6.常世ノ国にて
「どうだフロリア、これだけいれば常世ノ国も慣れたろう」
「あはは……なんだかずっと良くしてもらって……任務なのに申し訳ないです」
常世ノ国の首都ヤマシロにあるモルドレッドの屋敷。
畳の広がる一室で座るフロリアは困ったように頭をかいた。
もう一か月以上、常世ノ国で生活しているのもあって軍服ではなく着物を着ている。
桔梗の柄をした着物で、常世ノ国の巫女――今はモルドレッドの側近としているカヤの見立てで選ばれたものだ。
横を見れば公園かと思うほど広い庭。立派な松に魚の泳ぐ池まである。
そこではフロリアと一緒に常世ノ国に来た二体のエリュテマであるロータとヘリヤがだらしなく寝そべっていた。
「任務だからとずっと背筋を伸ばす必要もないだろう。それに、貴様に背筋を伸ばされ続けるとうちの男どもが騒いで仕方ない」
「一応、既婚者なのでそういうのはノーで……」
フロリアは袖を揺らして腕でバツを作る。
まだ子供こそいないものの、すでに夫がいる身。常世ノ国の男性からのアプローチはもうこりごりという顔をしている。
元々がモデル業をやるほどの美人な上に、常世ノ国の文化に理解のあるよその国の女性とあらば人気が出るのは必然だろう。
「モルドレッド王こそ、結婚なさらないんですか?」
「せんよ。いくら人間がベースといっても鬼胎属性の魔法生命だ。子孫は残せんし、女遊びを咎められるような女と結婚でもしたらそれこそこの世の終わりだ」
「うわ……女の敵だ……」
「くっくっく。民に金を落とすための一環だ」
モルドレッドは笑いながら煙管を取り出し、葉に火を点けて火皿に詰めた。
広々とした部屋に舞い上がる紫煙はゆらゆらと時間を映す。
モルドレッドの赤い目が煙を見つめる様子をフロリアはただ眺めていた。
「眼はどうだ?」
そんなフロリアのほうに視線を向けて、モルドレッドが問う。
フロリアの片目は大蛇の呪いで視力を失い、黒く染まっている。
十年前の大蛇迎撃戦に一瞬だけ身を投じた証だった。
「相変わらず見えないですけど、結構気に入ってますよ」
「大蛇が死んでも失ったものは戻らぬからな。解呪も無理だ。いっそあの聖女ベネッタみたいに新しい眼を作るのはどうだ?」
「出来てたまるかあ!! あ、ついツッコミを……申し訳ありません、出来るわけないです……」
「くっくっく! よいよい! ただの見張りとしていられるよりは幾分気分がいいぞ!」
モルドレッドの見張り、という言葉にフロリアの肩がぴくっと揺れる。
二人の頭上に漂う煙管の煙がふっと消えた。
「隠さなくてもよい。貴様をこの常世ノ国に送り込んでいるのは常世ノ国の状況を把握するのと同時に、万が一に備えての見張りを兼ねてだろうよ。今回の一件に魔法生命が絡んでいるとすれば現状、人類の敵になる可能性があるのは俺様くらいなものだからな。
情報だけは確実に持って帰れそうな幻影使いの貴様と足となるエリュテマを二体こちらに寄越しているくらいだ。流石はマナリル国王カルセシス。まだまだ隙の無い男よ」
「ま、まさか……常世ノ国が敵だったのは昔の話ですし……」
「だから万が一、だ。本当に俺様含めた常世ノ国全体がカンパトーレと手を組むなんぞ思ってないだろう。フロリア、貴様もそうだろう? しかしそんな万が一も警戒しなければならないのが一国の王というものだ。
まぁ、今のマナリルと手を切ってカンパトーレにつくなどという愚行……よほどの馬鹿か妙なこだわりがある者だけだろうがな」
フロリアは任務内容を全て言い当てられて若干気まずくなる。
彼女の任務内容は常世ノ国の状況を把握し報告する事と魔法生命モルドレッド、及び側近のカヤの行動を見張る事。現状の情報でカンパトーレがマナリルを脅かす可能性があるとすれば、この二人と組むくらいなものだ。
無論、モルドレッドの言う通り本気で常世ノ国の二人を疑っているわけではなく……モルドレッドからすればフロリアの派遣はあまりにもわかりやすかったのかもしれない。
「安心しろ。俺様もカヤも呪法はかけられていない。無理矢理という可能性も現状は無い。そもそも俺様を縛れる呪法などそれこそ大蛇や他の"最初の四柱"くらいなものだ。
カヤが無理矢理に血統魔法を使わされて魔法生命の核を呼ぶ可能性はあるが……まぁ、カヤはそんな事やらされるくらいなら自害するだろう。あれはそういう女だ」
「私もそう思います……」
「それに"最初の四柱"といっても俺様は人間の魔法生命だからな……他の三体と比べて国を相手取れるほど強くもなければ、対星攻撃もできん。霊脈接続で神になる事もできないと来ている。侵略を企んだとしてマナリルの東部までが限界だろう」
吐き出した煙で輪っかを作ったりと遊びながらさらっと恐ろしい事を口走るモルドレッド。
改めて、フロリアは本物の魔法生命の力を再認識する。驚くべき事に目の前の男はたった一人でマナリルの東部だけなら相手に出来ると言っているのだ。それも冗談を言っている様子も無く。
「それに、人間ゆえに常世ノ国の民を捨てられん。これでも元の世界では騎士様だったんでな」
「あはは、冗談がお上手ですね!」
「……まぁいい」
モルドレッドは少し考えるように庭のほうを見たかと思うと、フロリアのほうに向き直る。
「そうだな……友好国だというのに一つも情報を与えないというのも不信の要因の一つであろう。常世ノ国の信用のためにもこちらの情報も少しばかり提供しよう」
「情報、でしょうか? カンパトーレの情報があると?」
モルドレッドは首を横に振る。
「我が国の情報を、だ。関係あるかどうかもわからん上に国の恥に値する話でもあるからフロリアには黙っていたんだが……今回の一件に関わっていて隠していたなどと突かれては面白くない」
「と、言いますと……?」
「先日、常世ノ国の数少ない貴族の一つであるヤコノ家の当主が失踪した。前触れもなく妻子や使用人を置いてな。現状、足取りが一切掴めておらずカヤが主導になって捜索しているが……このタイミングでというのは気になる。もしかしたら、何か関係があるのかもしれん」
モルドレッドは最後に自分達はこの失踪に関して一切関与していない、と付け足した。
情報提供の際にも念には念を。用心深いのはお互い様のようである。