縁のヤコウ家や常世ノ国(とこよ)の巫女に仕えるクサカベ家のような確かな血筋の者や人体改造によって魔法と人体の融合というアプローチをしていたコクナ家……他にも創始者の血を引く者の死体に宿すという実験も行っていた。適合できずに核に浸食されて死ぬだけの実験体も多くいたと聞く」


 多くの魔法生命が持つ鬼胎属性は人の恐怖を煽り、人の恐怖によって"現実への影響力"を増す属性。

 その特性から正常な精神のまま扱える使い手が極端に少なく、そんな属性を持つ核を人体に宿せば当然まともな精神を保てる人間も限られる。

 そもそも核を宿すという行為が怪物の魂と同居するのとほぼ同義だったというのもあり……適合した人間ですら、体の主導権を乗っ取られる人格浸食に耐えられる者はほとんどいなかった。


「"現実への影響力"はともかく、適合率が最も高かったのは恐らく……グレイシャ・トランス・カエシウスだろう。人格浸食を一切受けず、それでいて魔法生命の性能を完全に引き出してミスティ・トランス・カエシウスを降している」

「ええ、そうでしょう。大蛇(おろち)侵攻を除けば……当時、最もマナリルを追い詰めたといってもいい一件だったと記録されておりますわ」


 グレイシャ・トランス・カエシウスによるクーデター。

 カンパトーレの魔法使い達と共に生家であるカエシウス家を襲撃し、当主継承式に来ていたマナリル貴族全員を人質にマナリル北部を独立させようとした近代マナリル史最悪の事件の一つである。

 表向きには魔法生命の存在は公表されていないがグレイシャもまた魔法生命を宿した宿主であり、その力によって当時の現当主ミスティを追い詰めている。


「当時コノエに所属していた魔法使いとして断言しよう。魔法生命の"現実への影響力"は少なからず宿主と関わりがある。"最初の四柱"の反乱によってコノエが事実上解体された後も水属性創始者ネレイアが宿主についての実験を繰り返していた事から間違いない。

だからこそ自分もレディを協力者として選んだのだ……大蛇(おろち)の疑似核の侵食に耐えて生き残ったレディの宿主としての器を期待して」

「よくぞ今日まで耐えてくれましたキヨツラ。あなたの決断は正しく、そして私にとっても救いです。私では器にはなれても彼の神は呼び出せない」


 イリーナの笑顔にキヨツラは睨むように視線を返す。

 協力者には選んだが、キヨツラはイリーナを信頼したわけではない。

 一見、清楚なこの女は宮殿で蛇神(じゃしん)信仰の残党を、先程屋敷で自分に仕えた使用人を全て惨殺した本人なのだから。

 キヨツラは魔法生命に支配された祖国を再び人の手に戻すという理想を目指して行動しているが、この女が何のために動いているかという芯が未だに推し量れないでいた。

 だが、目の前の暫定味方を疑っている余裕があるわけでもない。


「問題は、あの怪物(・・)に悟らせないように実行できるかどうかだ」

「ご安心を。今こうして動くのもこの上無いタイミングだからこそ……彼の神を呼び出したタイミングであの男にさえ遭遇しなければ勝機はあります」


 まず気にするべきは怪しい味方よりも圧倒的な敵。

 二人の思惑は微妙に一致していないが、それでも目的を達成するための最大の障害は同じ顔を思い浮かべている。


「才能は無く、無属性しか操れぬゆえに出来る事は愚かな積み重ねのみ……魔法使いとしては基礎しか出来ぬ元平民。ですが、対魔法生命においてあの御方の右に出る者はおりません」

「膨大な魔力に任せた"現実への影響力"の底上げなど……何とも品性の無い。魔法使いと呼ぶのもはばかられる下品な男だ」

「それでも、あの御方を侮っているわけではないでしょう?」

「当然だ。今あれを侮るような者は愚者以下の無能だろう」


 マナリルの英雄。魔力の怪物。

 カンパトーレの魔法使い全員が恐れる元平民アルム。

 十年前の大蛇(おろち)侵攻を含めたカンパトーレの作戦全てを粉砕し、魔法生命とカンパトーレの魔法使いどちらの数も減らした天敵。

 こちらの狙いが魔法生命絡みと断定されれば間違いなくこの男が出てきてしまう。

 だからこそ少人数で秘密裏に、偵察員には一切の情報を与えずに今回の作戦は進行している。


「北部に偵察員を送り続け、カエシウス家当主の妊娠の事実を掴んだ今が絶好の機会です。なによりあの灰姫まで同時期に妊娠しているのは僥倖(ぎょうこう)でした」

「確かにあれらの血統魔法は身重の状態では使えないだろう……使えたとしても満足な"現実への影響力"は引き出せまい。普通ならば守護する者さえ不要な妻達を守るために夫共は身動きがとれなくなるというわけだ」

「素晴らしい、本当に素晴らしい……愛ですね」


 そのアルムを封じるための餌はばら撒いた。北部に絶えず偵察員をばら撒き狙いは北部だと誤認させ、身重のミスティを守らせてスノラに縛り付ける。

 魔法使いを含めた五十人近い偵察員が犠牲になっているが……五十人の餌でアルムを封じられるのならむしろ上々。

 まともに戦えばイリーナもキヨツラも勝ち目がない事がわかっているからこその策略だ。


「あの御方と正面から戦うのは彼の神を呼び、この体に順応させた後でなくてはなりません。しばらくは北部にいて貰いましょう」

「しかし……よくこれだけの人数を動かせたものだ。他の貴族の目もあるだろうに」


 キヨツラが切り捨てる為だけに偵察員を動かしているイリーナの手腕を褒めると、イリーナはくすっと楽しそうに笑った。


「私の命令ですよ?」

「……む? ペレーフト家はそれほど立場の強い家なのか?」

「いいえ? ですが、私はカンパトーレの事をこの国で一番想っており、魔法使いとしても強く、そして美しいでしょう?」


 イリーナは自身を見せるように両腕を大きく広げた。

 馬車の揺れで細い白髪は妖精の手遊びのように一瞬浮いて、金の眼は濡れて輝く。


「ならば、私の命令を聞くのは当然ではないですか? この強く美しい私が望んでいるのだから、人生を(みつ)ぐくらい……しないでどうするのです?

私は彼の神に支配されるカンパトーレの王になる女。ふんぞり返って現状維持に必死な豚共に従うくらいならば、私に捧げたほうが有意義に違いありません。偵察員になってくれた方々は無意識にそれを理解して下さっただけの事ですわ」

「ははは……ようやくレディの事が気に入ったよ。大義を為す人間はこうでなくてはな」


 当然と言わんばかりのイリーナの主張にキヨツラはようやく心底からの笑みを浮かべる。

 ただ殺戮が好きな小娘にしか見えてなかったイリーナの芯が垣間見えて、ようやくその器を知る。

 確かに、これから呼び出す魔法生命の器にはもってこいなのかもしれない。


「それに蛇神(じゃしん)信仰の残党の方々は少し言えばなんでもやってくださいました。それ以外で私に反対する方々には……ふふ、生贄になって貰いましたから」

「そうするのがいい。この国の頂点はレディの物にするといい。自分は常世ノ国(とこよ)さえあの王から取り戻せれば他はどうでもよい」

「ええ、そこは契約ですからご安心を」


 いつかの時のような常世ノ国(とこよ)とカンパトーレの結託。

 覚悟しろマナリル。たった二人の復活劇を御覧に入れようと客車の中で悪意ある信頼が結ばれていく。


「それにしても、君はどこで彼の神の存在を知ったのだ?」


 キヨツラはふと気になった事を問う。

 これから二人が呼び出す存在は魔法生命の組織コノエに所属していた者もほとんど知らない。魔法生命達の会話に少し出てくる程度のものであり、核も見つかっていなかった存在だ。


「十年前ですよ。カンパトーレに一人、常世ノ国(とこよ)からいらっしゃった男性が私によくしてくださった時に知ったのです。彼は奇妙な格好をした男の人で……生首をいくつか持ち歩いておりました。少しお話した時に、その男の人の中にいた御方も出てきてくださったんです」


 イリーナは思い出しながら頬を染めて、隠すように手で押さえる。

 まるで恋慕に酔う乙女のように。


「察するに魔法生命か……なるほど、それならおかしくない。名は?」

「彼の御方は(ぬえ)と。とても素敵な方でした。持ち歩いている生首は彼の神の生贄に使うと笑っていて……きゃー! 今思い出しても素敵な理由! ロマンチックですわよねー!」

「そ、そうかね……?」


 やっぱりただの殺戮好きか?

 キヨツラはくねくねと恥ずかしそうに身を悶えさせるイリーナを見て少しだけ不安になり、つい自分の青髪を困ったように()いていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 俗世に浸かり切った九尾さんは生贄より油揚げとかそっちの方が実は喜んだりしないんだろうか?
[一言] 所詮残党と思ってました。 ごめんなさい、舐めてました。 誰かさんを彷彿とさせるくっそ高い自己肯定感、これ絶対"存在証明"高いやつやん。
[良い点] 魔法生命殺しを封じて悟らせない。 人の営みさえも有利に働かせると。
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